平成13年(行コ)第234号 小田急線連続立体交差事業認可
               取消請求控訴事件
 控訴人   関東地方整備局長
被控訴人   ○○治子 他
参加人   東京都知事
 
 
     被控訴人準備書面(2)
 
 
                          2002年7月23日
 
東京高等裁判所第4民事部 御中
 
 
                上記被控訴人ら訴訟代理人
                  弁護士  斉藤 驍  外49名
                      (別紙代理人目録記載の通り
 
 
第一、総論の補充
 
一、違法判断の対象となる9号線都市計画
はじめに
 違法判断の対象となるべき都市計画決定について、原判決は、「平成5年決定は、同決定により9号線都市計画を変更した部分に限らず、9号線都市計画全体を対象とした都市計画決定であるというべきであり、本件各認可の前提となる都市計画は平成5年決定にかかる都市計画決定であると解すべきである。」(原判決128、129頁)と判示した。
 これに対し、控訴人は、原判決は法21条の誤った解釈のもとに違法判断の対象となる9号線都市計画の特定を誤ったとして原判決を非難しているが、その主張が理由を欠き失当であることについては、被控訴人がその2002年5月14日付け書面の第5において既に述べたとおりである。
 本書では、更に、控訴人の主張のうち、変更決定の表示に関する部分と控訴人引用の二つの最高裁判決(最高裁昭和57年7月15日第一小法廷判決・民集36巻6号1146頁(以下「昭和57年判決」という。)及び最高裁平成11年11月25日第一小法廷判決・判例時報1698号66頁(以下「平成11年判決」という。))に関する部分について、これらも控訴人の主張の論拠となり得ない所以を補充することとする。
 
1.変更決定の表示について
控訴人は、都市計画の変更決定が有効に成立するためには、これが外部に表示
されることが必要であるところ、平成5年決定の告示(丙第35号証)は、追加する部分、削除する部分、変更する部分を街区方式による町名を表示しているのみであり、変更された部分以外の部分については何の告示もないから、変更しない部分も含めた計画全体の変更決定なるものは存在しないとして、上記の原判決を論難しているが、かかる控訴人の主張は、以下の理由から謬論であるといわざるを得ない。
1 控訴人の主張は、告示に表示されている部分が変更決定の内容であり、告示
に表示されていなければ変更決定の内容ではないというのであるから、告示に表示されているか否かによって変更決定の内容かどうかを画そうとするものといえるが、かかる控訴人の立論は、その告示によって、従前の都市計画のどこがどのように変わったのかを知り得る場合にはじめて成り立つものである。
 けだし、告示に表示されている部分をもって変更決定の内容とする以上、その告示が変更決定の内容を示すこととなるのは当然である上、その告示によっ
て従前の都市計画のどこがどのように変わったのかを知りことができないのに、
告示に表示されている部分をもって変更決定の内容としたのでは、控訴人も引合いに出す行政行為の成立に関する一般理論に反するからである。
2 そこで、本件における平成5年決定の告示をみると、下記のとおりであり、
控訴人は、これをもって平成5年変更の内容としている(控訴理由書61頁の6、ア。なお、丙第35号証)。
 
都市計画の種類     都市計画を定める土地の区域
 
東京都市計画都
高速鉄道
 
 第9号線
        追加する部分
世田谷区祖師谷一丁目、祖師谷三丁目、砧六丁目、砧八丁目、船橋一丁目、桜丘二丁目、経堂二丁目、経堂三丁目、経堂四丁目、宮坂二丁目、宮坂三丁目、豪徳寺一丁目及び梅丘一丁目各地内
        削除する部分
世田谷区祖師谷一丁目、砧六丁目、桜岡二丁目、桜岡五丁目、船橋一丁目、経堂一丁目、経堂二丁目、経堂四丁目、経堂五丁目、宮坂二丁目、豪徳寺一丁目及び梅丘一丁目各地内
        変更する部分
世田谷区成城二丁目、成城三丁目、成城四丁目、成城五丁目及び成城六丁目各地内
 
3 しかし、上記の告示では、都市計画を定める土地の区域に追加、削除、変更
という形での変更があったことを窺い知ることができるだけであって、それ以上に、変更決定の内容までは到底知り得るものでないことは明らかである。
 と言うのも、例えば、「追加する部分」と「削除する部分」とに祖師谷一丁目、砧六丁目、桜丘二丁目、船橋一丁目、経堂二丁目、経堂四丁目、宮坂二丁目、豪徳寺一丁目、梅丘一丁目といった同一の町名があって、どこが追加となり削除となるかが分かるものではなく、また、「変更する部分」とあっても、何をどう変更するのかが定かでないからである。
4 したがって、平成5年決定の告示からは、従前の都市計画のどこがどのよう
に変わったのかは知り得ないというべきあるから、前記の控訴人の立論は成り立たず、告示に表示されている部分のみが変更決定の内容であるとの控訴人の主張は失当といわざるを得ないものである。
5 それでは、変更決定の内容は何によって表示されることになるのかが問題と
なるが、これについては、法は、告示と併せて、総括図、計画図、計画書を当該地方公共団体の事務所において公衆の縦覧に供しなければならないと規定しており(21条2項、20条2項)、総括図、計画図、計画書は、都市計画を表示する図書であるところから(14条1項)、変更決定の内容は、こうした図書を縦覧に供することにより表示されると解すべきことになる。
そうすると、総括図、計画図、計画書の図書の縦覧によって表示されたもの
が変更決定の本体にほかならず、これこそが変更決定の対象となった部分なのである。
6 以上要するに、変更決定の成立を外部に対する表示に求めること自体は正論
であるが、変更決定の成立をいう以上は相当程度その内容の表示があることを要するから、その表示があったということができるのは、告示の部分でなく、総括図、計画図、計画書の縦覧に供された部分なのである。
 しかして、原判決は、こうした理解の下に、平成5年決定時に作成された総括図(丙第36号証の3)、計画図(丙第36号証の2)、計画書(丙第36号証の1)を詳細に検討し、しかも、総括図及び計画図に計画全体が表示されていることや、計画書に都市高速鉄道9号線のすべての路線部分が記載されていることも考慮した上で、平成5年決定は、同決定により9号線都市計画を変更した部分に限らず、9号線都市計画全体を対象とした都市計画決定であると判示したものであり(128、129頁)、正当な判決であることは明らかなのである。
 
2.一審被告の援用する最高裁昭和57年7月15日判決(民集36巻6号114 6頁)について
 
(一審原告準備書面(1)44頁17行〜45頁1行までを撤回し、あらたに以下のとおり主張する。)
 
 1 一審被告の援用する判例は、消防法11条に基づく給油取扱所変更許可申請
に対し、許可権者たる市長が、実質的には隣接住民の同意書が提出されない限り許可をしないという方針を維持しながら、外形上は、このような条件の記載のない許可書の「写」を申請人側(申請人の表見代理人というべき石油元売会社)に交付した、という事実関係のもとで、申請にかかる許可処分が存在したと言えるのか否か、ということが問題となった事案である。
 2 この判決が扱っている問題は、どのような形式が整った場合に、処分の「外
部への表示」があったと言えるのか、という問題ではなく、外部表示が処分権者の真意と異なる場合に、どのような要件があれば、処分権者の真意を優先させることが許されるか、ということである。
 この事案においては、消防法上の許可処分とは別に、申請人は通商産業省からも「給油取扱所の変更の枠」の割当てを受ける必要があり、この割当てを受ける前提として消防法上の許可処分がなされていなければならなかった。しかし、消防法上の許可を受けるために必要とされる近隣住民の同意書が得られないままに、通産省に対する割当申請の期限が切迫したので、苦肉の策として、市長は無条件で許可を与える内容の許可書の写を申請人側に交付し、これと引換えに「近隣住民の同意書を提出するまで本件許可書の受理につき異議を申しません」という念書を、申請人側から徴したのであった。
 以上の事実関係を前提として判決は、「許可書の写しの交付」は「あたかも許可処分があったかのような状況を作出するためにされたもの」で、許可処分そのものではないとした。そして「許可書の写しの交付」が「許可処分そのもの」とは別のものととらえるべき根拠として、「許可処分そのものは隣接住民の同意書の提出をまって許可書の原本を交付することによって行なうこととされ、三菱石油らももとよりこれを了承して許可書の写しの交付を受けた」という事実が援用されている。
 3 つまり、外形的には無条件の許可処分がなされたと見られても当然の状況が
あった(さればこそ、一・二審は許可処分の存在を認定した)にもかかわらず、
申請人側が、あくまでも隣接住民の同意書が提出されるまでは、正規の許可は得られないことを「了承」しているという事実関係のもとでは、この外形は内実を伴わないものと見るべきものである、とするのが判決の本質である。
 当時の最高裁判所上席調査官園部逸夫氏は、「本判決は、本件の事実関係を詳しく述べたうえ、判示に示された理由により原判決を破棄し」たものであること、「この点は、講学上予想できないような具体的事実関係のもとにおける行政処分の成立と発効に関する判断である」ことを指摘している(ジュリスト780号96頁)。
 すなわち外形的表示の有無という形式面に処分の成否の基準を求めた、という趣旨の判例としてこれを援用するのは失当である。
 4 なお、本件事業認可処分における審査の基準となる平成5年都市計画変更決
定の内容が、従前の計画中変更を要する部分のみを外部に表示したもので、
「変更を要しないと判断された部分は、単に変更しないという不作為があるだけで、これが外部に告示されることもない」(控訴理由書50頁)という取扱いを受けた旨の一審被告の主張は全く事実に反する。
 都市計画変更決定の記載(丙36の1)自体が、変更後の計画全体を表示し、かつ変更がある部分については、変更前と変更後の双方の内容を表示している。
従って当然のことながら変更後の計画を示す総括図(丙36の3)においても変更後の計画全体(変更部分と従前の計画を維持する部分の双方)が表示されている。
 このように変更後の計画は全体として外部に表示されているのであり、変更部分のみが表示されるのにとどまる、という一審被告の立論の前提は失当である。
 
3.平成11年判決について
控訴人は、平成11年判決は、都市計画決定が後に法21条1項に基づき一部
変更されても、変更されない部分は既定の都市計画決定がそのまま存続していること、したがって、変更されない部分は、既定の都市計画決定時の法律によって判断すべきことを明らかにしたものであるとして、これをもって原判決が法21条の解釈を誤った論拠としている。
しかしながら、平成11年判決は、旧都市計画法(大正8年法律第36号)の
下で適法、有効に決定された都市計画について、その後関係法令に変更があった場合に、いずれの時点の法令を基準に適合・不適合を問題とすべきかにつき、都市計画法施行法2条を適用して、現行法下においてもそのまま適法、有効な都市計画とみなされる旨判示したものであり、本件とは事案を異にしているから、平成11年判決は原判決を非難する論拠となり得ないのである。
 すなわち、平成11年判決は、都市計画決定後に法令の変更があった場合にどの時点の法令を適用すべきかという法令の時間的適用の問題を扱ったものであるのに対し、本件は、平成5年決定による変更の内容や範囲をいかに解するかが争点であるからである。
加えて、控訴人は、平成11年判決が法21条の解釈論を述べたかのように引
用しているが、同判決が法21条の解釈論を述べていないことは判示から明らかであるから、同判決についての控訴人の上記の理解は曲解というしかないものである。
したがって、平成5年決定の内容や範囲を判断するにつき、平成11年判決は
およそ無縁であるから、平成11年判決を論拠とする控訴人の主張は理由がないものである。
 
二、「事業施行期間の適切性」についての控訴理由に対する反論(補論)
 
1.区分け施行の判断に関する原判決批判
 控訴人は、原判決の「工区を分けずに施行した場合にどの程度の施行期間が必要であるのに対し、工区分け施行をした場合にどの程度の施行期間の短縮が見込
まれるのかといった点について何らつまびらかとなっていない」との指摘につき、
「工区分け施行により施行期間の短縮が見込まれることを看過するもの」とこれを論難し、「工区分けによる並行工事をせずに、本件事業区間の端から順次工事を行うことになれば、当然ながら施行期間は格段に長くなる」、「工区分けによる並行工事をしなければ工期が格段に延びることは、常識として容易に想像し得るところである」(控訴理由書42〜43頁)と主張する。
 しかし、控訴人の主張は根拠のない独断であるだけでなく、本件事業において行われているいわゆる「分割施工」の醜悪な実態を隠蔽するものである。
 
2.控訴理由の独善性
 控訴人のいう「工区分けによる並行工事」とは、本件事業区間6.4キロメートルを複数の区間に区分けした上で、各工区を別々の工事業者(またはJV)に委託し、それぞれの区間を同時に施工させることを想定しているものと思われるが、工区を分けずに施工するとしても、6.4キロメートルの区間を一つの工事業者(またはJV)に委託し、その業者が複数の区間で同時に施工することも考えられるのであって、工区を分けずに施行した場合が、工区分け施行をした場合よりも必ず施行期間が長くなるとは、当然には断じえないのである。
 
3.区分け施工という名の談合
 しかも、本件事業区間において行われている「区分け施工」なるものの実態は、
次のように、7区間を21社が3社ずつのJVを組んで、完璧に重複を避けて分け合って施工するということである。
@ 第1工区(世田谷代田側から梅ヶ丘駅付近高架部分)
   施工者 フジタ工業、間組、住友建設の3社JV
A 第2工区(豪徳寺駅付近高架部分)
   施工者 東急建設、森本組、大木建設の3社JV
B 第3工区(経堂駅付近高架部分)
   施工者 大林組、戸田建設、五洋建設の3社JV
C 第4工区(千歳船橋駅付近高架部分)
   施工者 清水建設、大豊建設、東亜建設の3社JV
D 第5工区(祖師谷大蔵駅付近高架部分)
   施工者 大成建設、鴻池組、青木建設の3社JV
E 第6工区(成城学園前駅付近掘割部分)
   施工者 小田急建設、西松建設、鉄建建設の3社JV
F 第7工区(野川から補助217号成城学園踏切1号まで)
   施工者 鹿島建設、奥村組、熊谷組の3社JV
 これこそ極めて醜悪な工事業者の「談合」と「公共工事のバラマキ」以外の何物でもない。本件事業は、その大半を公的資金、すなわち都民、国民の税金をもって実施される「公共工事」にほかならず、これに対する支出が適正な金額とされることは至上命題なのであって、「談合」や「バラマキ」は断じて許されるものではない。そもそも本件事業は、東京都が事業主体となって実施する文字どおりの「公共事業」なのであるから、本来施工業者は「競争入札」によって選定されるべきであるのに、東京都は全区間の工事を全体を小田急電鉄に委託し、小田急電鉄が東京都に代わって施工業者の「談合」を許し、21業者に工事を「バラマキ」発注したというのが実態にほかならず、そのことによっても十分「違法」というべきなのである。本件事業における「区分け施工」とは、このような実態を覆い隠すベールにすぎず、決して「工事促進」が主目的なのではない。
 
三、都市計画事業の確定時期について
 
 控訴人は、本件事業が都市計画事業として定まるのは、認可申請の段階である
と主張するが(控訴理由書18頁)、根拠のない謬論であることは明らかである。
 
1 控訴人は、この点について次のように論理を展開している。
 @「都市計画とは、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、
都市施設の整備及び市街地開発事業に関する計画で、次章の規定に従い定められたものをいう(第1章第4条1項)
 都市計画事業とは、都市計画法で定めるところにより第59条による認可又は承認を受けて行われる都市計画施設の整備に関する事業及び市街地開発事業をいう(第4条15号)
 都市施設に係る都市計画は、都市施設の種類、名称、位置及び区域その他政令で定める事項を都市計画に定めるものとする(第11条2項)
 まず都市計画が定められ、これを具体的に実行する一つの方法として都市計画事業の認可がされることになる。」
A「したがって、都市計画事業の事業計画は、都市計画事業認可の段階におい
て定まるものであって、都市計画決定において定まるわけではない(法60条1項2号、2項)」のだという。
2 しかし、上記@からAへの主張の展開には、全く論理必然性がない。上記@
の論理展開から言えることは、「都市計画法第59条による認可又は承認を受けて行われる事業を都市計画事業という」ということだけであって、だからと言ってそれが事業として定まるのが都市計画法第59条による認可又は承認の段階だということにはならない。都市計画事業の事業計画は、当然法59条の認可又は承認より前に定まっているものであることは、法60条1項が、事業認可等の申請書には「事業計画」(同条1項3号)を記載しなければならず、その「事業計画」には「事業地」(同条2項3号)や「事業施行期間」(同条2項3号)をも定めなければならないと明記しているところからも明らかである。そして、そのような具体的内容を持った「事業計画」が定まるのは、事業の種類に応じて個別法令や関係法令などに基づくのであり、本件連立事業について言えば、その具体的内容は、鉄道事業法、道路法等に基づく建運協定及びこれに関連する諸規範によって定まるものである。このことは、既に「被控訴人準備書面1」21〜22頁(本件鉄道事業と付属街路事業との一体性の法的根拠)及び同32〜33頁(都市計画事業の根拠法令)において詳しく論じたとおりである。
3 さらに控訴人は、「事業地」という概念が定まるのは、都市計画事業認可の
告示により生ずる法的効果が及ぶ土地の範囲を画する概念だというが、そのようにいう規定が一体どこにあるというのであろうか。控訴人がことさらに指摘する法65条1項、法67条、法69条以下は、都市計画事業認可が告示されることによって当該認可申請書に記載した事業計画に定めた範囲の「事業地」につき生ずる種々の法的効果を規定しているだけであって、かような法的効果が生ずる前の段階では都市計画法上の「事業地」の概念は存在しないなどとは都市計画法のどこにも規定されていないのである。
4 控訴人は、「都市計画それ自体には都市計画事業及び事業地という概念はな
い」(控訴理由書20頁1〜2行目)、「事業地とは、都市計画事業を施行する土地を指す言葉であり(法60条2項1号)、都市計画決定に事業地という概念はない」(同書29頁12〜13行目)等と繰り返し述べる。しかし、
「被控訴人準備書面1」27〜28頁(都市計画法の趣旨と都市計画事業)でも論じたとおり、都市計画施設に関する都市計画決定が告示されたときは、施行区域内の土地につき一定の利用制限や譲渡制限(法第53条ないし57条の6)がなされるが、これは将来都市計画事業等を施行することを想定して、都市計画決定の段階で特定の範囲の土地に対して課される一定の制約であり、既にこの段階で、都市計画事業等が実施される「事業地」も具体的に想定されて
いることは明らかであって、控訴人の主張はまったくの空論といわざるをえず、
何ら控訴人の主張を根拠付けるものではない。
 なお、いうまでもなく都市計画決定される事業(都市施設等)の中には、都市計画事業として施行されないものもある。しかし、それが都市計画決定の時点において事業地という概念がないということにならないことは今述べた通りである。
 特に本件連立事業においては、先述、そして後述する通り、都市計画事業であること及びその施行者が予め定められていると、国庫補助を受けて行われる連立事業調査の段階で事業の必要性が検討され、その適否により都市計画案が作成されるとともに、所謂事業採択がなされることから、この都市計画決定は速やかに都市計画事業の認可申請をすることを原則として、本件もそのような経過を辿っているのである。
 従って、都市計画決定の段階において、事業地の概念が明確に存在していたことはいうまでもないところであり、原判決にこの点について控訴人らがいう違法は全くない。
 かかる論難はためにするもので、許されるものではない。
第二、本件都市計画決定(平成5年決定)において考慮すべき事項とその欠落
 
一、環境の不可欠性
 
1.都市計画の基本
 環境の整備、保全、改善は都市計画の基本であることは、被控訴人準備書面1の2「都市と都市計画の歴史的文化的規範性」においてすでに述べたので繰り返さない。ただ、石川栄耀博士の都市美に関する次の指摘はきわめて重要な含蓄があり、今日改めて重視されているので繰り返し引用する。
「都市美の本質(都市計画と言い直してもよい−筆者)は…この程度の矮少なものではない。それは…都市生活者に対して都市なるがゆえに失われる『環境としての山紫水明性』を回復し、彼等の『文化人としての育生』に資せんとする全作業なのである。此は今日人口の大部分を大都市に集中せしめ、しかも与える極悪なる環境を以ってしているとき喫緊の要事に属する。」
 
2.環境の特殊今日的重要性
 本件のような大都市の公共事業、吉野川可動堰のダム等に代表される地方の公共事業、さらに大都市と地方を結ぶ高速道路等により、我が国全体の環境が著しく破壊されている現実、遅ればせながら環境基本法、アセスメント法等の環境法などが逐次制定されて、環境庁が省に昇格するという状況、更には環境汚染(典型は大気汚染)が我が国等先進資本主義国のみならず地球規模に広がり、人類の存亡すら憂慮され、炭酸ガス規制等の議定書の成立と我が国の批准の如き国際協力をせざるを得ない事態となっていること等を踏まえれば、都市環境を回復、改善することは、本件都市計画決定および本件調査等の準備がなされた昭和60年代末期には焦眉の課題となっていたことは今更いうまでもないところである。
 従って、本件のような都市計画決定をするにあたっては、まずこの環境の回復、
改善を考えなければならなかったことは明白である。控訴人らのように、「必要に応じ…考慮」するというに至っては、その無知無感覚に失笑を禁じ得ない。
 原判決は常識のある普通の人であれば、誰でも考える環境の今日的重要性を指摘しているに過ぎない。しかも、その環境負荷に違法状態の疑念(騒音を代表例としているが、これについては後に詳論する。)があるならば、まず「第一」に考えなければならないと、これまた至極当然なことを指摘しているに過ぎない。原判決は「環境を第一に」といっている訳ではない。
 高架という構造形式を採用するにあたり、要綱に反して環境を比較設計の基準から外すことは輪外であると言っているのであって、これまた普通の人の常識に従っているに過ぎないのである。
 今、環境の重大性を表立って否定するものはほとんどいない。控訴人ら国土交通省、東京都知事も勿論そうである。にもかかわらず、原判決の環境に対する評価をこのような言い方、すなわち事実とすり替えて論難することがどうして出来るのであろうか。訴訟手段であるとしても到底許されることではない。前記のような控訴人らの主張はすみやかに撤回すべきであり、その方向で裁判所は訴訟指揮をすべきである。
 
3.本件事業から求められる環境の不可欠性
 本件都市計画事業(本件都市施設、以下「本件事業」という)の法的性格と特徴は被控訴人準備書面1の第1・序論「4.本件都市計画事業と建運協定」について述べている通りであるが、若干敷衍する。
 本件事業は単なる鉄道事業ではない。鉄道と道路を連続的に立体化して踏切をなくした上、新しく道路を新設、拡幅し、これを挺子に不動産開発を行う巨大な都市再開発事業である。鉄道と道路の新設だけでも、都市及び都市環境に与える影響は甚大であり、鉄道は立体化の構造形式によって大きな違いがあるが、本件事業のように1層4線(複々線)高架方式をとった場合には・騒音・振動・景観・圧迫感・違和感等の大きな環境影響があり、道路は騒音・大気汚染・景観等・これまた大きな環境影響があり、いずれも人の健康に直接関わるものである。これに加え、超高層不動産開発等の巨大開発がなされるのであるから、都市環境に与える影響は質量ともに巨大なものがある。
 調査要綱もこれらを踏まえ、「都市に与える影響が大きい」と明記し、後述する通り事前に2年間にわたる調査が必要であるとして、調査項目、調査方法(比較設計、アセスメント等)を詳細に定めているのである。当然のことであるが、鉄道計画の核心である構造形式の比較設計に最初の1年を費やし、環境等の要因を比較の基準とすべきことも明言されている。
 ちなみに、本件事業区間は鉄道の距離は6.4キロメートルと比較的短いが、鉄道とクロスする新設、拡幅される道路は実に25本に達する。その中には幅54メートルに達する外郭環状線があり、その他のものも概ね20メートルに達する、自動車を走行させるための道路である。これらの道路が大体250メートルに1本作られるわけである。しかも、これらの道路は鉄道と南北にクロスするものであるが、それ以外に付け替え道路等と称して鉄道と並走する東西の道路も作られる。
 これだけで街の状況が激変することは容易に分かるであろう。これに加えて用途地域の指定、建築基準を変えて駅ビル、高層オフィスビル、高層マンションなどの巨大不動産開発がなされる。これらの事業費は、準備書面1で述べた通り、基本的にはガソリン税等の道路特定財源であるが、それ以外の公金が投下されることはいうまでもない。その中に本件においてはNTT−A資金が少なくとも100億円以上違法に投下されている(原審原告最終準備書面参照)。
 従って、本件事業地およびその周辺の事業、すなわち鉄道、道路、再開発の事業費は鉄道(現在進行中の高架方式)約2400億円、道路に少なくとも3000億円、再開発約5800億円と、実に1兆円を超えるのである。
 兆の単位の公共事業はいうまでもなく極めて少ない。下北沢地区を含めると小田急線の東京部分だけで控え目に見ても2兆円に近い金額となる。
 東京では小田急線だけでなく、西武池袋線、JR中央線(三鷹−立川間)等5本を超える路線で行われており、横浜、名古屋、大阪等の大都市でも行われている。その総額は10兆円の単位に達する想像を絶するものである。
 これ程規模の大きい公共事業は他にはなく、まさに我が国最大の公共事業なのである。
 従って、本件事業のように利権、利便を第一に、環境を蔑ろにするようなやり方で連続立体交差事業がなされるならば、我が国の都市は崩壊することになりかねない。都市の崩壊すなわち我が国の崩壊である。
 このような本件事業の質量共に巨大な規模を考えれば、環境に対する考慮が必要不可欠であるばかりでなく、何よりも大切だというべきであろう。原判決は控
え目に本件事業の鉄道部分に限定し、環境影響もその限度で判断しているものの、
環境が基本的考慮要素であり、これが欠落していることは重大な違法であり、これだけでも本件事業認可を取り消すべきであるとしたことは、至極当然の判断なのである。
 
二、騒音を指標とする本件の環境要素
 
 原判決は、騒音被害が違法状態にある疑念があったのであるから、第一にこの疑念を払拭することが求められるのに、これを考慮しなかったという趣旨のことを述べているのは事実である。しかし、これは本件の環境要素が騒音だけであると原判決が考えている訳ではない証拠として、高架による振動、騒音、量観、日照、圧迫感、違和感等、環境影響全般について論及している。このことからも明らかな通り、原判決は、騒音を本件事業において考慮すべき環境要素の代表的指標として位置付けているのである。騒音が代表的指標となることは、原判決が本件事業のうち前述した通り控え目に鉄道部分の適否の判断をしていることから当然のことなのである。
 これまた前述した通り、本件事業の性格から当然のことなのであるが、調査要綱が比較設計段階、すなわち都市計画の基本調査の頭初の段階で、環境を比較検討基準の一つとして明記しているにもかかわらず全くこれを無視し、「地形的、計画的、事業的条件」という全く恣意的な比較基準を作り、騒音のみならず環境
そのものを基準から排除しているが、本件事業においては、何よりも大切な要素、
少なくとも不可欠の要素とすべき環境を考慮しなかったことになるから、「考慮すべき事項が決定的に欠落している」ので、これ自体で本件都市計画決定は重大な違法があると判断したのであり、これをまず認識すべきであり、見誤ってはならないのである。
 にもかかわらず、控訴人はこれをすりかえ、原判決があたかも騒音だけを、しかもそれが違法状態にある疑念を払拭することだけを問題にしているように言うが、これは重大な事実のすり替えであり、原判決に対する誹謗といわざるを得ない。
 かかる議論は許されず、裁判所も然るべき訴訟指揮をすべきである。
 しかも失笑すべきは、このように事実をすり替え論難しているものの、これが全く成功していないということである。
 騒音の問題についてだけ考えても、「違法状態の疑念」というのは控え目な表現であって、違法状態そのものが本件都市計画決定当時、既に存在していたのである。
 沿線住民が騒音の被害の責任裁定を求めた平成4年5月の段階においては勿論それよりはるか前から沿線住民の受忍限度を超える私法上違法な損害が多発していたことは、同調整委員会が平成10年7月24日認めるところとなったのであるが、控訴人らはこれは後から分かった後知恵だと原判決を論難する。
 これまたすり替えも甚だしい。同調整委員会はその受忍限度の基準は別論として、沿線住民が申請した平成4年よりはるか前から私法上違法な損害が生じていたことを認定したのである。そのことこそが大切なのである。
 責任裁定を含めて公害訴訟全般、とりわけ騒音被害訴訟においては、原判決のいう新幹線訴訟はもとより、大阪空港騒音訴訟、国道43号線訴訟に代表的に見られる通り、火の無い所に煙はたたずであって、現に我慢出来ない損害が生じているからこそ住民が提訴しているのであって、虚構の提訴はその例を見ない。
 従って、多少でも環境に関心を持ち、公害訴訟について知見を有すれば、沿線住民の多数が損害賠償の責任裁定を申請したこと自体、そこに違法な損害があると推認するのが当然であって、これを無視したりすることは、それについて相当の知見を有するべき行政当局に到底許されるべきことではない。
 従って、どんなに控え目に見ても、疑念位は持たなければならない訳である。 沿線住民の多数が責任裁定の申請をした位で疑念を持つのは非常識であるかのように言う控訴人らの方が余程非常識で無恥なのである。従って、かかる論難は到底許されるものではなく、控訴人らはかかる主張を直ちに撤回し、裁判所もそのように指揮すべきである。しかも、真実は本件事業の施行者である東京都は、後述の通り疑念どころか違法状態であることを熟知し、控訴人らも充分承知していたのである。
 にもかかわらず、上記のような無恥な論難をしたり、「都市計画決定の…要件整合性の判断における騒音被害の考慮のあり方と騒音被害の民事上の違法とは別個の問題であり区別すべきである」(108頁)と開き直ったりすることは到底許されない。本件アセスメント(後述するが、本件調査、アセスメント、都市計画案、街づくり〔再開発〕調査、実施設計、管理等、本件事業の計画から実施に
至る全ての分野において、パシフィックコンサルタンツ株式会社が行っている。)
を詳細に検討すれば、これが後述する通り手続、内容において著しく違法なものであり、公衆衛生学等、本来の環境分野のみならず政治学に至る広い分野の有数の研究者(原判決二2のウ参照)から厳しい批判にさらされたものであって、これ自体環境に対する考慮の欠落を明白に示すものである。
 原判決はこれを示唆しながらも直接当否の判断をせず、このようなアセスメントであっても、騒音は現状より改善されるとは予測できず、かえって直接高架騒音にさらされるおそれの強い地上6.5メートルを越える地点においては80デシベルをかなり上回る激烈なものになることが予測されるとして「違法状態の疑
念」の解消は到底出来ないこと、日照阻害、景観、圧迫感、違和感が確実に生じ、
環境は改善するどころか全く反対の結果となることを指摘したうえ、これらの環境負荷がなく、地表も高架に比べれば緑地等はるかに有効に利用出来る地下方式
という代替案(環境負荷については高架と地下には格段の相違があることは常識、
社会通念であり、東京都のアセスメント条例は地下を規制の対象にすらしていないことにも言及している。)を環境の視点から比較しなかったことも、環境に対する考慮の著しい欠落を裏付けるとしているのである。
 また、原判決は「環境面での優位性を唯一の考慮要素」(107頁)とは全く言っていない。にもかかわらず、あたかもそういっているかのように論難することは的外れであるばかりでなく、殊更にこれを行なっていることが前述の通り明らかであるから、極めて悪質であり、法廷において許されることではない。控訴人らはかかる主張を速やかに撤回すべきである。そうでなければ、裁判所はこれを糺すべきである。
 
三、都市計画に対する無知の一端
 
 なお付言すると、地下と高架の比較において、控訴人らは土地利用の点においては「等価」であるなどと常識では信じられないことを原審において主張したため、原告らの失笑を買い、原判決にも一蹴された。このためであろうか、控訴審においては相変わらず同じことを言いながら、土地利用の比較は事業に時間がかかるので流動性があり、「都市計画決定の段階では…比較検討は抽象的、概括的に行うにとどめるべきである」というに至っている。弁解なのであろうが、仮に抽象的に比較したとしても、いや、そうすればする程その差異が際立つことに何故気が付かないのか。笑止の沙汰という外はない。
 土地利用は都市計画の眼目であることは法の明言するところであり、常識でもあって、建運協定、調査要綱等も明文でその旨具体的に規定しているところである。ところが原審で控訴人は、「本件都市計画決定にあたり、東京都知事は土地利用について地下と高架を比較したことがない。地下の場合の土地利用については考えたこともないし、土地の所有権は小由急電鉄に帰属するから考える余地もない。」とまで言い(平成12年9月26日付被告準備書面嘘)、原審の裁判長から、土地利用について建運協定第10条に私鉄側の協議義務、応諾義務が定められているのではないかと釈明を求められて、答弁に窮する事態となったという厳然たる事実もあるのである。
 また、本件調査から本件都市計画決定に至るまでの間に、地下にした場合の
(地上の)土地利用について東京都は一切考えたことがない(これ自体、高架下
等の土地利用について考慮、検討することを定めた調査要綱に明白に違反する。)
という現実があり、これを東京都における本件事業の実務にあたってきた建設局関連事業課課長、証人伊藤忠明等ははっきり認めているのである。
 後述する通り、本件において建運協定、調査要綱が求めている地下と高架のしかるべき公正な比較をこの点を含めて一切せず、後に詳述するところであるが、要綱に全く反する、ためにする「比較」をして、高架方式を基本とする都市計画決定を強行した、というのが真相であり、原判決はこれを詳細に認定している(原判決二2「平成5年決定に至る経緯等」参照)。
 いまさら土地利用の比較をしたかのように、「等価」であるとか「抽象的概括的に」とか、あたかも比較をしたかのように言うのは笑止であるだけではなく、厚顔そのものの虚偽であり、控訴理由として法廷で述べることは許されないことである。法廷で述べることにはしかるべき限度があることはいうまでもなく、控訴人がこれをはるかに逸脱しているのは明白であるから、このような「主張」は直ちに撤回すべきである。裁判所もこの方向で厳しく審理に臨むべきである。
 
四、 騒音問題に関する判断の誤りに対する反論
 
1.控訴人はこの章において、原判決のつぎの1、2の判示を「都市計画における
騒音問題の位置づけを誤るもの」(103頁)と論難し、「環境面での優位性を唯一の考慮要素として都市計画を決定すべき義務」をうたったもの(同書面103頁)とか、「裁判所の単なる個人的価値観に基づく判断」(108頁)などと攻撃する。
 ・原判決の表示1
 「通常の常識人ならば、騒音測定結果からして…相当広範囲に受忍限度を超える騒音を発生させており、いわば違法な状態を現出しているのではないかと
の強い疑念を抱くべきもの」(原判決130頁)、「本件鉄道の主たる目的は、
踏切の解消による交通の円滑化と鉄道輸送力の増強であり…これらの問題は、都市計画上重要な課題ではあるものの、所詮は利便性の問題にとどまるものであり、通常はそれが解消されなくても当不当の問題が生ずるのみで違法の問題が生ずるものではない。これに対し、上記の騒音問題は、都市計画上の都市施設の一つである都市高速鉄道が違法な状態を現出させている疑いをもたれているのであるから、新たに都市計画を定めるに当たっては、この点をこそ第一に検討すべきものと考えられる。…このような観点から平成5年決定を見ると、
その際には騒音に違法状態が生じているとの疑念を持って検討した形跡はなく、
その結果、その解消の検討や都市計画によってこの点を解決しようとの視点も全く見受けられない。したがって、平成5年決定の際の考慮要素には、この点
において著しい欠落があったと言うべきである。」(原判決130、131頁、
考慮要素の過誤欠落の箇所)
 ・原判決の表示(2)
 「高架化による影響が懸念されるのは、これによって音源に近付き、しかも側壁によって音源から隔てられることも期待できない高さ、すなわち、高架橋の高さ…に側壁の高さを加えた地上6.5メートルを超える高さである」、
「(環境影響評価においても、この高さでの騒音値は)在来線による低い高さへの騒音を大きく上回る激烈なものとなることが予想され、…相当広範囲にわたって80デシベルをかなり上回る騒音にさらされるおそれが濃厚であったと考えられ」…「(環境影響評価の)結果を前提としたとしても、高架式には、地下式であれば考慮の必要がないような悪影響が予測されているのであって、この点における地下式の優位性は明らかであり、これと逆の結論を導くことは、社会通念に照らしても誤りというほかなく、この点において平成5年決定の判断内容には著しい過誤があるというべきである。」(原判決133〜136頁、判断内容の過誤の箇所)
 しかし、この論難はためにする論難であって、以下に検討する控訴人の理由付けの方こそ、「都市計画における環境問題の位置づけおよび解釈を誤るもの」と言うべきである。
 
2.控訴人は原判決を前記のように攻撃する理由付けとして、控訴理由書第3の2
項において「都市計画における騒音問題」と題して都市計画法の扱う環境問題について、次に紹介するとおりの独自の解釈に基づく論理を展開するが、都市計画法の極度の曲解である。
 控訴人のこの問題での原判決批判の論理はつぎのとおりである。
 1 都市計画法において環境問題についての抽象的一般的な規定は第1条や第
2条などいくつかあるが、(平成5年当時)それを具体化する規定(具体的な基準)としては法13条1項柱書き後段の「当該都市について公害防止計画が定められているとき、都市計画は当該公害防止計画に適合したものでなければならない」との規定以外に存在しない(しなかった)(同書面104頁中段)。
 2 したがって、環境との調和がみたされた都市計画といえるための適法要件
は、つぎの2つであり、これを満たしている限り、環境関係の重要事実の誤認により計画が事実の基礎を欠くとか、環境への影響に関する評価が明白に合理性を欠くなどにより計画が社会通念に照らし著しく妥当性を欠く場合以外に計画決定が違法とされることはない(105頁冒頭〜106頁)。
 @ 実体的要件として法13条1項にいう公害防止計画への適合
 A 手続的要件として、a関係市町村住民の意見書提出、b都市計画審議 会の議を経ること、c住民等の提出意見の要旨を都計審に提出すること
 3 そして本件の平成5年決定(変更)において、環境問題のうち騒音問題の
対処は、東京都公害防止計画が在来鉄道騒音について定める「実施調査、防
音壁、ロングレール化の促進等、改善策の実施」に基づいて、ロングレール、
バラストマット、60kg/mレール、吸音効果のある防音壁、高架橋床板の増強の方策を講じ、干渉型の防音壁の検討もするとしているから、上記2の@の実体的要件を満たし、Aの手続的要件も遺漏無く実行したから適法であり、重要な事実の誤認や評価の不合理もないから、違法の問題は生じない(105,106頁)。
 しかし、このような都市計画法と環境に関する曲解の上に組み立てられた論理は、あまりに皮相かつ貧弱であり、かえって控訴人、参加人らの事業認可の違法および都市計画の違法を裏付けるものとなっている。以下、やや詳しくそれを述べることとする。
 
3.控訴理由書の「環境と都市計画」論批判
 まず2の2の@に紹介した控訴人の実体的要件論について述べる。
 控訴人は都市計画法のうち 環境問題について具体的基準を定めているのは唯一法13条1項柱書後段の、都市ごとの公害防止計画の件だけとするが、この前提がそもそも誤っている。都市計画法の上位計画の根拠法、公害対策基本法など関係法令からも、多数の(環境に関する)具体的基準が導かれるのであって、これ一つのみに矮少化する控訴人らの見解は許されない。
 すなわち、すでに総論的反論をのべた被控訴人準備書面1の12頁以下でも述べたとおり、都市計画の法体系は同書面別表4のような多岐に亘る成文法に定め
る国の計画に適合しなければならず(建運協定と調査要綱を含むことは前述した)
これらの成文法には環境に関する具体的基準が数多く存在するのであり、都市ごとの公害防止計画(法13条1項柱書後段)だけではないのである。
 
4.控訴人による条理上又は信義則上の環境配慮義務論
 控訴人は控訴理由書108頁において標記のようなタイトルを掲げ、「当時の都市の環境問題が受忍限度を超え、違法状態に達している疑念がある場合には、条理上又は信義則上、行政庁の裁量が収縮し、他の諸種の要素よりも環境問題の解消を第一に検討すべき義務が発生するとの考えであると解する余地もないではない」とするが、結局つぎのような論理でこのような条理上又は信義則上の義務も発生しないとする。
 @ 都市計画決定の5号(現行法の6号)の要件適合性の判断における騒音被
害の考慮の在り方と、騒音被害の民事上の違法とは別個の問題であり、区別すべきであるが、(原判決は)この違いをわきまえず、これを混同するものであって、この点に置いてすでに失当である。
A 条理上又は信義則上の義務は法律による行政の原理から導かれるが、それ
が発生するのは例外的な場合であり、原判決によっても、「違法状態」ではなく、それに達していない単なる「疑念」があると言うだけであるから、例外的な場合にあたらない。
 しかしながら、この箇所の所論には以下のような重要な欠陥がある。
 まず、ここで控訴理由書が述べる、「騒音被害の民事上の違法」と「5号の要件適合性判断における騒音被害の考慮の在り方」の違いがどのようなものであるかや両者はどのような関係に立つものなのかは一切明らかにせずに、「両者の違法の違いをわきまえず、これを混同するもの」などというのは法理の初歩をわきまえないものである。
 つぎに、条理上又は信義則上の義務が発生する例外的な場合とはどのような場合であるかも明らかにされておらず、これではどうして「違法状態の強い疑念」だけでは環境配慮の義務が発生しないのかも明らかでない。これではまるで「発生しない場合であるから発生しない」とのトウトロジーである。
 さらに、原判決には「環境問題の解消を第1に検討すべき」とは一言も言っていない。「騒音について違法状態の疑いがあるから…利便性に優先して騒音を第一に」と言っているのであり、これはまさに法と社会通念に適うものである。控訴人らの論難は、ためにする曲解である。
 
5.原判決をねじ曲げた社会通念攻撃
 控訴理由書はその第3の2項3において、原判決が、踏切解消による交通の円滑化と鉄道輸送力の増強と騒音問題の解消とを比較して、前者は所詮利便性の問題とし、後者について違法状態現出の強い疑念を解消することを検討しなかったことを社会通念に照らして誤りと判示したことについて、「原判決の上記判示こそ社会通念を誤るもの」とし、このような判決の態度をもって「騒音問題の解消を当然に優先させたもの」とする(109、110頁)。
 その理由とするところを見ると、
 @ 昭和62、63年時点の本件調査によれば、小田急線は開かずの踏切の状  態であった、混雑率からみても違法状態だと認定すべきであった。
 A 都市計画審議会を通じた手続きで、高架方式としたことは民意も反映され  た手続きである、
と言うことのようである。
 しかし、このような議論にも重大な問題がある。
 @ まず、地下鉄方式をとれば、踏切の解消や輸送力の増強と同時に、騒音問
題の解消も達成されるが、高架方式をとれば前者は解消されるが、騒音問題は違法状態現出の強い疑念を残したままとなると言う関係を理解して、控訴理由書が書かれているのか疑問を持たせるものである。
 原判決は、両方の要請を満たすのが地下鉄方式であり、優れた方式だと言うことを前提にして、片方の要請だけを解決するにすぎない高架方式にこだわり、地下鉄方式を真剣な考慮要素としないことを社会通念に反して違法としているのであって、踏切解消による交通の円滑化や輸送力の増強に反対しているのではない。それなのに控訴理由書は前期のごとく開かずの踏切や電車の混雑も違法状態だと認定していないから原判決の方が社会通念に反するなどと乱暴なことを述べており、誹謗中傷そのものである。
A 次に、都市計画審議会を始めとする手続き的要件が形式的に満たされてい
れば、それが全て民意であってこれを批判するのは社会通念に反しているとするのは、それらの審議会が形骸化している実態を無視した世間知らずの議論であり、かつ司法の果たすべき役割を放棄せよと言うに等しいファッショ的な議論である。
 控訴人の論理に従うなら、世田谷区議会が昭和48年以来何回も全員一致で小田急線の地下化を要望する決議をあげたのに、参加人がこれに反する高架方式にこだわって強引にねじ伏せていることの方が社会通念違反となるわけであるが、控訴人はこれをどう考えるのか逆に問いたい。
B 原判決には直接に触れたところはないが、参加人らが高架下利用を始めと
する株式会社を都市計画前に第3セクターとして設立し、ここに参加人の役人が天下るシステムを作っていたこと、そのためには地下鉄方式ではダメなので、どうしても高架方式でなければならなかったと言う事情から優れた方式である地下鉄方式が葬り去られたと被控訴人は考えているが、それでも都市計画審議会が通っていれば民意だと控訴人は言うのだろうか。
 
6.騒音問題検討は十分であったとの控訴人の原判決批判について
 控訴理由書第3の3項において控訴人は、「騒音問題についての検討の合理性」
との題のもとに原判決を批判している。内容は(原判決の)「騒音被害の評価の誤り」および「騒音被害対策の看過」の2つに別れているので以下それに沿って順次検討する。
1 騒音被害の評価の誤り(同書面2の部分)と題する箇所について、その論旨
を紹介すれば次の諸点につきる。
@ 原判決の根拠とする、小田急線の付近住民が公害等調整委員会に責任裁定
の申請をしていたとの点については、申請したことのみをもって、小田急沿線に受忍限度を超える騒音が相当広範囲に発生していると判断する根拠にならないことは当然である。また、公害等調整委員会が、同申請につき小田急電鉄の責任を認める裁定をしたのは平成10年のことであり、これは平成5年変更後の事情である(控訴理由書114頁)。したがってこれらは、(騒音の)違法状態を疑う理由にはならない。
A 原判決が根拠として環境影響評価書における測定結果中に、新幹線騒音に
かかる国の基準を超える騒音を発生させていた地点があることを挙げていることについては、a)平成5年当時在来線についての国の騒音基準はなかったし(在来線について国の指針が出たのは平成7年)、b)住民の受忍限度は新幹線より在来鉄道の方がかなり高いことが常識だったから、根拠にならない(同115頁)。
B 原判決は、昭和60年に新幹線騒音について名古屋高裁で受忍限度は73
デシベルとの判断が示され、同事件は同判断を前提として和解がされたことを根拠とするが、これも新幹線騒音にかかる裁判例であるから、Aと同じく根拠にならない。
2 しかしながら、これらの論拠は、つぎに述べるとおり、重要なことを隠した
まま自分に都合の良いことだけを並べたり、単に居直ったりしているにすぎない。
 まず、@について言えば、住民が集団で公害等調整委員会に責任裁定の申立をする以上、よほどのことが起きていると考えるのが常識であると言う点をこの理由書はわざと無視している。住民の申立書や一緒に出されている証拠の測定値などについては、既に住民は参加人に対して同じ内容を陳情していたし、鉄道事業の都市計画の作成に当たって小田急電鉄にそれらを含むデータを提出させなかったとすればそれ自体が怠慢である。しかも、東京都は昭和58年の時点で都内15地区において鉄道騒音の測定調査を実施し、その中には本件にかかる経堂地区も含まれていた。それによれば経堂地区の線路から100メー
トル以内に住む65名中18名(27.9%)がLAeqで62.5デシベル、
LAmaxで77.5デシベルの鉄道騒音に曝されていたのである(この数値は新幹線騒音の環境基準を10デシベル近く上回る数字である)。このことを平成4年の環境影響評価や平成5年の都市計画決定の際に参加人らが承知していない筈がない。
 さらに@の中で控訴人らが、責任裁定がなされたのは平成10年だから平成5年変更の時点では理由にならないとするのも問題である。平成4年時点で責任裁定の申立はすでになされているのであるから、当事者であった小田急電鉄ならいざしらず(同社は騒音は受忍限度内と主張)、住民の健康や安全、環境を守るべき都市計画策定者が環境庁での裁定の申請や進行状況に無関心でよい筈がない。控訴人のこの理屈は、加害者である小田急電鉄との共同歩調または知らないふりを都市計画策定者に要求するものであり、はからずも控訴人らが誰のために働いているかを吐露するものとなっている。
 つぎにAの理屈付けも居直りである。鉄道騒音の環境基準が新幹線についてしか存在しなかったならば、存在する新幹線騒音基準を参照にして在来鉄道騒音を考えるのが騒音問題を考えたことになるのであって、控訴人の論理では、在来鉄道の基準が存在しないのだから鉄道騒音を心配する必要がないと言う結論になる。しかし、違法な状況というのは法や指針ができたから突然に生まれるものではない。
 しかも鉄道ではないが道路騒音に関しては、すでに平成4年2月に大阪高裁で国道43号線訴訟の控訴審判決が出ており、それによれば騒音についてはLAeq60デシベルを受忍限度(距離20m内。距離を問わないときはLAeq65db)として損害賠償を認容しており、平成5年当時都市計画で騒音問題に関わった人物ならばこの数値を意識しなかった筈がなく、もし知らなかったとすればそれは怠慢そのものである。
 またBについても同じ事が言える。鉄道騒音の限りにおいては、新幹線についての裁判例しか存在しなかった平成5年当時においては、鉄道騒音を考える際、裁判例としては、これを基本にすることはもとより、他の騒音訴訟の先例も考えて、在来鉄道の特質を加味して検討するしかなかった筈であるところ、始めから新幹線についての裁判例だから除外すべきだと言うのでは、裁判例関係の検討をする必要はなかったと言っているに等しい。
3 「騒音対策の看過」との部分について
 控訴理由書のこの部分の論旨は要するに次の通りである。
@ 環境影響評価の騒音予測値を検討したところ、高さ1.2メートルおよび
3.2メートルの各地点ではLAmaxで78デシベルだったが(LAeq換算では65デシベル)、参加人は一層の騒音低減を目指し、バラストマット、60kg/mレール、吸音効果のある防音壁、床版の増厚、干渉型の防音装置の検討をしたから、この高さでの予測値は、現況と同じかこれを下回ることになる。原判決はこのような対策を取ったことを看過している。
A 地上6.5メートルを超える高さの騒音こそが問題だとする原判決は、当
時鉄道騒音関係で唯一存在した基準である新幹線基準の測定地点(地上1.2メートル)の決め方にないやり方である。地上6.5メートルより上の騒音についても軌道から距離がはなれるごとに低減するし、に記したような各種の騒音低減措置によりさらに低減する。小田急の建物は2階建以下が多いので、高架化による影響は少ないと考えた参加人の判断に不合理はない。
4 控訴人らのこの部分の原判決批判は、単なる弁解に終始するのであるが、弁
解にもなっていないと言わざるを得ない。
 まず、@に関連してであるが、原判決が言っているのは、1.2とか3.5メートル地点では高架化およびその上に立つ側壁(1.5メートル)によって音源から隔てられたり遠ざかるのであるから、わざわざ調査するまでもなく騒音が緩和されるのは当然と言うことであり、それよりも構造形式(高架)が先に選択された後にあと追いで環境への影響を検討している手法が問題だと言っているのである。各種騒音対策を取る以前のことを問題にしている原審に対して「騒音対策のことを評価していない」と見当違いの論難をしているに過ぎない。
 つぎにAについて述べると、新幹線基準では地上1.5メートルではかれと言っているから6.5メートルより上のことは問題外とするようである。ある時は新幹線基準を使うべきではないと言いながら(前記1のA参照)、この部分だけ新幹線基準によるべきとするご都合主義もさることながら、高架構造では騒音は上に向かって拡散するという常識がないままに平成5年決定をしたことを自白するようなものである。昭和61年3月に開通したJR京葉線の騒音測定(昭和63年1月)結果では、約34mはなれたマンションの1階が81デシベルに対し、5階が88デシベル、11階が91デシベルとなっており、このことは、数値はともかく我々が日常生活で経験する常識である。控訴人らのAの議論は、この常識さえもふまえていない。
 さらに、乙第2号証の環境影響評価書にも「予測位置は、鉄道騒音に係る問題を最も生じやすい地点及び高さで行うこと」と指摘され、不十分ながら6.5メートル以上の高さの測定値が追加されていること(原判決はこれを80デ
シベル以上と読みとっている)について控訴人らはどう説明するつもりなのか。
 そのうえ小田急沿線では2階建以下が大部分だとする理屈にいたっては現実無視の指摘とともに、それでも都市計画策定者かと問いたくなる。原判決はきちんと昭和62年の建築基準法21条の改正後の軒高9メートル超の建物増加を指摘しているし、現実にも中高層のマンションが平成5年以前から沿線に急増していた事実がある。
5 東京地裁平成11年10月26日判決について
 控訴人らは、沿線住民が、小田急の騒音を理由に高架工事の差止訴訟を起こしたが、住民敗訴で確定したことを118頁で掲げている。しかしその件は工事の差止めの事案であり、本件は都市計画およびその事業認可を争う事案であって、騒音を扱う視点が異なるものであるばかりか、受忍限度の基準すら示していないもので、本件の参考には全くならない。
 
第三、判断過程、判断内容の著しい過誤行政裁量の著しい逸脱と濫用     
 
1.存在するものを存在しないとする強弁
  連続立体交差化という都市計画事業(都市施設)の否認         
 連続立体交差化事業(都市施設。以下「連立事業」という。)は、昭和44年9月に制定された建運協定により明文で定立された、従前の鉄道高架事業とは明らかに異なる制度、事業、都市施設であることは、被控訴人準備書面1はもとより本準備書面の1.においても充分過ぎる程述べてきた。
 また、本件調査要綱が建運協定第11条に基づき制定された規範であり、これに従った2年間にわたる連立事業調査という事前の基礎調査が事業主体(施行主体)である都道府県・政令指定都市によってなされなければならないこと、また
これをしなければ、都市計画決定に係る建設大臣の認可(本件都市計画決定当時)
もなされず、同大臣の都市計画事業認可も、またこれに伴う道路特定財源による国の補助金も与えられないところからも、調査費の3分の1をこれまた道路特定財源から交付されることになっていることだけを見ても、本件調査要綱が連立事業という制度の一つの規範であることは否定する余地はない。 控訴人も6年以上にわたる原審の経過で、当然ではあるが、これを自認していた。しかも連立事業はもとより、本件小田急線のみならず、東京を始めとする全国の至る所の都市において調査、アセスメント、都市計画、事業の展開など、その局面に差異があるものの、日々行われているのである。このことについては、直近の小田急線下北沢地区の素案説明会のパンフレット等、多くの証拠があるだけでなく、国土交通省自身が本件を控訴するにあたって、同省クラブにおいて記者会見し、その実状の概況を示し、本件の影響は全国に及ぶことを強調し、これを控訴の主な理由としている位なのである。
 にもかかわらず、控訴人らは控訴理由書を見れば明らかな通り、連続立体交差化事業があたかも存在しないかのように連続立体交差化という言葉すら使わず、「建運協定と法とは関係がない。」「本件要綱は都市計画法に基づくものではないが…合理的なものである。また、本件調査は本件要綱に基づき行われたもので
あって、適正なものである。」と趣旨不明の脈絡のない文脈を繰り返した挙げ句、
連立事業における鉄道の構造形式の比較検討基準が、先述した通り本件要綱が環境等明文の基準を定めているにもかかわらず、「明文で定めたものはないが、参加人は従来からの都市計画に関する行政実務経験に照らして…計画的条件、地形的条件、及び事業的条件という…3条件を設定し」(97頁)といい、比較の検討基準は「実務経験」により決せられるという、本件要綱とおよそ背反しているだけでなく、普通の市民であれば、その常識を思わず疑うようなことを言ってのけているのである。これは後述する通り、この3条件なるものがいかに連立事業の規範に反し恣意的に、且つ、ためにする目的で設定されたものであるかを示しているのであるが、この大きな論理的破綻は、控訴人らが連立事業が存在するにもかかわらず、これを存在しないとして議論を組立てようとしているからに外ならない。
 しかし、いうまでもなく存在するものは観念で否定出来るものでもなく「理屈」
で否定出来るものでもない。これはギリシアのヘラクレイトス以来、人間の歴史が実証してきた真理である。
 ドンキホーテを笑う人がいる。確かにおかしいことはおかしい。しかし、ドンキホーテは存在するものを間違えたに過ぎない。存在するものを存在しないと夢想した訳ではないのである。
 ドンキホーテですら笑われるならば、存在するものを存在しないと言い張る控訴人らはどうであろう。夢想なら大笑いである。しかし、控訴人らはそうではない。殊更に虚偽の強弁をしているのであり、これは法廷の秩序を根底から破壊するもので、絶対許されない。
 控訴人らは直ちにこのような言い方を撤回し、法廷における他の全ての人々に対して謝罪するべきである。これのない時は、裁判所のみならず関係者がしかるべく糺さなければなるまい。
 
2.建運協定、本件要綱の法的意義とその内容
A.はじめに
 本件事業の法的性格と特徴は、被控訴人準備書面1「第1 序論」4および11ハにおいて既に述べたところであるが、本件事業を新しい都市施設として具体的に定義し規律しているのは、基本的に建運協定と本件要綱(これが道路法、鉄道事業法等に基づくものであることはいうまでもなく、控訴人らも否定
出来ないことは、建運協定、本件要綱が法に基づくものではないといいながら、
それでは何に基づくものかということを述べていないことから既に明らかである。)であるから、その法的意義と内容をさらに詳細に改めて述べることとする。ただし原判決が当然のことながら詳細に説示しているので、これを引用しながら、足りないところ、大事なところを指摘することにする。
B.建運協定
 建運協定は、以下に引用する本協定と、これに基づく細目協定がある。
「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定
第1条(目的)
 この協定は、都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関し、事業の施行方法、費用負担方法その他必要な事項を定めることにより連続立体交差化を促進し、もって都市交通の安全化と円滑化を図り、都市の健全な発展に寄与することを目的とする。
 
第2条(定義)
 この協定において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 道路 道路法(昭和27年法律第180号)による道路及び都市計画
法(昭和43年法律第100号)により都市計画決定された道路をいう。
二 鉄道 日本国有鉄道の鉄道(新幹線鉄道を除く。)、地方鉄道法(大
正8年法律第52号)第1条第1項又は第2項の規定による地方鉄道及び軌道法(大正10年法律第76号)第1条第1項の規定いよる軌道であってこの協定の締結の時において地方鉄道運転規則(昭和25年運輸省令第99号)を準用しているものをいう。
三 連続立体交差化 鉄道と幹線道路(道路法による一般国道及び都道府
県道並びに都市計画法により都市計画決定された道路をいう。)とが二か所以上において交差し、かつ、その交差する両端の幹線道路の中心間距離が350メートル以上ある鉄道区間について、鉄道と道路とを同時に三か所以上において立体交差させ、かつ、二か所以上の踏切道を除却することを目的として、施工基面を沿線の地表面から隔離して既設線に相応する鉄道を建設することをいい、既設線の連続立体交差化と同時に鉄道線路を増設することを含むものとする。
四 単純連続立体交差化 鉄道線路の増設(以下「線増」という。)を同
時に行わない連続立体交差化をいう。
五 線増連続立体交差化 線増を同時に行う連続立体交差化をいう。
六 都市計画事業施行者 連続立体交差化に関する事業を都市計画事業と
して施行する都道府県又は地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項の指定都市をいう。
七 鉄道事業者 連続立体交差化に係る区間の鉄道を管理する者をいう。
 
第3条(都市計画)
 建設大臣又は都道府県知事は、都市計画法の定めるところにより、連続立体交差化に関する都市計画を定めるものとする。
2 建設大臣は、前項の都市計画を定め、又は認可しようとする場合にお いては、法令の規定により必要なときは、あらかじめ運輸大臣等に協議 するものとし、その他のときはあらかじめ運輸大臣に通知するものとす る。
3 第1項の都市計画には、線増連続立体交差化の場合における鉄道施設 の増強部分(既設線の鉄道施設の面積が増大する部分及び線増線の部分 をいう。以下同じ。)を含めるものとする。ただし、鉄道事業者が自己 の負担で、既設線の連続立体交差化に先行して線増工事に着手する必要 がある場合においては、線増線の部分を含めないことができる。
第4条(都市計画事業の施行)
 前条の規定により都市計画決定された連続立体交差化に関する事業(以下「連続立体交差化事業」という。)のうち、単純連続立体交差化の場合における全ての事業及び線増連続立体交差化の場合における鉄道施設の増強部分以外の部分に係る事業は、都市計画事業として都市計画事業施行者が施行する。
 
第5条(構造基準)
 連続立体交差化に関する構造は、道路構造令(昭和33年政令第244号)、日本国有鉄道建設規程(昭和4年鉄道省令第2号)、地方鉄道建設規程(大正8年閣令第11号)、軌道建設規程(大正12年内務・鉄道省令)及びこれらに準ずる諸基準によるものとする。この場合において、連続立体交差化後の鉄道又は交差道路の取付勾配及び曲線は、当該鉄道又は交差道路の従前の機能を阻害しない範囲のものとする。
 
第6条(連続立体交差化事業費)
 連続立体交差化事業費は、連続立体交差化のため直接必要な本工事費、附帯工事費、測量及び試験費、用地費(土地に関する補償費を含む。以下同じ。)、補償費(土地に関する補償費を除く。以下同じ。)、機械器具費、営繕費及び事務費とし、工事及び用地取得に直接従事する職員の人件費及び旅費並びに調査、設計及び監督に直接従事する職員の旅費を含むものとする。
2 連続立体交差化事業費を区分して、高架施設費、貨物設備等の移転費 及び増加費用とし、その範囲は、それぞれ次のとおりとする。
一 高架施設費 連続立体交差化事業費のうち貨物設備等の移転費及び増
加費用を除いた費用
二 貨物設備等の移転費 貨物の取扱いに必要な設備、操車場、車両基地
その他現業機関の施設の移転に要する費用
三 増加費用 次に掲げる場合の連続立体交差化事業費の増加分
イ 交差道路を新設し、又は拡幅するため、支間25メートル以上の鉄 道橋が必要となる場合
ロ 連続立体交差化により掘下げ、嵩上げ又は付替えが必要となる交差 道路を連続立体交差化と同時に新設し、又は拡幅する場合
ハ 都市計画事業施行者又は鉄道事業者の要請により、鉄道の平面線形 等を著しく改良する場合
ニ 鉄道事業者が連続立体交差化と同時に軌道、架線、信号設備又は連 動装置の著しい改良を行う場合
 
第7条(費用負担)
 連続立体交差事業費のうち、高架施設費及び貨物設備等の移転費は、都市計画事業施行者と鉄道事業者とが次に掲げるところにより負担するものとする。
1 単純連続立体交差化の場合











 

         

鉄道事業者

  都市計画事業施行者

高架施
設費 
   

鉄道既設分

鉄道受益相当額

    残  額 

鉄道増強分

  全 額
 
            

貨物設
備等の
移転費
   
 

鉄道既設分
     

移転先用地の取
得に要する額 

 施設の移転に要する額 
             

鉄道増強分
 

  全 額
 
 
            
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2 線増連続立体交差化の場合











 

         

鉄道事業者

  都市計画事業施行者

   
   
高架施
設費 
   
   

     
鉄道既設分
     
     

用地費の額及び
鉄道受益相当額

    残  額 
             

  全 額
 
            

鉄道増強分

  全 額
 
            

貨物設備等の移転費
 

  全 額
 
 
            
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
3(略)
2 前項の鉄道既設分及び鉄道増強分の範囲は、それぞれ次のとおりとす る。
一 鉄道既設分 鉄道施設の増強部分に係る費用以外の費用
二 鉄道増強分 鉄道施設の増強分に係る費用
 
第8条(土地及び施設の帰属)
 連続立体交差化によって生じた土地及び施設のうち、道路施設及び都市計画事業施行者が取得した道路予定地並びに都市計画事業施行者が取得した鉄道用地に対応して生じた残存土地は都市計画事業施行者に、その他のものは鉄道事業者にそれぞれ帰属するものとする。
 
第9条(土地の優先譲渡)
 都市計画事業施行者は、前条の規定により都市計画事業施行者に帰属した土地を、鉄道事業者が必要とする場合においては、自ら又は関係地方公共団体が必要とするときを除き、当該鉄道事業者に優先的に有償で譲渡するものとする。
 
第10条(高架下の利用)
 都市計画事業施行者は、連続立体交差化によって生じた高架下に、国又は地方公共団体が自ら運営する(料金徴収等一部の業務を委託することを含む。)公共の用に供する施設で利益を伴わないものを設置しようとするときは、高架下の利用につきあらかじめ鉄道事業者に協議するものとし、
鉄道事業者は、その業務の運営に支障のない限り協議に応ずるものとする。
 
第11条(実施のための指導)
 運輸省及び建設省は、この協定により連続立体交差化事業が円滑に実施されるよう、鉄道事業者及び都市計画事業施行者その他の地方公共団体をそれぞれ指導するものとする。
 
第12条(略)
第13条(略)」
 
 建運協定第1条(目的)は、第2条によって後述する通り定義される。
 「連続立体交差化に関し、事業の施行方法、費用負担方法、その他必要な事項を定め…もって都市交通の安全化と円滑化を図り、都市の健全な発展に寄与
する」というのであるから、建運協定が単なる費用負担に関するものではなく、
連続立体交差化事業(都市施設)全般に関して必要な事項を定めるものであることは明らかであり、後述する通り第5条に明文で記されているが、道路法、日本国有鉄道法(国鉄民営化後は鉄道事業法)等に基づく規範であることは明確である。
 建運協定第2条(定義)の肝心なところは、従前の述べたところではあるが、
鉄道と道路を3ヶ所以上において立体交差化させ、2ヶ所以上の踏切道を解消
する。すなわち、わずか350mの区間においても1本以上(立体交差3ヶ所、
踏切道2ヶ所と一つだけ数字が違っていることに注意すればよく分かる。)の道路を新設しなければならないのである。道路を新設(拡幅も含む)するための連続立体交差であるところが、従前の踏切解消、高速化等を目的としてなされていた鉄道高架事業とは根本的に違うものであり、そうであるからこそ、道路特定財源を投下出来るのである。
 そしてさらに、条文上は明言されていないものの、多くの鉄道が道路が新設(拡幅)され、連続立体交差化されれば、都市の動脈の状況が全く変わることになり、これを前提とした都市の再開発事業ということになる。このことは本件要綱に明確かつ具体的に示されている。
 この鉄道、道路、再開発を三位一体とした連立事業がいかに巨大なものになるかは、本件に則して述べた第二の一3の本件事業のところでよく分かるであろう。
 さらに第3条(都市計画)により、複々線以上の連続立体交差化(線増連立)
を含めて都市計画決定の対象とすること、第4条(都市計画)において、これら(単純連立、線増連立)を都市計画事業として施行者は都道府県・政令指定都市でなければなれないとしているところが重要である。これは第2条と相まって、従前の鉄道高架事業という運輸省主導の運輸事業ではなく、建設省(都市側)主導の巨大都市事業であることを明確に示しているのである。
 第5条(構造基準)は「連続立体交差化に関する構造は道路構造令、日本国有鉄道建設規程…及びこれに準ずる諸基準によるものとする」というのであるから、連立事業においてその構造は核心部分であり、道路法、鉄道事業法(国鉄民営化後)等道路、鉄道の関係法令に従うとされている。
 これは前述したとおり、建運協定が上記関係法令に基づく規範であることを明確にしている。
 第6条(連続立体交差化事業費)では、連続立体交差事業費は直接必要な本工事費、附帯工事費、測量及び試験費、用地費のみならず、用地取得、調査、設計等の人件費、旅費まで含み、さらに貨物設備の移動費、増加費用まで、極めて範囲が広いことに注目すべきである。
 第7条(費用負担)では、単純連続立体交差化と線増とに違いはあるが、基本的に鉄道事業者は、その「受益相当額」を負担すればよく、残額は全て都市計画事業施行者(都市側)が負担するものとされている。
 その割合は細目協定第7条に基本的に定められているが、頭初は鉄道事業者
の受益相当額は、私鉄の場合事業費の僅か7%で、残りの93%が公費であり、
その過半が、前述したところであるが、道路特定財源である。
 平成4年3月にこの割合が14%と86%にそれぞれ改められたが、大半が公費であることは変わらない。
 同第10条(高架下利用)は「都市計画事業施行者は、連続立体交差化によって生じた高架下に、国又は地方公共団体が自ら運営する…公共の用に供する施設で利益を伴わないものを設置しようとするときは、高架下の利用につきあらかじめ鉄道事業者に協議するものとし、鉄道事業者は、その業務の運営に支障のない限り協議に応ずるものとする。」と定められ、連立事業によって生ずる高架下(地下なら地表)の土地利用について、都市側が主導し、鉄道事業者(運輸省)は特別の理由がない限り、都市側の要求に応諾しなければならないとされている。すなわち、連立事業の核心の一つである土地利用について「都市側」が決定することが原則となった。原審において控訴人が述べた、「小田急の所有地だから考える余地がない」などということは到底通用しない、文字通り建運協定違反の虚言に過ぎなかったのである。
 また、次の第11条(実施のための指導)も極めて大切である。
 これは建運協定の目的(今充分述べたところである。)を達成するために建設大臣、運輸大臣が行政指導するという文言になっているが、目的そのものが「都市側」にあるのであるから、その指導は実際は建設大臣が行うという趣旨であり、従って連立事業の必要性とその成否を左右する基礎調査の指導も建設省が行うことになり、現に本件要綱も建設省が作ったものである。
 なお、細目協定第4条3号には、「連続立体交差化のため必要となる交差道路の改築および…同時に行う都市計画決定された道路の新設又は改築で鉄道と交差する部分に係るものは、連続立体交差化に関する都市計画事業の範囲に含めるものとする。」と定められているのであるから、この部分を事業地としなければならないにもかかわらず、被控訴人準備書面1等で述べた通り、認可の対象から外している。
 原判決は、同条第2項の「連続立体交差化のために必要となる仮線の敷設…
は…都市計画事業の範囲に含めるものとする。」という規定等を引用しながら、「本件線増事業の工事と兼ねて行われる在来線の仮線の敷設工事を行う地域は、
本件都市計画事業である本件鉄道事業の事業地の範囲に含めるべき」であるとして、「本件鉄道事業認可申請における事業地の範囲は…実際に本件鉄道事業の一部である工事を行う地域を同事業の事業地としていない点でそもそも過誤があるうえ、その基となる都市計画である平成5年決定における事業地と範囲と明らかに一致していないといわざるを得ず、本件鉄道事業認可はこれを看過してなされた点で違法なものである」と断じた。判示は現実になされる都市計画事業地の一部を外しているということと、事業地の範囲が都市計画決定と明らかに一致していないという2点において違法だとしているのである。
 控訴人らはあたかも原判決が都市計画との不一致のみを違法としているかのようにいうが、曲解も甚だしい。
 まさに原判決の判断は本件連立事業の法的性格を充分踏まえた正解である。 前述の細目協定第4条3号に反して、交差道路の部分を事業地から除外したことについても、全く同様のことが言えるのである。
 以上で建運協定が道路法等の法令に基づく規範であり、また、本件要綱は今述べた通り、建運協定第11条により定められたものであるから、これも規範であることはいうまでもない。
 本件要綱を充分読めばこの事情が良く分かるから、これを含めて本件要綱のところで述べることにする。
C.本件要綱
イ この点の原判決は以下の通り本件要綱を引用しており、これに間違いはな
い。
「ア 連続立体交差事業調査は、連続立体交差事業の必要性が比較的高く、
かつ事業の採択基準に合致する事業計画箇所について、その都市におおける都市計画の総合的検討を行いつつ、事業の緊急性を検討するとともに、都市計画決定に必要な概略の事業計画を作成することを目的とするものであるところ、建設省は、連続立体交差化事業を行おうとする都道府県及び指定市に対し国庫補助調査を行う場合の調査内容等を示すために、本件要綱を定めており、本件各事業及び本件線増事業についての連続立体交差事業調査が行われていた際に定められていた本件要綱は次のような内容であった(なお、本件要綱は、平成4年11月に改正されている。)。
イ 連続立体交差事業調査においては、単に鉄道の設計を行うのではなく、
広域及び周辺市街地の現状における課題を把握し、連続立体交差事業の必要性を明確にした上で、都市計画の総合的検討を踏まえて関連事業計画、高架下利用計画と一体的に鉄道、側道等の設計を行い、さらに計画の総合的な評価を行うため総合アセスメント調査を行うこと(1項第3段落)。
ウ 広域的条件調査(5−1−1項)、現地調査(5−1−2項)、周辺
市街地現況調査(5−1−3項)、街路整備状況調査(5−1−4項)及び鉄道状況調査(5−1−5項)を行い、これらの調査をふまえて都市機能、都市交通、土地利用、居住環境及び都市活力等の観点から現況の都市計画上の問題点を整理し、このように整理された都市計画上の問題点を基に連続立体交差事業の必要性及びその区間について検討、整理
をすること(5−1−6項)、その上で、都市計画の総合的検討として、
将来目標を設定し(5−2−1項)、都市整備基本構想を作成することとし(5−2−2項)、周辺市街地整備基本構想を作成する際には、鉄道・側道等の設計並びに高架下空間及び鉄道残地の利用計画に配慮しつつ行うものとし(同項2)、その要素として、土地利用計画、交通計画等に加え、公園緑地計画として、公園の配置計画の検討をすることのほか、公園、緑地や他の公共施設や良好な植生を加え、緑のネットワークを構成すべきこと(同項2B)。
エ 鉄道・側道等の設計に当たっては、鉄道と側道は一体的に取り扱われ
(5−3の表題、5−5−1E、図15)、設計は、基本設計と概略設計とした上で、設計に当たっては、5−2項の都市計画の総合的検討及び5−4項の関連事業計画等の検討に配慮しつつ行うものとし、特に、駅周辺の動線計画、街路網計画、駅前広場計画、高架下利用計画、面的整備計画、環境対策等に十分配慮を払いつつ行うものとする(5−3−3項)。基本設計においては、連続立体交差化する区間、経済的かつ合理的な線形、施行方法(仮線方式、別線方式、直上方式等)、おおむねの構造形式を比較検討するものとし、事前検討を行った上で周辺の関連事業等と調和のとれた比較案を数案作成し、比較評価を行うものとし(同項1)、鉄道の縦断線形については特に経済性の観点から十分比較検討を行うこととし(同項1A後段)、比較案の評価に当たっては、経済性、施工の難易度、関連事業との整合性、事業効果、環境への影響等に
ついて比較し、総合的に評価して順位を付けるものとする(同項1B)。
概略設計に当たっては、比較案から最適な案を選定し、さらに詳細に上記検討を行い、事業費積算のための設計を行うこととする(同項2)。
オ 連続立体交差事業の事業効果は、同事業と一体的に整備を図るべき関
連事業がいかに実施されるかによって大きく左右されるから、連続立体
交差事業の計画に当たり、既に塾度の高まっている関連事業はもちろん、
5−2項の都市計画の総合的検討で検討したものを含めて、連続立体交差事業の事業効果を最大にするような計画内容と事業プログラムを検討し、その場合、鉄道残地及び高架化空間の利用にも十分配慮するものとする(5−4−1項)。そして、駅周辺動線計画の検討をするとともに(5−4−2項)、高架下空間を、商業ゾーン、駅業務ゾーン、公共利
用ゾーン、通路等に区分するなどして。高架化利用の基本計画を策定し、
その場合、周辺市街地の公共施設整備状況、住民の意向等に配慮して、自転車駐車場、小公園、行政サービスコーナー、集会場等公共利用を優先させるものとする(5−4−3項)。
カ 連続立体交差事業の総合的な判断評価を行うため、連続立体交差事業
による事業効果及び環境への影響を調査することとし(5−5項)、環境調査については、騒音、振動、日照、電波障害、その他地域分断、都市景観の阻害等の項目についても必要に応じて検討を行うものとする(5−5−2項)。
 このうち、騒音については、当該地区の鉄道騒音を代表すると認めら
れる地点及び事業後において騒音が問題となる恐れのある箇所について、現況の騒音レベルの測定を行い、事業後の騒音の予測を行うものとする。
測定方法は、「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」(昭和50年7月29日環境庁告示第46号)等に準ずるものとする。騒音予測については、周辺の地形、土地利用等の状況から簡略な計算で騒音レベルの予測が可能な場合は計算等を行うとともに、他地区の事例等諸資料を活用して行うものとする。」
補充すべき大切な部分は以下の通りである(甲第7乃至8号証)。
「ア 連立事業の性格
 連続立体交差事業は、都市に与える影響が極めて大きい大規模な事業であり、特に最近においてはその事業効果が都市の健全な発展という観点から重視されている。
 これは…都市交通面での効果に加えて、駅周辺の中心市街地の再生、活性化、ひいては都市あるいは都市圏全体の発展という効果に対する期待が大きくなっている。
イ 調査主体
  都道府県又は政令指定都市
ウ 補助率
  3分の1
エ 調査体制
 調査における一部作業の鉄道事業者への委託は必要最小限とし、その内容については調査主体…の意向が十分反映される必要がある。
オ 関連事業計画
 関連事業のなかで都市計画決定の必要なものについては、その計画案を作成するものとする。」
ロ 以上について、本件に関連して特に留意すべきは以下のところである。
  一、連立事業の性格。
二、鉄道事業者への調査の委託は必要最小限度とすること。
三、連続立体交差事業調査においては、単に鉄道の施工を行うのではなく、
広域及び周辺市街地の現状における課題を把握し、連続立体交差事業の必要性を明確にしたうえで、都市計画の総合的検討を踏まえて、関連事業計画、高架下利用計画(土地利用計画)と一体的に鉄道、側道等の設計を行い、さらに計画の総合的評価を行うため、総合アセスメント調査を行うこと。
四、周辺市街地整備基本構想を作成する際には、鉄道、側道等の設計並び
に高架下空間及び鉄道残地(地下方式にした場合に鉄道事業用地でなくなる地表部分を含む−筆者注)の利用計画に配慮しつつ行うものとし…その要素として土地利用計画、交通計画に加え、公園緑地計画として公園の配置計画をすることのほか、公園緑地や他の公共施設や良好な植生を加え、緑のネットワークを構成すべきこと。
五、鉄道、側道等の設計に当たっては、鉄道と側道は一体的に行われ、設
計は基本設計と概略設計とした上で、都市計画の総合的検討及び関連事業計画等の検討に配慮しつつ行うものとし、特に…街路樹計画、駅前広場計画、高架下利用計画、…環境対策等に充分配慮を払いつつ行うものとする。
 基本設計(調査の第1条−筆者注)においては、連続立体交差化する区間…施行方法、…構造形式を比較検討するものとし、事前計画を行ったうえで周辺の関連事業計画等(道路、再開発事業−筆者注)と調和のとれた比較案を数案作成し、比較評価を行うものとし、…比較案の評価にあたっては経済性…事業効果、環境への影響等(以下「5条件」−筆者注)について比較し、順位を付けるものとする。概略設計に当たって
は、比較案から最適案を選定し、さらに詳細にのぼって検討を行うこと。
六、連続立体交差事業は同事業を一体的に整備を図るべき関連事業がいか
に実施されるかによって大きく左右されるから…事業効果を最大にするような計画案とプログラムを検討し、その場合鉄道残地及び高架下空間の利用にも充分配慮するものとする。
 高架下空間を…周辺市街地の公共施設整備状況、住民の意向等に配慮し…小公園…集会場等公共利用を優先させるものとする。
七、連続立体交差事業の総合的判断を行うため…事業効果及び環境への影
響を調査する(総合アセスメント)こととし、環境調査については、騒音、振動、日照、電波障害その他地域分断、都市景観の阻害等の項目についても…検討を行うものとする。
 このうち、騒音については当該地区の鉄道騒音を代表すると認められる地点及び事業後において騒音が問題とされるおそれのある箇所について、現況の騒音レベルの測定を行い、事業後の騒音の予測を行うものとする。 測定方法は「新幹線鉄道騒音に係る環境基準について」等に準ずるものとする。
 騒音予測については、周辺の地形、土地利用の状況から…計算で…予測可能な場合は計算等を行うとともに、他地区の事例等諸資料を活用して行うものとする。
ハ 本件要綱と都市計画案との関係
 上記イ、ロから明らかなことであるが、本件要綱による調査は何よりも連立事業の都市計画案を決めることを目的としており、これが関連事業と一体として進めなければならないところから、同事業についても都市計画決定が必要なもの(道路、駅前広場等の再開発)は調査終了時に都市計画案を作ることを求めているのである(イの補充部分の関連事業計画)。
 逆にいえば、連立事業調査はこの都市計画案を決めるための必要かつ十分条件なのである。そのために、本件要綱が書式を含めて詳細に規定しているのである。
 従って、本件においても、次に述べるところであるが、この調査が完了した時点において、高架方式を基本とする本件都市計画案(これがそのまま強行決定されたことは、前記の通りである。)が決められたのである。 調査が終了したのは平成元年3月であるが、その年の秋には建運協定が「改正」されるとして、本件連立事業を施行することを目的とする、都道府県・政令指定都市しか施行主体にはなれないとしている建運協定に明白に背反して、東京都等により設立されようとしていた所謂第三セクターの連立事業計画にこの「都市計画案」が事業計画とされている(甲第38乃至43号証)。
 従って、本件都市計画案決定の基礎はあくまで本件調査であり、それ以外になにもない。
 控訴人らは、後述する通り、本件調査において住民らが求めていた地下2線2層シールド方式について一切比較検討しなかった(本件調査報告書巻末資料には、「検討した」とされる22通りもの連立方式が記載されているにもかかわらず、地下2線2層シールド方式は入っていないことから極めて明らかであった。)ことが否定できなくなるや、丙第43号証等を引き合いに出して、「調査の後に」これを「検討した」と次のように述べているが、後述する通り虚構も甚だしい。
 「本件調査においては、全体の地下化や2線2層式を比較検討の対象としていないが、…周辺住民のなかに全面地下化の希望があることを考慮し、都市計画案を策定するにあたっては、…2線2層シールド工法による全面地下化案についても比較検討の対象としている。」
 これをまさに白々しいというのである。後述するところもあるが、平成5年11月の本件都市計画決定以前の五十嵐元建設大臣の指示で始まった東京都と住民の協議の際に提出された東京都の地下2線2層式なる設計図と積算表は、住民らが求めていたものとは全く違って、約半分がオープンカットである上、下北沢地区が「地表式」であるから、ここに接続する部分は1層4線にせざるを得ないなどとして、肝心のところをほとんどオープンカットにし、用地費、工事費を甚だしく水増ししたインチキ極まるもので、これは直ちに住民側に看破され、前記情報公開も加わって、東京都は「協議」も出来なくなり、背信的かつ一方的な本件事業認可申請に及ばざるを得なくなったのである(甲第13号証の1乃至2、同23号証の1乃至2、同25号証、同32号証、同50号証の1乃至14等)。
 すなわち、住民らの要求と批判をかわすための「対策」を立ててはみたものの、本件調査に代わる基本設計の比較等「検討」の名に値するようなことは何一つしなかったのである。
 丙第43号証はその証左の一つであるが、後に詳論する。
 
3.本件調査等判断過程、判断内容における裁量を逸脱した著しい違法
A.はじめに
 東京都は、前述したところもあるが、これらに後述する通り悉く違反して本
件調査を行い、かかる重大な違法「調査」に基づいて本件都市計画案を策定し、
住民や専門家等の批判を無視し、後述する住民説明会で小田急電鉄、ゼネコンの社員を大量に動員し、虚偽の説明を続けたり、手続及び内容において重大な違法を重ねた環境影響評価を行う等して、平成5年2月、本件都市計画決定を強行したのである。高架鉄道の付属施設というべき側道(本件補助街路)については、世田谷区が本件調査以降一体となって同様に行動した。
 東京都と世田谷区にはいずれも情報公開条例があり、本件調査のように沿線住民の生活と環境に巨大な影響を与える本件調査は当然公開されるべきことを本件要綱も示唆し、東京都・世田谷区自身、調査が完了したら公表すると約束していたにもかかわらず、これらを全く蹂躪し、上記情報公開条例にも反して本件調査を秘匿し続けた。これ自体、本件都市計画決定の重大な違法事由であることは明らかであるが、東京都は平成6年3月8日、東京地方裁判所民事第2部の別件情報公開訴訟において、裁判所の開示勧告があるまで、鉄道計画の比較設計等、住民の知るべき基本的事項すら秘匿を続けたのである。しかも、本件調査は下北沢地区を含めて、というより同地区を調査の中心の一つと位置付けてなされたにもかかわらず、同地区は都市計画決定がされていないとしてこの部分の鉄道計画を開示しなかったばかりか、本件事業区間の騒音等のアセスメント、再開発計画も理由無く開示せず、今日に至っている。
 しかし、この限られた情報開示だけでも、原判決が看破したように、控訴人らのやり方がどんなに酷いものであるかが、後述するところを含めて明確になったのである。
B.比較検討3基準の違法
 上記1Cロの五、で整理して述べた通り、本件要綱によれば連立事業の中核である構造形式について最初に行うべき比較設計の基準は、経済性、関連事業との整合性、環境等の5条件とされている。
 ところが、東京都は全くこれに背反し、計画的条件、地形的条件、事業的条件という極めて恣意的な3つの「比較基準」で比較設計をしている。
 前述した通り、この3条件は控訴人らが控訴理由書(96頁から97頁)で「明文で定めたものはないが…実務経験に照らし」としかその根拠を言えないことにその恣意性が明確に表現されている。
 いうまでもなく、本件要綱が明文で定める上記5条件とこの3条件とは明らかに違う。最も違うのは環境を比較の基準から全く外していることである。
 既に何回も述べた通り、少なくとも環境は都市計画を定める際に考慮すべき基本条件の一つであり、1に詳論した通り環境の特殊今日的重要性、本件事業
の環境に及ぼす巨大な影響を考えるならば、比較の基準から外すということは、
規範と社会通念に照らして到底考えられないことである。
 驚くべきことであるが、本件調査はこの非常識極まる3条件で「最適案」として高架方式を基本とする本件計画を選定したのである。逆にこのことは環境を基準にいれれば最適案は高架方式ではなく、環境負荷が格段に少ない地下方式となったことを示しているのである。
 この点について原判決は虚心に核心をつかんでおり、控訴人らの論難はいわずもがなの揚げ足取りに過ぎない。
 環境については、この「最適案」についてその影響を後から「検討」したに過ぎない。
 このようなやり方は本件連立事業を建運協定、本件要綱等が求めている方向ではなく全く違う方向、すなわち線増部分、側道部分等巨大な用地買収を必要とする高架方式を梃子として、同じく巨大な用地買収を必要とする道路、再開発と相まって巨大な不動産の流動性を作り出し、そこに利権を追及するということを目指したものであることを前にも触れたところであるが、明白に示しているのである。
 以下に述べる本件調査の違法、それに引き続く都市計画手続、内容の違法、アセスメントの違法はまさにこのために積み重ねられたものなのである。
 ところが、高架にするために作出したこの計画的条件、地形的条件、事業的条件だけで比較しても、地下方式が高架方式より優位であることは原判決のよく説示するところであるが、これを充分承知していた東京都等はなんとか逆の
結論を引き出すために、本件調査に後述する通り更なる作為を加えたのである。
C.基本条件設定等の作為
 本件調査は鉄道、側道等の設計について、以下のような基本条件を付した。
1 複々線の運転形式は方向別として、中線急行、外線緩行とする。
2 ホーム延長は210メートルとし、四線並列区間の急行停車駅につい
 ては(経堂を含む)島式2面4線ホーム、急行通過駅については相対式
 2面2線ホームとする。
3 事業化が完了もしくは実施中の次の区間の…構造は変更しない。
  イ.代々木上原−東北沢間高架複々線化完了
  ロ.千歳船橋−祖師ケ谷大蔵間(環八区間)在来線高架化完了
  ハ.喜多見−和泉多摩川間高架複々線化実施中
 イ乃至ロの条件は4線並列方式の複々線を前提とするものであるから、2線2層方式は比較の対象とすることが出来なくなる。
ハの条件により、本件事業区間の全線地下方式を比較の対象から外すことに
なる。
 要するに、これらの「基本条件」は住民が望み、環境はもとより事業費の問題を含めてあらゆる点において高架方式より優れている全面地下2線2層方式を比較の対象から外すことを企図して設定されたもので、本件要綱の定める基本設計の原則を甚だしく蹂躪する、ためにするものであった。
 念のためここでも付言しておくが、地下方式はオープンカット方式とシールド方式があるが、シールド方式は在来線の直下にトンネルを作ることができ、地表の構造物(家屋等)を撤去することなく、早期に施工できること、用地買収費を極小にすること、深いところを掘れるばかりでなく、距離に応じて工費が安くなるなど、オープンカット方式にはない利点があり、本件都市計画決定当時はもとより、昭和50年代の地下鉄技術の主流であり、大江戸線、南北線等昭和50年代に設計されたほとんどの地下鉄はこの方式で行われており、この点についての原判決の認定は、まさに事実と充分な証拠によりなされているもので、その判断は基本的に的確であり、これを論難するのは誹謗の誹りを免れず、控訴人らはこの部分の主張を直ちに撤回し、自らの「不明」を謝罪すべきである。
 これらためにする「基本条件」に加えて、基本設計の事業費の比較のところで、目立たぬように「昭和62年以降に取得した用地費は算定しない」という文脈を理由も示さぬままに挿入している。
 高架複々線は、鉄道と側道両面で用地買収費が巨大なものとなる。本件区間の事業費は、彼等の高架案1900億円の2分の1にあたる950億円を要する。これだけでも巨額なのに、これら必要面積5万2000uのうち1万8000uが昭和62年以前に取得されていたことが後日東京都議会等で追及されて判明した。要するに、東京都が説明していた用地費950億円というのは、全体の一部である3万4000uに対するものに過ぎず、これの5割以上を占める約500億円の用地買収費を要していたにもかかわらず、「算定しない」といって隠していた訳である。
 東京都は、高架方式の用地費が嵩むことを充分承知していたにもかかわらず、
地下方式との比較において不利だと考え、用地費を小さくするために、約500億円を基本設計から外し、対外的にはこれを隠し、950億円で済むと虚偽を言い続けてきた。
 一方、地下方式はシールドの場合3000億円、オープンカットでは3600億円と、1100億ないし1700億円高くつくという、これまた後日虚偽が判明することを、先述の本件調査の情報公開等がなされこれらが客観的に明らかになっても、本件を含む小田急関連訴訟の内外において言い続けてきた。 何の為にか。
 説明する必要はあるまい。
D.下北沢地表式を「所与の前提」とする虚構
 本件調査は、報告書の表紙を見るだけで分かるように、そもそも下北沢地区を一つの重点とする東北沢−喜多見間の調査なのである。
 すなわち、本件事業区間は本来の計画の一部に過ぎなかった。ところが、既に述べ、後述もするが、この全部について下北沢地区を高架にするにせよ地下にするにせよ、複々線が代々木上原まで開通することになり、そうなれば300本以上運転本数が増えるうえ、速度が少なくとも本件調査の上記基本条件の一つである時速120qに達し、騒音、振動だけでも到底アセスメントをクリアー出来ないことが明白になったこと、下北沢地区は井の頭線との関係で原判決の指摘する高架の高度の問題と、線増のための用地買収が周辺住民の地下要求とバブル経済によるさらなる地価の高騰等から、住民がまさに要求していた地下2線2層方式の地下方式にせざるを得なくなること等が本件調査のなかで明らかとなったため、本件事業区間を高架方式にするには、すなわち上記の本件事業の彼等の真の目的を実現するには、これと下北沢地区を分断(細切れ)し、下北沢を「未定」であることにしなければ、本件調査の作為に満ちた3条件の成就すら出来なくなると判断したのである。 本件調査報告書の末尾において、「下北沢地区についてはさらなる検討が必要である」という「さらなる検討」とは、まさにこの一端を明白に示して余りない。
 この事実は本件都市計画決定がされた平成5年11月に、業界紙週刊プロジェクト(甲第31号証)に報道されたばかりでなく、国会議員を含む関係者の定説となっており、平成7年7月、閣議了解(甲第46号証)される状況であったが、東京都等は訴訟外ではもとより、訴訟においても「下北沢地区については都市計画決定されていない」(計画が前記の通り誰も都市計画決定されているとは言っていない。事実上決定され、その行政内部における手続が進行しているといっていただけなのである。)「下北沢は白紙の状態だから、現在の地表式であることを前提に本件事業区間の計画を検討した」と白々しいことを言い続けていたが、「閣議了解」という肝心な事実一つとっても、これを否定することが出来なかったのである。
 そもそも、本件連立事業は下北沢地区における連続立体化が実現できなければ事業目的を達成出来ないし、そうであるからこそ、「下北沢地区はさらなる検討」を要するものの、その連続立体化の都市計画決定およびその都市計画事業は時間の問題であって、東京都も明確に否定することは出来ず、特に平成6年3月8日、上記の情報公開の後は尚更であった。
 従って、原判決がが「連続立体交差事業を行う以上は(下北沢地区について)
地表式を維持することはあり得ず」と核心をつき、「下北沢区間が地表式のままであることを所与の前提とすることは誤りである。」と断じたのは全く正しい。
 これについて今更「下北沢区間について地表式、高架式、地下式のいずれも可能性があった」というのは見苦しいとしかいいようがない。
 連続立体化とおよそ両立しない地表式まで入れてしまうのは、その無恥を怒る前に失笑する他はない。
 下北沢地区については、本件弁論終結の前年2000年12月に東京都が地下化を公表し、本年2月、初めて街づくりと合わせて2線2層の地下方式の連立計画の都市計画案を公表し、説明会に至っていることは、甲第191号証の1乃至2の通りである。
 事実こそは何より雄弁であり説得力がある。我々法律実務家や官僚は何よりも事実に対して謙虚であるべきであることは過言を要しない。
 そして、本件事業を担当した東京都の官僚伊藤、古川らは、本件法廷において彼等の言う計画的、地形的、事業的3条件による高架の優位性は、いずれも下北沢地区を地表式を前提にして初めて成り立つものであることを自認しているのである。
 すなわち、この前提が変われば、彼等の比較論は完全に崩壊するものであったし、原判決も明確に指摘している通り、事実崩壊したのである。
 にもかかわらず、今になっても「参加人は高架式が計画的、地形的、事業的条件において優れている」から、高架式にしたというのは白々しいにも程があり、かかる虚偽を本件法廷で許してはならない。控訴人らは直ちに撤回すべきである。
E.基本設計における比較対象、事業費の比較にかかる不正
イ 比較対象の不正
 高架方式に対する地下方式の対象として、当時ですらトンネルにおいてはほとんど姿を消していた、旧式で施工に時間がかかる上、用地費が高架方式より嵩み、工事費もシールドの約9倍かかる1層4線横並でオープンカットを設定し、地下方式が高架方式より約1700億円んも高くつき、従って地下方式は彼等のいう「事業的条件」において高架に著しく劣後すると見せかけた。
 ちなみに、1層4線横並での地下方式は幅が22m必要なのに、高架方式では18mで済み、用地費だけからみても、地下方式は高くなるとしていたのである。勿論その狙いは地下方式は高架方式に事業費の上ではるかに劣後する、従って「事業的条件」において不適格としたいからであったことはいうまでもない。
 在来線の直下にも出来る2線2層シールド方式という、用地買収費が格段に安く、工事費も約3分の1で済む方式が、前述した通り当時既に地下鉄の主流であったのに、これを故意に比較の対象から外したのである。
 原判決も指摘している通り、本件事業認可申請当時の東京都技官(前建設局長)石川金治は、本件情報公開がなされる直前、東京都議会において「高架方式が格段に優位」と述べて、上記住民側との協議を破壊した一人であるが、同人は本件法廷においてすら「連立事業は原則として高架」と証言し、計画の頭初から高架にしようとしていたことを自白している。
 このような比較対象の設定が、ためにする著しく違法なものであることは過言を要しない。
ロ 比較方法等の不正
 本来、立体化における事業費の比較は、その事業に要する費用とその事業による利益(高架では高架下、側道の土地利用等、地下においては地表の土地利用等)を総合比較するのが当然であり、会計学の初歩でもある。 この当然の理は既に別件東京地方裁判所平成2年(行ウ)第232号等の判決(同民事第2部、富越裁判長)でも確認されており、原判決がこれを是認しながらも、事業費について「より慎重な検討を行えば…差は当時参加人が予想していた程のものでない可能性が十分」にあったということにとどめているのは極めて控え目な判断であることに、控訴人らは十分留意すべきである。 実際のためにする比較はこんなものではなく、巨大な虚偽にみちみちていた。以下詳論する。
ハ 事業費の比較にかかる不正
(一)はじめに
1) 被控訴人らが別件第三セクター住民訴訟を提起した時点(1990年
10月)においては、東京都の本件連立事業についての構造的ないし経済的思想が明らかではなく(これは東京都が頑に本件連立事業についての情報の開示を拒否したことに起因する。)、従って被控訴人らは力石教授の知見により、独自に地下方式が高架方式より事業費の点でも優位であることを論証してきた(甲50号証の3)。
2) その後、五十嵐建設大臣(当時)の指示いより開催された市民側と東
京都との協議の場で提出された資料(積算表、設計図。甲第50号証の5、同号証の12)および東京都に対する連立事業調査報告書に関わる情報公開訴訟の成果により、東京都の高架方式による本件連立事業の具体的内容が一定程度明らかになったことにより、被控訴人らは、あえて東京都の事業費の算定根拠を容認し、にもかかわらず高架方式よりも地下方式の方が事業費においては、はるかに優位であることを山森意見書(甲第50号証の7)をもって明らかにした。
 前記の通り、東京都が高架方式を正当化する唯一の理由は「事業的条件」なるものであり、この「条件」が崩壊すれば、東京都の主張は当然に失当となる。そして、前記山森意見書を基礎とする一連の被控訴人らの考察は、東京都の主張の失当性を充分明らかにしたものである(ちなみに東京都は、力石意見書には批判を加えるものの、山森意見書に基づく被控訴人らの主張に対しては、何の反論も提出していない。)。
  (二)事業費を考察するための前提理論立体交換            
1) 東京都は、高架方式による事業費を1900億円以上と言い、地下方
式のそれは3000億円ないし3600億円という。しかしながら、東京都の上記費用算出の手法は、用地費と工事費を機械的かつ単純に加算したに過ぎず、立体化によって生み出される鉄道事業目的以外の残余資産価値(いわば立体化による鉄道事業者の「受益分」)を全く考慮しない点で、構造形式別の追加投資額の比較手法としては根本的に誤っている(上記「受益分」は東京都の言う事業費から控除されなければならない。)。
 この問題については以下のように考えるべきである。
2) 土地利用上の手法の比較
@ ここで構造比較を行っている二つの方式は、いずれも土地利用の観
点からいえば、有効活用のための代表的な手法を適用しようとしている。
 高架方式についていえば、これは平面的な土地利用を立体的利用に切り換えようとするもので、都市化の進展の中では最も標準的な有効利用手法であった。本件の場合は、高架による立体化によって、線路下の空間を有効利用しようとするものであるが、地上構造物の存在により、その有効性には自ずから限界がある。
 地下方式についていえば、これは平面利用を行っている土地と地下工作物との立体交換を行おうとするもので、この立体交換手法は最近の都市再開発においては、主として土地と地上工作物の交換の手法が顕著である。本件の場合は、既存鉄道敷地の直下に鉄道施設を構築することによって、地上連絡施設および掘削部を除く同既存土地の大部分を有効利用しようとするものである。
A 立体化と立体交換は共に土地有効活用の方法ではあるが、その位相
は全く異なる。
 このことを理解しないと、比較論は袋小路に入ってしまう。
 二つの手法が有効かどうかは、一般論としてあるのではなく、すぐれて地域的要因や社会的、経済的、文化的、自然的な諸要因によって左右されるし、時代の趨勢によっても異なる。
 通常、既存住宅地内における立体化、中高層化は、近隣の環境対策に相当のコストを見込むことが今日常識的であり、この点で、世田谷区という人工密集地内における鉄道の立体化は、とりわけ社会的、経済的摩擦の大きい事業になるだろうことは、当然に予測されてしかるべきであったと思われる。
 一方の立体交換手法は、この地域との共生を目指せば、当然に浮かび上がる手法であるのみならず、追加投資額の比較においても、むしろ積極的に採用すべきものである。
(三)追加投資の比較手法
1) 本件で考察すべきは構造比較のための追加投資比較であるから、投資
対象をまず共通に設定しなければならない。
 本件の場合は、踏切の解消計画と道路の新設、拡幅計画、複々線への線増計画という3つの目標を実現するための「直接的な鉄道事業への追加投資」という共通項がある。
 高架方式の場合、この追加投資額は高架工作物の建築費、高架に要する土地(側道用地を含む)の取得費、線増に要する土地の取得費の合計から、当該高架化によって生じた上記事業目的以外の用途に有効な資産の価格を控除した額として算出される。
 地下方式の場合、この追加投資額は、地下工作物の建築費、地下(線増を含む)に要する土地の取得費の合計から、当該地下化によって生じた上記事業目的以外の用途に有効な資産の価値を控除した額として計算される。
2) 以上の手法によって、高架方式と地下方式の追加投資額は正しく比較
検討できることになる。
 この点に関連して、東京都の地下方式の想定は、本当に土地有効利用分類の立体交換を考えているのであろうか。
 工事完成後の地上鉄道敷跡地と買い足し土地のうち、掘割部と地上連絡部用地を除く地上部分は、鉄道事業用地から他の用途に転用されるべき「不用土地」になったと理解するのが、立体交換としてこの事業をとらえる根幹になる。
 ところが東京都は、住民との協議の場でこの地上部分をもって「鉄道事業の用に供している土地」であるというのである。それでは、その傍証として、地価税法別表第1I「鉄道事業法の鉄道事業(中略)に直接必要な施設の用に供されている一定の土地等」によって地価税が免除されるべきものか質したところ、「免除される」という理解であった。
 だとすれば、これら膨大な土地が地下鉄道開通後も鉄道用の何らかの施設用地に使われるということになるが、そんなことはありうる筈がなかった。
 しかも東京都は、この地下化案を想定したときに、上記地上部分がどのような用途に供されると想定したか、という住民側の質問に対して、「特に想定していない」と答えているのである。この回答は前記の通り重要な回答である。構造比較に当たって、高架方式については高架下利用などの関連事業が検討されているというのに、比較対象の地下方式を想定して、かつ、その地上部の有効利用を考えなかったというのでは、要するに地下方式については真面目に検討しなかったことを自白しているようなものである。
 いずれにせよ、東京都の事業費の算出が、その前提理論(手法)において誤っていることは、以上より明らかである。
(四)工事方法と事業費
  1) 東京都の2線2層シールド工法の欺瞞性
@ 東京都が高架方式と比較対照したという地下方式(2線2層シール
ド工法)は、住民側が主張する地下方式とは全く異なるものである。 すなわち、東京都は地下方式の事業費を3000億円(工事費2600億円、用地費400億円)と主張するが、その場合の地下方式(2線2層シールド工法)は、緩行線部分の約半分をシールド工法ではなく開削工法で実施するというものであり、かつこの開削工事費に1035億円という多額のそれを計上している(甲第50号証の5、同号証の12)。
A 後述の通り、駅部の地上部分との連絡箇所(階段、出口)など限ら
れた一部分を除き、今日のシールド工法の技術水準からして同工法が適用できない部分は本件工事区間には存在しない。従って東京都のように緩行線部分の約半分を開削工法で実施しなければならない理由も必要もなく、このような工法選択は工事費を高める以外の何物でもない。要するに、3000億円をようするという東京都の地下方式は、正しい意味での2線2層シールド工法では全くないことに留意する必要がある。
2) シールド工法の発展
@ 東京都は市民との協議の場などにおいて、「駅部分はシールド工法
では工事ができず、開削工法によらなければならない。」と強く主張し、設計図や積算表の作成においてもこの点を譲らなかった。
 被控訴人らは現在の技術水準から見て、駅をシールド工法で造成することは充分可能であると考え、東京都の前記主張には疑問を有していたが、あえてこの点に異議を述べることはせず、事業費の比較検討を進めてきた。
A しかるところ、以下の事実等から、「駅はシールド工法では造れな
い。」というのは虚偽であることが明らかとなった。
 すなわち、甲第61号証の1乃至9は大阪市交通局が市営地下鉄7号線ビジネスパーク駅をシールド工法で完成させたという大阪市作成のパンフレット等であるが、これらによればビジネスパーク駅のみならず、阿倍野駅も同様に進行していることも記載されている。
 また、大阪のみならず京都市においても駅のプラットホームに接するところまで、シールドが90度にねじれて「土被り」430p、シールドのトンネルの互いの距離が最短68pという超近接で造ることが出来ることが、同じく平成8年工事が完成したことによって証明され、此れについての論文が平成8年3月15日発行の土木学会機関誌81巻3号に掲載されたこと、これらを契機に大阪と京都のケースは専門家やマスコミの注目するところとなり、同年5月中旬、大阪市と京都市は土木学会賞を受けることになったこと、また、このような状況の中で、近年さらなる発達を遂げているシールドトンネル技術に対する関心がとみに強くなり、地下化の新しい時代が展望されるまでに至っていること等を示している。
B そして東京都の設計図(甲第50号証の12)によれば、シールド
工事費は開削工事費の約3分の1と算出されるから(この点後述)駅部の施設構造の特殊性を考慮したとしても、駅をシールド工法で造成すれば開削工法により場合よりも事業費がはるかに低減されることは明らかである。
(五)事業費の比較検討(甲第50号証の1乃至14等)
 以上を前提として、本件における高架方式と地下方式(2線2層シールド工法)の事業費を、東京都の主張(特に工事費)も踏まえて具体的に算出し、これを比較すると以下の通りである。
1) 1988年以前に取得された用地の取得費の加算
@ 事業費を科学的に比較対照するためには、既に先行取得された用地
の取得費も考慮しなければならないことは当然である。
 この点、高架方式と地下方式の用地費として、東京都がかねてから被控訴人らや議会に対して説明してきた数字は、前者が950億円、後者が400億円であった。
 しかし、東京都によれば、これは1988年以降の用地取得費のことであって、それ以前の先行取得用地の取得費は含まれないということである。取得に必要な用地面積の説明では、1988年以前の取得分も含まれているのだから、費用比較という観点からこれはおかしいし、用地取得に要する全てのコストで比較すべきである。 現実に先行取得用地も、1988年以降の取得用地も、事業者における資産科目としては共通に「建設仮勘定」になっているとのことであり、税法上の扱いも同様である。この事業に投下される用地の取得費としては恣意的に区分されるわけがない。
 高架方式、地下方式とも先行取得分を無視しているのだから、相対比較上の問題点にはならないという東京都側の反論も市民との協議の場でなされた。
 しかし、先行取得分は前述の高架950億円、地下400億円に見合う1987年価格時点で高架方式500億円、地下方式200億円と計算される。
 従って、新規用地取得費の東京尾算定基準の実態は、高架方式1450億円、地下方式600億円であって、その格差は550億円ではなく、850億円となる。
A 要するに、前記の通り立体交差の手法を無視した東京都の単純加算
方式による事業費の算出においても、高架方式は2400億円(1900億円プラス先行取得費500億円)となる。これに既に連立事業が実施されつつある狛江地区では確保された南側の環境側道用地の取得費用(北側側道と同じ1万uと仮定して約280億円)や周辺環境保全費用(高架施設に直近する施設、住居に対する環境悪化、資産価値低減に見合う補償ないし賠償)を考慮すれば、それだけで東京都の算出方式による地下方式の事業費3200億円(3000億円プラス先行取得費200億円)に近接するものである。
2) 残余の資産価値(立体化によって生み出される、鉄道事業者の「受益
分」)の事業費からの控除
@ 高架方式の用地費
a 高架方式の用地費は前記1)・@の通り1450億円(950億円
プラス先行取得費500億円)だが、この金額は追加投資の観点からは過剰投資となる。
 何故なら、高架化に伴う別途効用として、高架下利用の価値、および北側側道の生活道路としての効用を控除すべきだからである。 高架下土地の価格は338億円と見積もられ、側道の公衆用道路としての価格は24億円と判定される。
 すなわち、用地に対する総投資1450億円のうち362億円は本件立体化による鉄道事業目的以外の残余資産価値であり、鉄道事業者の「受益分」であり、これを控除したものを追加投資と考える
べきである(「受益分」の算出の詳細は甲第50号証の7を参照)。
b 上記によれば、高架方式の事業費は用地取得費1450億円と工
事費950億円(これは東京都の主張をあえて認めたもの)、合計2400億円から前記の「受益分」362億円を控除した、2038億円が純投資額となる。
A 地下方式の用地費
a 地下方式の用地費は前記1)・@の通り600億円(400億円プ
ラス先行取得費200億円)となる。
 そして東京都資料によれば、用地取得費の単価は1987年基準で高架式280万円/u、地下式300万円/uであるが、このうち補償費、取得事務費と推定される部分を控除して、資産としての
価格は高架式240万円/u、地下式257万円/uと判定される。
 そうすると、投下資本価値の基礎となる更地価格は、既存鉄道敷
地のうち、掘割部等を除く部分が1786億円、買い足し分のうち、
同じく地上利用部を除く部分が426億円、合計して2212億円になる。
 この更地価格から、その17.6%と計算される当該地域における区分地上権割合により、地下利用に起因する減価修正を施すと、以上の地上部分の価値は1823億円になり、これが鉄道事業者の「受益分」である。
b 上記により、地下式の場合、複々線化と踏切解消のための投資額
は、地下化に要するとされる工事費2600億円(これは東京都の主張をあえて認めたもの)、及び土地取得費600億円の合計3200億円から、上記受益分1823億円を控除した金額、すなわち
1377億円である。これは本件立体交換における交換差金であり、
これが地下化により鉄道事業目的への純投資額となる。
B まとめ
 以上によれば、本件連立事業における追加投資額の検討する際、当然前提とされる立体交換の考え方によれば、構造別の事業費は、
       ・高架方式2038億円                 
       ・地下方式1377億円                 
との結論に至り、その優劣は明らかである。
3) 下北沢地区の地下方式が内定済み
@ 本件連立事業の構造形式のネックが下北沢周辺地区にあったことは
周知の通りである。同地区は1964年の既存の都市計画決定では平面(地表)方式とされているが、この方式が現在の線増連立事業の構想と合致しないことは明らかである。
 現在の同地区の密集した開発状況を直視すれば、線増連立事業を高架方式で実施することが空想に等しいことも客観的に明らかである。従って、下北沢周辺地区の連立事業は地下方式で実施する以外に方策はなく、これが前記の通り明らかになった。
A 下北沢地区が地下方式になるということは、すなわち梅ケ丘地区か
ら下北沢に向けて、それまでの2線2層のシールドを地上開削にする必要がないことを意味する。すなわち、梅ケ丘地区と下北沢地区を2線2層のシールドで接続すればよいのであるから、この点で用地費と工事費につき、東京都の算出費用を減額修正する必要がある。
B 上記減額修正の方法と結論は以下の通りである(詳細は甲第50号
証の1参照)。
a 工事費
 東京都と市民との協議の際に示された東京都側の開削に要する土木工事費は、甲第50号証の5の積算表の通り全区間において1035億円である。
 これに対し、同表に示されている通りシールドは機械立て坑を入れても5.8q(全体の約半分)で375億円しかかからない。
 東京都の上記積算表および設計図(甲第50号証の12)によれば、開削部分とシールド部分の距離がほとんど同じであるから、シールドの工事費は開削の3分の1強ということになる。
 梅ケ丘付近の開削部分は、全体の2分の1を超えるから、これの土木工事は少なくとも全体の2分の1、すなわち517億5000万円ということになる。
 2線2層シールドにすれば、この3分の1強で済むのであるから、
少なくとも300億円、東京都の積算より低減するということになる。
b 用地費
 梅ケ丘付近を地下方式にすれば、買収必要面積が縮小するだけでなく、更地買収ではなく区分地上権の買収で済むので、用地費が大幅に減少する。
 用地費の考え方は山森意見書の通り、立体交換の原則で判断することとし、これによれば344億円の用地費が低減する。
C 以上によれば、下北沢周辺地区の地下方式により、少なくとも
       ・工事費300億円                   
       ・用地費344億円                   
の合計644億円が高架方式よりも低減されることになる。
 元来、下北沢地区を地下にするということは極めて自然なことであるばかりでなく、そもそも本件連立事業は下北沢をどうするかということを基本に調査、計画が進められた。
 所謂川上委員会報告(甲第50号証の14)、本件連続立体交差事業調査(甲第6号証の1、同50号証の6)がいずれも喜多見から下北沢に至る区間を一体として対象とした上、下北沢を重点的に論じていることからしても、このことは極めて明白である。
 東京都は、同調査の下北沢地区部分の開示を頑に拒んでいるが、黒塗りとされている同地区の基本設計の部分を見ても、他の地区と異なり下北沢地区だけが5通りの比較をしており、調査の段階(1987年度、1988年度)において、既に下北沢を地下にする考えを東京都が持っていたことは充分に考えられるし、それ以外の方法はなかった。
 下北沢地区が地下(2線2層(一部シールド)方式)になることが確実となった今、これを前提として、本件事業費の比較をすることこそが、公正かつ科学的なものであると言わなければならない。前記の山森意見書では、高架方式2038億円、地下方式1377億円、その差約600億円であったが、下北沢地区の地下方式により、高架方式2038億円に対し、地下方式は実に733億円ということになる(甲第50号証の1乃至2)。
 以上の通り、東京都らが不正に設定した3条件、すなわち計画的条件、地形的条件(以上については、地下が高架に劣後するものではなく、むしろ優位であることは、原判決および原審原告最終準備書面19頁から20頁に詳述する通りであり、前記の伊藤、古川の各証言等、多数の証拠がある。)はもとより、彼等が「決め手」としていた事業的条件においても、地下方式の優位性は明確に証明されるに至り、高架優位の虚構は完全に崩れ去ったのである。
 原判決は以上を基本に、本件都市計画決定は行政裁量を明白に逸脱して、甚だしい判断内容の過誤があるとして、これを前提とした事業認可は、この点だけでも取り消すべき違法があるとしたのであるが、この判断こそ法と社会通念に適うものであり、原判決の言っていないことを言っているとしたり等、原判決を故意に曲解して論難することは許されない。
 
4.その余の判断過程の著しい過誤
 原判決は、「本件各認可は、その余の点を判断するまでもなく違法である」としているが、逆にいえば、その余の点についても違法な部分があるということである。
 従って念のため、その余の部分を含めて、法、東京都公文書開示条例(情報公開条例)、東京都環境影響評価条例(アセスメント条例)に著しく背反しているものを簡単に整理しておく。なお、五十嵐建設大臣の指示により始まった住民との協議に対する参加人の背信は特に重大なので、要旨を具体的に摘示する。
 また、関係法令である建運協定等の違法は既に充分述べているので繰り返さない。
A.都市計画法(以下「法」という。)違反について



























 

番号

    違 法 事 由 

違法根拠法令(都市計画法)

1 
  

高架方式による周辺環境負荷の増大
と耐震性の欠如         

2条、3条1項、13条1項
本文及び2項、61条1号 

2 
  

高架方式による事業費の増大と不要
な公金支出           

3条1項、13条1項本文、
61条1号        

3 
  

連立事業調査の違法       
                

2条、3条1項、13条1項
本文及び2項、61条1号 

4 
  
  

環境アセスメントの実質的不履行 
(環境アセスメント手続の違法及び
環境影響評価審議会の審議の違法)

2条、3条1項、13条1項
本文及び2項、61条1号 
             

5 
  

都市計画地方審議会の実質的な審議
の不実施            

18条1項、61条1号  
             

6 
  

公聴会の不開催、違法な「説明会」
の実施             

16条、61条1号    
             

7 
  

本件事業認可申請に際しての必要書
類(=事業地表示図面)の不添付 

60条3項1号      
             

8 
  
 

本件事業認可申請を留保すべき義務
の違反             
 

1条、2条、3条1項及び2
項、60条1項、61条1号
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 上記8は大事なことなので、具体的に指摘する。
 本件事業認可申請および認可処分の違法性で特に留意されるべきは、本件が本件連立事業の実施の当否を直接のテーマとして、被控訴人ら住民と事業主体である東京都との間で継続開催されていた協議の真っ最中になされたことである。
 すなわち、五十嵐広三建設大臣(当時)は、1993年11月2日、住民側の意見を了解し、その職責に基づいて本件連立事業の実施を一旦凍結し、本件調査報告書等関係資料(とりわけ比較設計部分)を開示して、住民側と協議するよう、東京都に指示した。
 上記指示に伴い、東京都は本件担当の鹿谷副知事(当時)を窓口として、住民側との協議を同年12月開始した。この協議のテーマは都市計画事業として
の本件連立事業に関わる問題全般であり、その焦点として構造形式(地下方式,
高架方式)の適否があった。
 そして東京都は本件調査報告書を言を左右にして出さなかったが、資料を全然出さない訳には行かず、甲第50号証の5の2線2層地下式の積算表、同号証の12のこれに係る設計図等を住民側に提出した。この設計図により、東京都が従前都市計画案の住民説明会等で説明してきた本件調査において2線2層シールド方式を検討したという話に、大きな疑念があることが判明した。同設計図のタイトルは2線2層式としか表示されておらず、実際シールド部分はトンネル部分だけで、しかもその半分に過ぎなかったのである。この間の経緯の
詳細は、甲第22号証の2、同第50号証の4の斉藤驍の論文等の通りである.
 しかし、住民側はそのような資料でも貴重であると考え、協議を実のあるものにしようと努めていた。
 ところが、前述した通り、翌1994年3月8日、本件調査報告書の本件事業区間の鉄道計画、アセスメント等を公開せざるを得なくなった。この部分だけ見ても、前記の通り、構造形式の比較だけでも著しい不正な操作があることが発覚した。
 東京都は住民側に弁解しようがないと考え、その頃から密かに協議を一方的に打切り、事業認可申請をする準備を始めた。建設大臣の交代(五十嵐広三から森本晃司へ)を奇貨として、建設官僚主導の下、突如東京都は本件事業認可を申請し(1994年4月19日)、控訴人はこれを認可したのである(同年6月3日付告示)。
 上記経緯による認可申請と認可処分は、住民側にとってまさに「闇討ち」と言うべきであり、都市計画事業施行の公正と適正を著しく欠くのみならず(法1条、60条1項、61条1号違反)、認可権限の裁量を逸脱し、これを濫用した違法がある。
 また、法3条は都市計画において施行者側(国、地方公共団体)と住民が協力、協働すべきことを規定しており、住民側はこの責務に則って本件事業施行者である東京都との間で、前記の協議を行ってきた。
 このような被控訴人ら住民側の努力を無視し、突如一方的に本件認可申請と認可処分をなしたことは、住民の意思を尊重すべきという都市計画の基本的理念に反するものである(法1条、2条、3条違反)。
 いずれにせよ、住民側と東京都との間で協議が継続中に本件認可申請と認可処分がなされたことは、本件の特徴的な違法事由として立証対象になるものである。
B.条例違反について





  



 

番号

    違 法 事 由 

   違法根拠条例 

1 
  

連立事業調査等を隠蔽した違法  
                

情報公開条例第9条第5号、
第7号、第8号      

2 
  
  
 

環境アセスメントの違法     
(環境アセスメント手続の違法及び
環境影響評価審議会の審議の違法)
 

アセスメント条例第9条、 
第10条、第20条