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2005年12月 8日 西日本新聞【社説】

行政こそ気を引き締めて 原告適格拡大


 江戸幕府の刑罰体系のひとつ、追放刑には最も重い遠島をはじめ八種類あった。その最も軽微な刑が、奉行所の門前から追放する「門前払い」だ。公衆の面前で追い払って屈辱感を味わわせることが刑なのだった。
 現代では、訪ねて来た人と会わずに追い返す意味になっている。門前払いを食ったときは、みじめな気分で引き返すほかない。

 法廷での解決に期待をかけた原告が裁判所から「あなたには訴える資格がない」と門前払いされたときも、やりきれない思いをする。

 国、都道府県、市町村など行政機関を相手取って起こした訴訟の場合、門前払いとなるケースが目立って多かった。こうした司法の現状を大きく変える判決を最高裁大法廷が出した。

 東京都世田谷区の小田急線高架化事業に沿線住民らが反対して起こした訴訟で最高裁が判例を変更し、地権者以外にも訴えの資格(原告適格)を広げる初の判断を示したのだ。

 「訴えても無駄なのに」とささやかれることも少なくなかった行政訴訟の門戸を広げる、重要な新判例である。

 改正前の行政事件訴訟法は第九条で、行政処分などの取り消しを求める訴訟の原告適格は「法律上の利益を有する者」に限ると明記している。

 この条文は、緩やかな解釈によって原告適格の幅を広げにくいために、行政訴訟ではおのずと原告適格について厳密に判断され、その結果、門前払いとなることが珍しくなかったのだ。

 今年四月に施行された改正法は、この条文を残した上で第二項を追加した。法律上の利益の有無を判断するに当たっては、根拠法の規定の「文言のみによることなく」、その趣旨や目的を考慮するように定めた項目だ。

 平たく言えば、訴えの資格についてはケース・バイ・ケースで従来よりも柔軟に判断するように、ということである。今回の最高裁判断は、この追加条項に機敏に反応したものとなった。

 もちろん、行政訴訟の門戸が広くなったといっても、裁判が実質的な審理に入りやすくなっただけで、裁判の勝ち負けとは別の問題だ。

 行政には、過去も現在もそうだが、将来を見据えて公共性の高い事業を円滑に進めるための大きな裁量権が認められている。その上、これまでは提訴された場合でも、厳しい原告適格審査という「防火壁」があった。

 しかし、時代は変わって市民意識も成熟し、行政に注がれる住民の視線ははるかに厳しくなっている。きめの粗い将来予測や強引な手法で市民を裏切ることは許されない。

 この意味で今回の新判例は、むしろ行政の方こそ、気を引き締めてかかるように促されたと受け止めるべきだろう。



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