ツキノワグマが生息する地域では、しばしばペンキなど塗り立ての看板や道標がツキノワグマ
によって選択的に破壊されることがあります。原因ははっきりしませんが、ペンキの成分やクレ
オソートに誘引効果があるのではという説もあります。
　有刺鉄線や樹木表面に体毛が残されていることがありますが、あまり頻繁に観察できる痕跡で
はありません。しかし、最近の遺伝子分析技術の向上によって、毛根部分からDNAを取り出すこと
が可能になったため、フィンガープリント法を応用して個体識別や個体数の推定に利用できない
か研究が進んでいます。また、隔離された個体群の遺伝的多様性を調べることによって、地域的
な絶滅の危険性を評価したり、離れた個体群をつなぐ緑の回廊の設定などに役立つことが期待さ
れます。
　ツキノワグマが休んだり、一時的にとどまったところには放射状に植物が押し倒されたような
痕跡が残ることがあります。道路脇や河川周辺に見つけられた場合にはその近くに、横断ポイン
トとなっていることもあり、目撃情報などとあわせて把握しておく必要があります。
　2009年から2011年までの岩手のクマ調査（ヘアトラップ調査）で、調査のために設置したヘア
トラップ以外にも、カラマツなど樹木の剥皮痕や人工構造物からもクマの体毛が観察されていま
す。かなりまとまった量の体毛が付着しているケースもあり、ひょっとすると積極的な背擦り等
の行動のせいではないかと思われます。
　樹木（生木）の剥皮についている場合、齧られた樹皮の角に付着したり、滲出した樹脂に張り
付いています。また、人工構造物に付着している体毛には、齧ったあとのささくれに引っかって
いることがほとんどでした。
　剥皮行動の理由として、樹液を採食するためのほか、背擦りしやすい突起を作っている（効果
的というか気持ちがいいのか）ようにも見えます。
　背擦りについてはヒグマの典型的な行動のひとつですが、ツキノワグマでも見られる行動かも
しれません。ただ、私が西中国山地地域で調査をしていたときは正直言って、あまり意識してい
ませんでしたが、剥皮痕跡や構造物に体毛が残されていた例はあったと思います。
　背擦り行動自体の、行動学的な意義については専門の研究者からの報告などを参照してくださ
い。

07-01　道標の破壊、齧り跡と爪痕。
07-02　有刺鉄線に残されたツキノワグマの体毛。
07-03　円座。
07-04　ツキノワグマの横断ポイントの一例。
07-05　円座？ススキ。
07-06　湿地にできた通り道。
　　　　　　07-05、07-06いずれもテレメ個体が一週間以上とどまっていた地域内で認め
　　　　　　られたもの。中央なんとなくくぼんだ感じのところ。わかりにくいかも。
07-07　ゆるい斜面にできた通り道。2010年7月　岩手県岩泉

岩手県で見た人工構造物上の痕跡（齧り痕、体毛）
07-30a　看板の齧り痕　木の博物館分館4号　2010年7月
07-30b　体毛の付着を確認　木の博物館分館4号　2010年7月
07-30c　看板の齧り痕　木の博物館分館4号　2011年7月
07-30d　体毛の付着を確認　木の博物館分館4号　2011年7月
07-30e　体毛の付着を確認　木の博物館分館4号　2011年7月
07-31a　看板の齧り痕　木の博物館分館11号　2010年7月
07-31b　看板の齧り痕　木の博物館分館11号　2010年7月
07-31c　体毛の付着を確認　木の博物館分館11号　2010年7月
07-32a　看板に爪痕　木の博物館分館8号　2010年7月
07-32b　看板に古い爪痕、体毛無し　木の博物館分館8号　2010年7月
　　　　　　分館4号と11号は、2010年、2011年それぞれ新たに齧り痕と体毛付着がありました。
　　　　　　クレオソートのような防腐剤防虫剤などと背擦り行動などの行動誘起効果は因果関
　　　　　　係ははっきりしていないので、検証するべきかもしれません。
　　　　　　木の博物館：岩手県の宮古市川井総合事務所産業振興課と三陸北部森林管理署によ
　　　　　　る林業振興と森林保全を広報するための事業。2006年度から。詳しい説明。
07-33a　道標の齧り痕　体毛付着　2011年6月
07-33b　道標の齧り痕　体毛付着　2011年6月
07-33b　道標の齧り痕　体毛付着　2011年7月
　　　　　　この道標も2010年、2011年それぞれ新たに齧り痕と体毛付着があり、それぞれの年度
　　　　　　内でも、3ヶ月間に3−4回繰り返し来訪しては齧ったり体毛を残したりだったようです。
　　　　　　同一個体によるものか、複数個体だったかは現在のところ不明。
07-34a　道標の齧り痕　安庭・害鷹線　2011年7月
07-34b　道標の齧り痕　安庭・害鷹線　2011年7月
07-35a　道標の齧り痕　堺の神の林道　2011年7月
07-35b　付着体毛　堺の神の林道　2011年7月　体毛の付着は少しわかりにくい写真
07-36　道標の齧り痕　堺の神の林道（御陣長根）2011年7月　古い痕跡体毛無し
07-37　道標の齧り痕　堺の神の林道（御陣長根）2011年7月　古い痕跡体毛無し
07-38a　道標の齧り痕　木杭八戸川代線 2011年8月
07-38b　付着体毛　木杭八戸川代線 2011年8月　岩手県岩泉
07-38c　舗装道路際　木杭八戸川代線 2011年8月　岩手県岩泉
07-39a　道標の齧り痕　青松沢 2011年7月　岩手県岩泉　これも数年分の齧り痕
07-39b　道標の齧り痕　青松沢 2011年7月　岩手県岩泉
07-39c　付着体毛　青松沢 2011年7月　岩手県岩泉

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