西中国山地のツキノワグマ生息環境  2001年晩秋 恐羅漢山山腹にてラジオテレメトリー調査

西中国山地地域の最近の状況(2002年12月現在)

-イノシシの有害駆除法が有害ツキノワグマ個体を育ててきた可能性-

 2002年後半、特に9月以降ツキノワグマの有害駆除個体数が激増しました。公式な値は
各県などの情報から鳥獣統計にまとめられる来年までわかりませんが、現状130頭を超え
たようです。2000年までの調査で個体群規模はおおむね250頭から650頭ぐらいの間にいる
だろうと予想されていたので、中間をとっても3割程度が駆除されてしまったかもしれな
いと懸念されています。

 駆除されてしまった理由は、ツキノワグマによる直接的な被害による有害駆除捕獲だけ
でなく、イノシシの有害駆除罠に錯誤捕獲もしくは混獲される例が特に目立ちました。広
島県のある町では9月末現在で16頭の有害駆除が記録されましたが、この場合もツキノ
ワグマを対象とした有害駆除捕獲ではなく、イノシシの有害駆除罠にかかったものやむを
えず処分するというケースが主であったと聞いています。

 これまでイノシシの有害駆除には、括り罠以外では従来型の大形の据え付け型の捕獲柵
が一般的でしたが、最近では小型の箱罠が普及しています。しかしこの罠はイノシシの捕
獲成功率が高いものの、同様にツキノワグマや他の動物がかかる可能性はむしろ括り罠よ
りも高く、錯誤捕獲傾向の増加が懸念されていました。今年度の捕獲数増加には箱罠の普
及による混獲、錯誤捕獲が一因となっているようです。

 錯誤捕獲を避ける対策として、イノシシの捕獲を目的とした箱罠には、天井部分に適当
な穴をあけるなどの処置を講じ、イノシシ以外の動物は外に出られるように配慮すべきと
されていますが、今回の場合はそのような処置はとられていなかったようでした。このよ
うな処置をとらない理由は不明ですが、ツキノワグマであれイノシシであれ、それが例え
錯誤捕獲で違法性が問題にされたとしても、一度罠にかかったものを放すという行為や、
容易に脱出できる構造をもともと持っているということに大きな抵抗感を持つ人たちが多
いということも罠の改造や普及の遅れを招く要因となっているかもしれません。

 箱罠にツキノワグマが混獲または錯誤捕獲が起きやすい原因は、罠の操作法、ならびに、
動物の採餌や警戒心など行動上の問題に関係しているものと考えられます。イノシシ捕獲
を目的とした場合、最初罠として動作しないようにしておいて、誘因物の屑米、米ぬかな
どを長期間にわたって給餌し、その餌に十分順化させた後に捕獲装置を動作させるという
方法がとられます。これは環境の異物に対するイノシシの警戒心が強いことへの対策で、
この操作の善し悪しでイノシシの捕獲効率が左右されるといっても過言ではありません。
 
 一方ツキノワグマはイノシシ程警戒心が強くなく、全体的に餌資源が減少する夏期には
腐敗醗酵した米ぬかなどにも強く誘引されてしまいます。また、このように定期的に給餌
されるような安定的な餌資源に対しては、ある意味で強い占有傾向を見せる場合もあり、
捕獲目的がたとえイノシシであっても、先にそれらの誘因物を発見、順化してしまい、結
果的に錯誤捕獲につながってしまうと推定できます。

 さらに、近年西中国山地地域ではツキノワグマによる水稲被害や貯蔵されている玄米、
精米の被害が増加傾向にあるります。この原因が、以上のようなイノシシの有害駆除捕獲
罠の設置方法との連性が少なくないのではないかと推察されます。西中国山地地域でのイ
ノシシ捕獲用の小型の箱罠の普及はここ数年のことですが、同様に米ぬか、屑米を誘因物
とした天井のない大形の常設型捕獲柵は、それ以前、10数年、もしくはそれ以上の使用
実績があります。このような施設をイノシシだけではなくツキノワグマも一種の餌場とし
て利用してきたと推測できます。

 また、近年少なくとも1996年にはツキノワグマによる水稲被害を示す直接的な証拠
が認められています(有害駆除捕獲個体の胃内容物分析)。さらに、精米、玄米などの貯
蔵米(簡易貯蔵庫)の食害など、本年も報告されていますし、現にその現場も検分しまし
た。その他、屑米や米ぬかなどと類似した穀物原料を使用した家畜飼料などの食害の歴史
はさらに遡ることができます。

 これらのことからツキノワグマの穀物嗜好性の発達とイノシシ有害駆除用給餌の関連性
が危惧されます。これについては、これまでも現場側でもある程度危険性が認識されてき
たようですが、他に有効な捕獲方法がないなどの理由で将来への危険性の問題は棚上げに
せざるをえなかったものと思われます。もちろん、ツキノワグマの食性には不明な点も多
く、元来イネ科植物には嗜好性がありイノシシ捕獲罠への給餌とは関係なく、偶然独立平
行して起きた事象に無理なこじつけをしている等の疑問点もあり得ます。しかし、野生動
物被害防止という点で、意識的、無意識的な給餌の問題、さらに、被害対策としての有害
駆除の考え方、特に捕獲技術論を再検討する必要性がないということにはなりません。

 また、このような不明りょうな因果関係を逆手にとって、イノシシ有害駆除を名目とし
た、恣意的なツキノワグマのカモフラージュ捕獲が横行する下地にならないか、というこ
とも心配しなければなりません。特にイノシシとツキノワグマの被害が混在する地域では、
住民感情的にその被害の質を分離するように働きかけるのは大変困難です。正確な情報と
行政担当部局の指導力に不安がありそうな場合は特に危険性が付きまとうといってしまっ
ては大げさ過ぎるでしょうか?

 現状では混獲もしくは錯誤捕獲を防ぐ対策の開発は困難が予想されます。個人的には、
ツキノワグマ、イノシシ双方について強力な選択性のある誘因物が存在するかどうか論じ
るのはおそらく不毛に近いと思います。いずれの動物(すべての野生動物といったほうが
いいかも)も多様な環境を利用可能としてゆく学習能力に長けた動物であるからです。た
だし、学問的興味から研究することは良いと思います。すぐに結論が出るかどうかは疑問
とはいえ。

 また、時勢に逆行するのでするので言ってはいけないことかも知れませんが、括り罠の
架設禁止や全面的禁止は本当に現実的といえるのか再検討が必要であると考えています。
技術力のある甲免所持者の高齢化や減少は深刻な問題で、確かな技能や技術力を持った人
が少なくなってきている現状で、選択的な捕獲技術が存在しないのかどうか情報発掘はか
なり難しくなってきています。猟師の中には輪の径を15cm以下にすればクマはほとんど
かからない、むしろかける場所が問題などとアドバイスしてくれた80ー90歳の人もい
ました。

 現実には選択的捕獲などというものはないのかもしれません。が、捕獲哲学も含めた”
技能”の貧弱化は否めないのではないでしょうか。あまりにも、被害が広範囲に広がり過
ぎて誰にでも罠が設置できるようになったとしても、これらの”技能”が継承されていな
ければますます錯誤捕獲がぞうかし、さらに怒りに任せた保護管理思想の啓蒙不足によっ
て正しい罠運用方法の普及や罠管理が妨げられはしないか心配の種はつきません。農林業
の保護が有害鳥獣駆除の目的であり、そのために捕獲することが責任を果たす行為という
ことであるというならば、これら”技能”を発掘、検証し、有効性があれば確実に継承し
身につけた者を教育するというプロセスがあってしかるべきではなかったでしょうか。現
実にはそのあたりがあまり良く見えてきません。

 括り罠による混獲や錯誤捕獲が、外傷などが悲惨と見えるため感情的に訴えるものが少
なくありません。それも確かではありますが、捕獲技術論的な部分が十分な論議や実証を
なされない前に一律な架設禁止処置などに働いた傾向がなかったかどうか、ある程度ふり
かえって再検討する必要性はないものでしょうか。少なくともこの技術には、罠に直接仕
掛ける”誘因物の副作用”で頭をいためる必要が少なくてすむものと思われるからです。

 前後の脈絡からは矛盾するかもしれませんが、混獲や錯誤捕獲を100%不可能です。そ
うであるのなら、罠をかけて動物を捕獲するという行為について、捕獲方法や捕獲後の個
体の処置も含め、設置者が十分な知識と責任を持たなければならないことは明白であるも
のと考えます。

 以上のことから、話は散漫でしたが単純に混獲を防ぐならば箱罠に穴をあけておけば良
いということでは、先述のような被害防止の根本的解決にはならないものと考えられます。
むしろ、無条件で逃走できる罠の普及は、将来の有害個体の育成を促し被害を増長する結
果をもたらす危険性をも孕んでいます。このような場合は、むしろ、イノシシわなに捕獲
された個体は徹底的な忌避学習を与え積極的に放獣し、その後の追跡などモニタリングと
予防処置(環境整備、誘引要因の除去や追い払い等)で対処すべきと考えます。

 人間の行為とそれに対する野生動物の順化の問題は未確認な因果関係のひとつといえま
す。今後これらのことを解明をしないでは鳥獣保護管理は成り立たないものと考えます。
そうでなければ、保護管理手法としての学習化放獣などの非捕殺的処置、保護管理という
考え方それ自身をも否定する根拠となり得、普及が拒否されてしまう可能性を内包してい
るからです。

 このままでは、”クマを放してクマを滅ぼす”ことにもなりかねません。

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