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情報公開が公共事業の疑惑を暴いた
        「鉄道事業」、実は「不動産開発」

「エコノミスト」誌 1994年5月3・10日号掲載

                           斎藤 驍  

小田急高架事業について、住民側の要求により情報公開がせまられたことによって、「なぜ高架方式に固執するか」のカラクリが明らかになった。その意義を、内容をみながら考えてみる。

  情報独占が問題

 筆者は、昨年本誌の一一月二日号に「小田急高架事業の不可解」と題して、この事業が今こそ抜本的に見直されなければならない政官財癒着の公共事業の典型であることを指摘した。
 このような公共事業の抜本的見直しを公約として掲げて歴史的出発をしたはずの細川首相が、まさに政官財癒着の疑惑のゆえに辞任せざるを得なくなったことは、歴史的皮肉というよりほかはない。ことほどさように、我が国の政官財癒着の構造は根が深いのである。それを代表するものが、公共事業であるのは言をまたない。困ったことだともいえるし、当然だともいえるのであるが、公共事業は我が国の経済の根幹である。
 『経済白書』によれば、一九九二年には、公共投資は政府と地方公共団体のものだけではじめて四〇兆円を超えたとされており、これが真実だとすれば、都市再開発等の民間が事業主体になるものを加えると、一〇○兆円を超えると推定され、この規模はいうまでもなく政府の一年間の歳出をはるかに上回るのである。
 公共事業が政官財癒着の構造を断ち切らない限り、政治改革とか経済改革とかいっても空々しいものにならざるを得ない。
 ではどのようにすればよいのであろうか。
 規制緩和がしきりにとなえられている。おぴただしい許認可等の手続きを廃止し、官僚の無用な特権をなくしていくことは、確かに必要なことではある。しかしこれは決め手にはならない。
 環境問題など、政治、経済を総合的に考えれは合理的規制が必要な分野があることは述べるまでもなく、アセスメント、製造物責任のような問題ではむしろ規制を強化しなければならないからである。
 地方分権ともよくいう。だが知事をはじめとする地方自治体の腐敗は、中央のそれをしのぐもので、ゼネコン汚職はこれを端的に証明している。
 直接民主主義、住民参加等、憲法のいう地方自治の本旨にかなった自治体に作りかえないと、中央から地方への権限移譲は、腐敗をさらに拡散させることになりかねない。とても決め手にはならないのである。
 公共事業は巨大なものになればなるほど、その情報から一般国民は疎外されている。他方において、政官財はこれを独占している。
 情報から疎外されているということは、単に知らされていないという意味ではない。情報が管理され、操作されても気がつくことができないという意味である。
 長良川河口堰、鹿島開発に代表される巨大コンビナート建設、東京湾横断道路等、例をあげればきりがないが、公共事業は国民主権という民主主義の当然の原則からすれば、許し難い一方的情報操作のなかで行われてきたのである。
 このような状況のなかで、政官財の構造的癒着とそこに生ずる恒常的な腐敗のシステムが形成されている。ソ連や東欧が腐敗したのは、何よりもこのためである。グラスノスチ(情報公開)が実現したいま、ソ連型社会主義は音をたてて崩壊したのではなかったか。我が国もこの点においてソ連や東欧を笑うことはできないのである。
 政官財による一方的な情報管理のシステムを打ち破り、一般国民が本来必要な情報を取得できるシステム、すなわち情報公開の制度的確立こそが、政官財の癒着構造を崩壊させる決め手ではなかろうか。

 せまられた公開

 筆者は前掲の本誌において、小田急高架事業――正しくは連続立体交差事業というのであるが――が不可解であると論じた。
 この際、この事業の「基礎調査告書」が秘匿されていること、他方、高架の構造形式の比較等について虚偽の情報が流布されていることを具体的に指摘し、この事業が一方的情報管理のもとに進められていることを最大の問題としたつもりである。
 沿線住民を中心とする市民運動も、この観点から、基礎調査報告書等の情報公開を、住民説明会等都市計画手続きの流れのなかで一貫して要求してきたが、昨年一〇月事業主体である東京都の首長である知事に対し、東京都情報公開条例に基づく情報公開訴訟を提起するに至った。
 この事業では、後述する通り世田谷区も地元自治体として関与しているところから区長に対する基礎調査報告書の情報公開訴訟、東京鉄道立体整備株式会社という、おかしいとしかいいようのない第三セクターに対する都および地元自治体の出資を追及する住民訴訟という二つの訴訟が先行していたことは、前稿ですでに述べた通りである。
 一方、昨年の歴史的政権交代の流れのなかで、宮城県知事、茨城県知事等が次々と逮捕され、政官財癒着の構造の一部が明るみに出、世論の批判が高まるにつれ、小田急高架事業の問題も、特定の地域のローカルなものではなく、公共事業のあり方を根底から問うものに発展しつつあった。
 昨年一一月二日、五十嵐建設相は、市民の代表と面会し、「基礎調査報告書を公開して、地下化という、すぐれたオールタナティブを提起している市民側と協議してコンセンサスを得るよう東京都に指示」すると言明した。
 東京都は、やむをえず、同一二月、市民側と協議することにしたが、一番問題の調査報告書の公開については態度を保留していた。しかし、今年一月一九日、東京地方裁判所民事第二部(秋山寿延裁判長)は、被告東京都知事に対し、調査報告書の全面開示を求める和解勧告を行った。巨大な公共事業について被告敗訴に等しい勧告がなされたのは、裁判史上初めてのことであり、これ自体極めて画期的なことであった。
 今年三月一日、被告東京都知事は、この勧告の骨格部分について応諾し、ついに調査報告書が基本的に公開された。
 この調査報告書については、学者、専門家による検討が今なお続いているが、現在すでにこの事業の実態の概略が解明されている。

 立体交差は「道路事業」

 だが、この解明の結果を述べる前に、連続立体交差事業およびその調査報告書の性格について説明しておかなければならない。まず、連続立体交差事業であるが、これは道路法、鉄道事業法等に基づく建設省と運輸省との「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定(一九六九年成立、九二年三月一部改定、以下建運協定という)により、次のように定義されている。
 「鉄道と幹線道路とが二ヵ所以上において交差し、かつその交差する両端の幹線道路の中心線との間の距離が三五〇b以上ある鉄道区間について、鉄道と道路とを同時に三ヵ所以上において立体交差させ、かつ二ヵ所以上の踏切道を除去することを目的として(鉄道)施行基面を沿線の地表面から隔離して既設線に相応する鉄道を建設すること」「鉄道を建設する」というのであるから鉄道事業であることはいうまでもない。
 しかし踏切の解消が二ヵ所以上となっているのに対し、立体交差が三ヵ所以上となっていることに注意されたい。立体交差の所が、一ヵ所以上多いのである。
 これは何を意味するのであろうか。
 よく考えればわかる。立体交差にすれば踏切がなくなるのは当たり前である。踏切と関係ない立体交差とは、新しく道路を新設することであるのは見やすい道理である。つまりわかりやすくいえば、連続立体交差事業というのは、単に踏切をなくすこと(これが常識では立体交差ということになる)ではなくて、道路を新設するための事業なのである。  道路を新設するだけではない。既存の道路についても、立体交差にするのを機に拡幅するのである。すなわち道路事業だといえなくもない。
第三セクターの設立に関与した東京都建設局関連事業課長にいたっては、住民訴訟の法廷において「連続立体交差事業とは、道路事業である」と断言している。
 事実、小田急線の高架複々線事業(線増連続立体交差事業)は、東京都の新宿から神奈川県相模大野まで三五`bにおよぶが、現在問題になっている都市計画決定区間は、このうち喜多見から梅ヶ丘までの六・四`bである。
 これに対し、基礎調査報告書の事業対象区間は東北沢から喜多見まで八・五`bである。この違いも重要なことではあるが、わかりにくくなるので後で述べる。
 大切なことは、このわずか六・四`bという短い区間において、幅五四bに及ぶものをはじめとして、幅一五b以上の道路が八本新設されるだけではなく、既存の道路一七本について、すべて数倍に拡幅される。すなわち計二五本の道路が新設されるに等しいのである。
 東京都の課長が、「道路の事業」だと考えるのも無理はないのかもしれない。
 そこで問題になるのは、幅の広い道路がたくさん一斉に新設されれば、街はどうなるかということである。道路は、建築基準法、都市計画法等で用途地域指定、容積率、建ペい率等都市の骨格を決定する役割を果たしている。
 連続立体交差事業とは、このように鉄道と道路の単なる連続立体化ではなく、都市のあり方を決定的に変える都市再開発事業なのである。
 建運協定に基づく連続立体事業調査要綱(これは、単なる調査のマニュアルではなく、文部省の学習指導要領のような性格を持つ広い意味での法令である)は、この事業の本質を次の通り自認している。
 「連続立体交差事業は、都市に与える影響が極めて大きい大規模な事業であり、こと道路と鉄道との立体交差化という都市交通面での効果に加えて、駅周辺の中心市街地の再生、活性化ひいては都市あるいは都市圏全体の発展に及ぼす効果」(同要綱二章の一、調査の位置づけ)
 ちなみに先に述べた都市計画決定区間六・四`bの事業がいかに「大規模」であり、「都市に与える影響が極めて大きいもの」であるかを、具体的に指摘しよう。

 虚構崩した開示

 東京都や小田急電鉄は、以前から住民に対し、この事業はあたかも高架の鉄道事業につきものであるかのごとく説明し、高架方式の鉄道事業費だけを公表し、それよりはるかに多額の道路事業費や市街地再開発事業費については全く秘密にしてきた。しかし、鉄道事業費は住民の求める地下方式では三〇〇〇億円以上かかるのに対し高架なら一九〇〇億円ですむと説明し、自らの正当性を演じてみせた。
 しかし、調査報告書の基本的開示により、この虚構はガラガラと崩れている。
 まず、鉄道事業費についていえば、高架一九〇〇億円の内訳を、用地費九五〇健円、工事費九五〇億円と説明していたが、その用地費について、複々線化に必要な用地面積の実に四〇%以上に当たる部分について計上しておらず、それを金額に換算すると控え目にみても五〇〇億円を超える。すわなち用地費の問題だけで高架の事業費は一九〇〇億円どころか二四〇〇億円以上かかるのである。
 また、道路の事業費は、少なくとも三二〇〇億円以上かかること、市街地再開発等のいわゆる関連事業費は実に数千億円の規模となり、総計すると一兆円以上の事業であることがすでに判明している。
 そこで調査報告書の性格にうつる。
 この調査は、前に述べた、広い意味での法令である調査要綱に従って実施されるものであり、世論調査のような一般的調査とは全く異なる。
すなわち、この調査は、鉄道事業、道路事業、いわゆる関連事業について二年間行い、一年目で「都市計画の総合的検討をした上で基本設計において数案作成して比較(鉄道計画においては地下、高架の比較がその核心であることはいうまでもない)をし、鉄道計画について最適案を選択する。二年目には、鉄道計画については、実施設計に近い「概略設計」を行うとともに道路事業、いわゆる関連事業についても「都市計画案」を作成することとされているので、この調査は連続立体交差事業という都市計画事業と直接結びついているすぐれて実践的な調査である。先ほどの東京都の課長の言葉を借りれば、「事業採決」のための調査なのである。
 もう一つこの調査の重要な点は、以上三つについて都市計画案を作成するということである。
 調査が終了すれば、調査報告書を作成するだけではなく、都市計画案ができていなければならないのである。
 都市計画法により、自明のことであるが「都市計画案は少なくとも公告、縦覧という形で公表しなければならないものである。従って調査が終了すれば、調査報告書については、調査の性格自体から公表しなければならないものである。
 このたび公開された調査は、一九八七年度および八八年度に行われ、八九年三月に調査報告書が作成されている。
 従って広い意味での法令である調査要綱によれば、遅くとも八九年四月にはこの報告書は公表されていなければならないものなのである。
 裁判所から和解勧告を受けるまで実に五年の長きにわたり、調査報告書を隠していた東京都の責任はまことに重い。
 裁判所が、前例のない和解勧告を行ったのは、二つの先行訴訟、市民運動の蓄積等の要素に加えて、この調査要綱が今年一月上旬原告の市民側より証拠として法廷に提出されたからである。この調査要綱は少々くどくなるが、いやしくも法令であるから、当然パブリックな存在であり、東京都は市民に進んで公表するのが当たり前なのである。
 ところが、東京都はこれを隠し続けてきた。あろうことか、これを作成した建設省も隠し続けてきたのである。もし、文部省が学習指導要領を隠したりしたらどうなるであろうか。それは文部省の全き自己否定であり、自殺行為となることは明らかであって、もとより文部省がそのようなことをするはずがない。
 ところが建設省は、そのような自殺行為に及んだのである。自ら制定した法令を隠すというこのバラドックスはまさしくゴーゴリの『検察官』の世界である。
 だがこれは、今の公共事業の腐敗を象徴する一つの事象にすぎない。
そこで本件調査報告書により解明されている事実を明らかにしよう。なお、高架事業の用地費用の不正については、すでに述べたので繰り返さない。

 ずさんな代替案

 一、東京都はこの連続立体交差事業の事業主体として、東京鉄道立体整備という株式会社(いわゆる第三セクター)を設立したこと、およぴこれを追及する訴訟が進行していることは前述した通りであるが、そもそも、事業の主体は建運協定二条六号により都道府県、政令指定都市でなければならないと定められているから、この会社の設立が違法であることは明白である。
 そもそも事業主体がこのように限定されているのは前掲本誌で若干指摘してあるが、この事業の公共性は極めて高く、その事業費の実に九三%が公費(国五二・五%、その余が都道府県およぴ地元自泊体)であり、鉄道事業者の負担は、わずかに七%にすぎないからである。なお、この負担割合は、一九九二年の建運協定の改正により、八六%と一四%に改められたものの、事業の本質はほとんど変わっていない。
 二、調査要綱によれば、前述した通り鉄道計画について必ず代替案を検討しなければならないこととされているので、この調査報告書もいくつかの代替案らしきものを示してはいる。
 しかしここで示されている地下方式の代替案なるものは、四線並列一層開削工法といわれるもので、線増部分の用地費が高架方式より高くなるうえ、工事費もかさむという時代錯誤のものであり、とうていまともな代替案とはなり得ないものである。調査当時すでに地下鉄技術としてシールド工法が十分確立しており、多くの地下鉄等で応用されていた。  とりわけ在来線の地下に二線二層方式というシールド工法を採用すれば、用地費ははとんどかからず、用地のかさむ高架方式より安く早くできることは明らかだった。
 力石定一法政大学教授等、市民側の専門家の試算によれば、この工法を採用すれば地下方式が一九五〇億円ですむのに対し、高架方式は環境対策費等の社会的コストを試算すると三四〇〇億円以上かかるという。
 ところが、東京都は高架方式が最適案であるという持論を引き出すために、二線二層のシールド工法を採用すれば高架方式より地下方式の方が安くなることを知りながら、あえてこのような子供だましのトリックに出たのである。
 世間では今でも高架方式の方が安いという「常識」があり、これを東京都のみならず運輸省までがこの俗説を吹聴している。
 広大な用地を買収し、そのうえに万里の長城を築いて環境を破壊する高架方式を選択するのは子供でもわかる愚劣な行為である。
 これに加えて、これまた子供だましも甚だしい「調査の基本条件」という前提条件を設けて調査を行っている。その条件とは何か。
 「複々線の運転形式は方向別とし、中線急行、外線緩行とする」
 これは、一層四線並び方式しか検討しないこと、すなわち高架方式に優越する二線二層の地下方式を比較の対象から除外することなのである。

 高架に固執する理由

 このような類のゴマカシが随所にあるのが、この調査報告書なのである。しかし、これが公開されたことにより、これらのばかばかしいペテンは、白日のもとにさらされることになった。
 それでは、なぜ、東京都や小田急電鉄は、これほど高架方式に固執し続けているのであろうか。
 その理由は、注意深い読者ならば、すでに気付かれているだろう。
 連続立体交差事業は、鉄道事業でもあるが、その本質は道路を中心とする都市開発事業、すなわち不動産開発事業である。
 前述した通り、わずか六・四`bでその事業規模は一兆円を超えるのである。
 小田急高架事業全体三五`bを考えれば、五兆円に及ぶ。高架方式では、いうまでもなく線増部分であれ、側道であれ、広大な用地買収が必要となる。買収対象の住民は、立ち退きを余儀なくされるから、移転先である代替地が必要である。
 遠方に行きたくないのは人情ではないか。そうだとすれば、小田急線の周辺に代替地を求めることになる。この代替地を、事業計画情報をあらかじめつかんでいる小田急電鉄が買い占めておけば膨大な利益をあげることができる。道路の新設、拡幅についても同様である。
 この不動産利権は計り知れない。もとよりこの利権は、一私鉄企業にすぎない小田急電鉄が独占できるものではない。三井不動産、三菱地所、住友不動産等、我が国の代表的なデベロッパーが小田急線の周辺を現に買い占めている。
 一方、高架方式にすれば見やすい道理であるが、日照被害、振動、騒音、景観の悪化が生じ、住民がこれらの被害に耐えるには高層の鉄とコンクリートで守るほかはなくなる。
 現都市計画区間の中心である小田急線の経堂駅周辺などは、数十階建ての超高層の駅ビル、ホテル、デパート等が計画されている。市民側はこの計画を ”小田急線マンハッタンプラン”と呼んでいる。
 バブルが時めいていたころ、政官財癒着の構造のなかで、街を人の住めないところにしてカネをもうけるというこのようなばかげた計画が立案され、しかも今重要なことは、建設官僚等この計画を推進したグループがなんの反省もせず、これを強行しようとしていることである。
 もとよりこのようなことが許されるはずがない。調査報告書を中心とする小田急高架事業の情報の公開は、彼らのカラクリを誰の目にも明らかにすることによって、この利権の構造の核心をつくことになっている。
 筆者は、前に小田急高架事業は公共事業見直しのリーディングケースであると論じたが、今、この画期的な情報公開により、これが現実のものとなりつつあるのである。

 さいとう たけし 弁護士。一九三九年生まれ、東京大学経済学部卒業。主と して労働、公安事件に従事。公安条例運用違憲判決や六価クロム職業病訴訟など で勝訴。著書「公安条例」。


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