平成16年(行ヒ)第114号

小田急線連続立体交差事業認可処分取消請求・事業認可処分取消請求上告事件

 

 

意見

〜 我々のオルタナティブ 

 

小田急線連続立体交差化事業認可取消訴訟の大法廷口頭弁論にあたって

 

 

最高裁判所長官

町田   殿

 

2005年10月26日

 

小田急市民専門家会議

座  長  力石定

                      事務局長  須田大

 

 


小田急連続立体化事業認可裁判の最高裁大法廷口頭弁論に当たって

                        2005−10−26  小田急市民専門家会議

 小田急線(梅が丘・成城学園間)の連続立体化事業(以下本件事業とする)認可の取り消しを求める周辺住民による裁判は、1審勝訴のあと、2審で門前払いとなった。門前払いの根拠は不当にも周辺住民には原告適格がないとするものであったが、幸いなことにその後改正された行政事件訴訟法には原告適格拡大の明確な規定があり、しかもさかのぼって適用することになっているので、法律論としては、最高裁で1審勝訴の線まで押し戻すことが可能であろうと期待する。

 しかしながら、1審判決時には高架は1線しか完成していない状態であったものが、今では4線すべてが開通し、一部の駅の工事と側線道路を残すのみとなっている。これも1審勝訴の線まで押し戻すことが可能であろうか。この状況では、すでに訴えの利益はないのであろうか。私たちは、そうは思わない。諫早湾の締め切りをめぐる裁判では、「もう殆ど工事が終わっているので、これから死ぬムツゴロウはわずかであろう」という情けない判決が出た。東京に大地震が襲って大勢の人が死ぬ(おそれがある)のはこれからである。まだ間に合う可能性がある。間に合わせなければならない。

 東京郊外の緑の喪失は現在も急激に進んでとどまることを知らない。明治年間に構想された山手線に囲まれた東京の都市構造はいまや見る影もなく、都心の過度の集中と、世界に例をみない遠距離通勤圏をもった無計画な「アブナイ」都市になっている。

 小田急市民専門家会議は、1993年4月、力石定一(当時法政大学工学部教授)が雑誌「経済評論」に本件事業について高架方式ではなく地下2線2層シールド方式の代替案を提言(2審甲50号証の3)し、一方、本件アセスメントが代替案の検討の欠如、予測項目の欠落、細切れ予測等、重大な欠陥を有するとして、長田泰公(前国立公衆衛生院院長)ら各界の専門家がこれをやり直すことを求める意見書(2審甲17、20号証)を提出したこと等を契機に、1993年これらの専門家、研究者を中心として結成された(座長力石教授)。土木工学、都市計画、公衆衛生学、環境政策学等に顕著な実績のあるメンバーを中心とする、学際的な研究組織である。同会議は当初小田急線連続立体交差事業専門家委員会と称していたが、その後、事件が裁判のみならず関係分野で大きな問題となるに及び、小田急市民専門家会議と改名し、現在に至っている。

 小田急問題の節目節目に提言や意見を公表してきたが、その主なものは、計画段階での2線2層の地下化の提案と高架が2線までできたときの喬木と潅木の2層のエコロジカル・コリドーの提案である。最初の2線2層の地下化の提案の冒頭に複々線計画そのもののもっている問題点を述べた。無計画な都市の高層・高密度化とそれに伴う通勤圏の拡大を市場原理による複々線計画でクリアすることはできず、このままでは、すぐに複々々線が必要になることを警告した。今回は、その部分、すなわち鉄道計画の背景にあるべき都市計画上のいくつかの政策モデルについて提言する。1993年から2005年に至る期間には、阪神大震災、9・11テロなどの都市災害が起こった。小田急線についていえば、新宿地区がビジネスセンターとして確立した時期に重なる。今では新宿駅西口から超高層ビル街までの朝の通勤風景は、まるで男女混合の競歩レースのような速度で、うろうろしていれば突き飛ばされかねない勢いである。この過度に集中した群集がひとたびパニックになったときのことを想像するのは空恐ろしくさえある。この過度の集中こそ小田急問題の本当の背景である。小田急高架化と過度の集中という悪循環を断ち切ることこそ、今ほんとうに追求すべき課題である。

  暑い夏が過ぎたが、東京の湾岸シーサイドに林立した超高層ビルによって、ヒートアイランド化が加速されたことを実感する人は年々増えている。このままでいいのか。ネクタイをやめて、水を撒けばすごせるのか。地震対策の問題もある。日ごろの心がけで避難経路を予習しておけばいいのか。そうではなく、どんな政策がとられるべきか、市民が発言することが必要とされている。都市計画を土建業者と官僚の恣意から市民の手に取り戻さなければ、東京は荒廃への道を歩むことになる。法を無視して既成事実の積上げを図る行政の力よりも、法と正義を求める市民の力が強いことを最高裁判所に示していただきたい。(文責須田)

 


小田急連続立体化問題のとらえかた 2005-10-26 小田急市民専門家会議

                            (1)

 東京「巨大都市(メトロポリス)」における集積の利益は図1のように、社会的費用が膨大なため集積の不利益との差がわずかである。だがとどまることなく「巨帯都市(メガロポリス)化」に向かって突き進んでいるのが現状である。集積の不利益の内容は多様であるが、ここでとりあげようとするのは、都心方向への放射鉄道の通勤地獄の一層の激化と迫りくる大規模地震による過密人口の大災害という二大エレメントについてである。

 

                                                        (2)

 巨大都市への人口集中の最大の原動力は大規模事務所ビルの建設立地にある。超高層・高層ビルの新建設を禁止し、既存の超高層・高層ビルに対して5年計画で低中層ビルへの改修の強制を命ずること、5年以上を要するものについては床面積当り高額の課徴金をとりこれを国の特別会計に集めて地方分散政策の基金とすることである。(追い出し税については、ロンドン大学のロブソン教授の1968年東京都政に関する報告書参照)

                                                        (3)

 東京大都市圏における人口集中が近年著しく進んだ背景と上述のような政策措置を必要とする諸要因を検討してみよう。

 (イ)バブル崩壊以后のゼロ成長ゼロ金利の不況継続のもとで、土建国家にふさわしい不況対策として、政府は大都市の高層・超高層ビル建設景気の振興政策を選択した。建築上の容積率規制、地区計画、環境アセスメントなどの諸制約を「規制緩和」する「特例地域」を指定して、建設業者の活動を煽りたてるというクーデター的行政指導が行われた。

 (ロ)「特例地域」のなかには臨海埋立地が重点にランクされた。地震の際に液状化の危険があることが予想されて、私たちがタブの森林にせよと世論に訴えたにもかかわらず、高いスチールの柱と梁を立てた骨組みを作り、これに軽金属、ガラス、プラスチックのようなカーテンウォールをかぶせて出来上がる柔構造の高層建築なら、大きな揺れに悠々耐えられるはずだというグロテスクな設計思想を流行させ、批判を無視してきた。だが冷静に考えてみれば分かるように、杭を地盤にまで深く打ち込んでいても、厚い埋め立て土壌が地震で液状化すると、杭が変形したり、傾いたりして、建物を保つことができなくなって、倒れることが起こりうる。また地震によって、建物の上層・中層の振動の「腹」にあたる部分が大きく揺れると、内部の人員は投げ飛ばされたり、恐ろしくなって早く外に逃げようとするが、エレベーターは止まっているので、階段に殺到する。大勢が先を争うので、将棋倒しが起こると渋滞してしまって悲惨な事故が予想されるのである。設計者は建物の倒壊を避けることだけが関心で、人間のことは「自己責任」だといわぬばかりである。これをグロテスクといわずして何といおう。

 大地震の襲来を前にして、臨海部の計画は次のような軌道修正を行うことを提案する。全面積448haの土地利用計画の内訳は道路116ha、建設用地213ha、公園緑地93ha、プロムナード26haとなっている。このうち建物用地は98haに上物が建っており,115haが未立地となっている。115haのうち65haが未売却地で、50haが売却済みとなっている。これ以外の道路その他は建設が終わっている。

 「液状化」は地震によって地下の水圧が高まり、埋め立てに用いた土砂と水がコロイド状になって地盤の割れ目から噴き出し、地盤が沈下したり、側方に土砂が流動して建物の基礎を損壊させたり、護岸を海岸に倒したりする。このような埋立地に潜在自然植生(ここではタブノキ)の森林を植林しておくと、この液状化現象に一定の防止機能を持つ。深根性の直根は地下5mに及び沢山のヒゲ根をもっていて土砂をしっかりと抱え、地盤に割れ目ができるのを防ぐ。また地下水を吸い上げて、コロイドの水分を除く働きもする。根が届かないような深さの地下水についても毛細管現象で吸い上げる。このようにして地盤の改良がなされるので、地震の時の「液状化現象」を予防する役割を果たすのである。

 このような液状化防止作用ができるだけ強力に働くようにするために一連の措置をとる。道路については高層ビル街を計画しているので幅員の大きなものがかなり含まれている。道路の両側を厚いタブ林で囲むこととして116haの半分58haをそれに当てる。プロムナード用地26haについては、全部タブ林にして林間に散歩道を通すことにすればよい。建物用地の未立地115haはタブ林に目的変更する。売却済みのものは分譲価格で土地収用法による収用を行う。すでに建っている98haについても、区画の建蔽率60%であるから、30%約30haはタブ林の植栽を義務づける。公園緑地93haは浅根性の樹木が多く含まれた普通の植栽であるからタブノキを間に沢山植樹して、競争させるようにすれば、鬱蒼としたタブ林に転換させることが出来よう。いずれも(横浜国大名誉教授宮脇昭氏の考案した)宮脇式ポット苗方式をとるようにすれば、1年間で活着し、あと1年1mのスピードで成長するから7、8年で鬱蒼としたタブの森を作り上げることができる。

 積算面積は、58+26+115+30+93=322haとなる。これは埋立地全面積448haの72%に達する。これだけの比重をもたせれば液状化防止に強い作用を果たすに違いない。この計画を建設物所有者全体におおいにPRし自己防衛の手段だと訴えることである。新しい埋立地は50年間放置し土壌がよく締まるのを待って建物を建てるのが昔からの例であった。この原則を部分的に代替する生態学的方法が以上のような措置なのだということである。そして液状化対策が結果として322haの森林を生み出すことになるという弁証法である。

 都知事は近年埋立地の未売地でカジノをやろうと提唱しているが、都の公共施設が液状化によって倒壊する可能性があるという危険を忘れてシナリオを考えているような悠長な時期ではないのである。

 それにしても322haのタブ林、これはニューヨークのセントラルパークの360haに匹敵する都心の森林を持つことになり、緑に飢えている東京都民に対する何よりの贈り物となる。大地震の後、液状化が起こらなかったから、再び「森林を伐採して高層ビル群を建設しよう」というような意見は、恥ずかしくて口に出来なくなるであろう。

              パリ                     ブローニュの森                  800ha

              ニューヨーク       セントラルパーク              360ha

              ロンドン              ハイドパーク                     146ha

              東京       皇居外苑+東御苑+北の丸公園       124ha

              東京       明治神宮                                          72ha

              東京       浜離宮                                              24ha

 

 (ハ)国際的な市場主義の原理主義的心情の深まりに伴って、企業の自己顕示欲、普通の人々を見下ろす富者の尊大さ、人間疎外に平然たる潮流が社会的にひろがり、これらを象徴する形で超高層ビルが受容されていった。マンハッタンから、西欧、アジア、中国の都市部にと。しかしそれは決してグローバリズムではなく、アメリカニズムに過ぎないと、新古典主義的な格調をまもろうとする潮流の各地での根強い抵抗を受けている。

 イギリスのチャールズ皇太子は「英国の未来像」―建築に関する考察―というBBCの番組を1989年に発表、同時に著作として刊行し世界的な反響を呼んだ。皇太子は述べている。「私の主な目的は、建築・都市環境のデザインについて議論する場を持ちたかったということである。すなわち自分の周囲に警戒の目を再び光らせることである。観察したいという欲求を起こさせることである。そして特に重要なことは、素人は合理的な見識など持ち得ないと思いこませてきた専門家たちの流行の理論に挑戦することである。行く先々で私は、多くの人々が自分がどのような建物が好きなのかよく知っていることに強く印象づけられた。人々が好むのはわれわれの建築の伝統の育んできた自然環境ともよく調和した建物である。このような建築がわれわれの都市を過去において、美しく品位ある場所にしてきた本質であった。そして神の恩寵と霊感とをもってすれば建築がもう一度そのような役割を果たすことは可能なのである。」

 ル・コルビジェを太宗とする近代主義の建築思想との哲学的対決がほとんど真剣に行われてこなかった土建国家日本において、建築理論家や都市理論家の思想状況は、イギリス以上に憂慮すべきものであること、また日本国民の美意識について残念だがイギリス国民ほどのたくましさを期待しうると楽観できないと私たちは思っている。しかし、大地震の接近というイギリスと異なった危機感の切迫が私たちの行動を促しているのである。

 著名な近代建築家で都市計画家のドキシアディスが「私のもっとも大きな罪は高層ビルを建てたことだ」と告白して、次のような罪を列挙している。

 「第一に、過去の最も成功した都市は、人間と建物が自然とある種の均衡にある都市だった。しかし高層ビルは自然に対して、あるいはもっと現代的な言葉を使うならば、環境に対して逆らう。それは景観の規模を破壊し、空気の通常な循環を妨げ、その結果、自動車と工業の排気ガスが集中して激しい大気汚染を惹き起こす。それを分散させることは容易にできない」

 「第二に、高層ビルは人間自身に対して逆らう。なぜならそれは人間を他の人間から孤立させ、この孤立こそが上昇する犯罪率の重要な要因だからである。子供は自然と他の子供たちとの接触を失うがゆえに、一層大きな犠牲者である。接触が保たれているときでも、それは親の管理を受ける。その結果、子供も親も犠牲者となる。」

 「第三に、高層ビルは、家族、近隣のような重要な社会の構成単位が以前のように自然に、そして正常に機能するのを妨げるがゆえに、社会に対しても逆らう。」

 「第四に、高層ビルは交通、コミュニケーション、電力、水道などのネットワークに対して逆らう。なぜなら、それは高密度、超荷重の道路、(広がりすぎた)水道網をもたらし、もっと重要なこととして、多くの新しい問題――犯罪はそのひとつに過ぎない――を生み出す縦のネットワークを作り出すからである。」

 「第五に、高層ビルは、過去に存在したすべての価値を取り除くことによって都市の景観を破壊する。かつて都市の上に聳え立った、あらゆる種類の教会、モスク、寺院、市役所のような人間的象徴は、今日では超高層ビルの下にある。神あるいは政府が人間の上に君臨すべきであるということについて、われわれの意見は一致しないかもしれない。しかし富の増大の象徴が他のあらゆるものの上に君臨すべきだという意見に、われわれは賛成できるであろうか。」 P.ブレイク「近代建築の失敗」1977参照

 ドキシアディスの上げている諸点は今わが国の各所で建設されている超高層・高層ビルに対して市民の間から発せられている批判にもみられる。

 汐留貨物駅跡地(20ha)の超高層ビルの林立は、東京湾から吹いてくる冷たい海風をさえぎる巨大な衝立の役割りを果たし、真夏の東京のヒートアイランド現象の緩和に寄与してきた「空気の循環を妨げて」いるという。冷房装置を極端に稼動させることによって、東京の空に熱の排出量は益々増加し真夏の苦しさは耐えがたくなっている。また排気ガスを吹き払って希釈させてくれる風の作用も低下したと怒りをぶつける世論も高まった。

 高層マンションの垂直コミュニティは、子供の成育環境に問題があるとして、「人間は8才頃までに脳の90%が成長するといわれている。子供の頃に自然経験も含めた多用な体験とりわけ子供同士で遊ぶという体験をしなければならないと多くの脳科学者達は指摘している。」と建築学会における憂慮する意見も強まっている。

 高層ビルが都市の歴史的景観を破壊する点について、住民運動が新しく出来た「景観法」に基づき、条例を作って対処しようとする動きが各地でひろがっている。

                                                        (4)

 ここで巨大都市の集積の利益と不利益の曲線に関する図1の考察にもう一度戻ろう。両者の差が最大となる最適規模都市は、ルイス・マンフォードによれば、現代の経験では人口規模約30万人である。地方の県庁所在地に分散先を集中するとこれが巨大化してしまうので、それを避けて、数万人規模の既存都市に向けてUターン・Iターンを進める。そのための「磁石効果」を持った有効な政策手段は、旧師範学校+旧高等専門学校+旧制高校を母体とする地方の3学部程度の国立大学をワンセット学部の揃った大学院のある総合大学とすることである。そのため前記基金による教育投資をおこなう。大学の建物に塀をめぐらして外部と遮断することなく、町並みにの中に大学の諸施設が自然に融合して存在する欧米の大学町を参考にした設計がなされるべきである。教員一人当たりの研究費と人件費・学生奨学金を首都のそれの1.5倍投入する。これら数個の最適規模都市が緑地帯を隔てて新幹線で県庁所在地と結び付けば、その知的情報の集積は規模において巨大都市に対抗力を持つであろう。また従来の過疎地は最適規模都市の射程に入ることによって過疎地を脱することになろう。さらに交通インフラは新幹線中心の鉄道ネットワークを重視し、高速道路計画を止めることである。

 進学希望者にとって、地方国立大学の門が欧米のように広くなれば、高価な大都市の私立マスプロ大学への進学は大幅に減り、大都市への人口集中の一因を除去することになる。

                                                        (5)

 巨大都市を国土計画に沿って地方都市に分散する政策モデルには、天然ガスや電力の経営を全国的に統合し、発展させるべき地域に対して大都市地域より傾斜的に低い料金を付けて、産業立地を誘導する方法であるとか色々あるが、ここではこれ以上立ち入らないことにし、大都市圏周辺部にグリーンベルトをしっかり確保してその外側に、職住そろったニュータウンを形成する政策モデルについて考察しよう。遠距離通勤はそのままで寝に帰るだけのベッドタウンのスプロールを巨大都市の周辺に拡大していくメガロポリス化を避けようという、ハワードの田園都市の思想を現代的に再現せんと試みた戦後のイギリス労働党のニュータウン政策のモデルに近いものが東京大都市圏においては考えられないだろうかということである。1960年代の首都圏整備委員会の計画では多摩地方は、ロンドンのグリーンベルトに相当するようなものとして確保するつもりで市街化調整区域としてつよく開発を抑制していたが、やがて大学ならよいだろうということで、神田の大学の移転利用に認めたのを皮切りに次第にグリーンベルトの様相は失われていった。

                                                        (6)

 それでも大都市圏計画自体が分散型構成の計画がとられる可能性は存在している。東京の西方、三多摩地区には、都心(山手線環内)に向かう放射鉄道線としてJR中央線、京王相模原線、小田急線の3線が走り、さらにその南側には東急田園都市線、JR東海道線の2線があり、それぞれ東京の外郭環状線をなす武蔵野・南武線、横浜線、相模線(いずれもJR)と交わっている(図2及び図3)。これらの放射線と環状線の交点は交通が四方に通じる要衝であり、新しい都心を提供する潜在的可能性を持つ。都心の過度集積を減らすためには、これらの地点に対して意識的に業務機能を持たせ、都心からの業務の移転を図るような政策的努力を行い、都心からの分散を図る必要がある。テキスト ボックス:  
図2 東京・神奈川地区主要鉄道路線図
 
図3 武蔵野貨物線と川崎市北部を走る私鉄との交点

 

 

 

 

 

 

 

 


 そのための方策として、次のものがある.一つは、それら環状線の旅客ダイヤのうち,以上の交点の駅のみに停車する急行電車の比重を圧倒的に大きくすることである.今ひとつは、先述したように,東京都内の超高層・構想ビルの低中層ビルへの改修を5年以内に実施しない者に対する床面積あたりの高額の追い出し税をとり,国の特別会計に積み立ててある.新しい拠点都市に都からビル移転を進んで実施するものに対して、この基金から奨励金を提供することである.これはロブソン教授はの1968年の指摘である.

 これらの諸都市の整備がすすめば,放射状に走る私鉄各線の乗客をそれぞれの交点で右折・左折させる流れができ、都心へと向かう鉄道の負荷を軽減し、今以上の線増計画を抑制する。 これらの交点は、いずれも多摩丘陵の斜面緑地を市域に含んでいるので、条例によって現在進行中の乱開発を防止すれば、緑地比率20−30%前後でニュータウンらしい緑を持つ市域を構成できるだろう。

 

 

                                                        (7)

 都心業務の西方移転については、さらに強力な「誘導計画」を提案しておく必要があると思う。それは川崎市に首都圏第二国際空港を建設して、京浜工業地帯の空洞化のあとを埋める形で国際関連業務地区を作り、ここに都心の国際関連業務を吸い出す政策である。 羽田空港の西南7kmほどの湾岸部に内陸と幅600mの京浜運河を隔てて向き合うように、東西7.5km、南北1.8kmの扇島がある。この扇島の横浜よりの半分は旧日本鋼管の製鉄所用地であり、羽田側の半分は川崎港の物流施設で埋められている。川崎港は輸出入総額年間2兆4600億円に達する全国第11位の港だが、扇島にあるのは主として輸入食品類の物流施設であって、これは扇島に国際空港ができても利用可能な施設である。この扇島に図3に示すような形の埋め立てを行って国際空港を作る。この国際空港は24時間の国際空港として、すぐ隣の羽田空港と地下鉄と地下道で直結し「双子空港」として運営する。両ターミナルを結ぶ地下鉄は、図4に示すように在来線と連結し、ここに新しい交通中心を作る。そのためには在来線の整備・拡充が必要だが、その場合にこの地区に張り巡らされている貨物線のネットワークは重要な働きをするだろう。新線の建設や整備の場合の一番の困難事は用地買収だが、在来貨物線のルートを使ってその下に地下鉄を通す場合には用地関係の困難は起こりようがなく、地下複線化は容易に行えるだろう。テキスト ボックス:  
図4 貨物線を利用した羽田・扇島へのアクセス
貨物線のルートがそこにあるということが大事な潜在的資源なのである。

 この貨物線の中で府中本町と浜川崎を結ぶ武蔵野貨物線は、京王相模原・小田急・東急田園都市・東急東横の放射4線と交わる。交点は京王相模原線は多摩川を越えて3つ目の稲城駅西方200mほどのところ、小田急線は南武線との交点登戸から2つ目の生田駅西方300m足らずのところ、東急田園都市線とは南武線との交点溝口から2つ目の宮崎台の先100mほどのところ、東急東横線とは、南武線の交点武蔵小杉のすぐ横で、いずれも最寄り駅と一体化できる距離である。この武蔵野貨物線は新空港に直結できる線だが、現在は横浜・川崎の製油所からのガソリンや灯油を府中本町・八高線経由で長野・群馬方面に送り、中央線経由で山梨・松本方面に送っている。この石油のタンク車輸送については、それぞれの鉄道線路の側道に石油パイプラインを敷設して、パイプライン輸送にシフトすれば、外郭環状線の旅客線としての機能を格段にあげることができる。(因みに石油製品のパイプライン輸送は、重油を除く白物ならばトコロテンのように灯油、軽油、ガソリン、粗製ガソリンという具合に次々と圧力を加えて送り、継ぎ目の混合物は、取り出して格の下がる製品として扱うことで解決されるのである。)

 ところで現在東京や横浜の都心部は通過交通を含めて長距離トラックの洪水のような流れに困りきっている。今や鉄道貨物輸送はトラック輸送に押されてみる蔭もない有様だ。原因は、貨物の方は昔の重厚長大にかわって軽薄短小になり、輸送のワンパッケージも大型コンテナのように数十トンという重さはない。そのかわり、スピードと入出荷の随時性が優先される。この運ばれる貨物と運ぶシステムのギャップが鉄道貨物輸送を衰退させたのである。

 われわれは、つとに鉄道輸送は大量長距離・重厚長大という常識を捨て、新幹線を利用した貨物輸送を提案してきたが、これに加えて図2にある区間内各線にコンテナ電車による貨物輸送を提案したい。このコンテナ電車は山手線を含めて各線で引込み線と貨物積み下ろしプラットフォームを作る余地のあるところすべてで荷物の積み下ろしをすることができる。現在のダイヤの中で1時間に2-4本のコンテナ電車を運行することはそれほどの難事ではない。新幹線による長距離輸送を東京圏の外郭でコンテナ電車網に接続するのである。電車に乗り降りするほどの気軽さで電車に荷を積んでもらえるなら沿線にある半導体関連の大工場なども輸送をコンテナ電車に任せるだろうし、長距離輸送の重圧に音を上げているトラック便各社も喜んで利用するにちがいない。都心部の自動車公害は、これによっておおいに軽減されるだろう。

 この構想をさらに発展させれば、東京湾アクアラインの横腹に並列して鉄道とパイプラインを敷設し、袖ヶ浦地区と接続すれば、都心をぐるりととりまく外郭環鉄道が完成し、房総半島方面から羽田・扇島二子空港に直結する鉄道とパイプのラインができる。そうなれば、川崎や横浜の製油所を袖ヶ浦・五井の石油基地と移転・統合することも可能となる。

                                                        (8)

 以上、小田急の複々線化へ向かう強い乗客需要を東京の副都心の事務所要員需要の切り下げと、第二山手線方面への途中下車要員の発生などを考慮に入れて推定すれば、もっと違った計測が可能になってこよう。もし複線容量で十分であるならば、すでに現在地下化済みの成城区間1km弱と、地下化工事が始まろうとしている下北沢区間に地下にならざるを得ない新宿−代々木上原間を加えた約6kmに挟まれた、現在係争中の高架4線6kmは2線地下化計画に変更されることになる。

 阪神兵庫地震の経験によれば、地下鉄の被害は活断層を避けたところでは軽微であったといわれている。地下計画に変更し、高架複々線の幅20mの現在の小田急線は橋脚もすべて撤去し、地表面には代々木の森と同じ常緑広葉樹スダジイの林にするよう宮脇式でポット苗を植栽することである。幅20m、長さ10km、面積20haの長方形の避難緑地を6、7年間で作り上げることができよう。そうなれば沿線の住民の安心感に寄与できるであろう。

 第二次大戦後、沿線の丘の上の地山を削って低地(もと小川や田畑であった)を盛土をして宅地を造成し、その上に木造住宅が沢山建てられた。関東大震災の時には「山の手地帯」は地山上の家屋が多く被害が少なかった。火災は主に地盤の弱い下町地域に広がったのであるが、今度の大地震では山の手の盛土の上の木造住宅が崩壊し、火災が広がる可能性がある。スダジイの燃焼防止林20haは、そのとき重要な役割を果たすであろう。あの焼夷弾爆撃で周囲が焼け野原になったとき、スダジイの代々木の森72haは、悠然と残っていた。地下5mに達する深根性の常緑広葉樹林は、無数のひげ根が毛細管現象を通じて地下水を吸い上げ、火焔に抵抗したのである。5mの厚みで密植された樹林が南北両側にうっそうと保たれていれば間の10m幅員の空間に、世田谷区民が逃げ込んで多摩川に向かうことができるだけでなく、都心からの帰宅難民にも通り抜け道を提供できるであろう。

                                                        (9)

 向こう30年間に70%の確率で、関東地方は大地震に見舞われると予測されており、世論調査によれば65%の人々が大地震の来襲を予感しているという。それでも政府の対策は、帰宅難民が数百万人とか、被害何十兆円とかいったマクロ数字の予想の報告を発表するか、反対に身の回りの飲料水、火の元の注意とかの対症療法を報じるだけである。肝心のことは、地震発生までに、巨大都市の分散という国土政策をどれだけ実施できるかである。これで被害をどれだけ少なくすることができるかが決まるのであり「まさに時間との勝負である」という真剣な構えが見られないことは残念である。

 もうひとつ申し上げたいことは、私たちの提案は、たとえ、大地震が起こらなくても、その方が人間らしい都市の選択だという政策モデルであって、大地震が起こらなかったおかげで、気違いじみた生活から抜け出せて幸せであったと思うような政策モデルだということである。

 新宿から多摩川まで12kmにわたる幅20mの常緑広葉樹のベルト、これを幹として神宮の森、砧や成城の緑地、豪徳寺や羽根木公園の緑など、沿線の緑に緑道であるいは道路をまたぐ緑のプラットフォームでつながった道は、人々の心に日常の潤いを与え、小動物の生態回廊となるだろう。これは災害のための疎開道ではない。都市環境改善の第一歩をなす緑の道である。

 このような環境の創出のために支出される費用(地下化工事費推定1564.5億円+地上整備費)が果たして高いのか安いのか。人によって判断は異なるだろう。しかしわれわれは、それを決して高いとは思わない。

 最後に、もし不幸にして明日大地震に見舞われたら、われわれの提案は、そのまま復興のプランになることを申し添えておく。

地下化工事費推定1564.5億円は不動産鑑定士梨本幸男氏の2003年の土木学会における報告から土地取得費用を除いた金額であり,22層を前提としている.過度の都心集中が防止され2線1層で済む場合は(駅があるので半分とはいえないが)はるかに安くなる.

                                                                                    以上