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悪名高いNTT株の売却代金を財源に設けられた通称“NTT資金”。
     東京・小田急高架事件の住民訴訟の過程でそのNTT資金が正体を現した。

正体を現した“NTT資金”のうさん臭い使い道

「エコノミスト」誌 1996年5月14日号掲載

                           斎藤 驍  

 日本の公共事業には不透明な部分が多すぎる。これを明白に実証しつつあるのが、東京の小田急高架事件である。地域住民の同意なしに強行された帯架化とそれに伴う都市再開発事業に対して、住民側が九件の訴訟を東斉地方裁判所に起こしている。そのうち、東京都に情報公開を求める二件は住民側が勝訴し、米『ニューヨーク・タイムズ』の一面トップで報じられたりした。さらに新しい訴訟が二件準備されている。
こうした一連の訴訟の過程で、はじめてその正体を現してきたのが、“NTT資金”とそれにつながる公共事業のあり方だった。

 NTT資金とはなにか

 日本電信電話公社が民営化され、日本電信電話株式会社(NTT)が生まれたのは、一九八五年四月一日である。
 NTTの株式は、前年制定された日本電信電話株式会社法により発行済み株式総数一五六〇万株(額面五万円)のうち三分の一以上を政府が保有しなければならないとされていた。
 通信という基幹産業の中枢となる会社だから、公共性は極めて高い。
そこで一部のものが経営を私物化しないように、政府が有効適切にチェックすることが、その目的だった。
そう考えれば、できるだけ多くの株を政府が保有することが望ましかった。しかし、実際はそうではなく、政府保有を法の限度ぎりぎりの三分の一にして、残りはすべて売却処分することとされた。
 八六年から毎年全体の株式の八分の一(一九五万株)を売却していった。これが異常な満値で飛ぶように売れた。政官財による株価操作が行われたせいであり、株式を買った国民は後に大損したのは、よく知られているが、これは本稿の目的ではないからこの程度にしておく。
 ところで、いくらで売れたのか。

表1 NTT株の売却額
 1986  24,000億円
 1987  49,000億円
 1988  28,000億円
 総計  101,000億円

表1の通り、わずか三年で一〇兆一〇〇〇億円の金が政府に入ったのである。
 これがどれだけ大金であるかは、八八年の政府の一般会計の予算が五四兆一〇一〇億円であることから十分わかるだろう。
 ところで、NTTが生まれたころの政府の財政状況はどうだったか。

表2 国債残高の推移
 年度  残高(億円) GDPに対する割合
 1965  2,000 0.6%
 1975  149,731 9.8%
 1983  1,096,947 38.4%
 1994  2,066,046 44.1%
 1996(見込)  2,405,013 約49.0%

表2の国債残高の推移を見ればよくわかる。
 六五年は、第二次大戦後初めて国債が発行された年であり、七五年は、一〇兆円の台にのった年、八三年は一〇〇兆円の大台にのった年だから、日本の財政史上いずれも画期となる年なのである。
 六五年からわずか一〇年後に約八〇倍に、それから一〇年もたたない八三年には実に五五〇倍に膨れあがり、政府の予算の二倍以上、GDPの三八・四%となったのである。一方、GDPは、六五年約三四兆円、七五年約一五二兆円、八三年約二八六兆円であるから、この間九倍にも達していない。九倍に対して五五〇倍なのだから、ひどすぎるにもほどがある。
 しかも、残高はその後も増え続け九四年には二〇〇兆円の超大台にのり、今年度は実に二四一兆円に膨らみ、GDPに対する比率はついに五〇%になろうとしている。普通の企業なら、今から二〇年前の七五年ごろには倒産している。
 財政法による本来の国債ではまかない切れないために特例国債(いわゆる赤字国債)が初めて発行されたのが七五年であり、それからパブルの三年間を除いて、毎年発行され続けている。
 八五年に一〇兆円を超えた償還額は、八六年一一兆三一九五億円、八七年一一兆三三三五億円と増えてゆき、一般会計の歳出に占める比重も二〇%を超えるようになった。財政が破綻していることは明々白々であった。

 国債償還のはずが・・・・

 そこで、売却が予定されているNTTの株式は、NTTが生まれた八五年度に国債整理基金特別会計に入れられ、売れたらその代金は一国債の償還に充てられることになっていた。他に使うなどもってのほかだったのである.このころ、ある大蔵官僚が次のように書いている。
「NTT株式売却が極めて順調に行われた結果、一時的に多額の資金が国債整理基金において蓄積されているものの、今後の各年度一一兆円を越える要償還額を考えると・・・・他の用途に費消してしまうことは到底許容されるべきではない」(『解説NTT株式売払収入の無利子貸付金制度』涌井洋治=当時大蔵省主計局総務課長=編、大成出版社)
 ところが、こともあろうに当時の中曽根首相は、この貴重な一〇兆円を国債整理基金特別会計から取り崩し、内需拡大を名目に、財界や一部の官僚と結託して「アーバンルネサンス」に代表される、今ではおかしいことが大方わかっている事業に使ってしまったのである。
 このために、八七年九月「日本電信電話株式会社の株式の売払収入の活用による社会資本の整備の推進に関する特例措一置法」(いわゆるNTT資金法---以下売り払い収入についてはNTT資金、同法については法という)という、異常に長い名前の法律を作り、NTT資金制度なるものを作り上げたのである。
 このようなことがなぜ許されたのか。官僚で抵抗したものがいたことは、前に紹介した本の引用からも明らかである。政治家にしても保革を問わず、国の財政のことを真剣に考えているものであれば、許すことのできないものだったはずだ。
 一筆者は、法の制定の前後の国会の議事録にすべて目を通したが、問題にした政治家は共産党を含めて一人もいなかった。国会で真剣な議論が行われなくなって久しいが、それにしてもひどいものである。
 政府や官僚の中にすら強い抵抗があったことを最もよく示しているのが、皮肉な話だが、NTT資金の基礎となった法なのである.
 法は、「株式の売り払い収入による国債整理基金を運用し、社会資本の整備の促進を図るため、国の融資に関する特別措置を講ずる」(第一条趣旨)として、売却収入は単に補助金として費消してはならず、「最終的には国債の償還に充てる」という原則の枠内で、国民共有の資産の形成に資する社会資本の整備、すなわち公共事業等に限定し、補助金ではなく貸付金とするという枠をはめた。国の融資とはこのことであり、特別措置とは利息をとらないということである。
 利息をつけないで貸せば、国債には利息がついているのだからその分借一還に支障を生ずるが、貸付金は、補助金とは違って、貸す相手さえ間違えなければいつかは国へ戻る金である。だから、「国債償還」の原則におおむね従うことになるというわけである。苦しくつないだと言わざるを得ないが、せめて貸付金という枠を貫いていれば、まだ救いがあった。

 貸し付けが補助金に

 ところが、法は大変な抜け穴を作っていたのである。
 NTT資金の貸什金を、法はA、B、Cという三つのパターンに分けた(法第二条、第三条)。分けた本当の理由は、法文を読み流しただけでは理解できない。そこで、とりあえず三つのパターンについて、法がどう定めているか見てみよう。

〔A資金〕(法第二条一項一号)
 対象事業は地方公共団体以外のものが、国の直接または間接の負担または補助を費けずに実施する公共的建設事業。  公共事業はもともと公共性が高く収益があがらないものである。だがなかには公園のようにわずかだが収益があがるものがある。こういう事業では、利息のつかない金ならその収益から返せるというわけである。  借りられるのは、地方公共団体ではないものの、これに準ずる特珠法人、第三セクターであり、民間企業は入らない。償還期間は一〇年、原則として均等年賦、わかりやすく言えば、第三セクター等が収益性のわずかな公共事業を国の補助(負担)を受けずに事業主体となって行う時に借りることができる。
〔B資金〕(法第二条一項二号)
 地方公共団体等が実施する公共事業のうち、都市開発事業、工業団地造成事業等、一定の区域の整備およぴ開発の事業の一環として一体的、かつ緊急に実施する事業を対象とする。
 このような事業をする地方公共団体(等となっているかこれは地方自治体法の一部事務組合等のことなので先の表現でよい)が、「借り」られる。償還期間二〇年以内。
 この項だけを読めば、誰でも貸付金だと思う。ところが、第四条をよく読もう。「国は・・・B資金を地方公共団体・・・に無利子で貸付た場合には、当該貸付の対象とした事業に係る国の負担又は補助については、貸付金の償還時において行うものとする」。
 理解に苦しむ表現だが、わかりやすくいえば、償還時つまり、返すべき時にそれに見合う補助金を国が出すということである.すなわち返さなくてよいのである.B資金は、貸付金という形をとっているもののその実態は、補助金の前倒しなのである。
「補助金であってはならない。あくまでも貸付金である」という枠は、ここではっきり取り外されている。
この枠とのつじつまあわせで「貸付金」といっているのであるが、それでは羊頭狗肉もかなわない。これ自体すでに大変な抜け穴であるが、さらに問題なのは、A、B、Cの比率、とりわけBの全体に占める比率を定めていないことである。
〔C資金〕(法第三条一項)
 これは、中曽根民活の典型として、ひところ問題にきれた民活型資金である。公共性のない収益事業であっても、事業主体が第三セクターであれば借りられる。「国民経済の基盤の充実に資する施設を整備する事業」という一応の枠付けはされているが、どうにでも解釈できてゴルフ場であれ、ホテルであれ、第三セクターがやるものであれば、何でもよいことになってしまった。

表3 NTT資金の流れ   単位(億円)
 年度  A 資 金 B 資 金 C 資 金 合 計
 1987  83 3,917 580 4,580
 1988  1,225 10,775 1,000 13,000
 1989  1,250 11,050 700 13,000
 1990  1,230 11,070 700 13,000
 1991  1,149 11,115 700 13,000
 1992  1,107 11,000 700 12,807
 1993  1,059 11,000 700 12,759
 1994  1,035 11,000 700 12,735

財団が貸し付けを差配

 では、実際にこれらの資金はどのように使われたのか。借り受けを望むものと事業が法にかなっているかという具体的法的判断は、大切な国民の共有財産なのだから貸主である国、実務のうえでは主務官庁、大蔵省、最終的には政府が行わなければならない。ところが、実際にはその過程が不透明で、ときには違法な貸し付けが行われている。
 まず、A資金。建設省所管の財団に民間都市開発推進機溝というのがある。「中曽根アーバンルネサンス」を推進するために、八七年六月「民間都市開発の推進に関する特別措置法」が制定された。その直後に設立され、同法三条の建設大臣に指定された財団である。法文では、複数の財団が指定されるかのようになっているが、実際は一つだけであり、ゼネコン、デベロッパー、銀行、証券、電力、ガス、鉄道等あらゆる業界の大手企業が出資している。大塩洋一郎元建設省総務審議官が理事長であり、常勤役員はすべて天下りの官僚である。
 この財団が「建設大臣の承認を条件」としながらも、A資金の窓口となり、いつの間にかこれを取り仕切るようになる。
 A資金のうち、道路公団などの公団が事業主体となるものを除き、第三セクター(一部土地区画整理組合を含む)が事業主体となるもののすべてが、この財団を窓ロにして貸し付けられている。第三セクターはこの財団を通さなければ、NTT資金を借りられない仕組みになっているのである。
 その一つが東京・小田急線高架事業である。
 九〇年八月、東京鉄道立体交差整備株式会社という第三セクターが設立された。株主は東京都、世田谷区・練馬区、小田急電鉄、富士銀行等大手銀行五行、東京海上等大手揖保五社である。当初、大手デベロッパー、大手ゼネコン等も出資を予定していたが、市民団体や専門家から設立の違法性を指摘され見合わせた。
 事業目的は、高架事業(正しくは連続立体交差事業)およびこれに関連する駅ビル等の収益事業をNTTのA資金を使ってやるというものであった。連続立体交差事業と小田急線のそれの問題点については、本誌で三回(九三年一一月二日号、九四年五月一〇日号、九五年二月二一日号)述べているので、繰り返さない。ただ、単なる鉄道の高架事業ではなく、道路を多数つくり、不動産開発を行う巨大な都市・再開発事業(小田急線成城学園から下北沢八・二`間で、事業総額約一兆五〇〇〇億円、新設拡幅される道路実に三三本)であること、国の補助金の割合が、道路等を除いた部分で五〇%以上に達すること、以上を含めたこの事業の性格は、道路法等に基づく建設省と運輸省との協定等に仔細に定められていることを指摘しておこう。
 以上から、連続立体交差事業は、国の補助を受けている事業だから、A資金の対象とならないことはいうまでもない。それどころか、同協定により事業主体は都道府県、政令指定都市に限定されており、第三セクターは事業主体となれないのである。そのうえ、駅ビルや不動産開発という典型的な収益事業をやろうというのだから、公共事業の事業主体を対象とするA資金を借りることは、とても許されることではない。
にもかかわらず、財団は九一年以来、現在でも貸し続けており、冒頭で触れた住民訴訟でも大きな問題になっている。

 “ゼネコン国家”日本

 一方、B資金はどうか。表3はNTT資金のタイプ別内訳である。一見してわかるように、B資金が全体の九割以上を占めている。
 B資金は、先ほど述べた通り、本当は貸付金ではなく補助金である。
NTT無利子貸付金制度といいながら、その正体は、補助金費消制度なのである。補助金だから国には戻ってこない。国債の償還に使うことは永遠にできないのである。
 NTT株式の売り上げ一〇兆一〇〇〇億円のうち約九兆円はこうして完全に消え去った。
 なかには、地方公共団体の公共事業のための補助金だからやむを得ないと思う人がいるかもしれない。しかし、補助金を受けた地方公共団体が額面通り正直に金を使わない場合は、話は違ってくる。
 B資金が中央と地方官僚によりほしいままに使われていることを示す例がある。東京都所管の財団法人に東京都中小企業振興公社というのがある。東京都労働経済局が監督する中小企業に機械設備や各種の助成をすることを目的としている。だから公共事業とはいえない。労働経済局そのものが公共事業とはほとんど関係がなく東京都の八八年から九三年までの予算書を見てもNTT資金は一切受け取っていないことになっている。
 この財団は八八年、労働経済局から資金をもらって「中小企業振興基金」を作り、中小企業技術開発等の助成事業を行っている。事業によって差はあるが、一つの企業に年間最高二五〇〇万円の助成を行っている。助成金であるから、補助金と同じで返す義務はない。
 現在でこそ、産業の空洞化によって中小企業は青息吐息の状態で手助けを必要としているが、この基金ができたのは、先述の通り、バブル経済真っ最中の八八年である。
 この基金が実はB資金なのである。この財団は、「助成事業ご案内」というパンフレットを毎年出しているが、基金ができて数年間はそれに基金の財源がNTT資金であることを明記していた。ところが、小田急線高架事件でNTT資金が追及されるようになってから、その活字は消えてしまっている。

法のうえでは特定の公共事業に使うことを国も地方公共団体も義務付けられている。だから公共事業に使われていないわけではない。しかし問題はその中身である。
 再び東京都の例を引こう。 資金制度が本格的に始まった八八年の東京都のB資金の総額は約一七〇億円であるが、その七割を超える一二七億円を建設局が使っている。

表4 1988年・東京都のB資金の内訳
 公共道路整備費  47,000万円
 公共街路整備費  1,050,000万円
 公共橋梁整備費  24,000万円
 公共中小河川整備費  18,000万円
 高潮防御施設費等  68,000万円
 市街地再開発費  63,000万円

 表4の公共街路とは、都内の一般道路のことである。その額が群を抜いている。つまり大半が道路、実際には道路を軸とする都市再開発事業、すなわちアーバンルネサンスの事業に使われたのである。小田急の事業もこの延長だった。
 これを全国的にみても、B資金年平均一兆一〇〇〇億円のうち建設省が約七割を使っている(表5)。農林水産省が約二割、運輸省がわずか五分、残りの五分を他の省庁におすそわけというのが実態だ。
 NTT資金の大半を占めるB資金がこれだし、A資金は先ほど述べた通りの始末なのでC資金の運用がおかしくなっても当然である。
 財政は倒産状態だったのに、借金も返さずに一〇兆一〇〇〇億円をばらまいていたわけで、天下りした官僚OB、利権に群がる政治家、そして“公共事業”で潤う業界という“ゼネコン国家” 日本の構造が、このNTT資金に典型的に表れている.住専問題にしても根は同じで、その結果、財政破綻というツケを国民は負うことになるのである。

表5 NTT−B資金の省庁別内訳     単位(100万円)
 年 度  1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994
 建設省  272,669 736,390 755,140 756,542 756,542 756,542 756,542 761,997
 農林水産省  87,238 237,201 243,403 243,905 250,154 250,982 251,945 246,865
 運輸省  18,485 66,675 68,317 68,444 68,957 69,257 69,668 69,522
 通産省  1,024 2,799 2,727 2,703 2,652 2,562 2,571 2,500
 厚生省  12,284 33,435 34,283 34,347 35,718 38,822 42,196 45,384
 国土庁等  1,003 1,082 1,058 1,109 1,133 1,189 1,191
 計  391,700 1,077,503 1,104,952 1,106,999 1,115,132 1,119,296 1,124,111 1,127,459


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