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2005年12月30日(金曜日)付 朝日新聞【社説】

行政訴訟 住民参加を進める弾みに


 国や自治体の行為が正しいかどうかを問う行政訴訟では、「門前払い」という言葉がよく聞かれる。「訴えを起こす資格がない」と裁判所に言われ、土俵に上がることもできなかった住民は少なくない。

 この「原告適格」をもっと広く認めていこうという判決が最高裁の大法廷で出された。影響の大きさを考えると、今年の見逃せない判決の一つだった。

 判決は、都市計画事業について、事業地内に土地を持っていない周辺の住民でも「事業による騒音などで著しい被害を直接的に受けるおそれがある人は、原告適格がある」と判断した。これは新たな判例となり、他の公共事業にも及ぶ。

 住民が行政をチェックする必要性は強まっている。最高裁の判断は当然で、むしろ遅すぎたくらいだ。裁判所は今後、不毛な入り口論争ではなく、実質的な争いの審理に力を注いでいってほしい。

 判決の対象となったのは、東京の私鉄の小田急線の高架化をめぐる訴訟だった。沿線の住民が「地下式の検討を欠いたまま、騒音を悪化させる高架式を採用したのは違法」として、国の事業認可を取り消すよう求めた。二審判決が「原告適格なし」としたため、住民が上告した。事業認可が違法かどうかを判断するに先立って、原告適格があるかどうかにしぼって大法廷が審理していた。

 行政事件訴訟法は「法律上の利益を有する者に限り、提訴ができる」と定めている。これまでの解釈では、例外的な場合を除き、地権者などでない周辺の住民は原告になれないとされてきた。狭く解釈してきた背景には、政策論争に巻き込まれるのはできるだけ避けたい、という裁判官らの姿勢があったようだ。

 しかし、最近の司法制度改革の議論の中で、「司法による行政チェックを強めるべきだ」という声が強まってきた。司法が行政や国会にものを言うことが、社会全体のバランスをとるには必要だ。そんな意識が司法界にも広がっている。

 その司法改革の流れに沿って、行政事件訴訟法が改正されて今年4月に施行された。「原告適格については多くの要素を考慮して柔軟に判断すべきだ」という趣旨の規定が付け加わった。今回の大法廷判決は、この規定をさっそく実行に移したものだ。

 今回の問題のきっかけとなった小田急線の高架化は、裁判を起こされても工事は着々と進んだ。原告として認められた住民が今後、最高裁で事業認可の取り消しを勝ち取ったとしても、もはや高架を元に戻すのはむずかしいだろう。

 行政の判断に異議を申し立てる扉が広がった意味は大きい。しかし、裁判は事後チェックなので、限界もある。大規模な都市計画などに対しては、早い段階から住民の意思を反映する事前チェックの仕組みを充実させることも大切だ。

 さまざまな分野で住民の参加を進めなければならない。その弾みに今回の判決をしていきたい。



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