投薬器
 檻の中の動物やわなにかかった野生動物に投薬する際にしばしば用いられる、ディスポーザブル注射
器で作った吹き矢型の投薬器。安く手作りできるので、獣医関係、野生動物分野でも使われることがあ
ります。実際には工業的に生産されたメーカー品の方がずっと信頼性は高いわけですが、経費がかかる
ということで。
 作り方に関しては、特に専門的なマニュアルがあるわけではなく、各組織ごとに伝統的な技法で作ら
れているようです。一般的な製造方法については、コミックス”動物のお医者さん第2巻”にまでも紹
介されていました。

 ということで、基本的には注射筒の内部を密閉状態で二分して、吐出口側(前方とすると)に薬液、
もう一方(後部)に圧縮空気(ガス)を注入しておいて、対象に当たったときにガス圧力で薬液が注入
されるように細工しておく(通常は先端を封止し側面に穴を開けた注射針を取り付ける。刺し込まれた
とき以外は薬液が放出しないように工夫する)。

 構造は簡単なので製作は容易で、コミックスで紹介された方法や良く見かける手作り品は後部圧力室
のガスは、プランジャからはずしたガスケットを虫ピンで十字型に刺して固定することで封止している。
 実際にこの方法で製作してみるとガスが徐々に抜けて注入に必要な圧力がすぐに下がるなど、ガス漏
れの問題があり、人によって加工精度の違いも見られ品質がばらつくような気がする。この方法で自作
している方々にも、製作上のばらつきは問題かなぁ、という人もいたようで。

 合成樹脂(PP)製ディスポーザブル注射器は、圧力をかけると変形(膨張)をする。膨張するとガスケ
ットのシールが不完全になり液漏れや逆流がおきやすくなると考えられる。このためプランジャの摺動
部分は膨張に抗する何らかの特性を持っていなければならない。
 しかしピン止め法はその特性を活かしきれていないような気がする。ここでは注射筒後部をピンでは
なく、注射筒自体の樹脂を加熱融解して後部圧力室の封止ゴム(ガスケットを利用した)に内圧が保ち
やすくした。容量5mlや10mlの注射筒でも加工は可能だが、もっぱら2.5mlか3mlを加工してると思う。

 が、融着法について”専門家の方々”からは、何でそんな面倒なことすんのとか、これまでどおりで
なんら問題ないとか、作り方が下手だからとか、圧力が維持されている間にすぐ打てば問題ない、など
などと、暖かいご意見は多数いただいてはいる。。

 かなり妄想が入っているが、ピン止めしないのは以下のような理由から。一応図化してみた。

 個人的にピン止めが嫌いな理由

 ディスポーザブル注射筒は圧力に対して変形しやすい合成樹脂でできているので、プランジャなどの
摺動部分の密封という一種動的な”圧力容器”をしつらえるためにはかなり工夫がいるはずだが。
 事実、無改造の注射筒そのものは、プランジャを押して圧力をかけると逆流や漏れもなしで液体を圧
入できるし先端を封じて圧力をかけてもめったなことではそのシールが破れることはない(人力程度の
範囲ではあるが)。圧力をかければ筒全体は膨張してガスケットとの間のシールが悪くなるはず。
 それを見越した上でガスケットは筒内径よりも大きくできていてある程度の膨張にも対応できるのだ、
といわれそうだが、それだけではなさそう。

 謎はガスケットの形にありそうな気がする。なぜ三角錐でとんがってるのか。何か能動的なシール機
構が隠されているのではないか。
 液体を入れて圧力をかけるとガスケットの三角錐が微妙に縮み平面化というか凹む(圧縮か?)。多
分このとき円錐面の傾き方向に応力が分散し壁面を押す力に変換されるのではないか。PPが変形しやす
いとはいえガスケットのゴムの変形は、筒よりも大きいので圧力がかかるほど内側のガスケット外周か
ら筒内壁を押す力となってシールが維持される・・・この形態にはそんな意味があるのかなと。
 実際は気がつかないことも多いわけだが、一般的に、形態には意味(機能)がある。生物の形態分類
学でも工業デザインでも根っこは同じだと思う(向きが違うかも)。

 実を言うとディスポーザブル注射筒の特許書類や技術資料を見たわけではないので、形態から勝手に
想像しているだけ。解釈が根本的に間違っているかもしれないので本当のところどうなの、という疑問
はのこる。

 妄想みたいな話で長くなったが、問題は投薬器の後部封止(ガス圧をかけるところ)。もし先の想像
がかなり現実に近い力学的な特徴だったとすると、封止ガスケットに均等に力が掛からないとないとシ
ール効果が現れ難いかもしれない。
 ピン止め法を考えた人は、なるべく簡単に強固に固定しようという意識が働いたのだと思う。しかし
ピンという金属性剛体材料によって点的に固定すると、むしろ不均一な圧力が封止ガスケットと注射筒
にかかるため、隙間が広がりガス抜けが起こりやすくなるかもしれない。
 実際、虫ピン法で作った投薬器は圧力をかけると、びりびりと振動音を発しながら封止ガスケットの
隙間からガスが抜けることがある。ガス圧はガスケットの弾力性で封止可能な圧力で平衡したようだっ
たが、ダミー薬液(ただの水)を完全に吐出できるだけの圧力は維持できなかった。

 注射筒の後部開口部に加熱・融解、圧着整形により、リムを再形成させることで、圧力負荷時に開口
部付近の膨張を構造的に抑止できることと、リムが封止用ガスケットを全周から均等に力をかけるので、
密閉の強化が期待できる(勝手にリム効果というが)。

 ただし使用上の問題点がないわけではない。融着とはいってもガスケットにシリコンオイルか何かが
しみこんでいることと、PPとゴムの融点が異なり封止ガスケットが完全接着するわけではない。このた
め、例えばガスや空気を注入するため細い針を刺すが、このとき封止ガスケットがずれることがある。
不良といえなくもないのでお客様満足度は低い点。
 が、針を投薬器の軸線に沿って刺さず、封止ガスケット円錐状部を狙って斜め後ろから差し込めば、
封止ガスケットがずれることはない。
 この投薬器を初めて扱う人にたいし、このようなコツが必要なことを説明しておかないと、人によっ
ては現場作業中にキレることがあるので要注意(ピン止め法投薬器のガス抜け動作不良もそれ以上問題
だと思うのだが・・・若干反応は違うようだ)。

 そのほか加熱による樹脂の変性、絶対に封止が壊れないのかなどなどいくつか微妙な問題は観察され
ていて、これまでは実用上の問題にはならなかったものの、できれば改善は必要だろうとは思うが省略。

 以下製作手順の図。過去にも何回か描いてみていたので合わせて掲載。少し変わってきている。

 製作手順 書き直し版

 製作手順 写真版

 製作手順 旧版 表題が研修資料とかあるが何のつもりだったんだろう。

 図中、Fの溶融部分を押し当てて整形するため金属板、中央に孔があけてある。非常にわかりやすい
理由があるので考えてみよう。

 図中、Bの薬室部の可動ガスケットが、ガスケット単体ではなくプランジャ部材の一部を切り取る形
で使われている理由。ガスケット単体でセットすると、材質が柔らかすぎるためか可動中に変形・横転
し、薬室と圧力室が混合してしまうことがあるため。ガスケット自体にはわずかにシリコンオイルがし
み込んでいるようで、これによって摺動性を確保しているのだが、時として滑りが悪い個体もありこの
ような不具合の原因となっている可能性がある。これは使ってみるまでわからない。
 多少滑りが悪かったとしても、プランジャ先端部分をガスケット内部に残すことでガスケットの過剰
な変形が抑えられ、横転を防ぐことができるのだと思う。

 ついでに、 毛糸の尻尾。

 なるべく細いアクリル毛糸。目立つ明るい色を何色か用意して、単色、複数色混ぜるなどで識別の工
夫することもできる。これは針金で枠を作って巻くと作りやすい。根元を束ねるように毛糸を巻いて瞬
間接着剤で硬化させる。この太さを後部ガス室の封止ガスケットの孔に、少しきつめに合うように作る。
取り外し自由だが、飛行中落ちることはない。ガス充填はすこしコツが必要だが問題だとは思わない。

 この方法で投薬器を作り始めたのは、かなり古くてJICAでパラグアイのダム水没地域の野生動物
保護に行ってたとき(1991−1993)から。このときの実験では、この方法で作った投薬器は圧力かけて
40度以上の気温環境で1時間以上放置してもほとんどガス漏れがなかったとか、25度前後でうっかり12時
間放置しても十分な吐出圧力維持してたとか、あまり当てにならない断片的経験から。
 注:旧版資料では最長72時間とあるがこれは特例。圧力持続時間は密閉度を示す指標になりうるが、
長いだけではあまり意味がない。

 ということで、本格的な工業試験をしたりデータを取ったわけではないので、信頼に足るものではな
い、ということであればそれはそれで仕方がないことではある。ほかの研究者などとの交流がほとんど
ないのでどう思ってるか知らないが、やはり融着方式に気づかれた方もいるかもしれない。

 が、個人的には、なぜピン止め法のまま数十年なのか理由がわからない。基本的にある一定時間十分
な圧力が保持できて、確実に動作すること、ということにおける信頼性が抜群ならば方法の新旧は問題
にはならない。通常すぐに(狙いがつけられなくて5分ぐらいふらふらしても10分以内)に施用するので
ピン止め法でもいいのかもしれないが、それにしてもばらつきが大きすぎる。
 伝統とか先例主義的な何かとかそっちのほうではないと思いたいが・・・野生動物関係から少しはな
れた分野から入った立場としては不思議に思う点かも。

 古いほうの総説的な文献でディスポーザブル注射筒を利用した投薬器のについての記述(図)は、
 北 昂 監訳 1982 動物の保定と取り扱い 文永堂 p.44
にもあり、原文は
 Murray E. Fowler 1978 restaint and handling of Wild and Domestic Animals.
 Iowa State University Press

 実際にはプラスチック製ディスポーザブル注射器が作られたのは1952年らしいので(Wikipedia)、
それ以降はいろいろ工夫されつつお手軽に投薬器が作られてきたに違いない。
 それ以前は、おそらく火薬式麻酔銃用のアルミなど金属製の投薬器だったろうから吹き矢は無理っぽ
い。スティックシリンジとか手投げとか・・?合成樹脂化して吹き矢も麻酔銃も相当に扱いやすくなっ
た推測できる。さらにプラスチック製ディスポーザブル注射器の普及に伴い、動物取り扱う分野での学
術発表や論文*にも利用方法などが紹介され、参照する人も増えて行ったのだろう。

*:ごく一例、
  Haigh & Hoph (1976) The blowgun in veterinary practice: its uses and preparation. 
 J. Am. Vet. Assoc. 169:881-883
 などあるらしいが手近にないので内容がまったくわからん。文献調査のつもりはないので精査しない。
アクセスできる人は見といたら良いと思う。

 結局は、個人的にピン止めが嫌いというだけで、加熱融着が優れていて・・・とかいう気はさらさら
ない。どちらにしろ大事なテクニック(経費節約のため)かもしれないわけで、慣れた方法で作る、と
いうならそれで良いとも思うし、めんどくさかったら製品買えばいい(経費節約にならないが)。
 長々書いた仕組み(勝手な解釈)についても本気なのか妄想なのかわからないだろうと思うので、内
容に責任持つ気はない。

 逆になぜ融着にこだわるのかと・・・。それはそれぞれの捉え方と好みの違いということで。

注意1:
 ピン止め法にしろ、融着法にしろ呼気による吹き矢専用。麻酔銃では使用不可能。
 描くのがめんどくさかったからルアースリップタイプ注射筒で図示したが、針や液体の予期せぬ飛び
出しを避けるため、より安全性の高いルアーロックタイプ注射筒を推奨。
 ルアーロックタイプでも、施用するまで安全キャップをはずしてはならない。

注意2:
 注射針の取り扱いについて直接的な法規制はないようだ。が野生動物の調査研究や業務に関わる大学、
研究調査機関など(普通、捕獲業務を受託できる組織ならば獣医師とかが職員でいるはずだが)であっ
ても、明確な理由や目的もなく持ち歩いたりしない等、適正に管理されるべきでしょう。加工ほか取り
扱いは慎重に。また、廃棄する場合も厳重取り扱い品(医療廃棄物)として各地方自治体などの廃棄物
処理に関する基準に従い、適正に処理すること。
 廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル 環境省。

追記:
 市販の投薬器、製品としてどうやって作られているか現物からは良くわからない。可能性としては、
例えば、太さの違う樹脂製の2本のパイプ、太い方の内径は微妙に細い方の外形よりも小さいとする。
どちらかを固定して、軸線を精密に合わせて回転させる。接触させると摩擦熱で接触面のみ融解、適度
に差し込んで回転を止めると(まわしすぎると壊れるか)隙間なく密着。このとき適当なガスを封止す
るゴムブロックなどを入れておいて・・・これもただの想像。

参考 パラグアイ時代に使った麻酔銃(PAXARMS)、もしくは現物を見たことのあるもの。
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 PAXARMSの投薬器の場合はかなり違ってて、ポリカーボネート製の圧力室と薬室、スタビライザ兼圧
力封止ブロックなど各パーツがネジ込み式で分解・組み立て可能。小孔のあいた圧力封止ブロックに専
用の円形ゴムキャップ(逆流防止弁)をかぶせる。
 CAP-CHURやPNEU-DARTの投薬器は金属製で後部の雷管の爆発で薬液を注入。
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追記2:
 注射針の作り方はどこもあまり変わらない(かな?)。 概要のみ。
ちなみにこれまでは、18G注射針を加工。道具はダイヤモンドやすり、0.5mmピンバイス、ステンレス
専用ハンダ(針表面のシリコンオイルや酸化皮膜除去が肝要)。
 加えて、 ピンバイス加工にこだわる理由。鑢で削って適当な大きさの穴に広げる方法もあるようだ
が、個人的な好みは手間がかかるピンバイス。
 針先端のランセットポイントをつぶしてしまわないように注意して(とはいえほとんどはつぶれるが)
ハンダを盛る(いろいろ細かい注意点があるが省略)。
 針孔を封じるゴム(封止弁)は約0.8mmビニール被覆電線(単線)などを使用した。ほか、同軸ケー
ブル5C2Vの芯線絶縁体(PE)も良い具合だが、かえって高くつく。または、これだけはメーカーから買
うとか(流用可能なので)。
 最近ではシリコンオイルが生体に対して必ずしも安全ではないということらしい。が、使わないと封
止用ビニール被覆やゴムを装着しにくい。動物相手ということで判断は適当に(それで良いかどうかは
知らん)。
 
追記3:
 図中、ピストンとかピストンヘッドまたはピストンゴムとか書いたところがある、正しくはそれぞれ
プランジャ、ガスケットと言う。封止ゴムとはガスケットを圧力室に単独で使った場合で、ここでの勝
手な呼称。封止弁とは針側の横穴をふさぐビニール被覆。これも勝手な呼称。用語の統一性には無頓着
で。

追記4:
 ついでに、
  投薬器操作手順。 書き直し版


(2012/6/20 追加 2012/06/28)

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