第17回 THE MUFFIN MAN 

 今回のタイトルを見て「いったい何だろう?」と思った人、いますか?実はこれ、風祭クンの関わるニュー・プロジェクトなんです。(^^)掲示板に新宿鮭さんが書かれていたやつです。(写真は、ALWAYS時代の古いものですけどね。(^^;)レコードとCDの部屋でもアルバム・レビューしたナガハタゼンジくんを中心に、彼のバックバンドのメンバーだった風祭クン(バンド・マスターだったそうです)と笠松雅良クンの3人で結成された制作小集団(バンド)なのです。3人とも、ブリティッシュ・ロック&モダン・テイストをこよなく愛しているとのことで、きっと、ビートルズの影響の強い、モダンなロックン・ロールを聴かせてくれるのではないかと思います。(^^)

 現在、彼らは、9月19日にBUCHINGHAM-RECORD(SME・インターメディア)から発売予定のファーストアルバム「GOBSTOPPER」を制作中ということです。このアルバムには、全部で9曲収められる予定とのことですが、なかなかピカデリーサーカスなどのライヴに行けない地方の方々には、久々に聴く風祭クンのプレイと唄になりそうですね。(^^)

 THE MUFFIN MANですが、9月19日(土)、10月30日(金)、11月20日(金)に下北沢CLUB QUEで、9月24日(木)に福岡ドラムBe-1でライヴをする予定です。9/19のライヴは、チケットぴあやローソンチケットで、8/22から前売り開始だそうですよ。

 風祭クンのファンのみなさん、なんか、すごく楽しみになってきたと思いませんか?(でも、これでまた、THE ALWAYSとしての活動の可能性が少なくなったなとちょっぴり悲しくも思ったりするのです。)

 最後に、新宿鮭さんのご好意で、THE MUFFIN MANのメンバーのプロフィールを転載しておきます。ナガハタゼンジくんを知らない人は、これを見て勉強しましょう。((^^;)新宿鮭さん、ありがとうございました。

☆ ナガハタ ゼンジ(Lead Vocal,Guitars) ZENJI NAGAHATA 1968年11月6日 福岡県北九州市生まれ

 映画「アメリカン・グラフティ」、50`s&60`sPOPS、ナイアガラ・サウンド、はたまた地元九州出身のアーティストの達の音楽の洗礼を受け、15歳の時にバンド「STEP」を結成。  1985年、CBS・ソニーのオーディションに合格。翌年には作曲家としてデビュー(TVアニメ「ハイスクール奇面組」主題歌等)。1987年、松本 隆原作・脚本の映画「微熱少年」に主人公の友人役で出演。またほぼ同時期にSTEPはエピック・ソニーよりデビュー。89年の解散までシングル3枚、アルバム2枚(伊藤銀次、村松邦男プロデュース)をリリース。1989年、Jazzbilly Band「CASINOS」を結成。インディーズ・シーンで活躍。解散後はソロ・アーティスト「ナガハタゼンジ」として、バンド「FLIP CITY」を率いて渋谷Egg-Manを中心に活動。また、並行して作曲家としても少年隊、貴島サリオ等他アーティストに積極的に作品を提供。1995年、各社争奪戦の末ソニーレコードと契約。翌96年、デビューに先駆けて、自身の曲でもある「MAGIC CHANNEL」(原曲名は「LOVE CHANNEL `69」)がTOKIOにカバーされ、大ヒットする。 シングル「モンキー・フェイス」、アルバム「FLIP CITY」でデビュー後、現在までにソニーレコードからシングル5枚(マキシ含む)、アルバム2枚をリリース。「スペース・モッズ」をキーワードに、街頭ゲリラ・ライヴなど奇抜なプロモーションで業界内外の話題をさらう。また、この時期本人のあこがれのアーティスト、エルヴィス・コステロのバック・バンドであるジ・アトラクションズとの競演を果たした唯一の日本人アーティストとしても大きな話題を呼ぶ。 ラジオDJとしての評価も高く、FM北海道、FM福岡等でのレギュラー番組でのトークで10〜20代の女性を中心に絶大な支持を得る。1998年夏、ソニーレコードとの契約終了に伴い、これまでバック・バンドのメンバーとして活動を共にしてきた風祭、笠松と新バンドTHE MUFFIN MANを結成。現在、9月リリースの第一弾アルバム・リリースに向けてレコーディング中。

☆ 風祭 東(Bass,Guitars,Keyboards,Vocal) AZUMA KAZAMATSURI 1963年6月13日 東京都新宿区生まれ

小学生の頃、従兄弟の影響でビートルズに出会い、偶然左利きということからポール・マッカートニーに憧れ、ベースギターを弾き始める。中学・高校時代は音楽活動に明け暮れる。既に当時からその才能はとどまるところを知らず、様々な全国規模のコンテスト等に出場。数多くの賞を受賞する。 高校卒業後もアマチュア・バンドを中心に活動を続けていたが、1985年頃TULIPを脱退直後だった安部俊幸、姫野達也、伊藤薫(のち上田雅利に交代)の結成した「always(のち、THE ALWAYSに改表記)」にヴォーカリスト・ベーシストとして加入。1986年、キングレコードよりシングル「好きさ」、アルバム「ALWAYS BE TRUE」でデビュー。これがプロとしての音楽活動のスタートになる。 THE ALWAYSのディスコグラフィーを通して聴くと、TULIPを彷彿させるスタート時の打ち込みを多用したサウンドから、よりライブを意識した生のサウンドへの変遷がうかがえる。これはひとえに風祭が持ち込んだカラーであり、THE ALWAYSがTULIPの亜流バンドになりえなかったのは風祭の存在が大と言えるであろう。 THE ALWAYSは1991年に東芝EMIに移籍。1995年に活動を休止するまでに、シングル9枚、アルバム10枚(企画もの含む)をリリース。300本以上のライブを実施。また、風祭自身ベーシスト、ボーカリスト、コンポーザーとしての評価も高く、バンド活動と並行して他アーティストへの楽曲提供、プロデュース、ライヴへの参加、FM富士、J-WAVE等でのパーソナリティとして幅広く活躍する。 現在、風祭は他アーティストのサウンド・プロデュース業を中心に活動しつつ、並行して杉 真理、松尾清憲、伊豆田洋之らと「 ピカデリー・サーカス」、「モンキー・フォレスト」、またTHE ALWAYSの上田のバンド「ガーリーズ」のメンバーとしても活動、ライブにレコーディングにと多忙な日々を送っている。 1996年からはナガハタゼンジのサウンドプロデューサーとしてレコーディング、ライブに参加。ナガハタと共にあこがれの地・ロンドンのアビーロードスタジオでアトラクションズとのセッションも実現させる。 ナガハタとは互いの音楽的ルーツが同じということもあり、1998年夏、笠松と共にTHE MUFFIN MANを結成するに至る。

☆ 笠松 雅良(Drums,Percussions,Vocal) MASAYOSHI KASAMATSU 1966年2月5日 長野県伊那市生まれ

初めて買ったレコードは「フィンガー5」というエピソードからもうかがえるように、TVやラジオから流れてくる歌謡曲を聴きながら幼少期を過ごす。中学生になる頃洋楽に目覚め、ビリー・ジョエル、スティーリー・ダン、ナックといったポップスやロックに始まり、ラリー・カールトーン、スタッフといった当時でいうところのクロス・オーバーミュージックの洗礼を受ける。本人いわく「小林克也の音楽プログラムが好きだった」とのこと。また、「ヴォーカルよりも、バックの演奏の方が気になるんだよね(笑)」とも語っている。 高校生になる頃、13歳年上の姉が趣味でドラムをプレイしていたことや、スティーヴ・ガットに衝撃を受け、ドラム・スティックを握るようになり、音楽三昧の日々を送る。 高校卒業後上京し、音楽学校メザーハウスに入学、日野元彦氏に師事。この時期身につけた独特のジャズ、フュージョン・ベースのグルーヴ感が彼の持ち味としてその後開花していく。 1990年、ドラマーを募集していたバンド「HIKOHKI」のメンバーに加入。キティレコード(当時)よりシングル「大嫌い」、アルバム「 STUDENT」でデビュー。これがプロとしてのスタートとなる。 HIKOHKIのメンバーとして楠瀬誠志郎のバッキングも経験し、バンドは3枚のシングルと2枚のアルバムをリリースして解散。その後はヤマハミュージッククエストにおいて、様々なアーティストのレコーディング、ライブ等のサポートを中心活動する。 1995年頃中山美穂のツアーで一緒だったメンバーを通じてナガハタゼンジと交流がスタート。そのまま、バック・バンドのパーマネント・メンバーとなり、エキサイティングなステージを披露する。また、レコーディングにもナガハタの2ndアルバム「カムデン」、シングル「クライ・ベイビー」に参加。 ロック畑出身のドラマーとはひと味違うドラミング聴かせてくれている。最近では猫沢エミのレコーディングにも参加するなど、多忙な日々を送っている。  1998年夏、「もっとフリーなスタンスで好きな音楽をやろうよ!」というナガハタ、風祭の意志に賛同、THE MUFFIN MANを結成するに至る。

 なお、ナガハタゼンジくんのHPへはこちらからどうぞ。