ウェイン・ショーター、アルバム紹介 1995-96年



   『』この色で表記されたタイトルは、ショーター不参加の曲です。





   Wayne Shorter "High Life"        (Verve)
   ウェイン・ショーター『ハイ・ライフ』


01、Children of the Night 
02、At the Fair  
03、Maya
04、On the Milky Way Express 
05、Pandora Awakened
06、Virgo Rising
07、High Life  
08、Midnight in Carlotta's Hair 
09、Black Swan (in Memory of Susan Portlynn Romeo) 

   Wayne Shorter (ss,as,ts,bs) Rachel Z (p,syn,sound design,sequencing)
   David Gilmore (g) Mercus Miller (b,bcl,prog) Will Calhoun (ds-omit 8)
   Lenny Castro, Airto Moreira (peromit 8) Terri Lyne Carrington (ds-8)
   Munyungo Jackson, Kevin Richard (per-8) David Ward (additional sound design)
   with hons,woodwinds, and strings /他   1995.4.5-8


 傑作だ! まずそう断言しよう。
 なぜ断言する必要があるかというと、本作は賛否両論を巻きおこしたからだ。もっと正確にいうと、絶賛したのは少数で、多くの人は本作の良さがわからなかった。わかってないのにわかった気になって無視・否定した。じっさい、あまりに評判が悪いので、デイヴ・ホランドは義憤を感じて、これはジャズ史上に残る5枚の傑作の内の一枚だと雑誌に抗議の投書をしたそうである。
 ぼくもまた本作への評価を読んで、ジャズ評論家の中には、実はほとんど何も聴いちゃいない人が多いんだなと良くわかった。
 最も愚劣なのは、本作とマイルスが80年代にマーカス・ミラーに丸投げして作った『Tutu』など一連の作品との区別がつかない人だ。また、『Atlantis』の路線とどこが変わったのか区別がつかない者もいた。いったい耳はついてるんだろうか。感覚がかけらもないんだろうか。ぼくは本作を「BGMに最適な都会的フュージョン」などと評する音楽評論家を心底軽蔑する。
 本作はどういう作品か。それはショーターがハバードの『The Body & the Soul』(63)以来途絶えていた大編成オーケストラの編曲者としての仕事を、30年ぶりに自分のリーダー作で試みた作品であることはあきらかではないか。
 確かに本作でショーターはマーカス・ミラーをプロデューサーに迎えたが、マーカスが本作で行ったのは仕上げの部分、本でいえばカヴァー、絵でいえば額縁、商品でいえば包み紙の部分であって、本作の音楽は作曲からストリングス・アレンジに至るまでショーター自身の手によって念入りに作られ、演奏されている。マーカスが作ったシンプルなカラオケに合わせてマイルスがトランペットを吹いただけ、といったフュージョン作品とは骨の随から違うのがわからないんだろうか。
 確かに本作はリズム的にはBGMとして聴くこともできるように仕上げられてはいるが、かなり意識を集中して聴かなければ味わいつくせない奥深い魅力をもった作品なのだ。
 しかし逆に考えれば、これほどのベテランになってまで賛否両論を巻きおこすこと自体が、ショーターの非凡さの証明かもしれない。ここまできて評論家やファンの理解の範囲をかるく飛び超えてみせるのだから、やはりナミのミュージシャンではない。

 では本論に入ろう。
 本作は先述したとおり、ショーターが30年間途絶えていたオーケストラの編曲者としての仕事を自分のリーダー作で再開させ、そのオーケストラ・サウンドに、フュージョン的なリズム・セクションを加えた作品である。オーケストラを使用していない曲でもシンセをストリングスに近いサウンドにして、オーケストラ部分に自然にとけ込ませてある。いずれにしろ高度な編曲性と即興性を融合させた作品といっていい。
 なぜ、ここにきてオーケストラの編曲を、というと、おそらく『Atlantis』三部作によってスモールコンボでの編曲と自己の即興演奏の融合というコンセプトに一応答えを出した実感があり、そこでむかし中途で放り出したままだった宿題をまた始めようと思ったんだと想像する。
 つまり、本作のコンセプトは、ショーターの編曲者としての能力を充分発揮し、オーケストラ含めて音楽の編曲部分を作り上げ、それと同時にソロ・プレイヤーとしての能力も充分発揮し、編曲部分とソロの部分が自然に溶け込んだ音楽を作る、ということだろう。
 注目したいのは、ここでのオーケストラ編曲は80年代に登場したウィントン・マルサリスのウィズ・ストリングスもののようなクラシック音楽的な編曲ではなく、60年代半ば以後のギル・エヴァンス系のアレンジが試みられていること。つまり、ミュージシャンをスコアに縛りつけるのではなく、自由に演奏させながら編曲するという、ジャズ的発想によるオーケストラ編曲がなされていることだ。編曲によってクライマックスを無理からに盛り上げたり、メリハリをつけたりすることを、あえてしない……という点も同様だろう。一見オーケストラ編曲がそれほど目立たないのも、そういった理由だ。しかし、過剰にメリハリをつけた、これみよがしの演出をせず、各ミュージシャンに自由に演奏させることによって、何度聴いても新しい発見のある、より奥の深い編曲になっている。
 そして、ショーターが天性のインプロヴァイザーであり、ジャズ史上最良のアドリブ奏者の一人であることと考え合わせれば、本作はジャズという音楽が何十年もかけて模索してきたオーケストラ編曲の最良の部分と、ソロ・インプロヴィゼーションの最良の部分とを融合させたアルバムであり、デイヴ・ホランドがジャズ史上に残る5枚の傑作の内の一枚だといったのは、なんの誇張もなしに当然の評価であり、本作の価値がわからないジャズ評論家たちは一から勉強し直さなければならないような作品だ。

 本作の魅力はどこか。
 本作でまず聴きとってもらいたいのは、オーケストラの編曲と、それが描き出す広がりのある世界である。イマジネーションの豊かさがショーターの音楽の特徴だが、本作ではそれが編曲とソロ演奏の両面から溢れ出してくる。
 上記のとおり、多くの人にとって本作は難解らしいので、まず、わかりやすい曲から見てみよう。
 まず"On the Milky Way Express"(銀河鉄道に乗って)をから聴いてみてはどうだろう。日本のストーリーに影響を受けたと想像されるファンタジックなタイトルもショーターらしい。列車を示す効果音は使われていない。しかし、それでいて銀河ステーションから出発し、銀河をかけめぐる列車の響き、列車の窓から流れ込む宇宙の風などのイメージが浮かんでくるではないか。夜に部屋を暗くして星空を想いながら聴けば、ひとときの銀河旅行が夢見られる。
 ただし、この曲は列車の走る音を模すためにリズムが強調され、フュージョン的と誤解できる仕上げにはなっている。それならば表題曲"High Life"を聴いてみよう。
 透明な薄膜でできた音楽が、何重もの多層をなして、スライドしながら展開していくような音楽である。どことなく哀愁をおびた無機的なメロディが、人間の暖かみの感じられない、清潔な空間をかんじさせる。明るく、きれいで、空気の澄んだ、しかしどこか哀しい場所だ。
 この曲あたりにくると、どこがフュージョン的なのか、マーカス・ミラーとマイルスのコラボレーション作品などとは音楽の質そのものが全く違うことが、誰の耳にもわかるのではないか。
 その他、一曲一曲がそれぞれ独自の世界を描き出している。これほど豊かなイマジネーションに満ちた音楽はない。しかも、一曲一曲が何度聴いても聴きあきない、複雑な細部をもっている。ミュージシャンを自由に演奏させながら編曲しているため、耳をこらしていると、さまざまな楽器のさまざまな声、ざわめき、語らいが聴こえてくるのだ。
 そして、そのざわめきの中をショーターが、いままでのテナー、ソプラノの他に、アルト、バリトンの全てのサックスを使って自由に駆けめぐり、魅惑的な空間を描き出す。

 では、それ以外の曲を、一曲めから見ていこう。
 まずは"Children of the Night"(夜の子供たち)。メッセンジャーズ時代の名曲だが、むしろ別の曲とみたほうがいい。今にも何かが到来するような緊張感に満ちていたメッセンジャーズ版にたいし、こちらはアメリカ郊外の、何もなくただ広大な夜の中を、道路だけが続いているような情景を思わせる。夜風もかんじさせる。
 "At the Fair"(祭りにて)。祭といっても、絵ハガキのように陳腐に、祭の華やかさや喧噪は描いたりはしない。町がいつもと違う表情で賑わっている。その中を行くとまどいと期待感の混じった気持ち。テレビで見る編集された祭りの映像ではなく、自分でそこに行って、肌でかんじる祭りとは、こんなかんじでは。
 "Maya"。このタイトルの意味はわからない。地味で静かな曲だが、やはり注意深く聴くとどこまでも興味深い曲だ。後半に入ってショーターの音がじょじょに力を帯びていくところに注目。
 "Pandora Awakened"(パンドラの覚醒)。フーガのように同一のモチーフがいろいろなかたちで繰り返されていく。静かだが、聴いているとだんだんクセになっていく曲だ。
 "Virgo Rising"(乙女座の上昇)。南国的なリズムにさそわれて、おそらく南の島の夜空にのぼっていく星座が目にうかぶ。なんとも心地よい、夏の夜の夢のようなひととき……。
 "Midnight in Carlotta's Hair"(真夜中はカルロッタの髪に)。カルロッタとは物語の登場人物、男を魅了してしまう謎の美女だそうだ。上品に洗練された、しかし不思議な響きのリズムによって、とつぜん舞台は彼女の部屋に移動し、その部屋の空気までが感じられる。いまは真夜中ではない。でも彼女の髪には真夜中が宿っている……。
 ラストは"Black Swan (in Memory of Susan Portlynn Romeo)"(黒鳥 (スーザン・ポートリン・ロメオの想い出に))。これはオーケストラだけの短い曲。なんともいい余韻に満ちた、ラストページだ。

 本作は本当に聴けば聴くほどに発見があり、一つ一つの曲に世界があり、一曲の内でもさまざまな表情の微妙な変化の見られる、繊細で多様な作品である。そのすべての魅力を扱うことは、この小文ではとうてい無理だ。ぜひ、ゆっくりとイメージの翼を広げながら聴いてほしい。
 最後にタイトルだが「High Life」を辞書でひくと「上流生活」か「アフリカのダンス音楽」の意味だと出てくるのだが、ここでの「high」はショーターのイメージで「遠い場所」といった意味らしい。「宇宙空間」とか、そういった意味にとっていいんだろうか。


03.7.17


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   John Scofield "Quiet"           (Verve)
   ジョン・スコフィールド『クワイエット』


01、After the Fact   
02、Tulle   
03、Away with Word
04、Hold That Thought   
05、Door#3
06、Bedside Manner   
07、Rolf and the Gang   
08、But for Me
09、Away   

   John Scofield (g) Wayne Shorter (ts)
   Steve Swallow (b)
   Bill Stewart, Duduka Da Fonseca (ds) /他   1996.4.5-8


 ジョン・スコフィールドのよるヴァーヴ移籍後第一弾。
 全編ナイロン弦のアコースティック・ギターを弾いたバラード・アルバム。おそらくこれまでジョンスコを聴いてきたファンには異色作に聴こえ、ジャズ・ギターをまんべんなく聴いてきたファンには伝統的な演奏に聴こえるのではないだろうか。ナイロン弦ギターがまだ慣れてないのか、ギターがどこかぎこちなく聴こえ、いつもとは違う雰囲気だ。
 バンド編成は基本的にはギター・トリオに6人編成のホーン・セクションがバックバンドとして付く形。ショーターはこのバックバンドとは別に、ソリストとして3曲だけ加わる。
 このトリオ+バックバンドの形態は、ハンコックの『Speak Like a Child』(68)を連想させる。バックのホーン・セクションが前へ出しゃばって来ず、いつも背後で静かなやわらかい音を響かせ続けている点も同じだ。おそらく念頭にあったのだろう。このホーン・セクションもスコフィールドの編曲だそうで、彼としては新生面を打ち出そうとした力作なのかもしれない。

 アコースティック楽器のあたたかみのある音色で、くつろいだ室内楽的なジャズをやろうというのが本作のねらいだろう。中ジャケに午後の日差しがさしこむ図書館でくつろいでいるジョン・スコの写真があるが、このイメージではないか。
 と、いうことで3曲参加のショーターも、力5分で吹いているような、やわらかい演奏で、いつものショーターとはちょっとちがった雰囲気。レスター・ヤング派のショーターがもどってきたような風情だ。
 ジャズに凄みや迫力を求める向きには勧められないが、これはこれで佳作だと思う。


03.3.17


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Wayne Shorter "Live at Montreux 1996"  
   ウェイン・ショーター『ライヴ・アット・モントルー 1996&1991/92』


01、On the Milky Way Express
02、At the Fair
03、Over Shadow Hill Way
04、Children of the Night
05、Endangered Species

    Wayne Shorter (ts,ss) David Gilmore (g)
    Jim Beard (p, key) Alphonso Johnson (b)
    Rodney Holmes (ds)        1996.7.8

「Bonus Tracks」

Introduction by Quincy Jones
06、Footprints
07、On the Milky Way Express

    Wayne Shorter (ts,ss) Herbie Hancock (p,key)
    Stanley Clark (b) Omer Hakim (ds)   1991

Introduction by Quincy Jones
08、Pinocchio
09、Pee Wee / The Theme

    Wallace Roney (tp) Wayne Shorter (ts,ss)
    Herbie Hancock (p) Ron Carter (b)
    Tony Williams (ds)             1992


 1996年のショーター・バンドのライヴが遂にオフィシャルでリリースされた。
 モントレーでのライヴを収録したDVDであり、ボーナス・トラックとして91年のスーパー・カルテット期と、92年のトリビュート・トゥ・マイルス期のライヴの映像が一部づつ入っている。
 収録時間は、アナウンスやテロップの時間を省いた正味の演奏時間でいくと、96年のライヴが55分ほど、91年が26分弱、92年が20分ほど。中心となる96年のライヴの時間が短めなのは不満点ではあるが、まずはこのバンドのライヴがオフィシャル化されたという快挙を喜びたい。画質・音質は当然のように完璧だ。
 まず96年部分から聴いていこう。
 7月8日の演奏なので『Live Express』の二日前のライヴであり、選曲でみれば初のオフィシャルにふさわしい、この時期のショーター・バンドの魅力を充分に伝えるナンバーが揃っているように見える。でも5曲でたったの計55分という点でわかるとおり、それぞれが充分な長さで演奏されているとはいえない。「01」「02」「03」という『High Life』収録曲はどれも10分を超える演奏ではあるのだが、"Over Shadow Hill Way" は8分、"Endangered Species" に至っては5分にも満たないショート・バージョンだ。この時期のショーター・バンドの演奏の魅力は物語的展開をもった編曲と即興演奏の融合にあるので、1曲10分を超えるくらいの充分な長さで演奏してこそ本当の魅力がわかる。それでも高速度で駆け抜ける "Over Shadow Hill Way" はこれはこれで満足できる演奏だが、"Endangered Species" は正直物足りない演奏だ。
 対して『High Life』収録曲のほうはどれも充分に堪能できる。とくに『Copenhagen 1996』では途中でフェイド・アウトしてしまっていた "Children of the Night" が完全収録されていることがうれしい。
 とはいえ、やはり計55分という演奏時間はこのバンドの魅力を充分味わいきるには不充分な内容だと思う。"Pandora Awakened" や "Virgo Rising" など未収録の名曲もある。やはり『Live Express』や『Copenhagen 1996』も合わせて聴きたいところだ。

 続いて91年のスーパー・カルテットでの演奏だが、正直このバンドのライヴはこんなふうにボーナス・トラックとして一部だけ入れるのではなく、完全版としてオフィシャル化してもらいたいところだ。このバンドの演奏はCDでもオフィシャルでは手に入らないのではないか。まあ、高音質のブート盤がいろいろ出ているので困ることはないが、もし同じ音源がオフィシャルとブートで出ていたら、たとえ値段が高かったとしてもオフィシャルを買うぐらいの倫理観はもっているつもりだ。
 でも、ここに収録されて良かったとおもう点は、同じエレクトリック・ジャズのスタイルでの演奏でありながら、96年のショーター・バンドとはかなり違う演奏なので、96年のバンドの特徴を浮き彫りにする役割を果たしているのではないかということだ。
 つまり、96年のショーター・バンドの演奏は展開のある編曲性と即興演奏の融合が特徴となっているが、スーパー・カルテットの演奏ではそのような点はあまり見られず、ただ各メンバーのソロを順番に聴かせていく演奏になっている。つまりエレクトリック楽器を使ったジャズそのものだ。
 この違いを聴くことで、96年のショーター・バンドが普通のエレクトリック・ジャズとは違うものを目指したバンドだったことがわかる。

 続いて92年のライヴ部分だが、このバンドの演奏は既にオフィシャルでCDがリリースされているのでそう新鮮味はない。それにメンバーからいってVSOPの再現みたいなものなので、さらに新鮮味はない。
 とはいえトランペットが抜けたカルテットで演奏される "Pee Wee" はCDでは未収録だし、映像がオフィシャル化されたのも初めてかもしれない。
 91年と合わせてボーナス・トラック部分はそれぞれのバンドでの演奏のうちショーター作の曲か、ショーターの見せ場の演奏をセレクトしているようで、それはそれで満足して聴くことはできる。


09.5.10


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Wayne Shorter "Live Express"        (MegaDisc)
   ウェイン・ショーター『ライヴ・エクスプレス』


01、Over Shadow Hill Way
02、Virgo Rising
03、Face on the Barroom Floor
04、On the Milky Way Express
05、Endangered Species

    Wayne Shorter (ts,ss) David Gilmore (g)
    Jim Beard (key) Alphonso Johnson (b)
    Rodney Holmes (ds)       
         Live at Wiesen,Austria  1996.7.10  

 これは凄い! ブートCDRだが、このままオフィシャルでリリースしてもらいたい名盤だ。
 ジャケットによれば、96年7月10日のオーストリアのライヴ。サウンドボード録音で、これはメチャクチャ音質がいい。オフィシャル並みというより、並みのオフィシャルより音質がいいくらい。録音時間は全体で57分ほどだ。
 『High Life』(95) の時期のライブだが、さすがにオーケストラはライヴでは起用せず、エレクトリック・クインテットによる演奏。シンフォニックなサウンドはシンセの役割となる。
 さて、この時期のライヴ演奏を聴くと、対話的な演奏は見られるものの、集団即興の方法はとってなく、基本的にはソロは一人づつ交代で行う伝統的手法によっている。むしろ編曲性(音楽的冒険物語)と即興演奏性の融合が聴きどころとなる。91年のハンコック、スタンリー・クラークらとの「スーパー・カルテット」のライヴと聴き比べると、当時のショーター・バンドの演奏が単なるエレクトリック・ジャズではないことははっきりとわかる。
 メンバーは懐かしのアルフォンゾ・ジョンソンがベース、お馴染みのジム・ベアードがキーボード、『High Life』のメンバーからはギターのデヴィッド・ギルモアがメンバーに加わっている。
 ウェザー時代と変わらぬ、骨太に演奏をぐんぐん押し出していくアルフォンゾのベースはここでも力を発揮していて、音楽に男性的なパワーを与えているように感じる。選曲も含めて、同時期のライヴ盤『High Live』に比べて、こちらのほうが力強く勢いのあるライヴになっている。

 冒頭の "Over Shadow Hill Way" はいきなり猛スピードと飛ばす。最初に録音を誉めておいて、いきなりケナすのも何なのだが、この曲の途中まで録音バランスがわるい。最初にキーボードがソロをとるのだが、そのキーボードがオフ気味になっていて遠い。しかし途中で補正されたのか急に音が大きくなって、いいバランスになる。このアルバムの唯一のキズというべきだが、なに、たいしたキズではない。
 この曲はかなりの迫力だ。人が変わったように飛ばしまくるジム・ベアードの演奏も初めて聴いたが、それを受けての後半のショーターのソロも凄い。
 そうして盛り上がった後で "Virgo Rising" では落ち着いた雰囲気でひと休み。しかしけっしてテンションの低い演奏ではなく、後半に入りじっくりと展開し、盛り上がっていく。
 3曲めはショーターとシンセとのデュオ演奏ではじまり、後半になってリズム・セクションが静かに入ってきて、ゆっくり盛り上がっていく……という構成。静かで幻想的に美しい演奏だ。
 続く "On the Milky Way Express" はライヴで映える曲だ。最初の汽車のシュッシュッという音を模した演出もなかなかいいが、列車が宇宙に舞い上がっていくようなスケールの大きいワクワク感が最高。心がどんどん広がって宇宙にとけ込んでいくような気がする。惜しむらくは、列車のガタゴト感みたいなリズムがもっとあってもよかったような気も。
 続いて、前奏というには長い、3分弱の曲を演奏した後で、ラストの "Endangered Species" になだれ込む。『Atlantis』(85) の冒頭の曲だけに、ここにきてもう一度冒険に繰り出すような颯爽とした勢いがある。そして盛り上がるだけ盛り上がって感動のエンディングだ!
 聴き終わった後に真夏の夜の夢を見ていたような余韻が残る……。


04.11.5


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   Wayne Shorter "Copenhagen 1996"      (MegaDisc)


「Disc-1」
01、Chief Crazy Horse
02、On the Milky Way Express
03、At the Fair

「Disc-2」
04、Maya
05、Pandora Awakened
06、The Three Marias
07、Children of the Night (fade out)

    Wayne Shorter (ts,ss) David Gilmore (g)
    Jim Beard (p, key) Alphonso Johnson (b)
    Rodney Holmes (ds)       
         Live at Circus, Copenhagen  1996.7.13  


 ブートCDRで、音質は文句なしのオフィシャル・レベル。収録時間は85分弱。このライヴも凄い! 『Live Express』と並んで必聴モノのライヴ盤だ。
 クレジットが正しければ『Live Express』の3日後のライヴとなるが、重複する曲が「On the Milky Way Express」の一曲きりというのが嬉しい。
 しかし重複曲とは関係なしに、演奏そのものが『Live Express』とはだいぶ印象の違うライヴだ。それは、基本的にはエレクトリック・ジャズではあるのだが、よりアコースティックっぽいサウンドになっていることだ。
 冒頭の "Chief Crazy Horse" は伝統的なアコースティック・ジャズのスタイルで演奏されている。2曲め以後はエレクトリック・ジャズになるのだが、ジム・ベアードがソロではアコースティック・ピアノを使用している。そのせいか『Live Express』ではあれだけ活躍していたジム・ベアードが地味で、かわりにギターのギルモアが活躍が目立つ。
 聴いていこう。
 冒頭の "Chief Crazy Horse" は先に書いたとおりアコースティック・ジャズのスタイルでの演奏だが、後のショーター・カルテットのような集団即興のスタイルにはまだ至っていない。50年代以来の伝統的なスタイルで、個人的にはいま一つ興味を持てなかった。同じスタイルでもこの後の『Tokyo 1996』の冒頭のアコースティック・ジャズ演奏のほうが録音のせいかおもしろくかんじた。
 2曲めからは文句ナシだ! ここは音楽による宇宙旅行に参加する気持ちで聴いてみるとおもしろい。この時期のショーターのライヴ演奏の魅力の一つは展開の多彩さにあって、ほとんどの曲が10分を超える長尺の演奏になるが、ただソロが長く続いているため曲が長くなるのではなく、一曲のなかでも音楽が次々に展開していって、新しい風景や表情を見せていき、その中で即興演奏も織りまぜていくスタイルをとっているからだ。つまりショーターのいうところの「音楽的冒険物語」が繰り広げられ、その構成は80年代後半のショーター・バンドのライヴ演奏より複雑なものになっている。
 まずは、にわかに周囲から風が湧きおこり、前奏からじょじょに加速をつけてバンドはゆっくり天空へと舞い上がっていくのを体感しよう。"On the Milky Way Express" のテーマが飛び出して、さあ冒険の始まりだ。次の "At the Fair" は宙を駆けるような演奏で、スタジオ盤では静かな雰囲気だった曲が躍動感さえ感じさせる演奏で盛り上がっていく。
 そして「Disc-2」移ると、一曲めが静かな演奏で始まり、CDの後半にむかって盛り上がっていく流れになっている。落ち着いた "Maya" は再び神秘的な地上に降り立ち、 "Pandora Awakened" から "The Three Marias" へとまた宙へ舞い上がっていく。そしてこれまた宙を駆けるような "Children of the Night" に至るのだが、ここが本作の唯一の欠点で、ショーターのソロの途中で曲がフェイド・アウトしてしまう。とはいえ9分以上は聴けるので、たっぷりと鑑賞はできる。たぶんこれからエンディングに向かうところでのフェイド・アウトじゃないかと思い込んで自分を慰めている。(ところで M.Mercer の『Footprints:The Life and Work of Wayne Shorter』によると、この「Children of the Night」というのは映画のなかでドラキュラが言った台詞からとったタイトルだそうだ)
 さて、この「音楽的冒険物語」を作りだしているのは何かといえば、それは主に編曲によるものだろう。そしてその編曲性は2000年代のショーター・カルテットによっても、集団即興の手法と融合されて演奏を支えていくことになる。
 でも、そう思うと、この頃のバンドの演奏の展開も、ほんとうに編曲だけによるものなんだろうかという疑問も湧いてくる。実は即興でどんどん展開しているのであり、それが一人の即興にバンド全体が応えて息を合わせて変化していくので、はじめからそのように編曲されて決められていたように見えている部分もあるのではないか? 即興ははじめから書かれていたように、はじめから書かれていたものは即興で演奏されたように演奏するというのがショーターの信条だし。
 実際のところどうなのかはわからないが、少なくともエレクトリック・バンド、アコースティック・バンドの差をこえて、この頃のバンドの演奏と2001年からのショーター・カルテットの演奏との距離はそう遠くない気がしている。


09.5.4


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   Wayne Shorter "Tokyo 1996"          (MegaDisc)


01、(Introduction)
02、Valse Triste
03、Maya
04、Pandora Awakened
05、Over Shadow Hill Way
06、Endangered Species

    Wayne Shorter (ts,ss) David Gilmore (g)
    Jim Beard (p, key) Alphonso Johnson (b)
    Rodney Holmes (ds)       
         Live at Tokyo, Japan 1996.9.3


 これはブートCDRで収録時間は64分ほど。ジャケットのクレジットが正しければ『Live Express』や『Copenhagen 1996』の二ヶ月後のライヴとなる。
 『Live Express』や『Copenhagen 1996』と大きく異なるのは音質で、本作はオーディエンス録音で、50年代に地下の薄暗いジャズ・クラブで録られたライヴ盤のような、小ぢんまりした薄暗い感じの音になっている。そこを否定的に感じる人もいるのかもしれないが、個人的にはこの音質もこれはこれでシブくて好きだ。ジャズってこういう小ぢんまりした薄暗さが似合う音楽だと思う。とくにギルモアのギターの音がいい感じだ。全体的にベアードよりギルモアの活躍が目につき、そこは『Copenhagen 1996』のほうに似ている。
 聴いていこう。
 1曲めは『The Soothsayer』(65) に入っていたシベリウス作の "Valse Triste" で、これは伝統的なアコースティック・ジャズの演奏。これは『Copenhagen 1996』と同じで、この頃、1曲目はアコースティック・ジャズで演奏することにしていたのかもしれない。
 これがかなりの名演で、薄暗い音質が曲想にすごく合っている。ショーターももちろんいいが、ギルモアがかなりの名演を聴かせる。
 続く2曲はどちらも『High Life』からの曲で『Copenhagen 1996』のディスク2と同じ並び。演奏の雰囲気も『Copenhagen 1996』に近い。
 そして本作でおもしろいのは後半の旧作曲2曲で、このバンドでの演奏が慣れてきたせいなのか、かなり崩した演奏をし、新しいアイデアも見られる。
 まず "Over Shadow Hill Way" はいきなり猛スピードで始まり、『Live Express』ではベアードが高テンションのソロをとった部分で今度はギルモアが高テンションのソロをとる。そしてかなり長いドラム・ソロを経て、別の曲にメドレーしたのかと思わせる変化をみせるが、その後でテーマが出てくるので、一つの曲の内での変化だったとわかる。続く "Endangered Species" も猛スピードの演奏だ。
 音質も含めてかなり個性の強い演奏で、好みは分かれるかもしれないが、『Live Express』『Copenhagen 1996』の後で聴くと変化が楽しめる。が、この時期のショーター・バンドの魅力を一般的にとらえているのは『Live Express』『Copenhagen 1996』のほうだろう。この時期のショーターのライヴ盤をまず一枚聴きたいという人がいたら、『Live Express』か『Copenhagen 1996』のほうを先に聴くことを勧める。


09.5.1


『ウェイン・ショーターの部屋』

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   Wayne Shorter "High Live"    (MegaDisc)


01、Maya / Midnight in Carlotta's Hair
02、At the Fair
03、Pandora Awakened
04、High Life

    Wayne Shorter (ts,ss) David Gilmore (g)
    Rachel Z, Adam Holtzman (key) Tracy Wormworth (b)
    Will Calhoun (ds)    
        Live at Koln, Germany       1996.11.8

 これもブートCDR.ジャケットによれば、96年11月8日のドイツでのライヴ。しかし別記の『Live Express』が96年7月10日のオーストリアのライヴだと記されていることを考えると、ショーターはこの年、メンバーを変えてヨーロッパで2回ツアーに行ったのだろうか。わからない。
 サウンドボード録音だが、音質は『Live Express』よりほんの少し落ちる印象。それでも鑑賞に差し支えるほどではまったくないので、問題はない。録音時間は全体で62分ほど。
 メンバー的には『Live Express』とはデヴィッド・ギルモア以外は一新されている。キーボードは『High Life』(95) に参加したレイチェル・Zと、80年代マイルス・バンドにもいたアダム・ホルツマンの二人だが、だいたいソロはレイチェル・Zが行い、ホルツマンはバックグラウンドを担当しているようだ。
 曲目は上記のとおりで、同時期のライヴ盤『Live Express』とダブらないのがうれしい。また、ジャケットでは "Maya" と "Midnight in Carlotta's Hair" のトラックは分かれているように記されているが、トラック信号の入れ忘れらしく、一つのトラックになっていた。
 『Live Express』と比べて全体的に女性的な、静かな演奏が多く、選曲も静かなタイプの曲ばかりとなっている。好みや気分で聴き分けたらいいだろう。

 冒頭は "Maya" から始まる。これはあまりに静かな曲なのでライヴのオープニングとしては地味すぎる印象がある。この日のライヴの途中からの収録なのかもしれない。しかし、演奏は見事で、レイチェル・Zのソロもたっぷりと聴ける。
 これは『Live Express』についても言えることだが、やはりこの時期のショーターのアルバムでも、メンバーの即興演奏を聴くなら、スタジオ盤よりライヴ盤のほうがずっと得るものが大きいのではないか。レイチェル・Zなど、『High Life』ではけっこう中心的なメンバーとしてクレジットされていたのに、演奏自体はほとんど目立たなかった。このアルバムでようやくショーター・バンドでソロをとるレイチェル・Zをたっぷり聴けたという感じだ。
 続く "Midnight in Carlotta's Hair" から19分をこえる "At the Fair" 、そして14分をこえる "Pandora Awakened" と続くあたりがこのアルバム最大の山場だろう。
 冒頭に書いたようにミディアム・テンポの、静かなタイプの曲ではある。しかし異様なまでの盛り上がりを見せる。肉体的な盛り上がりではなく、精神的な異様な高揚感だ。見知らぬ異次元の世界に吸い込まれていくような、美しく発狂していくような、胸のあたりからザワザワしたものが湧き出して、世界を包み込んでしまうような……。
 こういう感じ、むしろスタジオ盤よりこのライヴでよりよく表現されているのかもしれない。単なる白熱のライヴという程度のものではなく、きわめてアーティスティックなライヴ盤だと思う。
 ラストの "High Life" は一服の清涼剤という感じ。他の曲に比べて短めで、途中で切れてしまうが、この曲のおかげで後味よくこのアルバムをしめくくれる気も。
 なお、ドラムの Will Calhoun は Living Colour にいた人、ベースの Tracy Wormworth は B-52s にいた人だそうだ。Living Colour はオーネット・コールマンの弟子筋(?)のジェイムズ・ブラッド・ウルマーとも関係の深いバンドなので、ジャズ系の音楽とのつながりもあるのだろうが、B-52s というのは、ちょっと意外だった。


04.11.5


■追記■
 Michelle Mercerの『Footprints:The Life and Work of Wayne Shorter』をみたところ、ショーターがこのメンバーでライヴ活動を行っていたのは1995年のようだ。ということは、日付の「1996.11.8」は「1995.11.8」の間違いなのかもしれない。


05.9.26


『ウェイン・ショーターの部屋』

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