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2005年2月18日 毎日新聞夕刊

小田急高架化:東京都が3年の工期延長を申請


 沿線住民が事業の違法性を主張して訴訟を起こしている小田急線の高架化事業を巡り、東京都が08年3月まで3年間の工期延長を求め、国土交通相に認可申請したことが、毎日新聞社が入手した資料などで分かった。工期は既に1度延長されているが、反対運動などで駅舎や側道の用地買収が進んでおらず、2度目の延長申請により総工期は当初予定の2倍以上の計14年に延びる。申請を受け、事業に反対する沿線住民らは、国を相手取り新たな行政訴訟を起こす方向で検討を始め、事業を巡るトラブルが一層深刻化する見通しとなった。

 毎日新聞が入手した資料は、関係者への事業の進行状況の説明用として国土交通省が作成した。完成、未完成部分が記載され、「都から3年間の事業期間の延伸を行う予定と聞いている」と期間延長に言及している。国側の関係者は、都が既に申請書類を提出したことを認めた。

 これに対し、反対する沿線住民の弁護団は、延長が認可される前に申請を認めないよう求める「差し止め訴訟」や、認可された後でその違法性を訴える「取り消し訴訟」などを検討している。

 事業は、東京都世田谷区の梅ケ丘駅付近から喜多見駅付近までの約6.4キロを複々線化し、高架下に道路を建設して立体交差化を図る。小田急と、高架下や周辺の道路を管理する国や都が進めており、総事業費は約2400億円。94年に着工し、6年間で完成予定だったが、当初の工期だった00年3月末に完成できなかったことから、都は延長を申請し、来月末まで工期を延ばしていた。昨年11月には駅舎拡幅などの工事を残したまま、完成した高架部分での全面運行に移行した。

 しかし、現在8両編成しか止まれない「千歳船橋」と「祖師ケ谷大蔵」2駅を10両編成でも止まれるように拡幅する工事と、周辺住宅の日照権確保のため高架北側に設置する側道工事の用地の地権者十数人は、事業そのものに反対だったり、買収額に折り合いがつかないなどの理由で用地買収に応じていない。このため、これらの事業が事実上ストップしている。

 この事業を巡っては、地権者らが、事業認可の取り消しなどを求める訴訟を10件以上起こしている。01年10月には東京地裁が事業認可を取り消す判決を言い渡したが、03年12月に2審で逆転判決が出され、最高裁で審理中。【小林直】


 ◇住民さらに反発 都側「強制収用も」


 小田急線の高架化事業は2度目の工期延長が申請されたことで、工期が当初予定の倍以上になり、泥沼化の様相は一層濃くなった。原告側は「『高架は地下より工期が短い』という当初の説明は虚偽だった」とさらに反発を強め、都側は「時期が来れば(原告の土地の)強制収用もありうる」と強硬姿勢をちらつかせる。「平行線」をたどり続ける対立に、また一つ、訴訟が積み重なる見通しになった。【小林直】

 高架化に反対する沿線住民は、1965年ごろから地下式の採用を求めてきた。既に10件以上の訴訟を起こすなど、高架化を推進する行政側と対決してきた。そこに持ち上がった2度目の事業延長申請。

 「都市環境の保護を求める住民の声を聞かず、工事を強行したからこそ、地権者の反発を招いた。今こそ住民と見直しの協議に入るべきだ」。先行する訴訟の原告も参加する市民団体「小田急高架と街づくりを見直す会」(約1800人)の風間章一事務局長(65)は語気を強める。

 同会は高架式が▽騒音公害▽日照権の侵害▽景観の悪化−−などを招くとして、行政や小田急側に地下式への転換を求めた。こうした中、工事は94年12月に着工された。

 これまでの訴訟で、都や国側は「高架式は地下式より工期が短く有利」と主張。ところが、今回明らかになった延長申請で、当初6年だった工期は14年に延びることが確実になった。風間さんは「国の主張は崩壊した。延長強行を黙って見過ごすわけにはいかない」と新たな法的措置を検討していることを明らかにした。

 一方、高架化事業を担当する都道路建設部は、事業の遅れについて「用地買収に協力してもらえない人がいるため」と説明。「今後も地権者と粘り強く話し合いを進めていく」とこれまで通り「任意交渉」が基本であることを強調する。

 しかし、ある都幹部は「他の多くの地権者に用地買収で協力をしてもらった以上、いつまでもこの状況を続けるわけにはいかない」と強硬策も念頭に置いていることを示唆している。



 ◇解説=最高裁の審理行方を左右も


 2度目の工期延長申請を余儀なくされた小田急線の高架化事業は、公共事業にとって住民の理解がいかに重要かを改めて鮮明にした。都によると現在進行中の同種事業は7路線あるが、訴訟に発展しているのは小田急線だけ。地下式を訴える住民の意向を無視して工事を強行したためで、住民の反発が“ボディーブロー”のように行政側を苦しめている。

 先行訴訟の東京地裁判決(01年10月)は「当初の工期設定(6年)に確たる根拠がない」ことなどを理由に、国の事業認可を取り消す異例の判決を言い渡した。このため行政側は、2審で「(6年では完成しなかったが)延長期限までには事業を完了する」と苦しい弁明を強いられた。2審判決(03年12月)で行政側は逆転勝訴したが、この弁明は結果的に「虚偽」だったことになり、最高裁の審理の行方を左右する可能性もある。

 影響は訴訟だけにとどまらない。工事に伴う騒音、交通規制の長期化は沿線住民を苦しめ、総工費が膨らめば、やがては事業の正当性自体に疑問が投げ掛けられることにもなりかねない。混迷を深める事業は、住民の意思を反映した事業決定システムの必要性を、改めて浮き彫りにしたと言えるだろう。【小林直】


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