ウェイン・ショーター・カルテット

Wayne Shorter Quartet






 ショーターの音楽キャリアを見ていくと、何度かズバ抜けたバンドでライヴ活動を行っていた時代がある。誰しもが認めるだろう例をあげるなら、60年代後半のマイルス、ショーター、ハンコック、トニー、ロンと揃ったクインテットは凄い。70年代末からのウェザーリポートのショーター、ジャコ、ザヴィヌル、アースキンと揃ったバンドも強力だ。
 これらのバンドはショーターのキャリアの内でというより、ポピュラー音楽の歴史が始まって以来滅多に出ないような名バンドであり、現在この時代のこのバンドの演奏をライヴで見ることが可能ならば、チケットに何十万円支払っても惜しくはないと思うファンはいくらでもいるだろう。
 しかし、だんだん、現在活動中のウェイン・ショーター・カルテットは、これらのバンドと比べても勝るともまったく劣らない、とてつもないバンドなのではないかという気がしてきている。
 アルバム『Footprints Live』で初めてこのバンドの演奏を聴いたわけだが、このアルバムに付けられた邦題『フットプリンツ〜ベスト・ライヴ』は偽りありだ。このアルバムはこのカルテットのベストの演奏を収録しているわけではない。カルテットはこのアルバム録音時の2001年から演奏活動を続けていくことによってさらに深化し、音楽的対話は緊密になり、凄い地点に到達している。
 この後のカルテットの演奏のライヴ盤もどんどんリリースしてほしいところだが、現時点での個人的な感想を書かせてもらう。

 このバンドは、まずジョン・パティトゥッチとブライアン・ブレイドが作り出すリズムが凄い。パティトゥッチはあのチック・コリアのエレクトリック・バンドやアコースティック・バンドでテクニカルで流麗なベースを弾いていた人とは思えないほど、ゴツゴツとした岩のようなベース・ラインで聴き手の腹のあたりを掴んでくる。アルコ弾きでは寂寥とした異世界を思わせる音像を描き出す。そしてブレイドはというと、アフリカの密林からあらわれた獣のようだ。メロディとはズレたリズムをたえず送り出し、驚異的な瞬発力で飛びかかってくる。リズムを安定させるのではなく、たえずズラして緊張感を与えるドラミングだ。そして狙いをすましたように強烈な一打を叩き込んでくる。
 この2人が揃うと、同じ楽器は使っていても一般的なジャズとはかけ離れた、どこかアフリカの奥地の音楽を思わせるような、ゴツゴツとして異様な瞬発力のある、原始人か野獣のようなリズム・セクションが生まれる。
 対してダニーロ・ペレスのピアノはけっこう地味なのではと最初の頃は思っていたのだが、だんだん魅力がわかってきた。この人は指先で流麗なメロディを奏でる人ではない。一音一音を探るように選んでいって、音による風景画を撫でるように描き出していく人だ。ギル・エヴァンスやアンドリュー・ヒルなど、作編曲者型の人が弾くピアノと共通するニュアンスがあるような気がする。つまり余計な装飾音をテクニックで奏でたりせず、一つ一つの音で音楽のかたちをつかんでいくタイプだ。それにだんだん音に幻想的な響きが出てきたように感じる。タッチが変わってきたんだろうか、エフェクターをかけているのか、あるいはぼくの気のせいか。
 対するショーターも奏法を変えてきている。長いパートでゆっくり語るのではなく、ほんの短いパートや、あるいは一瞬ですべてを言い切ってしまう奏法だ。そのショーターの一言に対して別のメンバーが答え、それにまた一言で答えていく……。
 このような4者がそれぞれに役割分担をし、安定した関係の中で音楽を奏でていくわけではない。4者がからみあい、もつれあうようにしながら、次々に役割を交代し、絶えずに前へ出たり後ろへまわったりするなかから音楽が生成し、音楽がまるで生き物のように動きまわり、定まった形をもたずに絶えず姿を変え、大きく、時には小さく、激しく襲いかかってきたり、静かな異世界につれて行かされたりする。
 こういうバンド演奏がいままであっただろうか。驚異的な瞬発力に支えられた、異様な生き物のような音楽だ。

 このような音楽のどこまでが各メンバーの資質であり、どこからがショーターによって引き出されてきたものなのかは、いまのところまだ掴めていない。少なくとも単純にこの4人で集まったらこんな演奏になりました……というものではなさそうだ。
 例えばパティトゥッチ〜ブレイドのリズム・セクションは『Footprints Live』と同年に、ハンコック、マイケル・ブレッカーらの『Direction in Music』でもリズム・セクションを担当している。しかしここで聴かれる2人の演奏は、いわゆる30〜40年前のスタイルの伝統的なジャズを上手にこなしているだけであり、とてもショーター・カルテットと同一人物の演奏とは思えない。まあ、これは演奏自体が伝統的なジャズ演奏を有名メンバーを集めてやってみましたというだけの保守的なものなので、これはこれで器用に企画に合わせてみせるプロの仕事なのかもしれないが。

 とにかくこのとてつもないバンドは現在進行形であり、これからどう展開していくかわからない。
 それにしてもライヴ盤をもっと出してもらえないもんだろうか。

                               (2004.2.9 ウェイン・ショーター・カルテット東京公演鑑賞の後、記す)




『ウェイン・ショーターの部屋』

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