「西中国山地のツキノワグマの生息状況と被害予防」
 2005年7月1日、島根県立大学交流センターコンベンションホールで開催された、
ツキノワグマ講演会、クマをもっと知ろう、から。
 主催:島根県(中山間地域研究センター、島根県農林水産部鳥獣対策室)
 共催:西中国山地ツキノワグマ保護管理対策協議会。

 私の受け持分の講演要旨。

2005/11/24

以下転載
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「西中国山地のツキノワグマの生息状況と被害予防」

                      (財)自然環境研究センター
                           藤田昌弘

 広島県、島根県、山口県にまたがる西中国山地地域のツキノワグマ個体群は、
「日本の絶滅の恐れのある野生生物」(環境庁編、1991年)において絶滅の恐れの
ある地域個体群として掲載された。さらに、1999年から5年間狩猟によるツキノワ
グマの捕獲禁止処置がなされ(環境庁告示29号)、現在もさらに延長され継続され
ている。
 しかし本地域においては、近年ツキノワグマが人里に頻繁に出没し、農林産物へ
の被害ならびに人身被害の危険性の増大が危惧され地域住民からは徹底排除を望む
声も聞かれ、保護と排除的被害防除の相矛盾した状況に立たされている。
 このような状況の中、西中国山地のツキノワグマ地域個体群を有する3県、それ
ぞれ任意の保護管理計画に基づいた保護管理政策をおこなってきた。1999年に「鳥
獣保護及狩猟ニ関スル法律」が改正され、科学的、計画的な鳥獣の保護管理を推進
するために「特定鳥獣保護管理計画」制度が創設された。
 同じ西中国山地地域個体群を有する3県は、これが同一の繁殖集団であると考え
られるため各県が連携して一貫した保護管理施策をとる必要から、2003年に共通の
保護管理計画を策定した。

1.西中国山地地域のツキノワグマの分布
 1998-2001年度に行ったアンケートならびに捕獲・目撃情報から広島県北西部から
島根県中央部、山口県東部を中心に西中国山地沿いに分布が見とめられる。1979年の
第2回自然環境保全調査と比較すると、3県の平野部ところにより海岸線に至る地域
まで大幅な分布域の拡大が認められる。この分布域の外縁部を結んだ最大面積は約10
000平方キロメートルに及ぶ。ただし恒常的な分布面積はその約50%ほどと推定されて
いる。

2.生息数推定の試み
 この特定保護管理計画策定に先立つ1998年から1999年にかけて、西中国山地地域で
は保護管理の科学的根拠となる、同地域の個体数の推定の試みがなされた。
 野生動物の個体数の推定は非常に難しい課題である。とくに森林性の動物は閉鎖的
な環境にあり、人の観察行動に対して強い忌避的反応を示す場合があり直接観察によ
るカウントはほとんど不可能と言える。推定方法には区画法、定点観察法など直接的
な観察方法は特定の条件のもとでは非常に威力を発揮するものであるが、常緑の針葉
樹などが多い西中国山地地域では適用が難しい。そのため、ここでは捕獲個体にマー
キングして放獣、そのご再捕獲を試み捕獲個体中のマーキング個体率から生息頭数を
推定して行く方法がとられた。
 調査が行われたのは、標高600m以上の山林、すなわち恒常的生息地のさらにコアに
なる部分、約500平方キロメートルの地域であった。その結果、この範囲での推定生息
個体密度は0.18頭から0.44頭/平方キロメートルとなった。これをもとに、1998−1999
年度の地域別有害駆除数と夏緑樹林面積から重み付けし先の恒常的生息域の個体数を
推定し、約280頭から約680頭の値を得た。
 この値は、この時点で得られた背景データに限りがあり、様々な仮定を元に算出さ
れたもので一応の目安として扱われるべきであった。現在、2004年から2005年2年間
で同様な調査が行われている。

3.どんなところを住処にしているか
 1998―1999年度に行われた生息頭数調査の際に、4頭(雄2頭、雌2頭)に電波発
信機がとりつけられ2000−2002年まで3年間ラジオテレメトリー法による行動追跡調
査が行われた。
 4頭の内、3頭は同じ罠で捕獲されたが、それぞれの行動様式はそれぞれ変化に富
んでいたで。また、経年的にも行動域の面積は大きく変動した。特にそれぞれの個体
の推定位置について、それに該当する植生を比較すると季節ごとに多用な環境を利用
していることがわかった。また、経年的に比較すると必ずしも毎年同じ時期に同じ植
生環境を利用しているわけではなかった。植生=餌環境と考えた場合、季節ごとに変
化することは容易に想像できる。さらに、餌環境自体、年毎に餌資源としての豊かさ
に変動がありそれに合わせてツキノワグマの行動パターンも変化しているのではない
かとということが示唆された。

4.問題行動的な動き?
 これら追跡個体の内、S9801と呼ばれた雄個体の動きには警戒していた。これは、他
3頭と比較すると低標高地を中心とした行動が目立った。通年では約600mほどの地域を
行動域としていたが、6月下旬から7月にかけてのある一時期、標高200m付近の集落周
辺の竹林でタケを採餌していることを示す傍証が見つかった。ただし、何らかの農林業
被害をもたらしたかどうか指し示す直接の証拠は得られなかった。
 山林の奥地を主に利用しているような個体が時期的に低標高地と高標高地を往復する
行動を見せることがあるということは留意すべき点といえる。

5.里山付きのクマ
 最近の里山環境の変化のためー閉鎖的森林環境、大径木化ーのためクマをはじめ多く
の野生動物を呼びこむ環境が醸成されてきている可能性は高い。ツキノワグマの習性や
行動の変化が問題にされるが、単に餌供給源としてなど利用可能な環境が広がったため、
それに素直に適応してきただけといった見方もできる。
 確かに、そのような環境を放置すれば、より森林化の進んだ里山環境に対して依存度
の高い個体を生み出す可能性は否定できないし、進行中といっても過言ではないであろ
う。
 先述したS9801のような行動をする個体、これを里山付きのクマとか新世代グマなどと
称して良いのかどうか現状では明らかではない。少なくとも西中国山地地域では観察例
が不足している。集落周辺で捕獲、放獣されその後追跡された例がほとんど無いためで
ある。今後そのような観点からの検証が必要である。

6.被害防止につながること
 2つの意味を持った環境改変が必要である。ひとつはツキノワグマに好適な生息環境
を整備することと、一方で利用しにくい環境を作ること。いずれも簡単なことではない
が取り組まなければならない問題である。とくに利用しにくい環境は里山など集落周辺
の環境改変を意味する。かつて薪炭林として利用されていた時代、15年程度の伐採間
隔を繰り返していたため森林の形態は保たれつつも決して成熟することはない状態だっ
たのではないか。
 一例として、薪炭から石油資源依存度が高くなってきたころから、里山の森林価値が
見出せなくなり成林してたうえ、未曾有の森林地帯として発達してきたことが多くの野
生動物を呼びこむきっかけとなったとも考えられる。
 しかし里山に手を入れて整備するといっても、里山の樹木に直接的な経済価値が見出
せない現状では投資した結果をすぐに社会に反映するという担保ができない。ある意味、
里山整備が産業と結びつく方策の提案がもとめられているのではないか。
 現在、バイオマス資源の工業的利用の研究が進んでいる。たとえば、里山の木材資源
をバイオマス燃料の原料林として新世代の薪炭林と位置付けること、リグノセルロース
など新素材資源、セルロース糖化など有機工業資源としての利用など、現在研究中の技
術も含めて将来的に利用可能な資源と捉える事はできないものか。
 現状では採算が合わない、細分化された地権者問題など提起されるであろうが、ほと
んどクマの問題と考えられていること、実は人間社会側の問題ではないのか。これこそ
人の”智恵”が試される問題ではないかと思われる。
 クマからの被害を予防すること。ある意味、クマの専門家が、クマの為にといって、
クマの話をしてるだけでは、まったくクマのためにならない。いかがなものか。

木質系有機資源の新展開 
Advanced Technology for Woody Organic Resources
監修 舩岡正光 ISBN4-88231-485-1
シーエムシー出版 2005年1月刊
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