ラジオテレメトリーについて 4
ここからは、集積された位置データから、ホームレンジの考え方について紹介します。
しかし、この分野にはより詳しい解説書が多数あるものとおもわれます。また最新の情報
や応用例は動物生態学関連の学会や学会誌などで発表されています。この分野に関しては
相当に詳しい研究者も多いといえます。むしろ情報量としては百花繚乱といたったところ
です。ここで私のHPでこれらに触れるのはむしろ精度の悪い、レベルの低い解説になる恐
れがあるのであまり詳しく述べるつもりはありません。

ただし、そのような統計学的にも数学的にもはっきりした根拠のある解析方法でも、元に
なった個々のデータの信頼性が低ければ誤った答えを高精度で算出しているだけに過ぎな
く、その結果がどのような意味を持つのか見失う恐れがあるということは忘れないように
したいものです。

行動圏について
1日あたり、1年あるいはある季節など一定の期間を基準にして追跡によって得られたそ
れぞれの位置情報を経時的に蓄積してゆくと、対象動物の移動経路や、営巣地や餌場など
を反映した利用環境が空間的な広がりとなって現れてきます。これはその動物の行動圏と
表現できます。

たとえばツキノワグマでは、春から初夏にかけては、湿地性植物の多い地域やモミジイチ
ゴやクマイチゴなどの生育する伐開跡地、夏季は腐朽樹木の多いアカマツ林などで活動し
ていることも観察されます。また秋にはブナ科の果実(ドングリ類)を餌として利用して
いることが広く知られていますが、これらが餌資源として利用できる期間は一年のうち、
9月から初冬までの期間ですので、この時期にはこれらが良く生息する地域を含むところ
に集中的に位置情報が記録されて行きます。また、同じブナ科でもブナ、ミズナラ、コナ
ラでは主に生育する標高が異なるため利用可能な状態に合わせて垂直的な動きも観察する
ことができます。

ツキノワグマの行動はこれら餌環境、すなわち利用可能な植物などの生育する土地を転々
としながら、あるいは一次的に停滞したりしながら、まとまりのある一つの有限な面積を
持った利用地の範囲、すなわち行動圏が形作っていくものと考えられています。

もちろん餌環境は行動を決める大きな要因ではあるのですが、地理的環境や他の個体との
関係など行動を制限、決定付ける要因は多々あることでしょう。これらの要因を分析し環
境利用頻度や形態などを知る手がかりとしての行動圏の広がりを知ることは重要です。

このような考えたかにしたがって行動圏面積を観察するには観測点数を多くし、長期間の
継続的な観測を必要とします。通常は1年間の季節循環を一つの区切りとして論じること
が多いようです。さらに数年間の連続調査ができればその動物の行動圏の大きさの変化や
展開する地域の移動、餌資源の利用の形態をライフタイムを通して推定することができま
す。

行動圏の大きさは、観測された位置の最外縁部までを括り、その面積であらわします。
しかし、あくまでも観測できた推定位置だけが推定材料となるので、全観測期間に対して
、たとえば、10ヶ月間で10個程度、とかいう推定位置数では考察に十分かどうかは疑いが
あります。問題は観測できなかったときはどこにいたかわからない。当たり前の話ですが、
単純に平均運動速度×観察しなかった時間、だけ”移動”しているわけですから。観測し
ていないときの位置が、最終的に集積した推定位置分布の外に分布していた可能性が否定
できません。そような場合は行動範囲とか行動域という語を使い、厳密な意味での”行動
圏”という語は使わないほうがよいでしょう。

また、たとえばある期間に推定位置数が200取れたとします。しかし、それらは全期間の
10%程度の所に100点集中していたなど。偏りがある場合も真の行動圏を反映していると
はいえません。何が言いたくての調査かということを念頭において、なるべく多数の推定
位置が観測期間中に均等にバラけるように稼げるよう努力したほうがよいと思われます。

具体的に何個?といわれそうですが、統計学的考察は他の参考書をあたるか、現役の研究
者に聞いたほうがよいと思います。個人的な経験則的では6ヶ月で50推定位置数が最低線と
思っています。これでも、厳密な意味での行動圏を反映した結果をあらわしているかどう
かは疑問が残りますし、カーネル法などによる処理には相当に不足しているでしょう。

クマなどの追跡では位置点数を稼ぐのが大変な作業になるのは事実ですし、専任できる環
境がなければかなり難しい点があります。十分な観測点数が稼げない場合は、観測点分布
の空間的な確率分布として解析するような複雑な処理方法はとらないほうがよいものと思
われます。

行動圏推定方法
行動圏推定方法について総説的な説明は、 Movement and Home Range Ecology がわかり
やすいと思います。 

行動圏の広がりを現す方法としては、凸多角体で近似する方法(MCP ミニマムコンベック
スポリゴン法、直訳すると凸多角体法、最尤外郭法、最外郭法等と称されます。ほかに推
定位置分布の密度で近似する方法(ハーモニックミーン法、フーリエ法、カーネル法、楕
円近似など)などがあります。いずれも最大到達外縁までを含めた面積や、行動圏の中心
(複数の極大点がある場合も多い)から利用頻度の大きさの割合で面積を示すことができ
ます。

それぞれの方法には特有の利点と欠点があるようで、表現の仕方も変わっています。また、
行動圏面積はそれぞれの方法で少しずつ数値が変わってきますが、ある動物の生態学的特
徴など属性を相対的に比較するための方法ですので手法を統一して論じる必要が生じるこ
とがあります。さらに対象動物の生態によっても適、不適があるようなので、どのような
処理方法が現実的か、比較しておいたほうがよいと思います。

現状ではミニマムコンベックスポリゴン法とカーネル法がもっともよく使われているよう
です。

ミニマムコンベックスポリゴン法
追跡で得られた位置情報からそれらの分布様式を、凸多角体(コンベックスポリゴン)で
囲み、その面積を行動圏面積と表現する方法です。日本語ではいくつ言い方があるようで
すがどれが適切かわかりません。

最外郭法(観察された位置のもっとも外側までの範囲という意味で)、最尤外郭法(観察
位置は本当の最外郭かどうかはわからないので、もっともありそうなとりあえずの最外郭
という意味)、言葉どおりに最小凸多角体法(最小限ここまでは観察できたといえる範囲
を多角体であらわすという意味で)と捉えるか難しいところです。

また、研究者の好みで言いかたが変わるようなので、使う用語については、統一見解が出
ていないのであれば、たとえばどの権威に擦り寄ってたら自分に有利かという判断でも良
いかもしれません。もし、用語統一ができれば確実な概念的定義ができるのでそれに従え
ばいいだけのことです。

私個人は、響きが良いので最尤外郭法を使っています。そんなもんでしょう。ただし、以
降本文中では MCP と表記します。現状、MCP といっておけば無難だからですけどね。

この方法は手書きでも簡単に図化することができるので、追跡対象がどこにいたか、直感
的に位置関係を把握し易いかもしれません。しかし行動圏の外縁部を単純に括っただけな
ので、利用可能な資源や環境、地理的条件によって分布に偏りがあるなど、何らかの内部
構造がある場合は、利用しない環境も合算してしまうため行動圏面積を大きめに評価する
ことがあります。行動圏面積とその内部での利用形態との関係が論じ難いところがあるの
で、最近では調和平均法、フーリエ法、カーネル法など位置分布密度を反映した方法が主
流となってきています。

図 1 ミニマムコンベックスポリゴン法で表した行動圏の例
この例では、外側のラインが位置分布情報を100%使用した場合を示しています。 *1

図 2 ミニマムコンベックスポリゴン法で表した行動圏の例
それに付け加えて、いくつかの範囲を付け加えてみましたが外縁の内側の範囲は、活動の
中心点から外縁部の平均距離の平均95%以内の範囲、最も内側は同じく50%以内の範
囲を示しています。 *2

注意しなければならないのが、この方法では活動の中心点はすべての点分布の算術的平均
で定義していることです。これ以外に推定位置の集中地域が複数数見られるような場合は、
直感的な活動の中心地(点の集中性が高いところ)と一致しないということが起こります。

行動圏面積の飽和点
 現実には取得できるデータが断片的かつ離散的であるので、行動圏の絶対的な大きさが
必ずしもわかるわけではありません。得られたデータの範囲で最もありそうな範囲をさし
ていると捉えるのが妥当と思われますが、打点数と面積増加の比率をグラフ化して行くと、
打点数が増えていっても、これ以上面積が広がらない所ができてきます。これは行動圏面
積の飽和点と言え、その時点でその最外郭を括るとそのときの最大行動圏面積に近い範囲
を示していると言えます。

図 3 位置の推定点数と行動圏面積の関係1

図 1 の推定位置と面積の関係をグラフ化したものです。横軸は推定位置地点数、時系
列に地点数の増加を示しています。縦軸は、行動圏全体に対する比率です。一時行動圏面
積の展開が安定してきたように見えましたが、72ポイント目で急激な面積増加が見られま
した。行動圏の広がりと合わせてみると、この行動圏の形は上方に飛び出た細長い多角形
で現されています(図 1)。この上方に飛び出した点群がちょうど図 3 のグラフで
急激な面積増加を見せた事と合致していたという事です。

図 4 位置の推定点数と行動圏面積の関係2
これは比較的飽和曲線に近いグラフとしてあらわされた別の観測例です。

以上のように位置数と面積比のグラフが階段状になる場合がしばしば観察され、いつ飽和
したのか判別し難いケースもあります。これは、観察期間中に推定位置点数に対して面積
が増加しない平坦な個所が複数現れることによって現れます。

長期的にはどこかで飽和する可能性はありますが、普通は単純な飽和曲線ではなく、断続
的な変化をするほうが多いと思われます。これは、この追跡対象には、いくつかの集中的
利用地域があって経時的にその場所が変わっているということを示しているかもしれませ
ん。実際に追跡対象の観察を(可能ならば。ほか痕跡など傍証でもよいが)して、ある餌
資源や環境に定着的、執着的だったとか、何らかの個体間系によってある地域から逃れた
とか、本来的に広域的移動傾向にあるか、短期、長期の周期性はいかになど、位置情報を
生態学的、行動学的な視点で対象の動きを確かめ、考察する必要が出てくることでしょう。

季節毎の行動圏
図 5 月ごとの推定位置分布
図 1を月ごとの推定位置分布にくくりなおして重ねた図。赤:6月、青:7月、緑:8月、
桃:9月、水10月、黄:11月の分布範囲です。その時期の環境、食性や餌環境などの情報と
重ねあわすことができれば、季節ごとの環境利用傾向についてなにか論じることもでいる
ことでしょう。この例の場合、各月毎に記録できた推定位置数があまり多くはないので細
かいことはあまりいえません。

図 1で飛び離れた点はとして現れていた点は、実は6月と11月に認められたことでした。
果たしてどのような意味があったのかなぞのままでではあるのですが、観測点数が少なす
ぎるとはいえ、たまたま行ったとか偶然的な現象といってしまうのはむしろ乱暴かもしれ
ません。

地域の地図と重ねてみると、
推定位置分布とそのMCP

MCP 外縁とコアエリア

MCP 月別行動範囲

以上のポリゴンなどの生成、面積計算には WildTrack というソフトを使いました。
Ver.1.1 はMac 用でなおかつ、68030のプロセッサー積んだマシン以外では動きません。
現状、PB-165cが壊れないことを祈るばかり。Win のひとは Calhome あたりを使っていた
ことでしょう。このあたりは”歴史”の話ですね。

カーネル法
この方法では、推定位置の分布密度を一種の確率分布として捉えています。点の集中性の
高いところから点密度を確率分布の何%という形の等強度曲線であらわします。この点、
MCP の%とは意味が違うので注意が必要です。

カーネルでは、95%と50%の範囲を行動圏の比較の目安などにしているようです。95%で行動
圏全体の面積として表して、50%あたりをコアエリアと表現するなどの使い方をしているよ
うです。

実を言うと、この方法については数学的に十分理解できていないのであまり詳しく説明で
きません。ということで詳しいことは、

Wolton,B. J., Kernel methods for estimating the utilization distribution in home
-range studies. Ecology, 70(1), 1989, pp.164-168.

を読んでください。

また、たとえばGISソフトのArcViewの Animal Movement Analysis ArcView Extention
などをお使いの方は親切な取り説があるようなのであまり気にしないで使用できるのでは
ないでしょうか。確かに原理までよく理解していると知識レベルに深みが増すことでしょ
う。基本的能力にもよりますので詳細な説明に関しては私は逃げます。

どなたか上記参考文献を正しく翻訳された方がいればご教示願いたいものです。

個人的にカーネル法解析をする場合はは、フリーソフトのHome Ranger(Win用)を使ってい
ました。 Ecology Software あたりからDLできます。

(Calhome DOS 版もここから。もしあればですがWin 版ほか、フリーソフトでもっといい
のがあるぞという情報をお持ちの方はお知らせください)

図 1で使ったデータを基にカーネル処理してみると、

カーネル法による行動圏

という表現になります。行動の中心となった部分がより明確に浮き彫りになったものと思
われます。ただし、これでは上側の飛び離れた点は当強度曲線で括られていません。

”主要な”行動圏その中心、コアエリアというこの個体の基本的属性情報としては、この
ように周辺の点分布が現れないように表現されることもあります。純粋に動物行動学的な
問題としてはそれだけでもよいのですが、被害や何らかの問題を引き起こす可能性がある
場合、その生活の中心地寄りもむしろどこまで到達する可能性があるのか、ということを
問題にした方がよい場合もあるのではないかと思われます。天然の餌のほか栽培作物など
も利用している場合は、たとえ主な行動圏が”山林”であったとしても、”滅多には来な
い”山林以外環境も利用している事実が見つかってしまえば駆除などの対象となってしま
うのは確実です。

動物の環境屋空間利用というのは餌資源の分布、記憶、他個体との相互関係など評価しに
くいパラメーターのほか、その個体の”意志的”な要素が背景にあると考えた方が自然で
あろうかと思われます。同じデータも見方を変えれば、他の意味が見えてくるので、手法
はどうあれ”排除して良いデータ”があるのかどうか現場をよく見て判断して欲しいとこ
ろです。

保護管理手法の一環としての扱いと純粋に研究目的である場合、駆除優先に解釈する場合
と保護優先に論じたい場合とで、同じデータが見せる意味はまったく正反対の考察が可能
だからです。

別な観測例で MCP との違いを並べてみます。あくまでも見た目の違いのみです。

マングースの追跡結果から得られた推定位置分布、10-15分おきに一日約12時間、5日間ほ
ど観測したデータです。処理したソフトの違いから表示フォーマットがばらばらになって
います。

推定位置の分布
500m四方程度の範囲での推定位置分布を示しています。約5日間ほどの連続追跡でしたが、
累積するとこのような点分布パターンが現れました。

MCP による行動圏
MCP で行動圏の広がりを表現。外側から100%、75%、50%のエリアを示しています。

カーネル法による行動圏
adaptive kernel、h=1、外側から90%、内側に10% 刻み。

追跡結果、位置分布に2箇所の集中地域が認められました。それらが複数のコアエリアとし
てこの個体に利用されていたとしても、MCP の図ではそれらが反映されたと形状を示すこ
とはできていません。

ただし、カーネル法で行動圏面積を評価する場合、利用頻度の低い地域の解釈として、h 
などのパラメーターの設定によっては削られてしまったり逆に大きくなったりすることもあ
ります。スムージングの強さも変化しますので理論的背景はある程度理解しておく必要はあ
りそうです。この例ではかなり強くスムージングがかかっています。

行動範囲の推移・アメーバ運動的
440個ほどの推定位置を時系列に適当な間隔で30個ほどセットにしてカーネル法で50%の範囲
を描き、少しずつずらしながら39フレーム作成しました。これをアニメーション化すると、
行動範囲の移動の様子を視覚的に表すことができます。

今後GPSが主体になってくると思われます。自動的に座標データが取得できるので、これま
でとは比べ物にならない量のデータの集積が期待できます。先述したようなマニュアル追跡
では観測できなかった時の位置、観測できなかった期間の動きも把握できる事は確実です。

例えば、一日6回データ取得で6ヶ月では1000件以上のデータ取得の可能性があります。もし
仮に、取得率30%程度であったとしても300以上のデータが期待できるわけです。あちこち
歩きまわってようやく50データとかという時代ではなくなって来ているということです。

良い事かどうかわかりませんが、経済的背景があるならいくらでもよいソフトウエアが利用
できます。これまで追跡に費やした時間は見せ方に凝る方向に進みナイスな絵とか表現方法
の競い合いが学会スタイルになったりするかもしれません。

とりあえず、個人のセンスを磨いておくのも良いのでしょう。

ということで、追跡した動物の環境利用の外観を説明する手法として有効かどうかはわかり
ませんがアニメーション化など、個人的にはこういうの好きです。

ここではこんなことやってみました、それ以上の話ではありません。

付記1
コアエリアについて何の説明もせずに話しが進んでいますが、とりあえず自分で調べておい
てください。

付記2
データ数が増えればより詳しい空間分布から空間利用が解析できます。各点から読み取れる
環境利用のあり方については、その追認と検証のためにより詳細な現場調査が必要になるで
あろうという認識を忘れないで欲しいです。

いずれ、首輪にカメラや各種センサーがつくことでしょうが、それでクマ研究者は外に出な
くても良くなるというわけではないと思います。

が、そんなことはわかりませんね。

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