ラジオテレメトリーについて 2 追跡方法  第1部に続いてさらにだらだらとした話が展開されます。要領を得ない部分はお問い合わせ ください。解からないと答えるかもしれませんけどね。  方向探知(方探)の手法  ラジオテレメトリー技法は、対象動物の位置情報から行動範囲や環境利用を調べるために活 用されています。もちろん動物観察の基本は肉眼による直接観察であり、それに至るためのツ ールとして有用です。しかしその動物の生息地の地形が複雑で接近が困難であったり、ツキノ ワグマのように接近することによって人身被害が起こる恐れのあるなど危険性が高い種が対象 としている場合や追跡することによって本来の生態が変わってしまう恐れがある場合など、接 近して直接観察によらずその位置を推定するのに威力を発揮するものと期待できます。  私の経験上、ツキノワグマの場合は、ラジオテレメトリーで得られた位置情報、それらのほ とんは直接観察できた地点ではなく、三角測量法などによって得られた推定値を基にしていま す。そのため、見えないものを観る方法としてのラジオテレメトリー技法は、時として、観え たつもりで非現実的な推定結果から、誤った考察を導き出してはいないか注意しなければなり ません。見えていない対象物に対して何か考察しなければならないという点、方探方法や位置 推定方法に問題があれば導かれた結果が無意味なだけではなく、間違った見解の紹介は動物生 態研究の観点からもむしろ有害性が高いと思うからです。  ラジオテレメトリーによって対象動物の真の位置に近い推定値を得るためには、どのように 電波が到来するか把握しておく必要があります。しかし、普通動物生態研究者レベルでは、オ ールモードトランシーバーやマルチバンドレシーバーならびに短目の八木アンテナを一セット にしているだけなので電波の到来方向と、入感強度の指数以外の情報は得られません。また、 様々な地上構造物などに反射して伝播経路の延長などによる位相のずれや偏波成分の分析など はできるはずもなく、受信された電波が直接波か反射波か区別する手段も持ちません。仮に、 そのような分析機器があったとしても山や川を越え、時として断崖絶壁に挑むかというライフ スタイルを是としている現場研究者には不向きな装備であります。  結局は、直接波と反射波が入り混じった到来電波の強さと方向だけが方向探知の手がかりで ある、といっていいと思われます。ここでは、発信源(電波標識された動物)から到来する電 波は、受信した段階では必ずしも真の方向性を反映しているとは限らないとしたうえで、電波 の入感強度と方向を基にした追跡方法の一例について述べて行きます。  信号の大きさは多くの場合、イヤーホーンやスピーカーからの可聴音やSメーターの振幅で判 断します。最大入感方向を直接測定できればそれに越したことはありませんが、電界強度計など 専用機材を用いないので個人の感覚だよりにならざるをえないのが実情です。パルス音の大きさ は変動が大きいうえ、人間の感覚として果たして最大になったのかそうでないのか判断するのに はかなり個人差があります。また、そのときの体調などにも左右されるようです。 (方探方法の模式図)  図では電波の入感状態がすその広がった釣鐘状に模式的に示してありますが、実際には到来 してくる電波信号はパルス状(40-80回/秒)で、方角によるそれぞれのパルスの極大点を結ぶ 法絡線が釣鐘状に示すことができるということです(感覚的にはそのように感じられるという に過ぎないのですが、以下同様に解釈してください)。  比較的良い条件で電波が受信されているときは、八木アンテナの感度指向性によって入感強 度の極大点を中心に徐々に強度が減衰した左右対称な曲線が得られると考えられます。電波強 度やアンテナの感度と受信機の増幅能力の閾値よりも下がれば、両端に信号として現れなくな る点ができます。入感パターンが左右対称ならば、両端の無可聴点の方向を測定して中央値を 到来方向とすることができます。  3素子アンテナでは、アンテナの転回角度は極小点もしくは無可聴点が現れる点が、入感極 大点を中心に片側約60度づつ、計120度以内に収まっていればかなり良い条件で受信できている のではないかと想像しています。また、プリアンプやアッティネーターでこの程度の範囲にアン テナの転回角度が収まるようであれば、直接波を受信できている、もしくは発信源の方向性が 良く保存された電波が到来している可能性が高いようです。経験的ではありますが、アンテナ の基本特性の一つ、電力半値角が電波の到来方向と真の方向の近似性を示す目安になりそうだ と考えています(アンテナの転回角度が電力半値角の約2倍程度で収まるかどうかなど)。  最大入感方向を直接測定することもできますが、パルス音で判断しようとしても最大入感方 向付近では感覚的に飽和してしまってどのあたりに極大点があるか判断が難しくなります。こ の場合はプリアンプやアッティネーターで適当な処理が必要になります。 (プリアンプ/アッティネーターによる処理の模式図)  研究者毎に好みやスタイルがあるので一概に言えませんが、個人的な感覚では入感極大点で 違いを見つけようとするよりは、極小点もしくは可聴、無可聴を区別するほうがより現実的な 方向性が得られるように思います(入感パターンが左右対称の時だけ!)。たとえば、以上の 手順で推定した脱落発信機の位置と回収位置が一致しないまでも大きな差が無く、100%回収で きているのでまったくのデタラメではないだろうと考えています。  複数の観察地点を設定する場合  方向探知で得られる方向データは、発信源の方向性を反映していると同時に、次の方向探知 はどこに自分が立って行うべきかを示す指標でもあります。最初に信号を受信して、大体の方 向性を推定しますが、次の観察位置ではどの方向から信号が取れるか一つの仮説を立てます。 次の観察位置からの方向線が先のものと交点を作ったならば、それを確かめるためにもう一つ 別な観察点から交点を求めます。観察点が多くなればそれぞれの観察点との組み合わせで、多 数の交点が図上にプロットされます(3箇所ならば3点、4箇所では6点、5箇所では10点 )。これらの交点に収束性が認められたならば、その収束範囲でさらに精査を行う、という繰 り返しになります。  多くの場合は3つの観察データを1組として位置を推定していますが、時間差によるエラー (ムービングエラー)が起こり難い範囲で必要ならば5ヶ所を1組にするなど、多数の観察点 を設けて推定します。さらに、これらの観察で得られた推定位置を検証するために、推定位置 を中心に、はじめの観察地点群から約60-120度離れたところ(必ずしもそうはいかない)から 方向探知して先の観察地群からの推定値と比較します。この結果が一致するか、おおむね近い 値を取った場合は、さらに接近して同じ方法で方探を繰り返してゆきます。このため、私の場 合は電波が受信できればかなり遠いところから、螺旋状に中心に向かう、もしくはジグザグに 接近するような位置推定方法を取っています。そのため、1ポイント決めるために、位置を変 えながら、10-20回の繰り返し方向探知を繰り返することもあります。  このときある観察点からの方向性が大きくずれて、推定位置と合わない場合は十分な注意が 必要です。周囲に強力な反射体がないか、壁などに阻まれた閉塞的な環境ではなかったか検討 する必要があります。特に両岸が広い谷間や、沢の行き止まりのようなところでは、しばしば 先に立てた仮説が成り立たないことがあります。これらのような場合は、障害物と思われる条 件の影響が少なそうな位置に移動して、再度観察しなければなりません。このときに、先に推 定した通りの位置に収束するか、その仮説を覆すような結果になるかどうか確かめなければな りません。極端な場合は、それまでに得られた観測値をすべて棄却し振り出しに戻ってやり直 すこともありえます。  位置の仮説の立て方は2通りあると思います。おおむねこのあたりという肯定的な仮説と、 ある程度位置が確定的になったと感じたならば発想を切り替えてとりあえずの推定位置が間違 いであるとした仮説です。なぜかというと、きれいに交点の収束性が見られる場合はもうこれ で十分という思いこみに支配されがちだからです。特に最終的に肉眼で確認することができな い場合(時間がかかりすぎる、接近すると危険性が高いなど)、あくまで得られる位置情報な どの結果は推定値でしかないからです。このために可能な限りもう一手間かけることは必要で あると考えています。  ただし、推定と検証の繰り返しが多い手順では、動きの大きい、移動速度の大きい動物には 不向きな場合もあります。このような煩雑な手法で、果たして効率が良く位置推定ができるの かと疑問も沸きますがますが、個人的な経験では推定位置の確実性からなかなか捨てきれない ところがあります。  また、障害となるような反射物が少ない、地形など熟知している、移動性が少ないなどの場 合は、電波の到来方向にそって接近する方が時間的に有利な場合もあります。どちらが良いと いうよりも、現場ではあまり意識しないで適宜組み合わせているというのが実情です。 方探作業上の注意 より良い受信状態を確保するために  電波の到来方向  ラジオテレメトリーにおいて、方探によって位置を推定するための前提条件は電波の直進性 を利用して電波の受信方向の延長線上を捜索する、もしくは複数の観測地点から位置を三角測 量などを利用して推定するとされています。  しかし、電波は一種の波動でもあるため、ホイヘンスの定理は例外なく適応され、反射、回 折、屈折といった現象が起り、必ずしも直進性が成り立たない場合があることを認識する必要 があります。これらは複雑な地形、地上構造物が大きく関係しています。特に、日本では野生 動物の多くが山岳地形の多い環境に生息しているので、追跡や位置推定にはこれらを考慮しな ければなりません。  発信源からの電波は、これらの反射物の影響を受けながらアンテナに到達します。このため 電波のやってくる方向は直接発信源を指し示していることは少なく、これらの反射波等が全て 合成された方向を示しているだけに過ぎません。一説によると、少なく見積もってもアンテナ に到達する電波の約50%は反射波で占められているとのことです。このため、まず真の発信 源の方向とアンテナで受信できる電波の到来方向は必ずしも一致しないということを頭の片隅 にでも置いておく必要があるでしょう。 (到来方向のずれの模式図)  さらに厄介なことには、強力な反射体や、電波の干渉による強度の増幅や減衰などの現象も 起こり受信方向がアンテナ全周に及ぶことや、受信強度に複数のピークが観察されたりするこ とも稀ではありません。これらの影響は、受信強度にそって直接対象を捜索する場合にも、三 角測量で位置の推定を行うにしても、無駄な動きをしいられる、精度の低い位置推定をしてし まうなどの問題を引き起こします。 (方向が決め難い場合の受信状態の模式図)  入感パターンのうち平坦化した場合が要注意です。非常に長い経路を反射しながら到達した 電波である可能性が高く、まったく方向性の情報は得られません。普通、アンテナの転回角度 が180度以上、時として全周に亘ることがあります。転回角度180度以上の場合、仮に両端に入 感無のポイントがあっても、中央値を到来方向とみなすことにほとんど意味はありません。  入感極大点が左右どちらかに偏り、パターンが左右対称ではないが転回角度は120度以下で、 極小点もしくは無可聴ポイントがある場合。左右の無可聴ポイントで中央値を取ると、観察さ れている極大点を無視することになります。時として極大点付近に真の方向が観察されること があります。この場合は、アッティネーターで入感強度を絞り、極大点の方向を観察します。 複数の観察点から方向線の収束性を観察し、異常な値を示す観察ポイントのデータは使わない などの判断が必要になります。  複数のピークが観察された場合は、反射波と直接波、反射波どうしが干渉しあってある方向 からの電波が減衰し、空間分布に斑ができている場合と、直接観察できないところにある発信 源からの反射波と山を越えた回折波が別々のルートを通って到来している場合の2種類がある ようです。どちらがどのような経路を通って到来したものか、そのポイントだけでは判断でき ないので、まったく違う方向からの観察が必要となります。過去には、山越えしてきた回折波 と思われる方向の方が、強力に入感してくる方向よりも真の方向を反映していたケースが観察 されています。  データとして利用可能かどうかは、他の観察地点からのデータと比較しなければなりません が、プリアンプやアッティネーターで入感強度を加減すると、僅かな差が先鋭化することがあ ります。事の真偽がはっきりするまでは得られるデータはすべて記録しておき、地形などの環 境の影響がどの程度位置推定に影響を与えていそうか検討材料にするのも良いかと思われます。  反射を引き起こす要因  これらのことから、電波の光的性質である直進性だけに着目する考え方では、発信源の真の 位置と大きくずれたところを推定位置と判断してしまうなど、現実的ではない結果(ゴースト) を導き出す可能性があります。実際にそのような現象によって引き起こされたと考えられるエ ラーは頻繁に起ります。特に直接観察や目視で位置がきめにくい対象を三角測量法などで、位 置を推定しなければならない場合は、反射、回折、屈折などの現象はどこにでも起こりうると 考えて、なるべく現実的な位置推定をするためには注意深く観察位置を選ぶなどの努力をしな ければなりません。  厳密には、地球上にある以上電波が反射、回折、屈折によって電波の進行方向にずれが生じ る要因はほぼ無限にあります。それらの一部を列挙すると、見える範囲の山(垂直に近い山腹、 岩綾地帯、鋭いエッジを持った尾根やピークなど)、木造を除くすべての人工構造物(トタン 葺き屋根、ビル、鉄筋コンクリート、法面保護金網、金網フェンス、高圧電線などの鉄塔およ び電線、電信柱の電力線、電話線、車、電気柵、牧場の有刺鉄線などなど)、目安として利用 周波数帯が2m帯であるならば2mよりも大きなすべての金属製物体は何らかの影響があると考 えて良いと思います。実際に、動物追跡をしていてこれらの要因が一つもない条件はかなり稀 かもしれません。  特に自分が移動に利用している車両は、電波の受信状態に意外に大きな影響を与えているこ とが観察できます。車両を含め反射体に対しては可能な限り自分の背面になるように電波の到 来方向との位置関係を調整すると、より現実的な方向性を定めることができることがあります。  現状では、これらの反射要因をすべて排除したり、パラメーターとして扱いデータを修正す るなどの方法は、非常に難しいものと思われます。特に実地で受信状態を逐次修正するという のは不可能でしょう。結局”良い条件”と思われる場所を選びながらなるべく多くのデータを 観察し、電波の到来方向を延長線の収束状態を比較しながら足で稼ぐしか方法が無いように思 われます。  つぎに自分はどこに行く べきか  結局、テレメトリーは力ずく、体力勝負の調査なのかと思われるかもしれませんが、闇雲に 歩き回ることとは違うと思います。手探り状態の困難な中にも、自分はどこにあるべきかとい う問いに答える手がかりはあると思います。  経験的でありますが、比較的受信状態が良く発信源の真の方向と、アンテナの方向があまり 大きく違わない条件と、そうではない条件があるようです。以下の図では、発信源と観察者の 垂直的な位置関係を示していますが、まずは大地による反射や干渉は無視できるような小さな 物ではない考えています。また、水平方向の反射物についてはかなり複雑で、予測とあてずっ ぽうの境目がはっきりしません。 (アンテナ方向の現実性が高いと思われる位置関係の模式図) (アンテナ方向の現実性が低いと思われる位置関係の模式図)  自分の立ち位置によって電波の入感度状態が大きく変わることがあります。これは、直接波 と反射波など違う経路を飛んできた反射波どうしの位相が少しづつずれているからです。ちょ うど180度ずれていると(2mの電波では1/2波長で1m)互いに相殺しあうので電波が受信できな くなります。受信状態がよくない、入感が不安定などの場合は前後左右に1mほど立ち位置を変 えてみると受信状態が改善することがあります。決まった観察地点を巡回しながら位置推定を 行うケースもあると思いますが、それぞれの観察地点で数メートルの範囲で動いてみて、入感 状態がどのように変化するか確かめる必要があります。  以上のような条件を一つの目安として、比較的現実的な方向性を示す観察地点を探すのです が、まず現場に出る前にぜひ行わなければならないのが追跡調査を実施する場所の地図の検討 です。それは、車両もしくは徒歩で移動できそうなルートの洗い出し、実際に踏査した場合の 所要時間の見積もりなどです。加えて、方探が可能そうな見通しの良い場所の目安を立ててお くことも重要です。先述したように方探の障害になるような条件は数限りなくあるとは言え、 山頂、尾根沿いの小ピークなど周りに反射波を作る条件の少ない場所があることがわかります。 また、山道など道路では、谷側に凸カーブの先端部分は比較的方探しやすいポイントになりま す。  さらに、強力な反射の原因となる鋭いエッジを持った峰、急斜面の岩場、沢や谷など障害と なりそうな地形をあらかじめ把握することもでき、それらの悪条件の避け方などシミュレーシ ョン(思考実験)してみると面白いと思います(想像したとおりになるとはかぎませんが)。  これらの位置関係をあらかじめ地図上にプロットしたり、頭に入れておくと実際に追跡作業 や位置推定作業を行うとき、どこに観察ポイントを設けるか迷う時間が短縮できます。現場で は、さらに地図上に記載されていない作業道や林道が見つかるので地図のカスタマイズは必要 不可欠です。  位置推定  三角測量  この項目と次の”方探誤差の問題”は基本的にはAnalysis of Wildlife Radiotracking Data (1991, White & Garrot) を参照しています。疑問点は原著をあたってください。  三角測量法は三角形の正弦定理を利用し各頂点の座標を求めるものです。ラジオテレメトリ ーで位置を推定する場合、平面上の2点を決め、それぞれの点から磁北を基準とした対象物の 方角を測定し位置を計算します。計算式にはいくつものバリエーションがあるようです。  三角測量の原理模式図1  コンパスで得られる北はいわゆる磁北で真の北極点を示しているわけではないことは言うま でも有りません。その方向は地図上の経線に対して幾分ずれています。たとえば西中国山地地 域では西に約6.5度ずれています。日本各地でこの値は変わりますが、国土地理院の地図(1:2 5000や1:50000)にはその値が明示されているので観測角度を修正します。  三角測量の計算式を用いず地図上に直接方向線を書きこんで交点を求める場合は、使用して いる図版に磁北に相当する平行線をあらかじめ引いておき、それを基準に交点を求める方法も あります。  方探誤差  これまでラジオテレメトリーの方向探知には、環境によって生じる反射の影響がはなはだ大 きいことをしつこく述べてきました。ここでは到来電波の観測誤差について問題にします。こ れは、レシービングエラーといわれ受信者側で観測時に不可避な誤差といえます。発信源の真 の方向にたいして電波の到来方向と等しい直接波もしくは方向性が良く保存された状態ならば、 観測角度の偏差(誤差)から発信源の誤差範囲を推定することができます。  三角測量の原理模式図2  観測角度には観測に伴ってランダムエラーが発生するのですが、それが観測角度にある振れ 幅の偏差を与えます。これの測定には障害物の少ない環境で数百メートルの範囲内に発信機を おき、数十回程度の方向角測定を行います。発信機の位置(観測点からの角度)は既知ですの で観測角度との比較から標準偏差を求めることができます。ごく狭い範囲であれば恐らく角度 の偏差もポアソン分布しているといっても大きな間違いではないので信頼限界95%とか50 %の角度の信頼区間を求めることができます。  このように観測角度は標準誤差を加味したある幅を持ったものなので、2点から交点の信頼 区間はある面積であらわすことができます。その面積の信頼限界は観測角度の信頼限界を95 %としていたならば、0.95×0.95=0.9で90%に相当すると考えることができま す。  理論的にはこのように考えることは正統ではあるのですが、現実には環境の影響が大きく入 りすぎて偏差は非常に大きくなります。これは、通常使用される3素子アンテナはビーム幅が かなり広いこと、無線工学で使用するような精度の高い観測装置ではなく現実に利用可能な器 材の範囲で測定精度を推定しなければならないことなど、不確定要素が大きく反映された結果 になります。私の受信システムでも観測角度の標準偏差を±5度以下にするのは大変困難です。 これを信頼限界を95%にすると±10度以上になってしまい、1kmはなれた発信源を交点 での交差角度が90度になるような理想的な状態とした場合でも信頼限界面積は30ヘクター ルを越えます。  以上のことからこの偏差推定方法はビーム幅の狭い10素子以上の多素子アンテナを装備し た固定観測基地向きで、手持ちでの方探では交点の信頼区間を大きく見積もりすぎるので方探 しながら距離を詰めるなどの作業には、迷いなどを生じあまり現実的ではありません。しかし、 方探という作業には測定自体のランダムエラーを含め、避けがたいエラーが内在していること を十分認識しておかなければならないということだけは明確になったのではないかと考えます。 しつこいくらいの反復確認がどうしても必要になるのはこのためです。  現場では追跡活動の目安とするならば、方探角度の偏差は無視して最もありそうな(と判断 される)方向線の交点群から大まかな誤差範囲を求めることができます。なるべく多数の観測 点を設定する必要があります。各観測点からの交点は発信源の位置をある程度反映したものと すればあるまとまりを持ってばらばらと散在し分布範囲はこれらの中央値と距離(偏差)であ らわすことができます。この偏差を一つの円の半径とすればある確率を持った信頼区間面積と して表現できます。また、交点の分布様式によっては楕円に近似することも可能です。 (S.Imferd, 2000)  三角測量の原理模式図3  ある座標上の点のばらつきを評価する手法については、  The Points and Space-Towards a Better Analysis of Wildlife Data in GIS を参照しました。  多数の観測点からの交点を見てみると、すべての交点が一箇所に収束する場合と、収束傾向 のある部分と飛び離れた交点が現れる場合、全体が均等に分散した場合など様々な分布様式を 示します。 ・一箇所に集中する傾向が強い場合は、直接波もしくは方向性が保存された電波がすべての観 測点で受信されていた可能性が高いと思われます。 ・集中する場所のほかにいくつか飛び離れた点が現れる場合は、観測点のいくつかは方向性の 合わない反射波等を観測していた結果かもしれません。 ・広めに均等に分布している場合は、すべてが反射波を観測していた場合と、すでに目に見え るほど接近している場合にもありえます(アッティネーターでも絞りきれないほどの強い信号 がある場合のみ)。  適当な誤差範囲の評価方法によってより現実性の高い位置推定ができると良いと思います。  方探結果の処理  データ管理。  テレメ追跡個体の観測データは、個体ごとに日付、時刻、観測ポイントの緯度経度、観測角 度などを随時記録してゆきます。観測ポイントの位置情報は、緯度経度であらわされる地理座 標を使用しています。座標の読み取りは別途、国土地理院の数値地図ビューアーなどの地図操 作ソフト(Mac de ミール、First GIS、カシミール)から読み取っています。これらソフトの 地図の正規化処理や作図上の誤差、地球の曲率による誤差は、方向探知観測精度や位置推定誤 差から比較すると問題にならない程小さいのでほぼ無視しています。ただし、最終的な成果物 の表現精度にあわせて適当な修正などは必要になります。無視できるのは精々5万分の1より 縮尺の小さい図版です。  観測データは最終的には表計算ソフトやデータベースソフトを利用して蓄積してゆきます。 私の場合は、計算や作表の便を考慮しエクセルを利用しています。 (粗データの表) 一度でも利用した観測ポイントは同じファイル内のワークシート上にデータベース化し、VLOOKUP 関数で観測データシート上に参照しています。 (観測点データベース)  位置の推定は三角測量の計算式を組み込んだシートを使います。数式はAnalysis of Wildli fe Radiotracking Data (1991, White & Garrot) を参考にしています。計算するためには時分 秒の座標データは10進表記に変換しておきます。このシートでは自動的に行います。観測地点数 は2点から5点まで想定したデータ入力ができます。 (入力画面)  結果は、別のシートに推定位置と観測点からの相対的な位置関係を示すグラフが表示されます これに基づいて推定位置に精度の評価、次にどう行動すべきかの目安とします。この結果の精度 が十分現実にあっているということであれば、この結果を結果集計シートに蓄積します。 (結果表示1)。推定位置の収束性が良くない場合。 (結果表示2)。推定位置の収束性が比較的良い場合。  結果集計シートには、日付、時刻、推定位置座標、それに該当する標高、植生区分などを集計 します。現状では植生図からちまちまと凡例を読み取っていますが、植生環境情報の電子化デー タなどを入手できれば楽になるはずです(環境省、自然環境研究センターなど)。 (集計)  十分にデータが蓄積できれば、推定位置標高の年間推移、月毎の植生環境利用などを比較する ことができます。その他に、メッシュデータに対応させるとか、行動圏の推移など調査目的にあ わせて様々な処理ができるようになります。 (標高) (植生)  ちなみに、個人レベルでちまちま作業する分にはこれでも良いですが、本格的なGISソフトをデ ータ集計に利用できれば地図上の誤差修正などの操作はほぼ自動的に行われます。また、あるソフ トでは行動圏面積計算や作図ができるものがあるので、データ蓄積から計算、分析、作図まで一 貫した作業が行うことも可能になってきています。  結局、ひとそれぞれ調査の目的の違いや好みがありますが、他のソフト(統計処理や図化など) にデータを読み込ませるなどの処理がしやすいように配慮できていれば問題はありません。  自己流に磨きをかけるのも楽しいですが、とんだ間違いをしでかしている可能性もあります。 汎用性のある研究手法は動物生態学方面の学会で広く発表されていると思いますので、後は自分 で探しましょう。 自分で理解していない部分は浅薄になりがちですが、続きは主に失敗例を紹介してゆきたいと 思います。
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