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「下北沢駅周辺地区地区街づくり計画案」についての意見書

2004年4月22日

世田谷区長 熊本 哲之 様

世田谷区代田4−○○−○○
木下 泰之




 「下北沢駅周辺地区 地区街づくり計画案」が提示され、同計画が策定されようとしているが、看過できぬ問題点が含まれているので意見書を提出する。


1、

 補助54号線計画は1946年の米軍占領下に計画が策定されたが、幸いなことに、この整備が行なわれぬまま、下北沢の街は独自の魅力を持つ街として発展してきた。
 小田急線、井の頭線が交差する交通の利便性によって、この街は広域道路の道路交通公害に悩まされることなく、歩行者主体の街として存在することができた。
 ここに、26メートルもの幅員を持つ広域道路補助54号線を通過させることは、この街のありように多大な影響を与え、現在の下北沢の魅力を殺してしまうことになる。
 下北沢は、こういった、根本問題を抱えているにもかかわらず、当局は「下北沢駅周辺地区地区街づくり計画」策定の準備過程においても都市計画道路をアプリオリの存在として固定し、その計画の是非すら検討しようとしてこなかった。


2、

 区部都市計画道路見直し作業は、都と23区によって2002年度から着手され、2003年4月にはインターネットを通じても中間報告がなされ、2004年3月には「区部における都市計画道路の整備方針」が策定公表された。今回の見直し作業は当初の東京都の説明では、大掛かりなもので、財政難にも起因し、従来、都市計画道路は基本的には全部造ることになっていたものを、その必要の有無を検証し、造るものと造らないものとに仕分けする目的を持っていたはずのものであった。

 ところが、世田谷区は、補助54号線の下北沢付近の計画については、連続立体交差事業で下北沢駅付近の小田急線が地下化されることに伴い交差部のオーバーフローを平面に都市計画変更したことを理由に見直し作業は行なわないといってはばからず、この道路が本当に必要かどうか、道路を通した場合どういう問題がおきるかの検証作業を一切行なわなかった。


3、

 今回行なわれた、区部都市計画道路の見直し作業が、抜本的なものと銘を打ってなされた以上、下北沢という街の性格を変えてしまうことが推定できる補助54号線のありようについて、区民から意見を聞いて検証することは、一番身近な地方政府である世田谷区の義務でもある。

 そうであるにも関わらず、そういった作業を区は怠ったのみならず、「地区街づくり計画」の素案説明会を始めとするさまざまな場を通じて、区民から沸沸としてあがっていた補助54号線計画の見直しを求める意見を故意に無視してきた。

 一方で、世田谷区はマスタープランである都市整備方針の中間見直しに向け、公募した区民からの意見を求める作業も行なってきた。北沢地区での都市整備方針見直し作業では、公募に応じた区民から、この補助54号線の廃止を含めた見直しの必要が提唱されており、重要な検討課題にもなっている。そういった状況で、補助54号線と関連する区画街路10号線の整備を前提とした下北沢駅周辺地区地区街づくり計画を策定することは、矛盾もはなはだしい。


4、

 世田谷区が東京都から権限を譲り受けて道路整備をすることにしている補助54号線の区間(補助26号線の計画地域から環状7号線まで)についていえば、東西の幹線道路としての機能という点では、すぐ北側に位置する井の頭通りの拡幅が近々済むのであるからその必要性は乏しい。

 ましてや民家や既存商店・商業施設を退かし、地価の高い下北沢周辺の土地を買収しての道路づくりは数百億円の規模のものともなり、それに引き換えて、街の魅力を壊してしまうような道路整備は税金の無駄使いの典型である。その意味からも下北沢の街づくりを検討するにあたっては、補助54号線の廃止を検討することから始めるべきなのである。


5、

 小田急線の連続立体交差化事業の進展に伴い、近時、各駅ごとに駅周辺地区の地区街づくり計画が準備されてきたが、下北沢地区に先行して10年も前から事業がすすめられ、大規模再開発が予定されている経堂駅においてすら未だに駅周辺地区の地区街づくり計画は策定されるにいたっていない。そうであるのに、つい最近鉄道計画が事業認可されたばかりの下北沢区間で下北沢駅周辺の地区街づくり計画を突出して先行させるのは極めて異例であり、拙速でもある。

 梅ヶ丘駅・代々木上原駅間の小田急線線増連続立体交差事業の完成予定は早くても平成25年でありのだから、住民の意見を良く聞き、情報開示を充分に行なった上で住民参加の手続きを万全のものとし、手順を踏んで行なうべきである。

 とりわけ、「地区街づくり計画」は世田谷区街づくり条例の手続きのひとつであり、住民参加を十分に保証するために、同条例はわざわざ、「地区街づくり協議会」を設けて検討をおこなうことを規定している。小田急線の各沿線の駅周辺街づくりでは、少なくとも公募による同協議会を街づくりの公式の協議機関と位置付けて検討をするというスタイルをとってきた。ところが、下北沢については既存商店街と既存町会の役員からなる「下北沢街づくり懇談会」とのみの協議で、住民協議を済ませたとし、区の役人やコンサルタントが主導して街づくり計画をまとめてしまった。しかも、「地区街づくり計画」については素案説明会を一度行なったきりで、今回の案については説明会さえ行なおうとしていない。

 このような、「地区街づくり計画」の策定過程はきわめて不当であり、条例の趣旨にも反している。


6、

 下北沢地区の小田急線の連続立体交差事業は2001年4月にいたるまで、行政は、梅ヶ丘以西も含めての小田急線高架反対運動対策のために、姑息にも、小田急線の地下化整備の決定方針を隠しつづけてきた経緯がある。隠しつづけておいて、行政は小田急線が高架でも地下でも両立するような街づくり計画案を検討するという態度をとりつつ、商店街と町会の役員からなる「下北沢街づくり懇談会」のみをパートナーとしつつ、街づくり案を検討した。

 今回提出された「地区街づくり計画案」はその延長線上にある。

しかも、下北沢については梅ヶ丘以西の街づくりの手法とは違って、小田急線の連続立体交差事業の都市計画決定とともに区画街路10号線(駅前広場)の都市計画決定を同時並行して強行した。その結果、駅周辺の地区街づくり計画の検討以前に駅前整備のあり様は実際の鉄道構造と照らし合わせた議論を全く経ないまま決めてしまった形になっている。不当というより他はない。


7、

 今回の「地区街づくり計画案」では、本来十分に検討されなければならない問題がおざなりにされて計画が策定されようとしている。それは、連続立体交差事業を地下で行なうことになったため生じた鉄道跡地をどう利用するかという根本問題の議論の欠如である。行政は小田急の土地であるからといって逃げ、土地の利用権の配分(小田急電鉄85:行政15)のみを最近公表した。しかしながら税金を多額に投入する小田急線連続立体事業のような都市計画事業では行政が主張すれば都市計画事業で新たに生じた土地の利用権は行政が優先して使えることになっているのであるから、その計画すら未だに示そうとしないのは行政側が都市計画や「街づくり」を放棄したか、小田急電鉄に便宜を供与することを公にしているのに等しい。

 東京都は下北沢地区の連続立体交差化事業を都市計画決定する際に行なった法定の「連続立体事業調査」で、跡地利用については緑道として整備し羽根木公園に連なる避難路とするべく構想を示している。そうであるにも関わらず、鉄道跡地利用については今回の地区街づくり計画案の中では通路として整備するとしか示されていない。

 東京都が法定で行なった連続立体事業の調査は、実際には小田急電鉄が東京都から委託を受けて行なっており、調査報告書は小田急の了解の上で出来上がっている。にもかかわらず、世田谷区は跡地利用について積極的な利用計画を示そうとさえしていない。これでは「駅周辺街づくり」をまともに検討したとはいいがたい。

 下北沢の防災を考える際にも、この鉄道跡地の果たす役割は大きい。緑道として整備すればそれ自体防火施設になるし、羽根木公園等への避難路ともなり、この街の防災性能を格段に向上させることができる。広域道路としての補助54号線に防災機能をとってつけたように担わせるよりよっぽど合理的である。ガソリンという危険物を積んだ車を通す道路は危険施設としても考えるべきである。


8、

 「下北沢駅周辺地区 地区街づくり計画案」では小田急線跡地の利用検討をあえてぼやかしている反面、京王線の高架を支える土手の利用については、これまで京王電鉄との協議の経過や費用負担のあり方も示すことなしに、突然今回の街づくり計画において土手を除去し道路として整備するような文言が登場してくる。

都市から自然面が減少する近時、井の頭線の土手は自然面として、また緑地として貴重であり、京王電鉄が井の頭線を紫陽花の連なる路線として宣伝につとめていることなどを考えれば、渋谷から井の頭公園に連なる貴重な生態コリドーを下北沢で分断することはするべきではない。また、自然面を形成する一見無駄な空間は都市にとって潤いをあたえている空間であることを忘れてはならない。


9、

 小田急線の地下化を契機とした街づくりをまともに考えるのであれば、鉄道の地下化にみあった街をどのように構想するか、と考えるのが自然のなりゆきである。開かずの踏み切りに悩まされてきた下北沢が鉄道による街の分断から開放され、鉄道の広大な跡地ができる。これを利用して、より良い街を作ろうというのが、普通の市民なら真っ先に考えようというものである。鉄道跡地は代々木上原から梅ヶ丘駅近くまで連なる広大な跡地であり、ここに緑道としての導線を確保すればこの緑道がつなぐ街と街との新たな関係性が生まれる。そうである以上、この整備のあり方抜きに「街づくり」が構想できるはずもない。

 ところが、今回の「地区街づくり計画案」なるものを読んでみると、鉄道跡地問題はほとんど触れずに、むしろ実際には補助54号線と区画街路10号線整備のインパクトによって引き起こされる再開発の下準備をこととした街づくり計画になっている。これはかつて行政や小田急が構想した高架計画による立ち退きインパクトによって引き起こされる下北沢再開発を、高架計画がつぶれた今、道路計画をそのインパクトの代替に置き換えているに過ぎないといえよう。

 今求められているのはそのような土建屋国家的な手法からの抜本的転換であり、街づくりの議論を市民の常識の線に引き戻すことである。


10、

 都市のあり方については、環境の世紀といわれる21世紀の今、世界的に見ても、無限の成長を夢見た時代の近代的都市構築とは全く違った視点で都市づくりが構想されている。超高層と幅広の道路と車の都市から、人間主体の人間サイズの街へ、また浪費型の都市から省エネ型のサスティナブルな都市へと課題が移ってきている。ヨーロッパでは超高層・高層ビルからの撤退が続き、最近ではバルセロナでの道路計画を止めての実験的な都市づくりも報道されるようになってきている。お隣の韓国ソウルでも暗渠化した道路を壊して清流を復活させる事業が行なわれたりしている。

 時代は大きく変わった。1930年代にル・コルビジェが提唱した道路と高層建築の街ではなくジェーン・ジェイコブスが1960年代末に提唱した、曲がりくねった道と新旧の建物が混在し一定の密集度のある中低層の街の良さが見直されている。

 戦災にも遭わず、しかも戦後も都市計画道を整備しなかったために独自の発展を遂げた下北沢はまさに、狭い路地が歩行者中心の空間を形成し、新旧の建物が有機体のように徐々に交代しつつ成り立っているジェーン・ジェイコブスが提唱するような型の典型的な街として再評価されるべきであろう。

 モータリゼーションには確かに都合は悪いだろうが、ポストモータリゼーションの先進的な街となっていることを誇りに思うべきである。

 また、この街のありようが下北沢の文化を育んでいるというべきであり、都市計画道路を通し、高層化が誘導され、街の「近代化」を行なうと同時に、この街の文化は壊れてしまうということを肝に銘じるべきである。


11、

 今回の「地区街づくり計画」は、残念ながらというべきか、幸いにというべきか、正当な住民参加の手法を取り入れて組み立てられたものではない。従って、もう一度住民の真の参加を求め、また下北沢を愛する全ての人々に呼びかけて、街づくりの検討をやり直すべきである。

 「地区街づくり計画」は区の街づくり条例に依拠してはいるが国法に依拠したものではない。従って、罰則もなく強制力を持つものではない。そうである以上、市民の意見や合意をこそ大事にし、そこにこの街を守り育てるエネルギーを引き出さなければ、「街づくり」の作業はきわめてむなしいものに終わってしまうだろう。

 十全な住民参加の手法や、行政の説明責任が全うされた上での合意形成が同計画の基本になければならない。これからの逸脱がはっきりしている「街づくり計画」なるものは全く意味がないばかりか有害である。

 区の「街づくり条例」では、「地区街づくり計画」は住民参加の手続きを保証した「街づくり協議会」で協議しその上で、これを尊重して区長が定めることがうたわれている。これは市民の合意形成の過程を大事にしてこそはじめて意味がある。合意形成の努力から逸脱して権力的に強引に決めたとしても本来の意味をなさない。

 今回の「地区街づくり計画案」は任意団体である「街づくり懇談会」の役員と相談して区長が決めたとはいえても、下北沢の街づくりを広く議論して決めたことには決してならないのである。そのような「街づくり計画」に求心力はない。


12、

 結語

 シモキタと愛称されるこの街の魅力が一体何であるのか、なぜ、そぞろ歩く街がかくも自由なのか、そういった基本的なことをきちんと検討することなく、逆に、現行都市計画道路が通った場合の街の将来像をシュミレーションすることさえすることもなく、住民参加もないがしろにし、行政の説明責任も果たすことなく、ただただ、既存道路を通すことを前提とした「地区街づくり計画」は「街づくり計画」に値しない。従って、もう一度初めからやり直すべきである。

 国が説明責任を果たさず、やみくもに都市計画道路を通そうとすることが、法の番人によって忌避される時代であることを、2004年4月22日の本日、東京地裁が圏央道のインターチェンジ訴訟判決で示した。

 今こそ、土建屋国家から決別するべきときであり、下北沢の真の「街づくり計画」は補助54号線と区画街路10号線の見直しからはじめ、歩くことの満喫できる街の復権を課題に再検討されるべきである。

以上




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