追い払いについて
広島県のクマレンジャーについては、他の項で若干の説明をしました。ここでは、
このような組織が具体的にツキノワグマを追い払うなどの作戦を立てたときにどうあ
るべきかについて述べます。
しかし、例によって私見であり、無責任を標榜していますことご理解いただけた方の
みごらんください。

クマレンジャー 設立当初の問題
クマ対策のなかで、クマの出没、被害状況に合わせ、まず追い払い(追い上げ)作戦
を行い、それで効果がなければ駆除隊を編成して、パトロールならびに捕獲罠の設置
など捕獲(処分と放獣の選択、広島の場合有害だからといってすべて処分が前提では
ない)を試みます。追い払いのときも、銃の携行は許されます。

ただ、装てんする弾種が追い払いのときは花火弾(ゴム弾、使ってない)、駆除のと
きは実弾。行政的にこれら二つをはっきり分けてしまったので、追い払いに参加した
人が、急遽駆除にスイッチし難い、ようは弾の受け渡し証明がどちらかに限定してい
るので、すぐに実弾を使えない、など問題があったからでした。先述したとおり同じ
人が担っているわけですから、立場自体が中に浮いた感じと疑問を持たれて当然だっ
たと思います。

同じ人になりがちなのは、どうしても出動発令が急なことで、若くて力のある会員が
参加しにくい(サラリーマンや務め人も多い)ため。農業などの自営業の人たち、限
られた人たちしか対応できない事があります。そのような場合の補填制度など十分整
備できないまま進んでしまったので、それも問題視されていました。

ただ、民間に勤める人たちに出動要請して召集した場合、そのような補填制度は行政
側の制度として難しい問題を含んでいるようです。あったとしても時間が掛かるなど
迅速な対応を前提とした追い払い事業にはそぐわない事になりかねません。

結局僅かな報償費で有志的活動を強いることになっていました。報償費も予算で運営
されるので、最初に枠を決められます。そのごどれだけ出動しても上限ははじめから
決まってしまいます。そのため、年間にクマレンジャーとして出動できるのは後何回
といった対応になり、追い払いで済むようなケースを駆除に振り替えたりなどなど、
駆除班との予算は別扱いだったため、仕組みが複雑過ぎて関係者が理解しにくかっ
た。という経緯があった。

それで、ある町では市町村役人や担当者がクマレンジャーでした。この場合、公務員
+猟友会会員であったため。いわば役場の業務としてクマレンジャー活動ができたと
いうことで、出動体制、動員態勢、予算問題などなどクリアー。ただ、放獣、殺処分
など処理基準が偏りがちだし、第三者が入りこみ監視したりアドバイスを与えたりな
ど、猟友会に一任するより関わるのが難しくなっていました。円滑に流れるのではあ
りますが外部からの干渉を受けにくい体制といえるかもしれません。

現在では改善されたかもしれませんが、いくつか問題があった中で一番猟友会が改善
を求めていたことのひとつだったように記憶しています。とにかく、設立の当初、技
術的アドバイザーとして認定されていたのでそんなところにも触れる機会がありまし
た。

体制的には理論的アドバイザーと技術アドバイザーの2種類、外部から人が選定され
てクマレンジャー活動を監視ならびにアドバイスなどの任が与えられていました。た
とえば後者は私が任を拝した事もありました。

いろいろと行政上の仕組みを理解してないと難しいかもしれません。今後追い払い、
追い上げをツキノワグマ対策のひとつとして(駆除以外の方法として)採用し、実行
していこうとするならば、現行制度の実務的なプロセスを整理し無駄をなくすことが
必要です。進めるべき方向性を指針化して徹底してもらいたいものです。

それで、追い上げの具体的な方法ですが、表面的には現場の地理的条件や実際のクマ
の出没位置によって、臨機応変に対応するで終わってしまう話かもしれません。それ
でもいくつか、不充分とはいえ押さえておく必要のあることについて、現場技術論の
みについて、私見を述べます。

追い上げをするべきかどうか
ツキノワグマの管理マニュアルもしくはそれに類するものがある場合、クマによる出
没もしくは被害発生の通報を受け現地調査が行われます。必要ならば、次に有害駆除
申請が出されて駆除のための罠設置などの処置がとられます。

追い上げを方法論に加えることを前提にした話であれば、有害駆除申請を行う前の段
階にさしはさむべきです。通報直後の現地調査で、さらに繰り返し農林業被害の発生、
人身被害の恐れ(急迫を含め)と判断された段階で、追い払い隊が活動を開始する。
対応としてはイヌを使った追い上げ(引き綱から放さない!)、ゴム弾や花火弾(使
用範囲は限定)、爆竹、ロケット花火などの処置。その後様子を見て、駆除申請を正
式に受け入れるかどうか判断する。という流れが自然だと思います。

拡大解釈を加えれば、追い上げ隊自体が有害鳥獣駆除申請の可否を判断する権限を持
っていても良いのではないか、とも考えられます。しかし、判断体制として複雑化し
すぎないよう組織整理をする必要があります。

追い上げ隊出動の際には、広島のクマレンジャーにあるような理論的、または技術的
アドバイザーが必ず同行していることが必要で、それらが何らかの権利を有すること
が必要になるでしょう。

−−−−−−−−−−−−−−−−−以下、各論−−−−−−−−−−−−−−−

追い上げする場合
 − 5000分の1基本図を入手する。
   踏査ルート、出没地、被害地の位置関係を確認すること。人員配置して追い上
   げ行為のためのルート、安全に退避できるルート、追いこみ場所(クマを何処
   に誘導すべき所)などを検討する資料として必要。管内全地域の5000分の
   1基本図がすぐに参照できるように体制を整えておくこと。
   民有地と国有林は別なので、国有林関係は森林管理署。ただ、追い上げする範
   囲で国有林がかかっているところは多くはない。主に活動するのは里地里山、
   あるいは少お奥範囲と想定する。
   25000分の1地図では間に合わない。実際に踏査追い上げする(できる)
   範囲は10−50ha程度だろう。
 − 追い上げ(踏査)ルート。
   必ずしも全員がその土地を熟知しているわけではないので、道のない斜面を闇
   雲に登るという行為は特に必要な場合を除きしないこと。尾根スジ谷スジの作
   業道など人工的な通路があれば利用。基本的には谷スジではなく尾根の方が有
   利。谷よりも見渡しやすいので。追い上げ範囲内の尾根分布など充分検討する。
   参加者側(猟友会など)が地理を熟知していて内部的に統制がとれているなら
   あえてその体制は壊さないように。現場での指揮系統は、必要ならば事前にコ
   ンセンサスを得ること。
 − 何処までやるか。
   可能ならば稜線まで上がる。距離が大きすぎる場合は、たとえば人工林と天然
   林の境界線、山腹を横断する林道までなど、わかりやすい目標を決めておくこ
   と。参加者の体力ペースは図りがたいが、少なくとも図上平面距離で200−
   500m。範囲が狭いなど条件次第ではこの限りではない。
   登るルートや帰還ルートは、結局、本人たちの勝手に任すことになるが、特に
   帰還ルート、たとえば最終的に全員稜線まで上がるとした場合、全員が稜線を
   一定の方向に向かって進み途中で他の隊員と合流しながら戻るように、と事前
   に指導すること。
   これによって追い上げ中の安全対策、怪我人の有無、人員のチェックなど確認
   して安全に帰還させる(よう配慮している)ことを強調すること。
 − 人数。
   多いほうが良いが、限界はある。何班かにわかれていくつかの尾根を登る場合、
   必ず1班2人体制で。声や音を出しながら接近する。基本的に対象の存在はわ
   からない。もし見つけても無理な追尾はしないこと。5人以下などの場合は無
   理に班分けしないでゆるく分散(互いに見える距離)しながらもまとまって行
   動すること。
 − 対象(クマ)の位置がわかっている場合。
   発信機グマなど位置が事前にわかっているなら数人固まって声や音を出しなが
   ら接近する。位置が変われば、近づき過ぎない範囲で追尾。尾根や稜線を超え
   るまで追尾できれば良いが、時間帯や地理条件で危険のない範囲で。また、追
   いこんだ地域に民家や集落が隣接している場合は注意が必要。完璧な誘導は無
   理な情況もあり得る。
 − 猟友会が主体の場合。
   緊急避難的な銃の使用は事前に許可すること。初弾は花火弾など、次弾は実弾
   などのルールを取り決めておくこと。できれば初弾だけで済ませてほしい。駆
   除隊ではないことの思想的な徹底。これがないと追い払いにもかかわらず実質
   的な駆除活動になってしまう。
   シカやイノシシでは追いまわされると特定な退避ルートをとおって逃げること
   がある。巻き狩りが得意な猟師はそのルートや、動物たちが出てくる場所を熟
   知している。これを利用して先回りまたは人員を待機させておいて捕る。とい
   うこともある。そのような情報があれば有効に活用する。ただしこのような情
   報は彼らの固有の財産に近いものなのでおいそれとは出てこない。無理にねじ
   込まないように。
 − イヌを使う場合。
   量ではないので絶対に引き綱から手を離さない。気配などを感じて過剰反応を
   することがあるがおさえること。そのようにイヌが騒いだ段階ではすでにクマ
   は逃走してしまったあとである。ある環境にクマ自身とは異なる刺激があるこ
   と自体が重要。
 − 銃所持許可のない人たちが参加する場合。
   できれば猟友会1名その他1名でペアを作ること。一般人をいわばオンブズマ
   ン的に扱う。爆竹やロケット花火、金属板(たたくと音が出るもの)、ブザー
   などを携行。クマスプレー必ず所持。使用方法の事前教育が必要。
 − 全員トランシーバーなどで通信可能にしておくこと。
   全体の動きを把握するリーダーを踏査隊員に1名(実働隊)置くこと。
   別に統括本部を設けそこに1名配置し通信のモニター(統括本部)。
   実働隊リーダーは踏査開始と終了、中断、帰還などの合図を送る。
   例:開始時に各班持ち場にセットした時、
   ”第1班○○さん準備よろしいでしょうか”と順次全員に呼びかけ、次に、
   ”現在午前○○時、各班登攀開始してください”などと指示を出し全員の状態
   を確認する。
 − 踏査中の目撃例の確認
   位置情報や移動方向などの追尾、移動方向に隊員がいる場合、注意を促す。
 − 実働隊リーダーは踏査範囲の地理条件を熟知すること。直接現場のすべてを知
   るべきということではなく、5000分の1地図を読みこなすことで、目撃動
   物の位置把握、各隊員の位置の把握と、転落などの事故防止に努めるというこ
   と。訓練しておくこと。

踏査中気をつけること
 − 地上構造物
   必ずしも林道や登山道を通ることはないので、地上構造物など(笹薮、倒木、
   岩の陰、穴、立ち木の裏など)至近距離にある自分から直接見えない範囲、構
   造物に注意を払うこと。
 − クマの反応
   クマは異常を感じるとわりと退避行動に入る反応が早い。が、しばしば、笹薮
   の中にじっとしていて通り過ぎるのを待っていることもある。位置関係にもよ
   るが、近づくほど彼らのストレスがたまり、ある時点(距離)で突然回避行動や
   防御行動に転ずる。
   通常突然の事故というのはこのような仕組みで起こるが、具合的なタイミング
   は計り知れない。2−5mというのが報道では強調されているようだ。経験的
   には5−15mぐらいかもしれない。
 − 安全確認
   踏査中の安全確認は充分に。不明な構造があれば石を投げてみるなど。
   また、これ重要。追い上げなので斜面を登りながら相手の確認をしないといけ
   ない。斜面を見上げる姿勢になるが、これが意外と視野が狭い。また登攀中は
   体力を使っているので意識が集中できないことがある。見過ごしや、それによ
   る異常接近、遭遇による事故に十分注意すること。

クマスプレー
 − 何処まで信じられるか
   過信してはいけない。また、お守りではないので使用を前提として手の届くと
   ころにあること。ただし、見とおしのない閉鎖した笹薮などでは、植物が邪魔
   で役に立たない。また、5m以内の遭遇で、突進してくる相手より早く反応す
   ることは不可能。まず限界を知ること、そのうえでリーダーはは運用訓練をす
   ること。
 − 運用哲学
   クマスプレーは銃と同様、相手に直接あたらなければ効果がない。効果を求め
   るならば正確さが要求される小道具のひとつである。そのため哲学的には銃と
   同様の扱いをすること。適正な訓練を必要とすると言う意味である。
   取り扱い上、

   1.クマに気づく
   2.危険性を判断する
   3.クマスプレーをホルスターから抜く
   4.安全装置をはずす
   5.標的に向ける
   6.発射する
   7.効果を判断する。

   ざっと見ても7段階のプロセスが必要。7.の段階で効果がなければ、誰か怪我を
   する。持ってるだけでは意味がないという根拠。
 − 失敗した場合
   通常であれば、クマの生息地には近づかないようにして、直接対決を避けるよう
   に促すところであるが、追い上げ隊にはそれなりのリスクがあることを認識する
   ように。直接ヒットしなくても、相手の行動を0.5秒でも1秒でも送らせることが
   できれば何らかの対策が講じられることもあるかもしれない。たとえば、伏せる、
   木陰に隠れる、勧めはしないがナイフを抜いて格闘戦にもちこむなど。各自の対
   応になるので明言できないが、被害を最小に持ちこむよう努力すべし。そのほか
   遭遇対策については他のクマ関係HPに詳しい。参照せよ。
 − 訓練
   まずイメージトレーニング。
   上記の7プロセス、特に3.から6.までの動作、円滑にできるように練習するべき
   である。追い上げ隊参加者は、短期間の何らかの訓練プログラムを受講すること
   を必須とすべきであろう。
 − ここまで読んで、なにを大げさなとか、意味があるのかとか、そんな暇はないと
   か思った行政官が100人中99.9人いたであろうことは想像に堅くない。が、
   一言いいたい。

                  なめるな!

結果の処理
 − データ
   追い上げといっても、単なる山歩きにしない。目撃情報、追い払い処置の有無
   などの情報のほか、獣道や痕跡をよみとり情報化すること。その地域の出没要
   因や出没ルートの解析に役立つ情報が得られるかもしれない。
   あまり複雑になってもわかりにくい。リーダーはアドバイザーと協議し事前に
   調査用紙を作ること。猟友会や一般人の参加者が混乱しないようにせいぜい4
   ―5項目ぐらいに整理する。
   時刻、標高、クマ目撃、獣道、爪痕、その他の痕跡、追い払い処置など。
   踏査該当地域の5000分の1地図をそれぞれにもたせ記入してもらう。地図
   の見方がわからない場合の説明責任はリーダーにある。
 − 結果は地域内の動物分布情報として整理する。必要ならば、地域別の獣害ハザ
   ードマップなどの作成を前提とした事前計画を立て、それにしたがって記入整
   理すること。また国レベルもしくは県レベルでこれらの情報が一括した動物分
   布、被害発生情況を示す環境情報データベースとして活用できるならば、その
   フォーマットを意識し円滑に整理できるよう配慮すること。

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補足
基本となったのは、動物調査法のひとつ、区画法の手法。これはシカやカモシカの個
体密度調査で採用されています。
区画法では登るのではなく最初に山の稜線に調査員を配置していっせいに下る事が多
い。下山その途中で目撃した動物の種類と数を記録する。追い上げはそれを逆にして
応用しました。追い上げも区画法も狩猟も人の動かし方は類似性が大きく転用可能。

大変なのは調査に関わってくれる人たちとどう接するか。初めて参加する人がいる場
合、いかに作業の意義を理解してもらうか、ビジネスライクに考えれば良いことだが、
個体群管理の為に整合性のないデータはなるべく避けるべき。各人を監視できるわけ
ではないので説明責任をしっかりと果たすことです。

また、自分自身始めていく土地だった場合、事前には地図でしか触れていない。その
ような情況で地図だけですべての山林のイメージ作りしなければならないりません。
調査員の状況把握や、安全確保のために重要な部分であると考えられます。

2005/04/26
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