このページの制作者のプロフィール。
このページを作ろうと思ったきっかけ。





 山田といいます。千葉県在住の30代、男です。音楽に関しては単なる一ファンです。
 80年代までは、ロック、ソウル、ブルースなどを中心に聴いていました。それらのジャンルでだいたい好きな所はひととおり聴いてしまって、新しい発見がなくなってきてしまったので、本格的にジャズ、フュージョンを中心に聴きだしたのは90年頃からだと思います。ショーターを聴きだしたのはそれ以後なので、聴きだしてから十数年。ショーターの活動期間から考えれば、ほんのにわかファンだと思います。
 しかし、かなり飽きっぽい性格なもんで、たいてい一人のミュージシャンが好きになっても、すぐに他のミュージシャンの作品が聴きたくなります。十年も夢中になって一人のミュージシャンの作品を聴き続けてきたというのは、自分の中では希有な例です。

 インターネットを始めてからは、興味をもったミュージシャンの情報を得るのに重宝させてもらってまして、ちょっと耳にしたミュージシャンがどんな人か知りたいと思ったとき、インターネットで検索をかければ、たいてい本や雑誌をあたるより、多くの情報が簡単に得られることが多いです。
 しかし、不満な点があるのもたしかです。
 例えば、アルバムを紹介するときに、参加メンバーや曲目などCDを見ればわかる程度のデータを書き出すだけで満足してしまって、あとはほんの一言好きだとか嫌いだとか、オススメ度が星いくつなどといった程度の情報しか書いていない場合、そのアルバムがどんな内容なのかはわかりません。好き、嫌い、オススメ度なんてものは結局はそのページを書いた人間の趣味や好みでしかなく、そのページ制作者の趣味にそのアルバムが合っているのかどうかがわかるだけです。こちらが知りたいのはそのページ制作者の趣味よりも、そのアルバムの内容です。そのアルバムがどんな傾向の内容になっているのか。そのミュージシャンは何をねらっているのか。なるべく具体的に書かれていたほうが参考になります。
 また、何人かのミュージシャンを扱うときに、そのミュージシャンのリーダー名義のものに分けてしまうやりかたもどうかと思いました。例えばショーターを扱う場合、ショーターのソロ・リーダー作だけを扱って、ウェザーリポートやメッセンジューズ時代、マイルス・バンド時代、各サイドマンとしての参加作を除けてしまうやり方をしてしまうと、ショーターというミュージシャンの全体像がわからなくなります。

 このホームページを作ろうと思ったきっかけは、ショーターをネットで検索していたときに、ショーターの全体像がわかるように紹介されているホームページが見つからなかったためです。リーダー作だけとか、ごく部分的に紹介されているものはあったのですが、全体的に扱っているものは、ぼくが探したかぎりでは見つからなかったです。
 個人的にずっとショーターを好きで聴いてきたこともあり、ショーターというミュージシャンはきちんと紹介するべき価値のある、どう控えめにみても20世紀を代表するミュージシャンの一人ではないかと思います。誰かがきちんとしたページを作るべきではないかと思いました。正直いって、ほんのにわかファンであり、音楽に関しては単なる一ファンであって、情報等も詳しく知っているわけでもないぼくのような人間が、とうてい適任とは思えませんが、他にやる人がいないなら、ちょっとしたものを作ってみようかと思い立ったのがきっかけです。

 ということで、当初はショーターのリーダー作と、ウェザーリポート時代の作品、メッセンジューズの音楽監督時代や、マイルス・バンドで影響力が強かった頃の作品、サイドマンとして特に活躍している主だった作品を年代順に並べて、簡単な作品紹介を書き、ショーターがデビュー以来辿ってきた道のりを簡単に見渡せるようなページを作ろうというのが、そもそもの構想でした。
 しかし先述した通り、「オススメ度は星いくつ」なんていういい加減な基準で作品を評価するようなことはしたくなかったし、好きだとか嫌いだとか、自分の趣味や好みでしかないものを他人におしつけるような「紹介」はしたくありませんでした。なるべく具体的に、それがどんな作品なのかがわかるような文章を書き、ショーターに興味を持った人が、聴いてみるアルバムを選ぶ時の参考になるようなページを作りたかったのです。
 しかしこれは、やりはじめてみると大変な作業でした。大変なだけでなく、めちゃくちゃおもしろい作業だったのです。
 つまり、それまでぼくはショーターが好きだとはいっても、別に全てのアルバムを平均的に聴いているわけではなく、よく聴くアルバムもあれば、あまり聴かないアルバムもあるし、一枚のアルバムのなかでも、この部分だけを聴く……なんて例が多かったわけです。まあ、たいてい普通そういうもんじゃないでしょうか。それに、90年代に好きになって過去に遡って聴いていたわけなんで、そのアルバムが何年に録音されたかということにも、それほど関心を払っていませんでした。じつは60年代からリアルタイムでショーターを聴いてきた人だって、遅れてリリースされたアルバムの数は多いので、けっこう順番はめちゃくちゃに聴いている筈です。
 しかし、一枚一枚のアルバムについて、それがどういうアルバムで、ショーターが何を考え、何をねらって作ったアルバムかを把握して紹介しようとすれば、結局ショーターのアルバムを一枚めから順に、すべてを聴いていかないと、ショーターが当時何を考え、何をしようとし、どのように自己の音楽を発展させていったかは見てとれないし、それを把握しないことにはそれぞれのアルバムの紹介なんてできないということに気づきました。
 ということで、ショーターの数多くのアルバムを録音年に注意を払って全部聴き返していくという作業になりました。その長くつらい作業の何と楽しかったこと……。ショーターの音楽の素晴らしさを再認識しました。
 そうして、何とか作品の内容を具体的に把握しようとつとめていると、今度はいろんな事が見えてきてしまいました。
 例えば、これまで新主流派とかモードジャズといったものは、マイルス・デイヴィスからの影響によって始まり、広がっていったものだと多くの本に書かれていて、ぼくもさしたる根拠もなしに、そういうものなのかと思ってました。しかし、ショーター=メッセンジャーズの『Like Someone in Love』(60) や『The Witch Doctor』(61) などの諸作と、同時期のマイルスの『Someday My Prince Will Come』(61) などの諸作を聴き比べてみると、どう見てもショーターのほうが先行しているわけです。正直いったところ多くの事柄に関して、これまで多くのジャズ本に書かれてきたことは、実はほとんど根拠のないことだったんではないかと、自分できちんと聴いてみると、思えてきたのです。
 結局のところ、より多く知ろうとするには、従来の活字情報なんてアテにせず、自分の耳でより多くのアルバムを実際に聴いてみないとわからない……というのが作業を始めてからすぐに得られた教訓でした。そうして、実際のところはどうなんだろう……と多数のアルバムを聴きながら自分の耳で検証してみる作業も、これもまた長く厳しい、そしてこの上なくおもしろくて楽しい作業でした。
 ショーターや、その周辺のミュージシャンのアルバムも、多数入手していきました。そのうちにページで紹介するアルバムも、当初の「主だったものだけ」という計画から外れて、とりあえずショーター参加作で聴いたものはすべて書いていこうか……ということになっていきました。
 最初のうちは、ごく数曲だけの参加作や、ブートレグのライヴ盤なんてものは、扱わないほうがいいのでは……と思っていたのですが、ブートレグのライヴを聴いて一気に視界が開け、理解が深まったこともあったし、ごく数曲だけの参加作でもショーターの別の側面や、ショーターをとりまく人間関係などが見えてきたりもしたわけです。

 結果として、現時点の段階でも、かなり膨大な量になってしまいました。
 しかし、現在の構想からすると、まだ全然書き足りていません。書いているそばから、書きたいことが次々に出てきます。新しく出たアルバム、未聴だったアルバムを一枚聴くと、これまでの認識がまたまったく変わってしまうということも、これからもあるでしょう。最初の頃に書いたものを読み返すと、どれも書き直したくなります。
 しかし、ほんとうにキリがなくなってしまったので、このへんで一応アップして、一区切りにしようかと思います。




04.1.31




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