ただの理想論
1991―1994年、JICAの長期派遣専門家でパラグアイでアニマルレスキューの仕事
をしたことがありました。目的は本来はダム湖に沈む巨大な中州にすむ野生動物の確
保と代替保護区内への移送計画を整備することでした。結局、我々自身が救出作業そ
のものの一部を担うことになったり、そのような予定外の計画変更をごり押ししたた
め、私個人は若干不興をかってしまったり、そのほかいろいろと問題があったとはい
え思い出も多い仕事でした。研究協力という日本人専門家3人のチームで展開してい
ました。ここでは、そのこと自体はテーマではありません。

本来のプロジェクトとは別に所属先であった国立公園野生生物局では、密売されてい
る野生動物の保護なども行っていました。やはり若手のカウンターパートたちが血気
盛んでわれわれのプロジェクトが入ったおかげで資金面でもいろいろと援助を求めて
きていましたが、本来の仕事と違うのであまり大っぴらに援助するわけには行きませ
んでした。でも私は性格的な暴走傾向があったため、それとは関係なく余計なことを
だいぶやったとおもいます。

いちど、森林伐採予定地のあるとうもろこし農場ーとんでもない僻地でしたーでサル
(フサオマキザル)被害の解決を求められみんなで行ったことがありました。
このときは、やはり地権者側はすぐに森林伐採をして、サルはすべて射殺したいとい
う意向でしたが、国立公園野生生物局しては、民有地内の森林伐採はどうしようもな
いこととしても、サルに関してはできるだけたくさん捕獲して、近隣にある国立公園
内に放獣しようということになり地権者も納得がえられました。それだけなら特に行
く人数も2―3人で済むことでしたが、結局10人ぐらいのチームが組まれていくこ
とになりました。

なぜ人数が増えたか。捕獲して麻酔や計測、などの実働部隊のほか(私はこのチーム
メンバー兼金づる)、法律関係の行政官から環境教育の専門家まで含まれていたか
ら。地元の小学校借り切って(そこで寝泊りした)住民相手の説明会と環境教育イベ
ントまで開催したからでした。

環境教育関連の住民説明会などは、臨時に学校授業の一部として組み込んでもらいま
した。現地職員達は先生と、広報官の役割を果たすことができました。そこで気がつ
いた。かれらは最新技術を持っているわけではないが、少なくとも自分たちの理想に
むけてに情報を集め勉強していることは確かだと。現段階で自分たちにできることは
何かと言う姿勢は持ていました。何が足りなかったか、資金?もふくめ実行に移すた
めのきっかけでした。もっと言えば、それを実現させようとする意思を支えるはずの
上層部の決定だったり、根本的な政策の問題だったのでした。

たしかに、事務所で暇を持て余していた連中だったから、外に出る口実ができたたと
いうのが9割がたの理由だろうし、同じ部内に事務所を構え一応管轄も国立公園局に
いて、独立して動いているわれわれの尻馬に乗ったというのがおおむね正しい。

また。それがわかっていたのでこちら側の暴走に拍車がかかったことは言うまでもあ
りません。適当な理由付けをこなしてプロジェクトの一部にしてしまったりした。実
際、住民対策の重要性はこの仕事を通じて再認識させられたし。テーマや動機はとも
かく現地の人たちは喜んでくれた。

そんな中であるカウンターパートの一言、いろいろと政策決定のレベルでのごたごた
からどうプロジェクトを進めて行くべきかみんな悩んでたときだったのでなんとなく
聞き流してしまったが、すぐに彼らが理想としていることだとわかった。

"Somos como bomberos, verdad?"

”おれたち消防士みたいなもんだろ”。そんな意味だった。制度はともかく、いった
ん必要があれば時や場所はかまわず出動して、必要な処置を講じること、主に動物の
救出と被害対策や住民対策をすること。そのように働きたいんだということでした。
実際に、われわれがいる間は、そんなことにも無理やり対応するなど協力したつもり
だし、私自身もそのやり方にどっぷり浸かっていました。

連中の本音としては、そんな制度確立のために資金援助と、技術協力とくに研修と訓
練強化プログラムについての協力事業を望んでいたのだろうなと思います。案件とし
て考えてみましたが、良く考えたら、日本国内で組織的な訓練プログラムの上に環境
保全や動物保護の事業を展開しているところが見当たりませんでした。

当時は日本式の協力はハイテク器械を現物をそのまま提供したり、建物など入れ物を
作ったりが主で、運用ソフトウエアやその根底にある哲学的な部分の教育プログラム
の開発はほとんどできていなかったか、あっても良く見えない状態だったのが特徴的。

正式な訓練プログラムはできなかったけどその当時もできる範囲のことは考えてみた
とはおもいます。結局、環境保全とか生物保護の現場でも、平時の技術訓練および安
全対策プログラムなどがあってのことということ。その酔うな考え方の重要性を痛感
しました。

これを国内で考えようとすると批判もでてきます。大学など高度な教育システムの中
で”既に育成された人材”を使っているので、個人に対して技術的な訓練は必要無い
と。さらに極端な場合、そんなことは現場で憶えろ的な”精神論”に帰結してしまい
ます。確かに、公的機関でも民間でも組織運営上、研修費用は真っ先に削られる経費
のひとつで、かからなければそれに越したことは無い、というのが゙社会的な常識です。

ここではそんな表面的な話だけをしたいわけではありません。もっと哲学的な部分で、
問題は何処にあるのかどうあるべきかという意味論、について技術訓練を通じて担当
者どうし、上部の意思決定機関、管理部門、技術研究部門の全ての分野で意思の統一
を図ること、そのための”研修”をどう利用して行くか、これが実務上の目的だから
です。

”出羽の守”と揶揄されるのは必定ですが、私達が技術協力してた彼の国”では”、
基本は西洋文化でしたね。意思統一論とそれに関わる技術研修の意義について、経済
的な背景や具体論はともかく、いつも頭に持っている有識者が多かったと思います。

結局、帰国してそのような世界からはドロップアウトしてしまったのでなんの発言す
る権利を失いました。行ってた当時考えていたことや、対処したこと、いろんな意味
で経験したこと(根底で似たこと)がいま国内、クマ問題対策のテーマでも起こって
いるように感じる。違うのは、当時はその政策などの決定機構の中心にちかいところ
にいたこと。いまは、単なる傍観者になりはてていること。

今感じていること、たかがクマではあってもかなり特化した知識と技術が必要です。
はたして世間からはそう認識されているのでしょうか?立派な保護管理計画や、マニ
ュアルが出来さえすれば誰でもできる、確かにそんな風に考えても悪くは無いしそれ
ほど長期研修が必要というわけではないかもしれません。が、はたして、現状で現場
対応は円滑でしょうか。初心者や未経験者が多い中、そこには徹底した初期導入を目
指した基礎訓練プログラムが同時にあって良いのではないかということでしょう。

専門技術が無いとか、教育過程にそんなの無かったという心配をしている方々が大多
数。しかし、論外な例えと批判されるのを恐れなければ、アルプス山系で働く山岳警
察、入隊するときは山経験ナシの素人が配属されても、任期3年後には熟練登山家以
上の登山技術とレスキュー技術を体得している。しっかりした内部訓練プログラムが
あれば何の問題はないと思います。クマ対策のほうがずっとかんたんかもしれません
し。

クマ対策を考えた場合、ツキノワグマ自体謎が多すぎて、推論で話がされることが多
すぎるのかもしれません。伝説とか風評とか”こんな風に信じられている”程度の情
報で、現場対策の姿勢がおどらされたり、保護管理計画などが現実的とはいえないか
もしれないないデータを背景に策定され、実行計画が適用されている現状にあると、
一抹の不安を感じます。

確かにこれに関わっている方々全て、皆一所懸命やってるのはわかるのですが、直接
現場対応している末端のお役人様達、彼らに何か、マニュアルではない”よりどころ”
を与えておかないと去年のような情況が再来すれば、実行計画も現場担当者本人も潰
れてしまうのではないかと、老婆心ながら。

調査研究と称し、現実的とはいえないデータしか出せないし、”的確”といえる対策
を打ち出せもしない立場の一人でありながら、敢えて言っておかなければならない。
そんな気がしています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

普通、昔話を懐かしそうに話し始めると、その人は”もう終わってる”と認識される。
その上読み返すと何かいてあるのかわからない。ついにその域に来てしまったと自覚
しているついこのごろ。

結局ムダ話。

2005/05/08

フレーム対応でないブラウザの場合こちらをクリック
メニュー画面に戻ります