資料集目次へ▲  ホームページへ▲


小田急小田原線(喜多見〜梅ヶ丘駅付近間)複々線・連続立体交差事業

環境影響評価書案に対する意見書


平成4年8月26日

小田急小田原線(喜多見〜梅ヶ丘駅付近間)複々線・連続立体交差事業
のあり方について考える専門家の会
            長田泰公  (共立女子短大教授)
            田村明弘(横浜国立大学助教授)

 本意見書は小田急小田原線(喜多見〜梅が丘駅付近間)複々線連続立体交差における環境影響評価案について、公聴会の記録ならぴに見解書を参考にして、本会のメンバーが検討を加え、意見として取纏めたものである。

T.環境影響評価の手順について

 1.代替案に対する環境影響評価の比較がなされていない。   
 地下式等を含む代替案に対する環境影響評価と環境保全対策を比較することにより、はじめて当計画案の環境保全上の有利な点と不利な点が明確になり、環境保全のための費用も含めた代替案の比較ができる。見解書の表4.1.14(p.109)にある、地形的条件、計画的条件、事業的条件のみの比較では、構造形式決定を行うにはまったく不十分と考える。

 2.事業計画区間ごとの環境影響評価、いわゆるコマギレ評価である。   
 本事業は梅が丘から喜多見にいたる計画区間のみで完結するものではない。電車がこの区間のみを往復運転するものでもない。したがって、交通計画が少なくとも本事業の全体である代々木八幡から和泉多摩川までの区間についてなされなければならないように、環境保全対策も、地点ごとの対応とともに、全線について一貫性が必要である。例えば、運行本数、運行速度についても本事業区間全体が完成後には飛躍的に増大される。評価書案はこの予想を全くしていない。右が予測している1日800本、平均速度80kmというのは、全く事実に反する。

U.環境影響評価の姿勢について

 1.総合的な影響についての配慮がない。  
 市民は個々の環境要素のみに取り囲まれて生活しているのではなく、自然的ならび に社会的環境が複合された中で日常生活を営んでいるのである.したがってそれらからの影響も複合されたストレスとして心身の健康に及ぶものであることを考察しなけれはならないのであるが、このような姿勢が全くみられない。

 2.基準や現状との比較のみに終始しており、影響の程度を予測していない。  
 基準や現状との比較から「影響はないと考える。」「影響は少ないと考える。」などの表現により影響程度を予測しているが、環境への影響がどの範囲のどのくらいの人数にどの程度及ぶかを示していない。これでは科学的環境影響評価とはいえない。

 3.予測の信頼区間(幅)を示していない。  
  科学的な予測とは一般に信頼区間を伴っている。複雑な要因が絡み誤差を含む予測においては、]±α のなかに予測すべき真値が例えば90%の確率で存在すると表現すべきである。基準や現状との比較においても何%の確率で満足するという表現にならなければならない。しかしながら本評価書案では当然ふくまれるべき誤差を無視し、予測値を列記しているにすぎない。

 4.評価の判断基準の取り方が便宜的で一貫性がない。   
 例えば、騒音については基準を上回るが原状より下回ること(環境影響評価書案p.153)、振動については現状を上回る箇所もあるが基準より下回ること(同p.184)から影響を少ないとしているなど、評価の判断基準の取り方に一貫性がなく、便宜的なものと受けとられてもしかたない。

 5.地点の特性、車種構成、速度分布などの条件に対する配慮がない。  
 現実には多くの変動要因が存在しているにもかかわらず、予測ではこれを全く無視し現実には存在し難い条件のもとで予測が行なわれている。

V.環境影響評価の各項目について

 1.立体化後の交通量の変化について  
a.世田谷区内の自動車台数の経時変化、周辺主要道路の交通量の経時変化、他路線での立体化後の交通量の推移から、踏切解消による道路交通の変化は少ないと判断している。しかし、除去される踏切の環状を見ると、幅員が狭く一方通行であったり、大型車を規制しているものが大部分である。したがって、幅員の大きい他路線の場合と比較することは困難であり、また地域の一体化という目的から見て、建設後に規制がとり除かれることは十分に考えておく必要があり、交通量が変化しないという保証は全くない。
 
b.新設道路が6.4qの計画区間において5本交差することが計画されており、この地域における南北間の交通量が飛躍的に増大することは明白である。ところがこれに対する指摘も予測もなされていない。これは重大な誤りである。

 2.騒音について  
a.東京都には在来線に対する騒音の目標値(東京都公害防衛計画、昭和49年)とし て70dBAがあるが、予測値はこれを上回るにもかかわらず現状との比較のみに終始している。
 
b.地表条件などによる補正値αiと家屋密度による補正値αHの重複利用は誤りである。前者は平坦地、後者は市街地に適用すべきものである。その結果騒音の影響が軽微に見えるように作為されている。
 
c.予測式の前提条件は理想であり、車輪や線路の状態変化を考えると+5dBA程度を予測値に加えておくべきである。
 
d.エネルギー平均からピーク値への変換補正値αKの算出方法が不適切。
  列車の種別ごとにエネルギー平均とピーク値との差を求め、それらと速度との関連 図を作成し、変換補正値αKを算出していくべきであろう。
 
e.速度からパワーレベルを予測する式にはいろいろある。例えば、採用した式(環境影響評価書案資料編p.81)と同p.86の表5.2−30にある式は異なる。
最新の科学的な予測式を用いるべきである。
 
f.車種、速度、勾配などの運行条件を入れて予測すべきである。
  運行条件を一律として予測することは間違いで、条件の異なる運行ごとに列車を分類しそれぞれのレベルを求め、然る後にそれらの発生割合を考慮して予測すべきである。本計画区間の地形には勾配のある区間が多いこと、ならぴにロマンスカーなど特別に速度の速い列車が運行していることを考えればこのことは極めて重要である。
 
g.高さ方向への予測が不十分である。
  現状においても将来においても線路周辺の高層部分の利用が十分ありうる。したがって、水平方向だけでなく、高さ方向を含めた予測をしておくべきであり、影響はどの程度であるかを示す必要がある。
 
h.夜間や早朝における生活影響、特に睡眠への影響を無視している。
 
i.すれ違い時の騒音予測は1件のみの実測にもとづいており、極めてずさんであって、科学的とはいえない。
 
j.実施に当たって考慮(採用)するという重量レール、バラストマット、吸音効果 のある防音塀を組み入れた場合の騒音予測をするべきであるのにしていない。

 3.振動について  
a.振動の伝搬が地盤の性質により異なることは常識であるが、この評価書案では地域ごとの地盤の違いに対する考慮がまったく欠けている。
 
b.予測では1本の橋脚からの振動伝搬を考えているが、横に並ぶ複数の橋脚からの影響を無視している。
 
c.振動予測値を現在値と比較してみると、評価書案の表5.3−12に見られるごとく、いくつかの測線について予測値が4〜12dB現状値を上回っている。これを「変化の程度が少い」(p.108)と評価することは大きな誤りである。
 
d.騒音におけるc.d.f.h.i.j.と同じ。

 4.側道について  
 計画では予定地の北側に側道を、主に日影の検討から設置することを予定しているが、南側にも設けるべきである。高架を南から見ても北から見ても圧迫感には変わりがない。  圧迫感から考えると評価書案の表5.7−1によれば高架構造物を見る角度が∂18°となる距離(高架構造物の高さの3倍)までは対策を考慮すべきで、少なくとも∂=30°となる距離(高架構造物の高さの2培)までは環境空間とするべきである。この環境空間の幅は南北両側に少なくとも13m以上なければならないが、このような認識は全く見られない。また圧迫感の生ずる予想範囲を等時間日影図と同様に示すべきである。

 5.景観について  
 良好な市街地を分析する、長々と続くコンクリートの建造物は都市の景観を一変させる。構造物のデザイン、色彩、横造、材質、植樹などに考慮すると述べているが、スケールそのものが等身大からかけ離れていて、環状の住宅地としての良好な等身大の空間になじむものでほない。

 6.地域の一体化について
 踏切が解消された道路においては確かに交通や人の往来がスムーズになりうるが、高架下部分はやはり両地域とは異質な空間で事実上の境界線となる。他の中間の高架部では横断的な交通や人の往来はほとんど制限されることになり、両地域が一体化していくことは期待できない。高架下は両側地域とは隔絶された空間とならざるを得ず、そこでは空は見えない。

 7.その他  
a.低周波音について
  低周波音については、在来線の従前の測定データによると、戸障子のガタツキなど の生活影響が出る可能性が高い。通常の生活空間にあるレベルと同じでは済まない。 披害の訴えと影響の程度は比例せず、訴えがなくとも影響があることが多い。したがって予測を行う必要性があるのに全くしていない。
 
b.風害及び風通しについて
  東京都環境影響評価技術指針「第11風害」に高架構造物について、風害の環境影  響評価予測をしなければならないと出ているが、これを全く実施していない。橋脚部分が風を遮ることになれば風通しが悪くなり、人間や動植物の生態系に悪い影響を与えることは多言を要しない。
 
c.大気汚染
   Vの1のa.b.で指摘したごとく本事業を実施すれば自動車交通量の著しい増大 が見込まれ、それにともなう大気汚染の深刻な影響が十分予想されるのに、この重大な問題に対する環境影響評価を行なっていない。
 
d.鉄粉等の粉じんについて影響が当然予測されるのに、環境影響評価を行なっていない。

W.総括

 以上のように本環境影響評価書案には、重大かつ著しい欠陥があり、事業による環境への影響予測を誤ることは明白である。環境問題を専門とする我々は、よりよい環境を子孫に伝えていくためにすみやかに地下式立体交差等の代替案との比較を行ない、環境影響評価をやり直すことを求める。


  ページの先頭へ▲  資料集目次へ▲  ホームページへ▲