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小田急複々線化事業にみる公的資金の使われ方

「エコノミスト」誌 1998年6月9日号掲載

                           斎藤 驍  

小田急電鉄が進める高架複々線化事業は不可解なことが多すぎると筆者は主張する。
鉄建公団と ”タグマッチ”の事業の力ラクリを明かす。

鉄建公団の役割

 東京オリンビックが開催された一九六四年に日本鉄道建設公団法(以下法という)が制定され日本鉄道建設公団(以下公団という)なるものが作られた。
 法律上の性格は、行政改革の大きな対象となっている政府の特殊法人であるが、これは何をするところなのか。
 運用の実態と法を対比させ、子細に検討すればよくわかってくるが、法文の表層だけをなぞるとわけがわからなくなる。
 第一条の目的をまずみよう。
「鉄道の建設などを推進することにより、鉄道交通綱の整備をはかり、もって経済基盤の強化と地域格差の是正に寄与するとともに大都市の機能維持をはかる」という。しかしこれだけのことなら旧国鉄はいうまでもなく政府の鉄道であり、私鉄は政府の指導に従うことを義務付けられている(運賃、設備、事業展開など重要なことはすベて運輸大臣の許認可を要し、これは大略今も変わっていない)

「公益」事業なのだから、政府の姿勢がしっかりしていれば何も新しい組織を作らなくても、目的はとりたてたものではなくあたりまえのことなのだから十分果たせるはずである。
 そこで、何をやるのか。法第一九条である。「新幹線の調査・・・・建設、鉄道の建設及び大改良を行い、それらを・・・・鉄道事業者に貸与または譲渡する」・・・・ここから少しわかってくる。まずわかることは、新幹線の部分である。要するに新幹線は、調査から建設に至るまで公団が行う、すなわち旧国鉄は行うことができなかった。
 しかし、新幹線の技術は、旧国鉄が長い年月をかけ総力をあげて作り上けたものである。
 なぜ、それを公団が独占できたのか。
 これに対しては、次のような模範回答が準備されていた。
 技術立国を図るためには「ハイテク」をもっぱら目的とする専門的組織が必要であり、日常サービスもしなければならない旧国鉄では用が足りないというわけである。
 また、そのような組織こそ旧国鉄にはるかに及ばない小田急のような地方鉄道ではできない鉄道建設や複々線のような大改良事業を代行できるということになる。

小田急の負担

 高度成長に伴い、肥大した東京に代表される一極集中は、小田急のようなかつてはしがない私鉄の様相を激変させた。にわかづくりのべッドタウンが次々とでき、私鉄は鉄道でうるおうだけでなく、不動産、建設、ホテル等第三次産業のコングロマリットとなった。そうなるとそれまで軽視されていた法第一九条の「地方鉄道の鉄道の建設及ぴ大改良 の公団による代行」が大きくものをいうようになった。
 例えば、高架複々線の建設は小田急(梅ヶ丘から成城学園前)わずか六・四`bで用地費一四五〇憶円、工事費九五〇憶円、計三四〇〇憶円(一九八七年度東京都積算)という多額なものとなる。
 もっとも本誌(一九九三一一月二日号、一九九四年五月一〇日号、一九九五年二月二一日号)において私が詳細に指摘した通り、この事業は正しくは線増連続立体交差化事業(一九六九年建設省と運輸省の協定)といい、在来線の部分については九三%(計画時、現在八六%)が公費でまかなわれるので、小田急が負担すべきものは線増部分(複々線部分)となり、全体の事業費の約三分の一ということになる。だがそれにしても大 きいことは大きい。そこで法が、がぜん魔力を発揮する。公団が複々線事業の建設を代行できることは前に述べた。
 その場合、小田急の負担はどうなるのか。
 それは事業が完成した後、公団から譲り受ける。つまり事業中は、一銭も支出しなくてよいのである。
 この間は調査から始まり、用地の取得から高架施設の築造に至るまですべて公団の金でまかなわれるのみならず、駅ビル、オフィス等が関連施設としてこれまた公団が面倒を見る。
 しかし,いくら公団でも無条件でこのようなことはできない。小田急がこのようにしてもらうためには一定の手順をふまなければならない。
「自己の技術水準等につき不安のある場合、ハイテク組織である公団に事業をゆだねることを希望する旨、まず運輸大臣に申出をし、運輸大臣はこの場合、この事業が大都市圏における輸送の増強のため、緊急に必要であり・・・・公団が行うことが適当であると認める時は工事実施計画を定め、これを公団に指示するものとする。・・・・運輸大臣の指示があった時は公団が当該事業を行うものとする」ことになっている。
 つまり手順の核心は、小田急の事業が緊急に必要な事業かどうか、ハイテク集団である公団がやるのにふさわしいものかどうかについての運輸大臣の判断ということになる。
 時の運輸大臣三塚博は、「適当」と判断し、公団が行うよう指示し、公団が行うことになったのである。一九八五年一二月から一九八六年一月にかけてのころである。
 だがその理由は定かではない。なぜならば運賃の認可等運輸大臣の対外的行政処分は原則として官報等により告示、公告されることになっているが、この指示等は公示しなくてよいことになっているため,一般国民はいつ、どのような理由で運輸大臣がこのような措置をとったのか全くわからない仕組みになっているのである。だが、それにしてもこのような指示が出、公団が行うことになれば、この事業主体が公団のものになることは間違いない。
 従って、事業のなかで公団が取得したものは土地、高架施設等すべて公団の所有となる。では小田急は、いつ、どのような条件で公団から譲りうけるのか。
 それは公団の支出した額を割賦で弁済すれぱよい。しかも割賦の期間は三〇年という長さである。
 土地がウナギ登りになっていた時期に一〇年前の土地の代金でいいわけである。複々線事業では用地費がかかる。小田急の場合、六割以上が用地費であったから、ぞの利得は膨大なものである。
 工事費は、現在のような特別な不況のときは別として、過去のものが安いことはいうまでもない。
 公団はハイテク組織と位置づけられ、それゆえに存在を認められてきたことは、先に述べた通りである。
 従って小田急が自分ではできないとして公団で行ってほしいと申し出、当否は別として運輸大臣がこれを適当と認め、公団で行うよう指示した以上、事業主体となった公団は対外的にこれを明確にし、自らこの事業を遂行しなけれはならないのは法の趣旨からしていわずもがなのことである。
 しかし、実際はどうであったか。
公団は、自分ではできないとして申し出た小田急に対し、自ら遂行しなければならないこの事業をすべて小田急に委託していたのである。しかもこれを公団、小田急だけでなく、運輸省、建設省等関係者はこの事実を秘匿し、住民説明会や各種議会においてこの事業主体は小田急であるかのごとく振る舞ってきた。それだけではない。建設省は現在でも小田急が事業主体であると法廷で言い張っているのである。
 高架複々線化事業は誰がみても一つの事業である。在来線と複々線の高架橋ももとより一つである。そこに計画されている駅ビルも一つであることはいうまでもない。
 それにもかかわらず、この事業を一方では線増連続立体交差化事業といい、他方では複々線化事業というのはそもそも面妖なことであったから、私はかねてから疑問に思っていた。連続立体交差化事業は、建設省―運輸省協定により、一応の定義がされ、各種の準則も定められているからわからないことはないのだが、複々線化事業についてはつい最近まで不透明なままであった。

「特々法」の恩恵

 昨年(一九九七年)一二月二八日、小田急はこの不況の中であえて運賃を実質一〇%値上けしたこと、それに対して隣を走る京王線が値下げをしたため、沿線住民の非難と疑問の声が高まり、マスコミの話題となった。小田急はこのことを予期したのか、複々線化事業のためにいかに小田急が多額な支出に苦しんでいるかというパンフレットを各駅ごとに大量に配布したり、仰々しい社内広告をするなど異常な弁解ぶりであった。しかも複々線化事業はひたすら乗客のために行うものだから勘弁してほしいという恩きせがましいコピーすら入っていた。
 私は小田急高架事業を阻止し、地下化を目指し、法廷の内外で頑張っている諸君とともに、これは尋常ではないと判断し、いままでの疑問を解明すべく徹底的に調査した結果、以上の事実がはっきりしてきたのである。そのなかで更にひどいことが明らかになってきた。
 昭和六〇年代初頭、中曽根内閣が「民活」と称して、旧国鉄、電電公社を民営化し、さらにアーバンルネッサンスのかけ声で、都市「再開発」を中心とする公共事業等に財政赤宇を顧みず、公金を湯水のようにそそいだ。これがバブルの起点となったのであるが今となっては考えられない大盤振る舞いをするために、法のようにすでに制定されているものだけでは間に合わず、鉄道関係だけでも多くの法律を一気に作り上げた。
そのなかでもすさまじいのが、特定都市交通整備特別措置法(一九八七年制定、以下特々法という)である。
 これは、高架複々線化事業等私鉄の事業に対し、乗客にその事業費の一部を運賃値上げという形で負担させることができるというものである。
 小田急は、前述した通り、一九八六年一月に事業主体の地位を公団に引き渡し、ぞの地位を失っているにもかかわらず、一九八七年、小田急は特々法の恩恵をうけようとして認定申請をした。このようなことが許されないことはいうまでもないのに、運輸大臣はこの申請を「適法」と認定し、小田急は六%運賃を値上けした。
 ぞのうえ、特々法の対象事業は一〇年以内に完成させ、運行の用に供することのできるものと定められている。従って、二〇年も三〇年もかかる事業は対象にならない。住民による法廷内外の反対等により、一九九七年はタイムリミットの一〇年目だったのだが、四分の一にも達せず、いつ完成するかメドのたたない状況だった。にもかかわらず、あえて再度の申請を行い、これまた運輸大臣は認定し、前述した二回目の値上げに及んだのである。
 私は本誌において四回にわたり小田急高架事業は問題を多々はらんだ悪しき公共事業の典型であると述べてきたが、今回の運輸利権が明るみに出て、そのカラクリのほば全容が露見したといっていいであろう。

  (さいとう たけし 弁護士)


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