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小早川光郎 意見書 2004年8月5日
平成16年(行ツ)第105号 小田急線連続立体交差事業認可取消請求上告事件
平成16年(行ヒ)第114号 同 上告受理申立事件
上告人 兼 申立人  高品 斉  外39名
被上告人 兼 相手方  関東地方整備局長


意  見  書

最高裁判所第一小法廷 御中

2004年 8月 5日

東京大学大学院 法学政治学研究科教授
小早川 光郎


 本件の都市高速鉄道に係る都市計画事業(以下、「本件鉄道事業」という)と、本件の道路に係る都市計画事業(以下、「本件付属街路事業」という)との関係について、考察する。



(1) 現行法上、道路に関する法制と鉄道に関する法制とはそれぞれ別個に定められている(先般の省庁再編以前は、その所管も建設省と運輸省に分かれていた)が、道路と鉄道とが相互に交差する場合に関しては、道路法31条に規定があり、その場合における道路側と鉄道側との間での協議、および、協議が成立しない場合の裁定の手続が、定められている。それは、道路に関する公益と鉄道に関する公益を調整して、その結果を確定する手続であり(なお、ここにいう公益には住民の生活環境上の利益も含まれる)、道路側および鉄道側の各当事者は、この31条協議(裁定については以下では言及を省略)により確定されたところに従ってそれぞれの事業(事業計画の作成・実施)を行うべき立場に置かれる。それは、一種の法定の行政計画であると言える。同条は、また、以上の手続規定と併せて、実体的には、道路と鉄道の交差は原則として立体交差とすべきことも規定している。

 昭和44年9月に、当時の運輸省鉄道局・建設省都市局・同道路局の3行政部局間で、「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」が締結された。いわゆる「建運協定」である。これは、表題にある連続立体交差化の促進を目的とし、事業施行方法、費用負担方法その他必要な事項について、当事者である各行政部局の行動の基準となるべき定めを置くものである。この建運協定を実施するための細目協定も、同時に締結された。建運協定(および細目協定)は、平成4年3月に締結しなおされたが、実質的な趣旨は前後を通じて同一である(以下で「建運協定」というときは、平成4年以降のものも含むものとする)。なお、建運協定にいう連続立体交差化は、高架式・堀割式・地下式をすべて含む。

 道路と鉄道の交差に関する諸事項は、都市におけるその重要性からすれば、都市計画に適切に位置づけられることが望ましい。建運協定は、「連続立体交差化に関する都市計画」が定められるべきこと、都市計画決定された連続立体交差化に係る施設のうち、鉄道施設の一定部分以外のものに関する事業は、都道府県等により都市計画事業として施行されるべきこと(なお、ここで除外されている鉄道施設に関しても鉄道事業者がそれを都市計画事業として施行することは可能である)を、それぞれ規定している。この、連続立体交差化に関する都市計画は、都市計画法2条(基本理念)および13条(都市計画基準)に従って定められなければならず、それらの都市計画が定められたときは、当該施設の整備(事業主体による事業の計画と施行)はそれに従って行われることになる。連続立体交差化に関する都市計画の決定および都市計画事業としての各事業の計画とその認可に当たって考慮されるべき事項のなかには、住民の生活環境上の利益も含まれる。



(2) 建運協定は、連続立体交差化という一体としての施設ないし事業の構想(コンセプト)を、それぞれ違う立場でこれに関係する3行政部局の合意によって確定し、かつ、そこに含まれるべき個別の事業が、そのような連続立体交差化の構想のもとで全体として整合性のある首尾一貫した形で計画され施行されるように、3部局間で必要な事項を協定したものであると言うことができる。それは、前述の道路法31条の協議や、都市計画法による都市計画の決定および都市計画事業の申請・認可について、その基本となるべきものである。

 建運協定にいう連続立体交差化という事業構想は、法律の明示の根拠にもとづくものではない。しかし、それは、本件の鉄道事業と付属街路事業(それぞれについての都市計画・事業認可申請・事業認可)の妥当性を論ずる際の重要な前提概念となるものである。  これについては、以下の諸点に留意する必要がある。それは、第1に、道路と鉄道が交差する場合に関しては、事柄の性質上、関連諸事業全体の総合性・整合性が要請され、連続立体交差化に関する建運協定の規定はこの要請に対応するという意味をもっていること、第2に、そのような総合性・整合性を現実に確保するための、各事業主体および行政庁相互間の調整・指導・助成等の手段も、それぞれ用意されていること、第3に、法律との関係で言うと、連続立体交差化事業をめぐる以上のような建運協定の定めは、前述の道路法31条の手続的および実体的な規定内容の延長とも言えるものであり、少なくともそれと異なる考え方を含むものではないこと、である。これらの諸点に鑑みれば、連続立体交差化に関する建運協定が存在しない間はともかく、それがいったん締結された以上は、そこに位置づけられるべき各事業が整合性なしに各所管ごとにばらばらに行われるということは、特段の理由がない限り、合理性を欠き、ひいては「都市の健全な発展と秩序ある整備」の理念(都市計画法1条)にもとることになる。



(3) これを本件について言えば、本件連続立体交差化事業全体のなかでの本件付属街路事業は、本件鉄道事業に附随するものであり、それと整合するのでなければ事業としての妥当性を肯定されえない。また、仮に本件鉄道事業が――とりわけ住民の生活環境上の利益との関係において――妥当性を欠くためにその認可が違法とされる場合には、本件付属街路事業もまた原則として妥当性を否定されるべきものである。

 そうであるとすれば、本件付属街路事業認可によって自己の権利利益を害されることとなる当該事業区域内の地権者は、本件鉄道事業が住民の生活環境上の利益との関係で妥当性を欠くために付属街路事業認可処分が違法となることを主張してその取消しの訴えを提起することができるが、それにとどまらず、次のような理由から、鉄道事業認可処分についての取消訴訟を提起することもできると解すべきである(この後者の訴訟に関しては、本来、事業区域内の地権者以外の付近住民についてもその生活環境上の利益を基礎として原告適格が認められるべきであるが、その点はここでは措く)。



(4) まず、本件付属街路事業区域内の地権者にとって、その権利利益に直接に影響するのは付属街路事業認可処分であるが、前述のようにこの本件付属街路事業は本件鉄道事業に附随するものとして計画・施行されるのであり、その意味では、付属街路事業区域内の地権者が鉄道事業の妥当性の欠如を主張して鉄道事業認可処分自体の取消しを求めることは、当該地権者からすれば必ずしも不合理ではないし、それはまた、紛争の全体的効率的な解決に資すると言うこともできる。

 もっとも、付属街路事業の事業区域内に権利を有するにすぎない者にとっては、同じく鉄道事業の妥当性の欠如を理由とするにしても、付属街路事業認可処分が取り消されさえすれば地権者としての利益は維持されるのであり、さらに進んで、それとは別個の処分である鉄道事業認可処分についての取消訴訟を認めることは、逆に法の安定(原告以外の関係者の地位の安定)の要請に反するもののようにもみえる。

 しかし、上述のようにいったん建運協定が成立し、本件各事業がその枠組みのもとで整合的一体的に行われることとなった以上、各事業主体および関係行政庁は、連続立体交差化に関する諸事業に関し、種々の事態に対応してその全体としての整合性を確保すべき責任を負っていると解される。仮に本件付属街路事業認可が裁判所の判決で取り消され、それが、本件鉄道事業(それを中核とする連続立体交差化の事業の全体)の計画が住民の生活環境上の利益との関係で妥当とは認められないとの理由によるものであった場合に、鉄道事業認可が取り消されたのではないからといって、鉄道事業の計画をそのまま維持するということは、法の安定の名のもとに、正当化されうるものではない。そうであるとすれば、付属街路事業区域内の地権者が、鉄道事業の妥当性の欠如を主張して付属街路事業認可処分の取消しを求めうるにとどまらず、鉄道事業認可処分自体の取消しをも求めうるとの解釈をとっても、それによって特に何らかの正当な利益が脅かされ、法の安定が損なわれるということにはならないであろう。そのような解釈をとることが、むしろ、上述のように紛争の全体的効率的な解決に資すると考えられるのである。

以 上


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