平成13年(行コ)第234号 小田急線連続立体交差事業認可

取消請求控訴事件

 第1審原告  ○ ○ 治 子 外

 第1審被告  関東地方整備局

 参 加 人  東 京 都 知 事

 

 

 

 

 

 

第1審原告準備書面(4)

(その2)

 

 

 

東京高等裁判所第4民事部 御中

 

 

 

 

2003年5月13日

 

   上記第1審原告ら訴訟代理人     

弁護士  斉藤  驍  外100名

                           

 

 

1.はじめに

 本件事業認可の地裁判決では、事業認可の手続きの違法性だけでなく、認可対象となった平成5年都市計画決定の適法性についても判断しており、「考慮要素の欠落」、「判断内容の過誤欠落」が著しいとして違法とした。

 そのうちの地下鉄技術に関するものを拾えば

 (1)恣意的な比較前提で区間全体の地下化がまともに検討されなかった。

 (2)「連立は原則高架である」という(古い)基本姿勢が伺われる。

 (3)構造形式選択の要素に「環境影響」が脱落している。

 (4)仙川・烏山川の下部を深く通過することは技術的には可能。

 (5)地下式との比較に際して地下水脈問題があることは指摘されていない。 (6)下北沢が地下化されれば当該区間を高架にすることの方が問題。

 (7)駅間シールドは本件調査時点で普及していた。

 (8)駅部についても大阪の3連シールドなどすでに実績が認められる。

 (9)急行・緩行の乗り換えについても京都東西線の例がある。

など列記している。

 これに対して、控訴理由書では、建運協定、細目協定、調査要綱などの規定は行政庁内部でのみ意味を持ち、外部に対しては縛られないとし、行政の裁量権を司法が侵したという大上段の反論から、考慮要素・判断内容にいくら欠落があっ

ても違法になるわけがないとしながらも、原判決の「地下優位の可能性もあった」

との判断に対して、第6章の第5−4以降でいくつかの反論を試みている。これらは、「連立は原則高架である」という古い基本姿勢から一歩も抜け出せない議論が殆どであるが、看過できないものもあるので原判決を擁護する立場から反論する。

 

2.ねじれシールド工法の適用可能性

 控訴理由書第6章の第5−5−(3)−イ−b「この工法を採用した場合には、

地上部分への影響が避けられず、京都市営地下鉄東西線の場合には、N値30以上の良質な地盤であるが、最終的に、最大10mmの地表面沈下が観測されている。最大10mmという地表面沈下は、本事業区間のような柔らかい地盤ではそれ以上の沈下が予想され、小田急線のような営業線の直下で施工する方法としては、安全性の面で問題が大きく、これを採用することは現実的に考えられないものである。」(144頁)

としている。これは、本件事業区間についてのシールドトンネル工事の技術検討

を本気でやったことがないことの自白であって、まったく根拠のない議論である。

 

1 まず、「本事業区間のような柔らかい地盤」について検討する。

 京都の柱状図(甲第61号証の4、土木学会誌論文)と丙第60号証54頁の柱状図を比較する。京都はシールド通過区間の地質の主体は、N値30以上の洪積層でよく締まった粘土性土を含むレキ質土からなっている。しかし、シ

ールド掘進による地表面沈下に最も影響のあるシールド機天端から上の地層は、

N値10以下となっている。これに対し、本件事業区間は、シールドの深さを1.0D(=10.8m)とした場合、シールド通過区間の上半分は、N値3〜5、下半分はN値50以上の地層である。通過部分の地層が京都より柔らか

いといえば言えるが、シールド機天端より上には、(事業区間の殆どを通して)

厚さ3m〜4mの武蔵野礫層(N値最大50)があり、地表面沈下への影響の面では、京都より施工に有利である。また、泥水シールドの性能は、通過部分の柔らかいほうがむしろ掘進しやすく有利なのである。

2 次に沈下量について検討する。

「京都では最大10mmの地表面沈下だが、本事業区間ではそれ以上の沈下が予想される。」と主張しているが、京都の最大沈下量10mmというのは菱形

に配置された、@東西線東行、A京津線東行、B東西線西行をシールド掘進し、

最後にC京津線西行のシールドを土被り6m強で掘進した最終合計沈下量である。一方、本事業の場合、少なくとも土被り11mの深さで、その上、1で検討したように地表近くにN値最大50の地層が3m〜4mの厚さであり、地層的にも京都の場合より沈下に対しては施工有利と言える。

 「それ以上の沈下が予想される」という主張はまったく不合理である。

 

 以上のように、地層の面から見ても、沈下量検討の面から見ても、ねじれ式シールド工法の適用可能性を否とする主張にはまったく根拠がなく合理性のないものである。

 

3.深度が深いことの問題点

 控訴理由書第6章の第5−4−(1)「仙川と烏山川の下部を通過することとなって、その分深度が深くなり、地下式の中でも2線2層シールド工法を採用した場合の急行線についてはさらに深度が深くなり、その深度は約50mにも達する。」(133頁)

 最近の地下技術の進歩は深度の深いことの不利をいかに克服するかに向けられており、一般論として「50mでは深すぎる」との議論自体通用しないが、それはおくとしても、本当に50mになるのかにつき検討する。

 

1 シールド・トンネルの土被り

 まずシールド・トンネルの土被りについては、丙43号証76頁にある「トンネル標準示方書(シールド編)(土木学会昭和61年)」では、

 第11条 トンネルの土被り

  トンネルの土被りは地表や地下構造物の状況、地山の条件、掘削断面の大  きさ、施工方法等を考慮して決定しなければならない

とあり、解説として

  必要な最小土被りは一般に1.0D〜1.5D(掘削断面の大きさ)とい  われているが、これより小さい土被りで成功した例や、これより深くても  陥没や噴発などの例があるので、実施にあたっては上記のことに留意し、

  必要に応じて様々な補助工法を勘案のうえ、慎重に決めなければならない。

  河海底を通過する場合は、漏気、噴発やトンネルの浮上がりに対する検討  を行うことが特に必要である。

とある。

 さて、ここで、特に検討を要求されている事項のうち、陥没、噴発の事故は泥水式シールド工法の技術等で殆ど解決されている。また、土被り1.0D〜1.5Dについては例えば、先にあげた京都の高速鉄道東西線建設工事御陵東

地区(1991年計画、1994年掘進開始)では、駅部最小土被り4.3m、

併用軌道下最小土被り6.8mで施工がされており、各々

 4.3m÷5,840mm(シールド機外径)≒0.8D、

 6.8m÷5,840mm≒1.2D

であり、適切な補助工法によりこの施工がなされている。

 また、シールド工法技術協会の施行実績から抜き出して作成した添付別紙の表(甲第228号証の2、同228号証の1を基に一部抜粋したもの)に見るように土被り1.0D以下の工事実績も十数年前から多数ある。

2 トンネルの間隔

 次にトンネルの併設については、同示方書では、

  第37条 併設トンネルの影響

   トンネルを近接して併設する場合には、土質条件、トンネル相互の位置   関係、トンネルの径等を検討し、荷重に相互干渉の影響を受けることが   予測されるとき、これを考慮するものとする

とあり、解説として、

   ‥‥複数トンネル相互干渉による緩み範囲の変化、あるいは施工時荷重   による影響を検討し、必要に応じて対策を講じるものとする。‥‥位置   関係では、水平、上下いずれの関係においてもその離れが後続するトン   ネルの外径(1.0D)以内の場合は十分な検討が必要である。‥‥

 とある。すでに約20年前において相互間隔1.0D以内の後続が可能とされ

ているのである。上記京都の工事においては、接近距離0.7m(上下近接

0.7m÷5,840mm≒0.1D)で施工されている。

 

3 トンネルの深さ

 以上のように、シールド掘進においては、最小土被り1.0D〜1.5D、併設トンネルの位置関係(離れ)1.0D以内が可能である。これを基準として、本事業区間における2線2層シールドの深さについて検討する。

 本事業区間の地層条件は、前記2.「ねじれシールド工法の適用可能性」についての検討項目のところで記述してあるとおりであり、これにより深さ設定を次のように考える。

 条件1.最深部2層目(施工は先行)シールドは全断面N値50以上の地層

を通過し、1層目シールドの下部にいたるまで続いているので、施工管理技術(地盤挙動、トンネル挙動の各種計測による施工チェック)により、1層目シールドへの影響は殆ど抑えられる。

 条件2.現在営業線への沈下影響については、地下2mから5mにかけ厚さ

3mから4mで武蔵野礫層と呼ばれるN値20〜50の強固な支持層があるので1層目シールド後行の施工管理及び営業線路盤の沈下測定等の実施により制御し安全を確保する。

 条件3.仙川、烏山川の川底事故防止のため、それぞれ川幅の前後数メート

ルを含めて、シールド機の上層に補助工法を施工する。川底は地下9m前

後であるからシールド機に上に厚さ2〜3m以上の補助工法が可能である。

 以上の考えから、

  ・土被り

    1.2D=1.2×10.8=12.96m→13.0m

  ・緩行線シールド(後行)           10.8m

  ・緩行線シールドと急行線シールドとの間隔

    0.4D=0.4×10.8=4.32m → 4.5m

  ・急行線シールド(先行)           10.8m

  ・合計                    39.1m

とすることができる。。

 即ち、最深部の深度はシールドで39m余り,立杭の分を考えても、「深度は50mに達し」ない。

 

4.地下化による環境への影響について

 控訴理由書第6章の第5−5−(2)カ「地下化を採用した場合には、高架式では考慮の必要のないような環境への影響が生じる場合がある」(129頁)として、いくつかの項目をあげている。

1 控訴理由書第6章の第5−5−(2)カ「シールド工事の掘削に伴う地下水 位の低下による地盤沈下が生じる恐れがある」(130頁)との主張について  被告らが提出した証拠丙43号証81頁には、

  「泥水シールド機」で掘削するならば、

    1)地下水対策の必要性     特に必要なし

    2)工法の信頼性、確実性    施工実績多数あり

    3)推進管理の難易、施工速度  中央制御により容易確実

    4)補助工法の必要性      基本的に必要なし

    5)地盤沈下          地山の乱れが少ない

 とあり、この主張は自らの検討結果を無視するものではないのか。

2 控訴理由書第6章の第5−5−(2)カ「又、地下構造物により、地下水の 水位および流れに影響を及ぼす可能性がある」(130頁)との主張について

 この点について原審判決が「考慮せず、地下式であれば全く問題が生じないかのような誤った理解に立っている」(130頁)というのは、まったくのいいがかりであり事実に反する。本書面1.の(5)に示したとおり、地下水脈に関する何らの検討もなされていないのは、被告らが本気で地下化を考えていなかったことの証左として指摘しているのである(原判決第3−5−(5)−イ−(ウ)137頁)。裁判官に対する公然たる侮辱が意図したものであれば仕方がないが、もし見落としで筆が滑ったのであれば、この項目は撤回することをおすすめする。

3 控訴理由書第6章の第5−5−(2)カ「工事用車両の走行に伴う騒音・振 動・排気ガスによる環境への影響」(130頁)について

 これもまったくのいいがかりである。高架工事は全日程を通して地表面での作業があり、丙43号証60頁には、

  1)開削工法  地表面での施工であるため、施工時に周辺に与える騒音振          動影響は大きい。高架式も同じである。

  2)シールド工法 地中における施工であるため周辺への影響は少ないが、           立坑付近では長期間周辺に影響を及ぼす。

とある。高架式では工事期間中ほとんど全線にわたって、この状態が続き、また完成後も騒音・振動が続くのに比較してシールド工法が影響が少ないことは言うまでもない。しかし、それは対策不要を意味するものではない。

 丙第43号証73〜75頁のセグメント組み立て能力の数字(複線シールドの場合で110m/月から138m/月、平均して124m/月)を、発進立坑1箇所、シールド機2機とすると6400m/124m=52月となるが、急行線、緩行線に別々のシールド機をそれぞれ2機づつ使用することによって2年半でできることになり、工事車両による影響を大幅に短縮することができるのがシールド工法である。どこをつかまえて「高架式では考慮の必要のない

ような環境への影響」といっているのであろうか。これも撤回をおすすめする。

4 控訴理由書第6章の第5−4−(1)「深度が深くなると‥‥火災、地震、

水害などの災害が生じた場合に‥‥問題が大きく、‥‥地下鉄道では、過去に火災の事例も多く‥‥とくに十分な対策を講じる必要がある。‥‥高架の地形的優位はあきらかである」(134頁)との主張について

 十分な対策の必要があることは明らかであり、「究極対策が不可能であるから地下鉄はノー」というのは街の評論家の言としてはありうるが、大深度地下鉄を推進してきた責任ある立場の被告らを代理しての文言としてはまったく不適切と言うほかない。やはり撤回削除をおすすめしたい。

 

5.まとめ

 以上のようにシールド工事に対する控訴理由を見てみると、

  @ 地下水位が低下し、地盤沈下を生じる

  A 工事中の騒音、振動、排気ガスによる公害

  B 深度が深いことの問題点

  C 仙川・烏山川の下を通るのでより深くなる

  D 2線2層では50mにも達する

  E 地下で火事にあったら逃げられない

  F ねじれ式シールド工法は京都ではできても世田谷では無理

等々、いずれの場合も、自らの技術的検討を無視した根拠のないもの、または対策を講ずることができるにもかかわらずこれを否定するものなどである。

 これが日本の建設技術推進に責任を負い、世界一のトンネル技術を誇り、世界一の地下利用都市(甲第227号証)と称している、毎日数百万人の利用する地下鉄の安全に責任を負う官庁の主張とは思えないものばかりである。