資料集目次へ▲  ホームページへ▲


法学セミナー2005年11月号に掲載


小田急訴訟大法廷口頭弁論の争点
    原告適格について判例変更を期待

                   弁護士  大 川 隆 司


はじめに

  小田急連続立体交差事業認可処分取消訴訟(以下「小田急訴訟」)は,「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」(1969年に旧建設省と旧運輸省の間で締結された,通称「建運協定」)に基づき,小田急線の東京・世田谷区内の区間約6.4qにおいて推進されている,「線増連続立体交差事業」の事業認可処分を,沿線住民が争っている事件である。
沿線住民は,本件事業がもたらす,地域の分断,騒音・振動等の生活被害を防ぐため,「地下化」という選択肢を提示しつつ,建設大臣(当時)の94年6月3日付事業認可処分の取消しを求めて,同年訴訟を提起した。

訴訟の経過

この小田急訴訟について,一審東京地裁(藤山雅行裁判長)は,01年10月3日,原告らの請求を認容する判決を下した(判時1764号3頁)。しかし二審東京高裁(矢崎秀一裁判長)は03年12月18日,原判決を取消し,訴えを却下するという逆転判決を下した。
一審判決は,一部の原告につき原告適格を認めた上で,本案の判断にすすみ,事業認可処分の前提となった都市計画決定の違法(環境に対する配慮義務違反等)を認めて,請求を認容したのに対し,二審判決はすべての原告につき原告適格を否定し,事件を門前払いにした。
これに対し住民側が上告および上告受理申立てを行い,事件は最高裁第一小法廷に係属したが,小法廷は本年3月2日,原告適格にかかる論点を大法廷に回付した。

「論点回付」の意味

裁判所法10条は,必ず大法廷が取扱うべき事件を列挙(1〜3号)した上で,その他の取扱いを最高裁規則に委ねている。最高裁判所事務処理規則第9条は,すべての事件はまず小法廷で審理されること(1項),審理・裁判の対象を特定の論点に限ることができること(3項),および次の3つの場合には,小法廷から大法廷に回付されること(2項),を定めている。
  @裁判所法10条1〜3号に該当する場合
  A小法廷の違憲が同数の二説に分かれた場合
  B大法廷で裁判することが相当と,小法廷が判断した場合
本件に適用されるべき判例として,二審判決および被上告人が援用するのは,後述の第一小法廷99年11月25日判決(判時1968.66 以下「平成11年判決)である。この判決と関連づけてみると,本件「論点回付」の理由は上記@ABに対応して,つぎのいずれかになる。
  @小法廷(少なくともその多数)が平成11年半決を判例変更すべきものと判断した
  A平成11年判決を維持すべきかどうかにつき,小法廷の意見が2対2に分かれた
  B @Aのいずれでもないが,小法廷としては平成11年判決の見直しの要否を重要な問題とし,大法廷回付を相当と判断した。
以上@ABのいずれにせよ,平成11年判決を今日においてそのまま維持すべきだという意見は第一小法廷の中で多数を形成できなかった,ということは明らかである。

「原告適格」をめぐる争点の構造

(1)平成11年判決は「環状六号線」の拡幅事業の認可処分等につき,近隣住民がその取消を求めた事案であるが,最高裁は,「事業地内の不動産につき権利を有する者」のみに原告適格を認め,「事業地の周辺地域に居住し又は通勤,通学するにとどまる者」の原告適格を認めなかった。
 その理由は以下のとおりであった。
  @行政事件訴訟法9条によって原告適格が認められる,当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは「法律上保護された利益」を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。
  A当該処分を定めた行政法規が不特定多数者の具体的利益を「それが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨」を含む場合には「法律上保護された利益」であるが,「もっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめる場合」は,「法律上保護された利益」とは言えない。

(2)つまり@は,原告適格論に関し対立する学説のうち「法的保護に値する利益説」をとらず,「法律上保護された利益」説に立つことを宣言し,Aは,保護法益であることが明文に書かれていても保護の対象を更に分けて個々人の個別的利益(私益)なのか一般的公益なのかを解明し,後者を原告適格の基礎から除外したものである。

(3)平成11年判決に代表される従来の判例は,このように行政処分をその名宛人以外の第三者が争う機会を,二重のハードルによって制限してきた。このハードルは本件第一審判決も越えることができず,事業地内の不動産について権利を有しない原告ら(それが原告団の大多数だった)の原告適格は否定された。
   ただ第一審判決は,連続立体交差化事業(それは認可処分の対象としては1箇の「都市高速鉄道事業」と6箇の「付属街路事業」から成る)を一体のものと把えて,付属街路事業地内の地権者にも,本体の都市高速鉄道事業に対する認可処分を争う原告適格を認め,それを前提として本案の判断に進んだ。
   これに対し第二審判決は,連続立体交差化事業を認可処分ごとに7つに分断して把握した上で,平成11年判決の考え方を適用し,各付属街路事業地内の地権者たる原告が争うことができるのは当該付属街路事業にかかわる認可処分だけであり,本体の都市高速鉄道事業や他の付属街路事業に対する認可処分については争う資格を認めなかったのだった。

(4)「原告適格」をクリアするために一審判決のように,「事業」の一体的把握という手法を用いるならば,判例変更の問題は回避することができるわけだが,第一小法廷がこの争点の審理を大法廷に回付したのは,「事業」が1箇か7箇かというテクニカルな問題としてではなく,大前提としての「平成11年判決のカベ」に正面からぶつかるほかはない,と判断したものであろう。

「原告適格」問題を解明するための論点

(1)被上告人(関東地方整備局長)側の主張の要点は,行政事件訴訟法の改正(05年4月1日施行)以後も,平成11年判決について判例変更する必要はない,という前提に立ち,本件各認可処分の根拠となった都市計画法は,事業地周辺の「環境保持」等への考慮を要請してはいるが,それは周辺住民の「個別的利益」を保護する趣旨ではない,というものである。

(2)これに対する上告人側の主張は平成11年判決の変更を求めるもので,その論拠は後に紹介するとおり,
  @行訴法の改正は,裁判所が「これまでの運用にとらわれることなく」原告適格の拡大をはかるべきことを要請している
  A平成11年判決はじめ従前の判例が用いている「私益・公益二分論」は,グローバル・スタンダードに達していない
  B「私益,公益二分論」は実定法上の手がかりを欠くので,法解釈論として不安定である
  C原告らに「特異的な利益」でなくても,争訟性および確認の利益を認めた9.14大法廷判決の考え方を,原告適格論にも及ぼすべきである
という4点に要約できる。この観点から原告適格論に関する上告人側の主張は,上告受理申立補充書(2)に整理されているので,これを抜粋する。


上告人側主張の抜粋

第1 行訴法改正の立法趣旨

1 立法に至る経過 (略)

2 立法者意思の所在
(1)(略)
(2)原告適格については,法改正の目的は「国民の権利利益の救済を拡大する」ところにその眼目がある。
   衆・参両院の各附帯決議は,それぞれの冒頭で,「政府および最高裁判所は,本法の施行に当たり,次の事項について,格段の配慮をすべきである。」と述べ,各附帯決議の名宛人を「政府および最高裁判所」の双方にしている。
   原告適格は出訴資格の問題であり,司法の問題であるから,「これまでの運用にとらわれることなく」改正行訴法を運用することを求められているのは,主として裁判所であると考えるべきであろう。ことに参議院法務委員会の附帯決議は,「公益と私益に単純に二分することが困難な現代行政における多様な利益調整の在り方に配慮」することを要請しているが,かかる要請の名宛人が主として裁判所であることは明らかである。

(3)以上のとおり,法改正の趣旨が「原告適格の拡大」にあり,「これまでの運用にとらわれることなく,国民の権利利益の救済を拡大する」にあることが立法者の意思であるからには,従前の判例理論をそのまま維持するだけで改正法の趣旨が充足される筈はない。
  「当該法令の保護法益は一般的公益か,個々人の個別的利益か」という二分論に拘泥する「これまでの運用」を払拭することこそが行訴法第9条の今次改正の趣旨であると解すべきである。


第2 「私益・公益二分論」は司法的救済の国際水準に達しない

1 欧米主要国の行政訴訟制度における原告適格の取扱いについて
(1)ジュリスト誌1236号〜1248号に行政法研究者による「外国行政訴訟研究報告」が連載され,同誌1250号(03年8月)に,論点ごとに各国の比較をするための「行政訴訟に関する外国事情調査結果一覧表」が掲載されている。

(2)同「一覧表」は,アメリカ,フランス,ドイツ,イギリスおよびEUの行政訴訟制度とその運用を比較したもので,「原告適格」については,それぞれの国における制定法ないし判例法によって,これが認められる範囲をわが国のそれと対比して記述し,わが国の主要最高裁判例と同様の事案は,当該国の裁判所において原告適格が認められるか,という論点を比較検討している。
比較の対象とされているわが最高裁判例は,以下の6件である(○×は原告適格の肯定・否定)。
  @最三小判昭53.3.14(判時880.3)(主婦連ジュース事件 ×)
  A最一小判平成元.4.13(判時1313.121)(近鉄特急料金事件 ×)
  B最三小判平4.9.22(判時1437.29)(もんじゅ原子炉設置許可事件 ○)
  C最三小判平9.1.28(判時1592.34)(川崎市がけ開発許可事件 ○)
  D最一小判平10.12.17(判時1663.82)(パチンコ店営業許可事件 ×)
  E最二小判平12.3.17(判時1708.62)(墓地経営許可事件 ×)
(中略)
2 わが国における司法救済の門は狭すぎる
(1)以上のとおり,わが国の司法における原告適格の門はすくなくとも,米,英,仏各国の行政訴訟事情と比較する時,明らかに狭きに過ぎると言わなければならない。
   ドイツとの比較においては,一般論のレベルではわが国の従前の判例理論と同様と言うことが出来るかも知れないが,彼の国においては個別法において団体訴訟制度を認めるなどの方法で,実質的に原告適格が認められる範囲は,わが国よりも相当広いと考えられる。

(2)「私益・公益の二分論」は,行政法規が,原告の主張する利益を保護法益に取り込んでいても,それが「公益」実現の一環として保護するにとどまる場合には,司法的救済を与えない,という考え方である。原告は,「公益」の保護者である筈の行政機関によって法の予定する保護が与えられなかったからこそ,司法に救済を求めているのであるから,司法が「公益の一環として救済して貰えばいい」といって突き放した後には救済はないことになる。
   行政に保護を拒否された原告に対し,安易な「私益・公益二分論」をもって臨むのは,結局,国家がすべてのチャンネルを通じて,国民の利益の実現を拒否することを意味するのである。
(略)

第3 私益・公益二分論の理論的不安定性

1 最高裁平成6年判決に対する園部判事の補足意見
(1)最高裁平成6.9.27判決(判時1518.19)は,パチンコ店の営業許可処分を争った近隣の医師の原告適格を認めた判例であるが,この判決における園部逸夫判事の補足意見はつぎのとおりである。
  「行政事件訴訟法9条の定める『法律上の利益』の有無の判断については(中略)累次の判例により,解釈上の基準が緩和され,行政庁の処分の相手方以外の第三者についても,一定の限定を付した上で原告適格を認めるに至っている。第三者の利益は反射的利益に過ぎないとする原理論から見れば,抗告訴訟における原告適格の法理は,単なるヴァリエーションの域を脱してむしろ実質上変更されているといっても過言ではないであろう。
   これらの判例の事案は,いずれも,訴訟実務上,法律上保護された利益とそれ以外の一般的利益,反射的利益とを明確に識別することのできる基準を設定することが困難であることを示している。(後略)

2 法規の明文上の手がかりの欠如
(1)処分の根拠となる行政法規は,処分に際していかなる事項を考慮すべきかということについて明記することはあっても,当該考慮事項を明記した趣旨が,いわゆる「公益」保護を目的とするものか,それとも「私益」保護をも目的に含むかを明記することは,実際にはない。

(2)この点について,新潟空港訴訟(最二小判,平成元.2.17 民集43.2.56)に対する岩淵正紀調査官の解説(法曹時報42.4.927)は次のとおり指摘している。
  「問題とすべきは,現在の実際の訴訟における『法律上保護された利益説』の運用のされ方である。そもそも行政法規は常に何らかの公益の実現を目的としている反面,特定人の個別的権利利益の保護をその目的として明記しているということはありえないはずである。また立法者が取消訴訟の原告適格の有無についての判断基準を与えるということを念頭において行政法規を立法するというようなことは,一般には考えにくい。」

(3)中込秀樹判事らも,「立法者は,行政法規を立法するに当たって,抗告訴訟の原告適格の有無についての判断基準を定立するといった意図ないし意識を持って,その立法を行うわけではないし,行政法規が特定個人の個別具体的な権利利益を保護することをその目的とするものであることを規定上明らかにしているということはないのが通例である」と指摘している(『改訂 行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究』86頁)。

(4)被侵害利益が「重大」と考えられる一部の原告について原告適格を認めた判例,たとえば原子炉設置許可事件に関する最三小判平4.9.22,の事案において,原告適格の有無を「線引き」する基準を発見する手がかりが処分の根拠法の条文の中にあると理解するのは困難である。(中略)
   ちなみに,同判決が原告適格の範囲を絞る基準として用いた「直接かつ重大な被害」という概念は,その後開発許可事件に関する最三小判平9.1.28や,建築許可事件に関する最判平14.1.22(民集56.1.46)では,「直接的な被害」という概念に緩和されていると見ることもでき,これはこの種の「基準」の不安定性を物語っている。

(5)要するに,行訴法9条1項の「法律上の利益」の意義を,「私益と公益」に2分し,後者を「法律上の利益」から除外する解釈論は,それ自体明文の根拠を欠くのみならず,上述のとおり各行政法規の中で,このような区分をする手がかりとなる基準を見出そうとすることは,極めて主観的かつ不安定な作業になる危険を帯びている,と言わなければならない。


第4 大法廷本年9月14日判決の論点との共通性

1 公法上の法律関係確認訴訟の要件についての下級審の考え方
(1)在外国民が衆議院小選挙区および参議院選挙区における選挙権の確認等を求めて提起した訴訟について,最高裁大法廷は本年9月14日,これら選挙権の行使を保障しない公職選挙権の規定が,憲法15条等に違反するとの判断に基づき,
  「上告人らが,次回の衆議院の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票することができる地位にあることを確認する」
  とともに,国に対し従前の権利侵害に対する国家賠償を命じた。

(2)9月14日大法廷判決は,上告人らの上記確認請求が公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,確認の利益を肯定することができるものに当たると判断し,その前提として「なお,この訴えが法律上の訴訟に当たることは論をまたない」と判示している。
   これは,第一・二審判決が,確認の訴えはそもそも「法律上の争訟」に当たらない不適法なものとした判断を逆転させたものであった。

(3)在外国民の選挙権の確認を求める訴えが,「法律上の争訟」にあたらないと,第一審の東京地裁平成11年10月28日判決(判時1705.50)が判断した理由は,当該請求が,「選挙権を有する在外日本人一般について右各選挙権行使の方法が確保されていないという一般的状態を現在の原告らの立場に当てはめて表現したにすぎないというべきであり,この意味における原告らの立場は,選挙権を有する他の在外日本人と特に異なるところはな」いから,というものであった。

(4)要するに,同じ状況にある人間が極めて多数存在する(在外有権者数は約75万人と言われる)という状況の下では,他の者と「特に異なる」権利を主張するものでなければ「法律上の争訟」とは見ない,というのがこの事件における下級審の考え方であった。

2 原告適格問題における「私益・公益二分論」との共通性
(1)「不特定多数者の利益」を「一般的公益の中に吸収解消」されるものと,「個々人の個別的利益として保護」されるものに二分し,後者のみに抗告訴訟の原告適格を与える,という考え方には,在外国民の選挙権確認請求の争訟性を否定した下級審の考え方と共通するものがある。

(2)これらの考え方は,いずれも,同一条件を有する者があまりに多数にのぼる場合には,何らかの基準で適格者を絞りこまないと,濫訴の弊を生ずるという危惧に基づくものであろう。(中略)「濫訴の弊」を避けるために原告適格を絞る(あるいは争訟性の要件を厳格に解する)という考え方自体が,本末転倒であると言うことができる。それは,被害者の数が多ければ多いほど司法的救済のハードルは高くなるという背理に帰着するからである。9月14日大法廷判決が「この訴えが法律上の争訟に当たることは論をまたない」と言い切ったのは,かかる背理を認めないという趣旨と考えられる。

(3)争訟性についての考え方と同様に,原告適格の問題についても,これを合理的理由もなく,ことさら狭くとらえる考え方はただちに払拭されるべきである。


  ページの先頭へ▲  資料集目次へ▲  ホームページへ▲