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エコノミスト・リポート 小田急線高架事業  

「エコノミスト」誌 2000年11月21日号掲載

                           


地下化に向けて「和解」の動き


市民主導で公共事業見直しの先鞭となるか

(弁護士)  斎藤 驍  

 住民の反対を押し切って着工した東京・世田谷区の小田急線高架事業に新しい動きが出てきた。学者・等門家グループが提案した「緑のコリドー計画」に基づいて、裁判所が話し合いを求めたのである。もしこれが実現すれば、すでに着工した公共事業を市民のイニシアティブで見直すケースに先鞭をつけるものとなりそうだ。
 

東京地裁が話し合い打診

 公共事業の見直しが話題になっているが、不透明な公共事業を市民の手に取り戻すことができそうな初めてのケースを紹介したい。筆者が本誌でも一九九三年二月二日号以来五回にわたって訴えてきた東京・世田谷区の小田急線高架事業である。
 同事業は、建設省、東京都、小田急などが住宅地を横切る梅ケ丘−成城学園前問を高架・複々緑化しようという計画である。環境悪化などを理由に地下化を要望した地域住民の声を無視して、九五年から一部で高架工事が強行されてきた。
 これに対して、住民側は九件におよぶ訴訟を提起するなどして反対してきたが、最近になって流れが変わってきた。建設大臣を被告とした高架複々楳工事の事業認可取り消し訴訟で、東京地裁民事第三部(藤山雅行裁判長)が、住民側に立つ学者・専門家グループが提案した「緑のコリドー計画」(70n参照)などに基づいて、話し合いによる解決の意向を打診してきた。事実上の「和解」勧告である。
 「縁のコリドー計画」とは、力石定一こ法政大学名誉教授を座長とする小田急市民専門家会議が、先日、石原慎太郎都知事や扇子景建設相に対して行った提言のことである。この事業を抜本的に見直して地下方式に転換することにより、新宿から成城学園前まで「小田急を全繰地下化し、跡地を神宮の杜と多摩川を結ぶ緑道挙に」すべきであるとの内容だ。
 小田急高架事業に反対する住民の動きは、周辺地域にも影額を与えており、京王電鉄の調布駅付近の立体交差事業では、東京都・調布市・京王電鉄が地下方式の採用を住民に示している。
 小田急の今回の和解が実現すれば、市民主導で行われた公共事業見直しのリーディングケースといえるだろう。


 不透明な高架事業


 小田急の梅ケ丘−成城学園前間の高架複々線化事業は、道路法等に基づく建設省と運輸省のいわゆる「建運協定」(「都市における道路と鉄道の連続立体化に関する協定」六九年制定、九二年一部改正)に規定された「繚増連続立体化事業」として、九三年、東京都知事によって都市計画決定され、九四年、建設大臣によって事業認可された。都市計画では、梅ヶ丘から成城学園前にいたるわずか六・四`に、新設・拡張で二五本もの道路が鉄道とクロスすることになっている。
 もともと、この小田急高架事業には不透明な部分が多かった。東京都による調査計画段階から住民不在のまま進められた。計画に気づいた住民側が代替案としてシールド工法による地下方式を提示、専門家が地下方式のほうがコストが小さいとの試算を出したにもかかわらず、そうした試算は無視された。
 都市計画決定した東東都、事業認可した建設省ともに、地下方式との比較検討がなされなかったことは今年七月に東京地裁が建設省に求めた釈明に対して、建設省側は「裁量の問題なので必要がない」と答えたことで、明らかになっている。
 また、実質的に道路と一体となった事業であるにもかかわらず、東京都による環境アセスメントからは、大気汚染の項目がはずされていた。


 第三セクターは解散


 事業の不透明さを際立たせたのは、高架事業や高層駅ビル・駅前再開発事業を行うとして設立された「東京鉄道立体整備株式会社」という第三セクタ官の存在である。この第三セクターには東京都や世田谷区などの地元自治体のほか、ゼネコンやデべロッパー、銀行などが支出していたのである。小田急高架事業をきっかけにした大規模開発をもくろんでいたことは想像にかたくない。
そこには、バブルのさなかに行われたNTTT株売却の賃金が流し込まれる計画になっていた。
 しかし、連続立体化事業の事業主体は都道府県と政令指定都市に限られている。結局、この第三セクターは今年三月に解散した。
 建設省の事業認可の仕方にも不審な点がある。この事業は複々線の鉄道と道路を連続的に立体化するものであるから、鉄道と道路が有機的に一体をなす事業として住民にも議会にも説明され、それらを合わせて都市計画決定がされた。にもかかわらず、事業認可は、鉄道とクロスする道路や線増部分の高架工事を切り離し、在来線部分の立体化だけに限られているのである。
 われわれの主張するトンネル地下方式によらない限り、電車を走らせながら同じ場所で立体化の工事を進めることはできないので二線架方式の線増立体化の場合、工事は、線増部高架線建設→在来部地表線撤去→在来部高架線建設の手順で行われる。小田急線高架事業の場合、線増は当然の前提であり、その結果、九五年南から開始された線増部の高架線建設は、その当初から現在に至るまで、無認可のままで進められている。
 しかもこの線増部の高架工事のために、本来は在来線立体化のためであるはずの事業費(その八六%は公費)が、すでに二〇〇億円以上も投じられているのである。


 高架部分の使い道も


 もとより、住宅地として知られる世田谷区中央部に、幅二〇bもの長大な高架複々線を作ることが、都市環境に致命的な打撃を与えるものであることは論をまたない。まず現在の高架工事は一刻も早く中止すべきである。その上で、改めて地下方式で行う以外に、この事業をめぐる不正、不当な公共事業に終止符を打つ道はありえない。
 東京地裁の勧告は、「訴訟の進行に関する求意見」と題する文章で、「話し合い」を求めてきたもので、その理由として、先に述べた「緑のコリドー計画」発表などの動き、さらに「公共工事一般に関する状況の変化」(公共事業見直しの機運の高まり)や「地下鉄工事に関する技術の進歩」も挙げている。
 地裁の文書がいう「話し合い」というのは、この方向、すなわち、鉄道を地下化して地表を生かす方途をさぐるための話し合いであることは明らかである。現在の高架工事を中止して、改めて地下方式による工事を行うことになったとき、すでに作り始めている高架部分をどうするのか。「緑のコリドー計画」は、天空の緑道”とでも名づけるべき高架部分の使い道までを含めた計画になっているところを裁判所も評価したと思われる。
 さらに、地裁の勧告は、被告である建設省ばかりでなく、東京都に対しても話し合いの席に加わるよう求めており、筆者を含む住民原告団は過去の経緯にとらわれず、勧告を受けることにした。あとは建設大臣と東京都知事が、このような話し合いに臨む英断をされることを強く希望するばかりである。


神宮の杜と多摩川を結ぶ

「緑のコリドー」計画

小田急市民専門家会議は、小田急高架事業に疑念を抱いてきた学者・研究者等によって組織されたものであり、その構成は環境、都市計画、建築、法律、不動産鑑定等、この事業に関連する全分野に及んでいる。本文は、同会議が今年10月19日、扇千景・建設大臣、石原慎太郎・東京都知等に提出した提言の要旨である。        

小田急市民専門家会議(座長・法政大学名誉教授 力石 定一)


 私たちは、現在住民の反対を押し切って進行している小田急電鉄の複々線・連続立体化工事について 

@小田急主体の工事は、とりあえず線増部高架化までで中止し、
A公的機関の手で新宿から一貫した地下鉄工事を行い、
B成果物を小田急に売却し、
C逆に地表及び高架部を小田急から購入して立体的に緑地化する

---というプランを提案する。

環境負荷を減らす公共事業に

 東京・新宿から箱根・江ノ島に向かう小田急線は首都圏指折りの混雑路線で、「開かずの踏切」・騒音振動等の発生源となって世田谷区中央部を横切っている。その改善を願って世田谷区議会は30年前に地下化要望を決議したが、高架化を推進する小田急などに押し切られ、現在では梅ヶ丘−成城学園前間で高架工事が進行中である。工事は、建設省と運輸省のいわゆる「建運協定」に基づいた「線増連続立体化」の計画として、@線増部高架建設、A在来線撤去、B在来部高架建設、の三段階の工事が予定されており、現在第一段階にある。

 付近の住民はこれに反対し、事業認可の取り消しを求める等の裁判を起こしているが、工事が日一日と進行することを憂慮している。しかし、ことは未来100年にかかわるものであり、着工したからといってそのまま押し切ればいいというものではない。「公共事業の見直し」は、未着工のものばかりでなく、工事中のものにも目を向けるべきである。ここで改めて現状を見直し、「開発の20世紀」から「環境の21世紀」への曲がり角で、「環境負荷を減少させる大都市公共事業」への転換を提案したい。

「金は出すから口も出す」

「建運協定」では、連続立体化工事の主体を鉄道事業者ではなく「都道府県または政令指定都市」と定め、その第10条では、立体化工事で発生した線路跡に自治体が「公共の用に供する施投で利益の伴わないものを設置しようとするときは」、鉄道事業者が「業務の運営に支障がない限り」協議に応ずるよう義務づけている。

 なぜ事業主体が鉄道事業者ではなく、自治体になっているのかに改めて注目すべきである。「開かずの踏切」や「通勤ラッシュ」を解消するために国・都・区が事業費の大半を負担した上に、残りは乗客からの特別運乗でまかなうのが、この事業のルールなのである。この際、住民・乗客は「金は出すから口も出す」という態度をとるべきだろう。そして、建設省・運輸省・東京都・世田谷区は、住民・乗客の側に立って計画を再考すべきである。

 小田急新宿駅から和泉多犀川まで14`ある。これを20b幅の細長い森にしたとき28fの緑地が生まれる。北側側道・環境側道として買収済みの土地や、経堂の車庫跡地などを加えれば最大40fくらいにまで広がる。これは、馬事公苑の二倍にあたる面積である。

 明治政府の首都移転以来、計画らしい計画もなしに拡大してきた東京であるが、自動車交通の普及にあわせて、場当たり的に水路を埋め立て、路面電車を追放したのは、今となっては悔やまれる。いま公共事業では、「環境負荷」を増やすのではなく減らすことか必要なのだ。自然保護のための公共事業見直しは全国的な広がりを見せているが、都市部では自然の回復が必要なのだ。

常緑広葉樹の生態回廊に

 都市の緑は、放置すればどんどん失われる。都市に緑を保全することは、大気を浄化し、ヒートアイランド現象を緩和し、生物生息空間・生態系を保全するなどのフィジカルな効果・潤いのある景観、季節感、ゆとりの醸成などのメンタルな効果の両面できわめて重要である。

 小田急線を四列並列で高架化すれば、現在でさえ耐え難い騒音・振動などの環境負荷がさらに増大する。

 逆に全線地下化すれば、沿線に対する環境負荷が減少することは明らかである。その上、跡地を自然植生であるシイ、タブ、カシのような常緑広葉樹の森にすれば、負荷はさらに減少する。二酸化炭素の吸収・動植物の多様な種の回復・保水能力の高い自然林による延焼防止林としての効用など、21世紀の都市への公共投資の手本になる。

 小田急跡地は、森が機能するための常識的な幅には足りないが、連続しているところに意味がある。都市の森を考える際に、最も問題になる点は、それが「ドット」として存在していることである。皇居にしても明治神宮にしても都市の海に浮かぶ一つの島にすぎない。島の生態系は偏りがちで、小さいほど乏しくなる。

 これを防く一つの手段が、「エコロジカル・コリドー」(生態回廊)によって結合することである。幸い小田急は、新宿を出るとすく明治神宮(72f)に接している。ここから世田谷最大の緑地である多摩川河川敷(約200f)までコリドーを設ければ、鳥のようなドットを拾うことのできる生物だけでなく、両生類・爬虫類のような地を這う生物の生存の場を広げることにもなる。

 自動車道路をどうやって横断するかが問題となるが、小田急跡地では高架橋の上も利用するコリドーを計画したい。

 住宅地を横切る連続したラインであることの効用は、延焼防止林としても顕著である。戦災時の浜離宮や明治神宮の例、震災時の神戸での実例が、常緑広葉樹林の延焼防止の効用を証明している。マツ、スギ、ヒノキのような針葉樹林はヤニによって延焼し、ケヤキのような落葉広葉樹林は冬季の火災で落葉によって延焼することを考慮したい。

屋上・壁面緑化の技術を応用

 現在進行している工事は線増のための工事に見えるが、完成して在来線を撤去すれば複線にもどり、実は在来線立体化の工事だったことがわかる。そのあと在来線部分に高架を建設してはじめて複々線になるが、複々線が大きな効果を発揮するのは新宿から梅ヶ丘までの地下鉄工事が完成したあとになる。

 そこで、とりあえず在来線撤去までで工事を差し止めることを提案する。そのあとで、新宿から成城までの一貫した二線二層の地下鉄工事に切り替える。

 工事完了後は高架橋が残るが、これを「エコロジカル・コリドー」に変身させる。いわば地下に二線二層の鉄道、地上にも二層のコリドーである。

 地表はシイ・カシなどの喬木の森にしたいが、環七・環八などの自動車道賂で分断される。高架橋のコリドーはトベラ、シャリンパイ、キャラボク、マサキ、ヒサカキ等の低木で分断されずにつながる。高架橋上の緑化については、東京都が推進している「屋上・壁面緑化」の技術が応用できるだろう。


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