恋のさざなみ

ある本に、「外国語が上達するには外人の恋人をもつのが一番」と書いてあったが、不十分な語学力で外人の恋人が何でできるのかと思う一方、コミュニケ-ションは言葉だけで成り立つわけではないので、野球のブロックサインのごとき手ぶり身振りで複雑な気持ちのアヤをも伝えられるかも、などとバカなことを思うのはヤッパリよそう。
しかしながら恋人達はある期間、確かに言葉以外の「何か」によってコミュニケ-ションをはかる能力を異常に高めているようにも見える。(別に覗いて見ていているわけではありません)
しからば逆に、目と目で通じ合えるほど親密になったらそれこそ「恋愛に言葉は不要」で、外国語を上達させようという当初の目論見なんぞフットンでしまうのでは、と全く必要のない心配をする。
いずれにせよ、「外人の恋人をもてば外国語が上達する」テ-ゼは、かなりモロイ
ところでいつも「善意」あふれるアグネスチャンが、香港の貧民窟に住む少年少女達とコミュニケ-トしようとしたことがあったそうだ。お金持ちの彼女がいかに話しかけても彼らはまったく反応しなかったのに、ひとたび歌を歌いだすと、少年少女らが身を起してして聞きいったという。
その体験が彼女が歌手になろうという決意につながった。
さらに歌手の平原綾香は、親に「歌うように話しなさい。そうすれば人を傷つけないでしょう」と言われて、あのジュピタ-(木星)からやって来たような独特の会話スタイルを身につけたという。
コミュニケ-ションは単なる言葉の意味の伝達ではなく、微妙な「節回し」や「波動」にも左右される。
さらには、コミュニケ-ションは実際のところ、気持ちを伝えようとする人とそれを受け止めようとする人との心の総合作用の所産なのだ。
常時、戦闘的なカップルもいっそ「##ねえ~ちょっと聞いてよ~」とラップのノリで語り合えたらシコリもとり払われ、素直な交流のうちに深く愛し合えるかもしれない、ダヨネ。(ちょっと旧かった、カモネ)
最近の売れた小説、大道珠貴の「しょっぱいドライブ」や川上弘美の「センセイの鞄」を読むと、とても恋愛の対象にはならないような人物との「恋」が描かれている。何か説明できない「波動」という他はない。
パットしないオジサンやら旧態依然たる学校のセンセイとの気持ちの交流が描かれているが、「あなた一色」に染まるような恋愛の激しさはない一方で、心の内側にそっと落ちる雫の一滴が引き起こすサザナミみたいなものを確実に感じあいながらオツキアイがなりたっている
「センセイの鞄」では、かっての教え子である主人公はこんなことを言う。「センセイの意向を気にすることを、わたしはもう止めたのだ。つかず。離れず。紳士的に。淑女的に。淡い交わりを。そう私は決めたのだ。淡く、長く、何も願わず」と。また一方で、
「どうしてセンセイと話をするときわたしはすぐに憮然としたり憤慨したり妙に涙もろくなったりするのだろう。もともとわたしは感情をあらわにする方ではないのに」とかいう、心のサザナミが面白い。
心のサザナミとはいっても、島倉千代子の「愛のさざなみ」ほどの甘い感情はなく、「このクソおやじ!」とか「ヘンクモノ!」となどといった気持が恋愛の主たる感情だから、「恋」とは摩訶不思議なものである。
例えば、ヤキトリ屋で二人が野球観戦(巨人対阪神戦)する場面がなかなかおもしろい。

センセイは、笑っていた。笑うか、このやろ、と私は心の中でののしった。
センセイは、大いに笑っていた。物静かなセンセイらしくないカカとした笑い。
「もうその話はやめましょう」わたしは言いながら、センセイをにらんだ。しかしセンセイは笑いやめない。
センセイの笑いの奥に、妙なものが漂っていた。小さな蟻をつぶしてよろこぶ少年の目の奥にあるようなもの。 なんということだろう。センセイは私の巨人嫌いを知って、嫌味を楽しんでいた。
巨人っていう球団はね、くそったれです」私は言い、センセイがついでくれた酒を、あまさず空いた皿にこぼした。
「くそったれとは。妙齢の女性の言葉にしては、ナンですねぇ」センセイは落ち着きはらった声で答えた。
背筋をいつにも増してぴんと伸ばし、杯を干す。
「妙齢の女性ではありません」
「それは失敬」
不穏な空気が、センセイと私の間にたちこめていた。

ところでコミュニケ-ション論の教材として、「ロ-マの休日」のラストシン-ンはやっぱりすごいです
会話の全くない15分あまりのラストシ-ンですが、カットのこまかさ(つまり短くて数が多いこと)で全体が68カットで構成されているそうだ。そして、そのひとつひとつに色々なものが詰まっている。
各国の新聞記者の集まる大広間に、オ-ドリ-ヘップバ-ン扮する王女があらわれる。彼女は各国の記者をねぎらう挨拶をしていくが、昨夜涙で別れたグレゴリ-・ペック演じる新聞記者を発見して驚く。
そして映画を見ている者には、次のような言葉が本当に聞こえるかのようだ。

あなたどうしてここいるの?実は私の正体は新聞記者なのです。
じゃ、それ隠してたってわけね。申し訳ない。
私の写真とってスク-プ記事書くつもりだったんでしょう。まあ、そんなところです。
でも撮った写真返します。 昨夜のことは秘密にしておいてくれるのね。
はい。スク-プなんかよりも、あなたとの思い出の方が大切ですから。
私もあなたを愛しているわ。この思い出は一生忘れません。

二人の会話が生き生きと聞こえてくるじゃあございませんか。(これを書く私の「恥じらい」の鼓動も聞こえますか)
そしてどの都市が世界で一番好きかと聞かれた王女は、どの都市も素晴らしいと公的な答えをした後、潤んだ瞳と笑顔でもって「でもやっぱりロ-マが一番だ」と本音で答える。これだけが会話らしい会話である。
会見が終わりその場に一人佇む新聞記者だが、会場を立ち去るシ-ンには奇妙な重苦しさが漂っていた。
実はこの映画が作られた当時、ハリウッドには「赤狩り」という言論弾圧の嵐がふきあれていた
人工衛星開発などでソ連に遅れをとったアメリカで、マッカ-シ-という上院議員が議会でアメリカにソ連のスパイがいると証言したために、政府内で一気に相互不信が広がったものであった。
多くの人々が追放の憂き目にあい自殺者もでた。 ハリウッド映画関係者の数名も、非米活動委員会でヤリダマにあがっている。
実はこの映画の原作者ドルトン・トランボは1947年の非米活動委員会で証言を拒否して追放されている。
良心派であるワイラ-監督やグレゴリ-・ペックは、息苦しいハリウッドから逃れるようにして、ロ-マでこの映画を作ったのである。 この映画に溢れる開放感は、ヨ-ロッパの自由な空気にふれほっとした映画スタッフの気持ちのあらわれかもしれない。
非米活動委員会での饒舌な証言は「コミュニケ-ションの不毛」を表し、対照的にに映画「ロ-マの休日」のラストシ-ンは「沈黙の豊かさ」を伝えている、ダ・ヨ・ネ。