学習放獣されたクマは人間に対する攻撃性が増す?

とある問題で質問を受けた。
それに対する対応と私見の羅列。

質問をかいつまんでみると、
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学習放獣について
学習放獣されたクマは人間に対する攻撃性が増す。
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学習放獣時にクマが襲いかかってきたという話がありましたらなるべく詳しく教えていただけないでしょ
うか。知りたいことは、どんな状況でどう襲ってきたのか、そして、どう対処したのかです。
最近、学習放獣した際にクマが向かってくるということがあったので今後の参考にしたいと考えています。
状況は、クマの入った檻と車との距離が5mほど。爆竹やクマスプレーなどで脅した後に檻のフタを車の窓
からヒモで引っ張って開けました。そして、ヒモが窓から出ていると完全に窓が閉められないのでヒモの束
を外に投げ捨てました。そうしたところ、クマが私たちに向かってきました。クマはフロントガラスに手を
かけ運転席の窓側に立ち上がりました。運転席の窓が15cmほど開いていたのでそこからクマに向かって
クマスプレーをかけました。そうして、なんとか逃げていってくれました。
すごく危ない状況でした。
この一番の失敗は、クマの入っている檻の近くにいたにもかかわらず、ヒモの束を外に投げ捨ててしまいク
マを刺激してしまったことなのではと思っています。
他にも要因がありましたら今後の参考に教えていただけると助かります。
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にたいして、

学習化放獣についての回答

私見だが、攻撃性が増すかどうかの確かな証拠はないと思う。もちろん異論はあるとは思うが。
現実には襲ったクマが確かに学習化放獣された個体であという確証や、データはないのではないか?

そもそも学習化放獣される個体の一部は、すでに何らかの農産物被害をおこしている、もしくはそれらを行
動圏内の資源の一部と認識している可能性がすでにあるのではないだろうか。そうなると捕獲方法や区分に
かかわらず-有害駆除であろうと錯誤捕獲であろうと-、そういう意味では、忌避学習をしたところですでに
”それら農作物や環境への資源化学習”がなされてしまっている個体が対象だということになる。

そのような背景があるのでどうしても過去に放獣した個体が回帰的、再加害的な行動をとる可能性は否定で
きない。また、関連して過去に放獣した素性の悪い個体が素性の悪い子孫を残し続けているので被害が減ら
ない、という主張があるが、放獣先に餌資源のあるなしにかかわらず、農作物から餌は取れないよ、という
防衛処置が同時的、積極的になされてこなかったことへの反省はまるでない話でもある。

しかし、私自信は比較的平和な時代を広島で過ごしたためか、一度放獣した個体が3年以内に再捕獲された
例が非常に少ないことしか経験していない。そのため昨今の大量出没傾向に関して十分な回答ができるとは
限らない、という自覚を持った上でということで。

無責任な推測ではあるが、その資源をどうしても手に入れたいという欲求(資源化学習された結果だな)よ
りも捕獲されて忌避学習処理をされたことが刺激として上回れば、抑止力としての効果はある程度期待でき
るだろう。もし、忌避学習が手ぬるければ(いつかわからないけど)舞い戻って来るだろう。

とはいえ、7年ほどの短期間ではあるが自分が直接かかわった放獣で、3日以内に舞い戻ったのはある地域で
捕まえた1−2歳個体。これは母親殺してコグマを放した例だったと思う。

最大の誤解は、学習化放獣が被害防除のための非致死的対策というだけではなくて、捕殺一辺倒による個体
群の極端な縮小を防ぐ手立てであるという点。頭数を減らさないで安定した個体群を維持するために、自然
増加率だけでは足りない部分を補う役目で行うということも強調されなければならない。本来であれば、捕
殺も放獣も個体群規模のモニタリングができていなくて実行はできないことだったりする。が、実際にはリ
アルタイムでの調査はできないために机上の空論になってしまっている。

20年ほど前、このままでは危機的な状況に陥る可能性があるとして、学習化放獣が(当時は奥山放獣だが)
提唱されたが、それだけでクマ対策が解決したわけではない。電気柵あり捕殺あり生息環境整備、農業生産
形態の改良あり、などなどに含まれるいろいろな対策のひとつのオプションでしかない、という点が忘れら
れていたようである。さらに、放獣という単語が少々偏ったと感じさせるような愛護論展開の道具として利
用されてしまったことも大きな誤算であったろう。

現実問題として、殺処分しなければならない個体もないわけではないし、放獣だけが対策ではないのだ。た
だし、それを公正かつ正確に判断するデータや基準がいまだ提供できないでいることが問題なのかもしれな
い。われわれの調査がほとんど役に立っていないことに忸怩たる思いで見ている次第。

個体数管理という概念からいえば、
○狩猟禁止、捕獲禁止と放獣処置によるり、危機的状態におちいった個体群規模を拡大する。
○長期計画に基づく、生息環境の整備。生息に適した環境と適さない環境の両方を整備する。
○農林産業、人の生活圏における防衛処置。電気柵などの物理的隔離処置など。
○人の介入を最小限にとどめて自然サイクルに近い形で安定化させることを目標とはするが、はみ出してく
 るものについては捕殺と放獣を組み合わせた個体群調整。狩猟もひとつの方法論として議論が必要。
○そのすべての段階で個体群規模推定のモニタリングを継続的に実施していること。

が、現状ではすでに農作物依存など人工環境になれた個体が相当に個体群を占めている危惧が持たれていて、
放獣個体の追跡や接近警報の処置がなされないままでの放獣は、想像以上に大きな危険を招くことにもなり
かねない、ともいえる状況にある。

現実には難しかったのかもしれないが、放獣が手法として提唱されてきたときにさかのぼってみると、正し
くモニタリングが同時並行的に行われなかったことが現在に禍根を残したようなものといえるであろう。学
習放獣が保護管理の現場ではあるはずの、処置 - 検証 - フィードバックというサイクルを軽視しデー
タの蓄積を怠ったこと、感覚的な保護論的な支持を受けてしまった手法になってしまったことが、攻撃性を
増すなどの理由で学習化放獣の効果の是非をめぐるような意見まで出てきているものと考えられる。

ということで、過去のいきさつはさておいて、学習化放獣をするならば
○追跡・早期警戒
追跡できないまでも、広島が手をつけ始めた早期警戒システムの導入など必要性。
○忌避学習の徹底。
忌避学習の順序が変わり、必要なデータや処理が難しくなるので考え物だが、学習化処理を捕獲直後に、と
くに、被害対象との関連の深い間に実施する。計測マーキングは翌日にでも行うとか。これは熟慮しないと
ならない。実験もされたことがない。効果判定は今以上に難しい賭けになる。
○殺処分
錯誤もしくは有害による再捕獲個体は放獣後何日、何年経過していようと殺処分。経験的だが5年以上経過し
ていれば、雌雄問わずそれなりに繁殖した可能性があるので殺処分にしてもその個体の個体群への寄与はあ
ったとする。これも確証はないので議論は必要であろう。
○個体群モニタリング
数の正確なモニターは現実的に不可能だが、概算による個体群動態も十分ではない。。
実施体制には問題があるかもしれないが。
○電気柵
電気柵敷設地域と非敷設地域の過去と現状の被害状況、出没状況の比較が必要。それが検討できていないと
学習化放獣以上に世間に不安をばら撒くことになる。例えばGISと組み合わせた被害状況比較調査などの構
想は重要。
○環境改善
環境破壊ともいう。
○その他

いろいろ問題も含まれるが、これらをセットにしないとうまくいかない。

現場でどう対処すべきか迷いは解消されがたい。が、あえて議論の余地を与えるような想定としては、
・果樹や飼料など数日にわたって被害を受けたところは殺処分(有害捕獲はすべて殺処分とする自治体が
多い)。
・一方長期間に連続して被害の出ていないところで突然捕獲されたとか錯誤は原則放獣を堅持する。
・11月なかごろ過ぎてまだ被害が出る場合はすべて殺処分、でもいいかもしれない。
11月過ぎての理由は、通常、肥育に成功した個体は11月以降餌に対する執着が低くなるような印象がある。
越冬地を確保できた個体は越冬地付近でゆらゆらしていて餌をとっている様子はあまりない。実のついてい
ないクリの木に登ったり降りたり、ぼんやりしたりしてるだけということもある。観察例が少ないのは確か
なので新知見がこれを覆すまではとりあえず正としておく。

多分越冬期近くになって加害している個体で十分な肥育の見られないものについては、放獣してもその後得
られる天然餌資源が確保できるとは限らないので放獣先に定着できるかどうかは疑わしい。むしろ、回帰的
にいつまでも集落周辺に居座る可能性も高い。捕獲できるならば放獣はあまり考えないほうがよいだろう。

さらに放獣の際は

・クマの逆恨みは考える必要はない。逆恨みではなくて、その被害対象や土地への執着心から来る防衛行動
 として捉えること。
・放獣に際しては考えられうる最大の安全確認とその対策を練り直すこと。
・放獣に対してのお仕置きは徹底すること。
・放獣を行った場合、もう大丈夫ですというのも良いが、反面リスクもあるということは正直に説明するこ
 と。
・放獣に際して追跡などが必要だが、現行無理ならば、現行で応用可能な方法、接近警報装置など現行法令
 に合致した商品から、多少性能は悪くても運用方法によっては有益と考えられる方法を探すこと。
・もし、モニタリングが困難であるならば、捕獲放獣対象になった地域への電気柵の緊急展開を行うこと。
 小手先のテクニックと非難を受けそうだが、放獣した場合、錯誤のあった場所近くの住宅や具体的に被害
 対象(たとえば柿クリ)のある住宅のクマの獣道や侵入方向にたいして、遮断するように100mくらい
 の電気柵設置サービスを行うこと(一週間程度の貸し出し)。

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学習放獣時にクマが襲いかかってきたという話への回答

放獣時にこちらに向かってくるというのは、特段珍しいことではなく普通のことと捉えている。
だから、放獣用おりなどの操作を安全性の高い車両の中などから操作するように薦めている。
以前に、放獣の際に大多数の人が外に出ていて向かってきたクマに対してクマスプレーを発射したりする映
像が大々的にテレビで放送されたことがあった。これは油断ではなくて根本的に放獣作業のポリシーの読み
違い、無視の結果かもしれない。

間違えてほしくないのは放獣の概念を否定するのではなくて、作業を行ううえでの安全管理に対してである
という意味。

放獣作業は可能な限りの安全施策を講じた上で行うこと。機材などの動作不良がないように、日常の点検、
シミュレーションの実施などが必要である。事故は、事前に必要な対策の不備、準備不足からなることとい
える。確かにどのような状況で放獣、ということになるかわからない、という意見もあるだろうけれど、そ
れは言い訳にしても幼稚すぎる。そのために訓練するという意識がなさ過ぎる、といわざるを得ない。

車両の配置、放獣檻の位置向き、ロープの確認、動作状況。ふたを開ける前に行わなければならないチェッ
ク事項はいくつかある。指差し確認でもしながら適切に行えるように関係者に周知徹底しておく必要がある。
特にクマスプレーは危険だ。

思考実験、放獣後クマに追いかけられて車の中に逃げ込もうととしたが、接近されたので思わず発射、とい
う事態。このような密閉に近い車の中から発射することを想定してみると、外にはクマがいて、車内はクマ
スプレーの充満で呼吸困難になる。どうしようもない。

一昨年か昨年あたりもどこかでそのような事故が起きているように聞いているが、安全確認の不備と、手順
の確認不足、+慢心の現われだろう。

さらに、絶対に外に人を配置しておいてはいけない。どうしても映像や記録写真を撮りたいならば、作業の
妨害にならないような遮蔽体(車など)を配置してそれから操作すればよい。放獣行為が、見世物的イベン
トとして、一度見ておかなきゃなんねーくらいの気持ちでくっついてくる余計な役人どもはなるべく排除す
るか、絶対的な指揮下に置けるようにしておかないとならない。そういうのが増えると、作業実施担当者の
感覚が鈍る。そんな妨害的状況でもちゃんと作業できるようにメンタルトレーニングくらいはしといたほう
がいい。

クマが向かってくる理由として、縄の束を投げたから、それも一因なっている可能性はある。が、それほど
たいした理由でもない。私の経験ではそのような余計な”刺激”なしでも向かってくるときは向かってくる。
檻の中で完全覚醒した状態なのか、まだ麻酔で頭が朦朧としているのかわからない状態ではあるが、クマス
プレーや爆竹によってかなりパニック状態になっていることは間違いない。そのような状況では、周囲の環
境に微妙な刺激や変化があれば過剰な反応が引き出されて当然。

多くの場合、逃げ道をさがしてその方向に向かうことが多いが、何を思ったのか、藪や谷に下りてゆかずに
向かってきたという例は何度もある。車のバンパーに突撃したり、扉をへこませたりなどなど。大きな個体
でも小さな個体でもありうること。ただし、完全覚醒した個体で多いように感じる。

くまが向かってくるのは、当たり前だと思って行動したほうがいい。

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余談:精神的手負い

学習効果と精神的手負いは立場によって表現が違うほぼ同じことではないだろうか。ただし、以下の文章で
は正しい心理学など学術用語における定義としての使われ方がされていないであろうことは想像に難くない
ので、そのあたりのアドバイスはほしいところです。実際に証明するのは難しいには違いないが、行為者に
とって”有益”な状況になれば学習効果だし、逆であれば手負いとかトラウマとか言っているに過ぎないか
もしれない。

学習化放獣は、この中でクマに直接に忌避的意識?を選択されるように不快な刺激をある対象(餌とか土地
とか)と関連づけて与える、ということ。クマにとっては忌避的に働いてくれれば人の立場でいうところの
学習効果といった見かたになること。

仕組みとしては、ある事象に対して好適な反応を得て利益を生じた場合、もしくは猛烈な反発とか障害が発
生して不利益を生じた、という一連の反応に対して関連性を学習してそれによって利益の享受や、障害の回
避に役立てること。もし、防衛反応としての反撃というのが選択枝にあればそれはおこりうる。

熊は賢い動物なので、こちらが思ったとおりの効果があるかもしれないし、耐えて突破する方法を見つける
かもしれない。結局はいたちごっこになる可能性もある。すでに、電気柵突破個体の存在は明らかであるし、
突破しようとする努力(フェンスの下を掘るなど)をするクマがいる。これは電気柵が壁であるという”学
習”が成立しているからこそ、発展した突破に向けての行動といえるかもしれない。

ただし、クマが人に逆恨みをするというのは、あまりに擬人化した表現過ぎる。人=攻撃排除対象、という
学習が成立したということなら話はわかりやすいが。実際には、餌資源や環境への執着の問題による繰り返
し出没、それに引き続く人身被害、人への復讐なのか、土地への執着の現われなのか分離できない話。人は
恐怖を持つ生き物なので目に見える事象と”感じたこと”を過剰に関連付けようとする傾向がある。

とあるブログで指摘されているのような手負いグマの大量生産というわけではないが、事前学習化はほとん
ど意味がないといえないか。忌避対象との関連を無視した無駄な刺激を与えたクマとはいかなる行動が期待
できるかまったくわからない。

余談:攻撃性

とある意見から人のニオイ、特にクマに危害を加え人のニオイが着いた機材が壊されたなどの表現があるが、
誰のニオイだろうとクマが自分の生活圏内に異物や人のにおいがあれば、状況にかかわらず攻撃破壊するよ
うである。特に、学習化放獣を行ったことと、その特定の個体などが破壊行為に関与するような直接、間接
的にも証拠は得られていない。

ただし、たとえば西中国山地地域であれば山間部と集落までの距離が狭いところでは、クマも人もそれぞれ
の存在を意識しながら生活していると考えたほうが自然かもしれない。このような環境では人の痕跡に触れ
たことのない個体はいないと考えたほうがいいので、現実には検証の難しい類推や憶測となることではある。

私もヘアートラップや自動撮影装置の設置を行ったことがあるが、確かにいくつもカメラなどを破壊された
ことがある。それらについてはクマはカメラのフィルム巻上げ音やストロボの光に反応しているようだと解
釈している。それも必ずおきることではない。また、カメラなど人工物の破壊行為を、放獣された個体が行
ったという証拠は何も示されてはいない。放獣を行っている地域であるということからの類推だけだという
こと。

個人的に支持しているのは、クマは自分が占有して縄張り化したところを作るとそこに入るものには一様に
ちょっかいを出す。その際壊れやすいものは壊れる。

あまりご都合主義的な関連付けをした話には乗らないようにしたいものだが、学習化放獣をしたから人に対
する攻撃性が増したなど、むしろこのような話の方が社会的な説得力がある。より大きな恐怖を連想させる
ことのほうが人は納得しやすいし信じやすい。理解したというわけではないだろうけど。

ただし、諸刃の剣であることは認識するようにしている。われわれが言う学習効果もあちらから見ればこち
らと同様ご都合主義に聞こえることだからだ。学習効果というのは、なにか対象があってそれに何らか行動
などとの関連付けが行われた結果をさす。しかし、クマの加害回避という意味での扱い方ではあくまでも”
期待して”という表現しかできないし、してこなかった話。というか、さきに効果がありますとか、有効な
手段ですとなんとなく社会に意識が拡散してしまったため、あとから火消ししようにも手遅れとなった感が
ある。以前は私自身すら、そのあたりを区別しないで使っていたことがあるので、あまりでかいことはいえ
ないとはいえ。

学習効果について極論すれば、”適当な学習処置”を与えれば人を攻撃対象として学習することも、餌と学
習することもありえないことでもないことことを頭に入れて語られなければならないことではある。そうい
う意味では、学習化放獣を問題視するスタンスは貴重な意見を与えてくれているのかもしれない。それ自体
は真摯に受け止める必要性はあるだろう。とくに研究姿勢とか信頼性の確保という点では無関心でいられな
いはず。まさかそうなるとはおもわなかった、という事件、因果関係もわからず知らず知らずのうちに種を
まいている可能性もないとはいえない。

だが、クマの復讐とか逆恨みというのではないとおもいます。

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最近論理的思考に問題がある。矛盾がある展開してそうな気がするが現状自分で気がついていない。だれか
ご指摘を。

ついに他人任せだな。

2006/10/12

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