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小田急高架事業

ウソを重ねた役人たちの“挫折”

「エコノミスト」誌 1995年2月21日号掲載

                           斎藤 驍  

小田急高架事業に関する東京都や建設省の姿勢を見ていると、最初についたウソのつじつま合わせに汲々としてさらにウソを重ねる役人たちの姿か浮かぴ上がってくる。
被らの世界で “市民の論理”は通じない。

 役人たちの工作

 小田急高架事業について、筆者は本誌九三年二月二日号で、これが政・官・財癒着の公共事業の典型であることを、九四年五月一〇日号で、この事業の本質が巨大な不動産開発事業であることを、情報公開との関連で論じてきた。本稿の目的はこの事業における“役人犯罪”の検証である。
 小田急線は新宿を起点とし箱根湯本と江ノ島に至る都市高速鉄道で、相模大野駅(この間三五`)で箱根方面と江ノ島方面とに分岐する。この相模大野まで高架方式による複々線とすることが計画されており、小田急高架事業とは広い意味ではこのことをいう。
 法令ではこの事業の事業主体は都道府県と政令指定都市に限られているが、九〇年八月、東京都は建設省、運輸省の指示のもと、小田急、西武等の私鉄企業はもとより、金融機関、大手損保、デベロッパー、ゼネコン等を包含した政・官・財癒着の第三セクター、東京鉄道立体整備株式会社を設立、これを主体として首都圏全体で事業展開を図ろうとした。これがそのまま実現したら、一〇兆円規模の大乱開発となり、取り返しのつかないことになっていただろう。
 さすがにこのころから市民の抵抗が始まり、その一つの柱が、連続立体交差事業(高架事業)調査(以下基礎調査という)の情報公開要求だった。
 この事業の目的が役人たちの説明するような踏切の解消と輸送力の増強にあるならば、立体方式には地下方式も選択肢として考えられる。地下方式の方が高架方式より地震等の災害に強いこと、環境に負荷を与えないこと、地域の分断がなく景観もよくなること等、事業費の問題を除けばあらゆる点で優れていることは自明であり、市民側は機会ある度にこれを強調し、事業費についても東京都の積算に疑問があることを指摘、基礎調査の公開を求めた。しかし都はこれを拒否し続けた。
 このため市民側は、この情報公開を求めて九二年一〇月東京地方裁判所に訴えを提起、同裁判所民事第二部は、九三年一月一九日、東京都に対し基礎調査報告書の全面開示を求める和解勧告をし、同年三月九日東京都はやむなくその基本的部分を公開せざるを得なくなった。
 この情報公開に至る過程及びその結果については、一部前回紹介したので、本稿ではその後判明した事実から役人側の一連の工作を明らかにしたい。
 東京都がこの事業のなかの鉄道計画について都市計画案を市民の前に「説明会」という形で公表したのは、九二年一月であり、調査終了後、約三年も経過していた。
 説明会で、都は、新宿から一番離れた西側の成城学園前だけを半地下とし、その東側(下北沢の手前)はすべて高架にするという案を示した。これ自体、誠に奇妙な案だが、これが基礎調査に基づく最適案だと説明、市民側が二〇年以上前から求めていた地下式についても調査のなかで十分検討したといい、その証拠として二通りの地下案の概略設計図を配布した。
その設計図の一つは、高架より用地を必要とする一層四線横並び開削工法という時代錯誤なもので、比較すること自体論外である。
 問題なのは、二線二層シールドと表示され、中央にトンネルがシールドであることを示す二重の丸が緩行線、急行線に区別され、二層で示されている設計図だった。
 シールド工法は現在の地下鉄工事の主流であることから、市民側は在来線の下に二線二層のシールド工法で地下道をつくれば、用地買収をほとんどしなくてすみ、総体として事業費は高架より安く、しかも地上を防災林や緑道にいかすことができると主張していた。
 このため、都も二線二層シールドについては、基礎調査のなかで検討したといわざるを得なかったのだが、そうなると、なぜこれを選択せず、高架にしたのか、その理由を説明しなければならない。踏切が一ヵ所解消できない、梅ヶ丘の駅の位置が動くなど、二、三の理由(これらが全くウソであることは後ですぐわかる)を挙げたが、決定的なものは事業費である。

 地下式積算の怪

 都は、高架が一九〇〇億円(用地費九五〇億、工事費九五〇億)ですむのに対し、地下は三〇〇〇億円から三六〇〇億円かかると説明したが、都が配布した地下の設計図は二線二層シールドと一層四線並列開削と二つあった。事業費の説明であれば、そのそれぞれについて、いくらと示さなければならない。しかし説明会に出席していた都の役人は、三〇〇〇億円から三六〇〇億円という数字を繰り返すばかりだったのである。
 一層四線開削より二線二層シールドが安いことは常識に近い話だから、そのくらい説明してもよいものをと普通思うが、彼らにはできない理由があった。彼らは高架が安いと言いたいばかりに、基礎調査で、当時地下鉄の常識だった二線二層シールドをあえて無視し、一層四線の開削工法を比較の対象としていたのである。
 説明会やアセスメントでのあまりのやり方のひどさに裁判の形勢が悪くなり、世論の批判も強まり、都議会でも一部からではあるが厳しい質問が出るようになった。説明会が終わって一年近くたった後、都の茨田道路建設部長は都議会の答弁で、二線二層シールド三〇〇〇億円、一層四線開削工法三六〇〇億円と二線二層シールドがはるかに安上がりだということを認めざるを得なかった。
 しかしこの場合も、基礎調査においては二線二層シールドを検討したかのように振る舞ったばかりでなく、高架の用地費について、三万四〇〇〇平方b九五〇億円という答弁をした。これは全くの虚偽であって、高架の必要面積は五万二〇〇〇平方bであり、控えめにみても五〇〇億円をごまかしていたことが一年後に判明した。
 役人たちは基礎調査報告書を市民に見せず、このような虚偽の報告を重ねて都市計画審議会を乗り切り、九二年二月、都市計画決定を強行した。しかし都市計画決定、即、事業開始ではなく、改めて建設大臣の事業認可が必要である。ところが、同年七月、予想外の事態が生じた。自民党の分裂、総選挙における敗北、細川連立政権の誕生である。一九五五年以来、四〇年近く続いた自民党一党支配が終焉し、政・官・財癒着の構造の積年のウミが、一気に噴き出し始めたのである。ゼネコン汚職に表現された公共事業の腐敗はその最たるものであり、細川総理はこれを抜本的に見直すことを公約した。
 同年一一月二日、五十嵐建設大臣(当時)は、市民側の要請に応え、東京都に対し、「市民側は優れた代替案を提案しているのだから、調査報告書等、必要資料を開示して協議を始めるよう」指示した。都もさすがにこれを無視できず、同年一二月二七日都庁で、担当の鹿谷副知事が代表となり、市民側と第一回の「協議」を行った。第二回の二月二日から具体的な協議を始めることになったが、この直前の一月一九日、前に述べた通り、東京地裁が東京都に対し、調査報告書の全面開示を求める勧告を行った。

 強行突破の挫折

 調査報告書だけは隠しておきたいと思っていた役人たちが窮地に立たされたことは、言うまでもない。彼らは「協議」のために、事業費の積算、設計図等、もっともらしい資料を作成して市民側に交付ずみだったが、後で述べるように、この資料は調査報告書が開示されればたちどころにデッチ上げであることがわかる代物だった。
 だが、勧告を無視しても判決で開示を強制されることになる。建設省、運輸省、東京都の役人は、方針を転換せざるを得なくなった。しかしその転換は、真実を明らかにし、責任を明確にして、世論の審判に委ねるという潔いものではなかった。反対に、調査報告書の開示を最小限度にとどめ、一日も早く協議を打ち切り、強行突破を図るというものだった。
 それでは彼らが「協議」の資料として出してきたものは、どのようなものであったか。瑣末なものは省いて紹介すると、「二線二層地下式」と題する設計図と、事業費概略積算書である。事業費は、工事費二六〇〇億円、用地費四〇〇億円、計三〇〇〇億円となっていた。
 前に述べた通り、彼らは、二線二層シールドの事業費は三〇〇〇億円(工事費二六〇〇億、用地費四〇〇億)といってきた。だからその資料だろうと普通は考える。しかし、資料の表題に注意していただきたい。二線二層地下式と書いてあり、二線二層シールドとは書かれていない。その理由は、設計図(図1)を見るとすぐわかる。
二層にはなっているが、シールドトンネルは急行部分を中心とした約半分にすぎず、残りはすべて開削トンネルなのである。
「協議」のための帳尻合わせに、あわてて作成したものであることは明らかだった。だがこの資料は、読めば読むほど帳尻が合わないだけではなく、それまでの役人の詐術を見事に証明するものになっている。
 その決定的なものは、梅ケ丘で二層が横並びとなって地表に出ていることである。地下も検討する以上、梅ケ丘で地表に上げ、下北沢で下げることは論外である。下北沢まで二層のシールドをそのまま延長すればよい。基礎調査ですらこのようにしているし、この時点では、下北沢が地下になることは内定していたのだからなおさらである。有害無用な開削部分はトンネルの実に一七分の一〇を占めている。
 なぜ彼らがこのようなことをしたか、彼らの概略積算書を見ればよくわかる。  工事費二六〇〇億円のうち、開削トンネルの土木費が実に一〇三五億円にのぼるのである。シールドトンネルは、機械や立て坑を入れても、五・八`け山(全体の約半分)で三七五億円しかかからない。つまり、シールドは、開削の約三分の一ですむのである。梅ケ丘で上げずに、シールドで下北沢まで延ばせば、都の積算でも約四〇〇億円安くできるのである。
 しかも駅部(六駅)の土木費が六三〇億円と計上されている。ターミナル駅ならともかく、この区間の駅は通過駅であるから、こんなにかかることはあり得ない。一駅八〇債円もかければ普通の立派な駅ができるのが、土木の常識とされている。つまり、ここですでに一〇〇億円以上の過大積算をしているのである。
 その他の都の積算が、すべて正しいと仮定しても五〇〇億円以上の水増しがある。すなわち工事費は二六〇〇億円ではなく、二一〇〇億円に満たないのである。
 用地費四〇〇億円というのは、さらにひどい。用地費は開削部分で必要となるが、有害無用な開削部分が今述べたように一七分の一〇あるのだから、約二三五億円は不要になる。
 残り約一六五億円分の評価も、彼らは、更地価格(基準時八七年)で買収することを前提に数字をはじいている。しかし地下の場合、工事が終われば上が利用できるのだから、この積算は誤りである。都営地下鉄の場合でもこのようなことは行っていない。地下の利用分の負担割合は世田谷のような住宅地の場合は更地の約一〇%が相場である。したがって、用地費は、一六五億円ではなく、その一〇分の一の一六億五〇〇〇万円と考えなければならない。以上、工事費で約五〇〇億円以上、用地買収費で約三八〇億円以上事業費が水増しされており、二線二層シールド方式をとれば東京都の積算からしても約二二〇〇億円でできるのである。
 なお、既存の鉄道用地約六万平方bが一〇%の地上権を負担するとはいえ更地になるのであるから、これを計算すればさらに数百億円安くなる。三〇〇〇億円というのは、真っ赤なウソだ。高架より地下の方が安いという市民側の主張はこのようにして調査報告書の開示で証明された。
 彼らは開示が必至となった九四年二月中旬、先に述べたとおり、「協議」打ち切り、強行突破の準備に入った。
 三月三日、東京都の技術官僚のトップである石川金治・技監兼建設局長は、公明党議員の質問に対し、「高架一九〇〇億円、地下三〇〇〇億円で、高架式が格段優位」という挑発的答弁をした。
 そして四月八日、細川総理が辞任し、政局が混乱しているのに乗じ、四月一九日、都は五十嵐建設大臣(当時)に、「市民との協議は終わった」と虚偽の報告をし、事業認可申請をした。
 一方的なヤミ討ちである。市民側は直ちに抗議し、しばらく認可は凍結されていたが、羽田内閣が発足して、建設大臣が公明党の森本晃司氏に代わり、五月一九日事業認可が下ろされた。
 強行突破は成功したように見えた。しかしそれも二ヵ月とは続かなかった。羽田内閣は倒れ、村山内閣が登場した。

 無責任なシステム

 事業認可を得たものの、九四年一〇月、六回にわたって行われた地元説明会は市民側の抗議ですべて流会となり、役人の強権約手法がこのまま通るという状況ではない。彼らはマスコミヘの圧力や市民運動に対する買収工作など、あらゆる手段を尽くして強行突破をはかろうとしてきた。だが、訴訟が次々と提起されるなど、法廷内外で市民の抗議は高まっている。
 役人が責任をとらないという、この無責任なシステムを改めることなしに、「行政改革」を実現することは到底できまい。行政改革のためには、政・官・財癒着の構造の本体を知らなければならず、小田急の争いは、今これに真っ向から挑戦しているのである。

 さいとう たけし 弁護士。一九三九年生まれ。主に労働・公安事件に徒事。日本化学工業の六価クロム恥業病訴教で勝訴。


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