ジョニ・ミッチェル
Joni Mitchell








    目次

   ■序
   ■アルバム紹介



■序

 ウェイン・ショーターはジョニの77年のアルバム『Don Juan's Reckless Daughter』で初共演して以後、ジョニの全てのスタジオ盤にゲスト参加している。中にはあきらかにショーターの音楽性とは合わない傾向のアルバムもあるのだが、1、2曲だけでも参加曲をもうけているところを見ると、やはり何らかの強い思い入れがあるんじゃないかと思う。

 ジョニ・ミッチェルはとくにプロのミュージシャンたちの間で評価の高い、ミュージシャンズ・ミュージシャンというべき存在である。
 1943年、カナダで生まれたジョニはシンガー・ソングライターとして68年にデビューした。最初の頃はギターかキーボード一台での弾き語りというスタイルで、どちらかというと歌手というよりソングライターとして評価されていたようだ。例えば初期の名曲 "Both Sides, Now" などはすごくいい曲(とくに詞)だと思うが、アルバム『Clouds』(69) に収録された同曲がそれほどの名演とは思えない。事実、初期は彼女のレコードがヒットするというより、彼女の曲をカヴァーした別人のレコードがヒットするというパターンがほとんどだったようだ。
 彼女の演奏・歌自体に独自の魅力が出てくるのは、私観では『Ladies of the Canyon』(70) からだと思う。これと次作の『Blue』(71) がジョニの弾き語り時代の代表作といっていいだろう。
 その後ジョニは、バックバンドを入れたサウンド作りへと方向を変えていく。
 まずは『For the Roses』(72) で少しづついろんな楽器を足していき、バンドらしくなった次の『Court and Spark』(74) で現在までで最大の商業的成功をおさめる。この頃のジョニのバンド・サウンドは基本的にフュージョン的なもので、『Court and Spark』ではジョー・サンプルやラリー・カールトン、トム・スコットなど、主にクルセイダーズや L.A.Express 系のミュージシャンがバックを支えていた。
 その後、L.A.Express をバックにしたライヴ盤『Miles of Aisles』(74) を出し、しかしジョニはその次は『Court and Spark』の続編を作るのではなく、初心に帰ったようなシンプルな編成にもどって、『Hissing of Summer Lawns (夏草の誘い)』(75)、そして『Hejira(逃避行)』(76) を作る。両作ともジョニは自身の弾き語りに、シンプルなリズム・セクションを配しただけの編成で、リズム・セクション入りとはいえ、原点回帰といっていいスタイルだ。
 そのうち『Hejira(逃避行)』の方で、初めてバックにジャコ・パストリアスが参加している。このアルバムではジャコは半分ほどの曲にしか参加していなく、参加の仕方もサイドマン的なかんじだが、その後ジャコはジョニのミュージック・ディレクター的立場になり、実験的な『Don Juan's Reckless Daughter』(77) を作り、いよいよショーターの登場となる。
 さて、『Court and Spark』以後のこういった一連の流れは、あきらかに当時の売れセンからは背を向けており、実際『Court and Spark』以後、ジョニの作品の売り上げは減っていったようで、ヒット曲も出なくなる。
 しかし、自分の好きな音楽を作り続け、それがある一定の支持を受けて音楽活動が続けられるのなら、それほど大きな商業的成功なんか得られなくてもいいという考え方もあるだろう。
 70年代はロックなどポピュラー音楽が産業化して、半ばイベント化した巨大ホールでの大規模なコンサート・ツアーが日常化し、そのような規模のイベントに見合うような、いわば誰にでも受け入れられ、大勢で盛り上がるためのソフトとしての音楽が求められ始めた時代でもあった。
 ジョニはそのようなポピュラー音楽の産業化に背を向けて、あくまで自分が満足する音楽を求め続けたミュージシャンであり、ジョニがプロのミュージシャンのあいだで尊敬を受けているのも、そのようなスタンスで優れた作品を作り続けたからだろう。
 ジョニがショーターと初共演した『Don Juan's Reckless Daughter』はそのようなジョニの方向性がいよいよ明確になってきた頃であった。
 ジャコがミュージカル・ディレクターとなったジャズ的・実験的な時代は、続く『Mungus』(78) そしてライヴ盤『Shadows and Light』(80) で終わる。
 その次はベーシストのラリー・クレインと組んで、よりロック的なサウンドへと作風を変え、『Wild Things Run Fast(恋を駆ける女)』(82) 『Dog Eat Dog』(85) 『Chalk Mark in a Rain』(88) と3枚のアルバムをリリース。
 さらに次は、また原点回帰したようなシンプルなアコースティック・サウンドに戻って、『Night Ride Home』(91) 『Turbulent Indigo(風のインディゴ)』(94) をリリースする。ジョニにしてみれば二度目の原点回帰だ。
 そしてカラフルな新サウンドにより『Taming the Tiger』(98) を作り、個人的にはこのサウンドは大好きなのだが、結局この路線はこの一枚きりで終わってしまったようだ。
 その後、ハービー・ハンコックの『Gershwin's World』(98) に参加し、ジャズのスタンダード・ナンバーを歌ったのが契機になったのか、ストリングス・オーケストラ&ジャズ・バンドをバックにしたスタンダード集『Both Sides Now(ある愛の考察 〜青春の光と影〜)』(2000) をリリース、さらに同じくオーケストラをバックに過去の自作曲を再録音した2枚組『Travelogue』(02) をリリースしている。







   ■アルバム紹介


                                    
Joni Mitchell "Hits"  1967-91 (Reprise)
Joni Mitchell "Joni Mitchell" 1968 (Reprise)
Joni Mitchell "Clouds" 1969 (Reprise)
Joni Mitchell "Ladies of the Canyon" 1970 (Reprise)
Joni Mitchell "Blue"  1971 (Reprise)
Joni Mitchell "For the Roses"  1972 (Asylum)
Joni Mitchell "Court and Spark"  1974 (Asylum)
Joni Mitchell "Miles of Aisles"(live) 1974 (Asylum)
Joni Mitchell "The Hissing of Summer Lawns" 1975 (Asylum)
Joni Mitchell "Hejira(逃避行)"  1976 (Asylum)
Joni Mitchell "Don Juan's Reckless Daughter" 1977 (Asylum)モ★
Joni Mitchell "Mingus" 1978 (Asylum)モ★
Joni Mitchell "Shadows and Light"  1980 (Asylum)
Joni Mitchell "Wild Things Run Fast(恋を駆ける女)" 1982 (Geffen)モ★
Joni Mitchell "Dog Eat Dog" 1985 (Geffen)モ★
Joni Mitchell "Chalk Mark in a Rain" 1988 (Geffen)モ★
Joni Mitchell "Night Ride Home" 1991 (Geffen)モ★
Joni Mitchell "Turbulent Indigo(風のインディゴ)" 1994 (Geffen)モ★
Joni Mitchell "Taming the Tiger" 1998 (Reprise)モ★
Herbie Hancock "Gershwin's World" 1998 (Verve)モ★
Joni Mitchell "Both Sides Now(ある愛の考察 〜青春の光と影〜)" 2000 (Reprise)モ★
Joni Mitchell "Travelogue" 2002 (Warner)モ★















  ■Joni Mitchell『Hits』        (Reprise)

             1967-91

 現在では、ショーターと共演する以前のジョニの音楽、初期から74年までの作品を手っとり早く辿りたいのなら、このベスト・アルバムが便利だ。  1997年に『Hits』『Missis』と2枚出たベスト・アルバムのうちの一枚だが、コンセプト別に2枚に分け、この『Hits』のほうにはよりポップ・ソング風のまとまりのいい曲が集められている。その結果、初期から『Court and Spark』(74) までの曲がほとんどを占めることになり(その後の曲は2曲のみ)それまでのジョニの変遷が分かりやすい編集となっている。
 初期の弾き語りのシンガー・ソング・ライターとしていくつもの名曲を他のミュージシャンにも提供していた時代から、バックバンドを加えて商業的成功をおさめていく時代までの作品であり、初期のジョニのポップな側面がよく出ている。
 初期の "Chelsea Morning" や "Both Sides, Now", "Woodstock", "The Circle Game", "Big Yellow Taxi" といった、いわばジョニのスタンダード化したナンバーのオリジナル・バージョンをまとめて聴くのにも便利だし、この時期のジョニの入門編としてはよくできたベスト盤だと思う。


05.1.26



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  ■Joni Mitchell『Blue』      (Reprise)

                  1971

 前作『Ladies of the Canyon』(70) と並ぶジョニの弾き語り時代の代表作だ。
 "Woodstock" や "The Circle Game", "Big Yellow Taxi" のような、いわばみんなが歌える系のポピュラーな曲が中心となっていた前作にくらべ、より個人的・内省的な内容になっており、そのぶん深みを増している。このあと、いわばジョニ本人にしか歌えないような曲へとすすむ道すじになっているのだろう。
 完成度の高さからこのアルバムをジョニの最高傑作とする意見も多いようだが、個人的には賛成しない。ジョニはこの後バックバンドをくわえて新境地に乗りだしていくので、そのようなジョニの変化を認めないファンの意見だろうが、個人的にはミュージシャンの変化を認めない狭量なファンの姿勢は個人的には好きではない。
 とはいえ『Ladies of the Canyon』と並ぶジョニの初期の代表する傑作であり、この時代のシンガー・ソング・ライターのブームを代表する一枚に違いない。


05.1.26



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  ■Joni Mitchell『For the Roses』      (Asylum)

    Joni Mitchell (vo,g) Tom Scott (woodwinds,reeds)
    Wilton Felder (b) Russ Kunkel (ds) Bobbye Hall (per) /他   1972

 ジャケットを見た印象どおり、ブルーのモノクローム一色に塗り込められた前作から一転して、陽光と風があふれる屋外へ解放されたような雰囲気をかんじるアルバムだ。
 前作『Blue』(71) で一応弾き語り時代に終わりを告げ、このアルバムからはいろんな楽器をバックに加えてカラフルなサウンドへと変化していく。といってもいきなり定型のバックバンドを加えるのではなく、曲ごとに最小限の楽器をバックにつけていくという感じ。
 『Blue』(71) と『Court and Spark』(74) という有名作に挟まれているアルバムなので、どちらかというと地味で目立たない印象になってしまうだろうが、個人的にはかなり好きなアルバムで、5〜6曲めと続くあたり、とくに好きだ。(74)

05.1.26



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  ■Joni Mitchell『Court and Spark』      (Asylum)

   Joni Mitchell (vo,g,key) Tom Scott (woodwinds,reeds) Larry Carlton (g)
   Joe Sample (elp) Wilton Felder (b) John Guerin (ds)  /他
                     1974

 ジョニ最大のヒット作である。
 前作からさらに進んで本作では完全にバンド形式で演奏されているが、バックをつとめているのはトム・スコットやジョー・サンプル、ウィントン・フェルダー、ラリー・カールトンなど西海岸のフュージョン系のミュージシャンが中心であり、開放的で透明感のある独自のサウンドを作りだしている。
 安易にロック風のバンドを加えるのではなく、このような独自のサウンドを作りだすことに成功したことがこのアルバムの成功の所以だろう。それに、このサウンドの透明感がすごくジョニの作風や歌声に合っている。
 たぶんジョニはこの路線を継続しながらさらにポップ化を計っていけば、さらなる商業的成功をおさめることができたと思うが、この後ジョニはそんな商業的成功に背を向けたような方向性に進み始める。それがジョニのジョニたる部分だと思うが。
 このあとウェザーリポートも『Heavy Weather』(76) という最大のヒット作を出した後、『Mr.Gone』(78) というとても売れそうもないアルバムを作って、増えすぎたファンをふるい落とすようなことをしているが、どうもこのようなことは自分の音楽を大切にするミュージシャンにとって必要なことのように思える。このような商業的成功を収めたとき、さらにポップ化を計るミュージシャンも一方にいるのだが、その場合、かなり大ヒットを記録するが数年後には失速してダメになる……というケースがすごく多い。
 ということで、個人的にはジョニがこの方向にさらに進まなかったことは正解だと思っているのだが、本作は本作でやはり見事なデキのものであって、けっして売れたからといってケナす気もない。


05.1.26



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  ■Joni Mitchell『Hejira(逃避行)』      (Asylum)

   Joni Mitchell (g.per) Jaco Pastorious (b)
   Larry Carlton (g) Bobbye Hall, John Guerin (ds)  /他   1976

 『Court and Spark』(74) で大ヒットを記録したジョニは、ライヴ盤『Miles of Aisles』(74) を出し、その後『Hissing of Summer Lawns (夏草の誘い)』(75) で大きく作風を転換する。
 個人的には(ぼくの趣味なんだろうが)ヒットした『Court and Spark』より、このあたりからジョニのほうがグンと深くなっている気がして、好きだ。じっさい一般的評価とは別に、ジョニの熱狂的ファンあいだでは『Hissing of Summer Lawns』や本作といったあたりはかなり人気があるらしい。
 また、本作で初めてジョニのアルバムにジャコ・パストリアスが参加している。この後はジャコがジョニのサウンド・ディレクターのような立場になり、次作『Don Juan's Reckless Daughter』(77)ではショーターが参加することになる。その出発点が本作といっていいだろう。
 ただし本作は全体的には前作『Hissing of Summer Lawns (夏草の誘い)』(75) を引き継ぐシンプルなスタイルで、ジャコは本作では半分ほどの曲にしか参加していなく、まだ大活躍しているとはいえない。

 個人的には冒頭の "Coyote" はぼくが初めて聴いたジョニの曲で、なんとも思い出深い。ザ・バンドの『ラスト・ワルツ』で聴いたんだが。
 サビで、「あなたはヒッチハイカーを一人拾っただけなの。(鉄格子ではなく)フリーウェイの白線に捕まった囚人をね」とくり返すジョニは、いま聴いてもやたらに魅力的だ。「囚人」と「フリー(自由)ウェイ」という言葉の対比というだけでなく、アメリカの広大な大地を走るフリーウェイと、そのフリーウェイ(自由なやりかた)に囚われてる女……といったイメージが広がる。
 この曲でもジャコの参加がいい味を出しているが、この後の『Don Juan's Reckless Daughter』での演奏と比べると自由度が少なく、ポップ・ソングのバッキングという枠内で技を見せた演奏をしている。その他の曲でも、本作は曲中心の作り方をしていて、次の『Don Juan's Reckless Daughter』での演奏中心へと大きく作風を変化させたのがわかる。その変化の中心になったのは、おそらくジャコだろう。


05.1.26



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  ■Joni Mitchell『Shadows and Light』     

   Joni Mitchell (g.vo.per) Jaco Pastorious (b) Pat Metheny (g)
   Micheal Brecker (ts) Lyle Mays (key) Don Alias (ds)   1980

 『Mingus』(78)発表後に行われたツアーから生まれたライヴ盤。
 メンバーは『Mingus』からショーターとハンコックが抜け、かわりにパット・メセニー、マイケル・ブレッカー、ライル・メイズが入った編成。有名人ぞろいだ。
 本作は世間では名盤だという評価もあり、あの『Mingus』の後ということで期待して聴いたのだが、はっきりいって演奏の質は『Mingus』よりガクンと落ちるというのが最初聴いたときの正直な感想だった。
 『Mingus』に漂っていた濃密な緊張感が希薄で、集団即興の対話性が無く、散漫で薄い演奏になっている。『Mingus』は演奏者の出す一つ一つの音が聴きのがせないが、本作は右から左へかるく聴き流せる音楽である。
 逆にいえば、ながら聴きでも気軽に聴けて、曲もジョニのこれまでの名曲が揃っていること、そしてバックの演奏もそれなりにいい歌伴ではあるという点が、本作が傑作だという評価につながっているのだろう。
 たしかに、『Mingus』を期待さえしなければ、本作は本作で、いい作品だという評価もあながち間違ってはいないのだとは思う。けっきょく『Mingus』があまりにズバ抜け過ぎてるということだ。しかし、『Mingus』の素晴らしさは、一般のポップス・ファン、ジョニのファンに、かならずしも理解できるものではないような気がする。そういう人にとっては、こっちのほうが親しみやすく、聴きやすいアルバムかもしれないとは思う。
 しかし、ジョニはこの後のアルバムで、本作参加のブレッカー、メセニー、メイズを起用したことは一度もなく、ショーターはこの後のスタジオ盤では一貫して起用し続けた所を見ると、やはりジョニが求めていたのは本作の路線より、そっちの方向だったということだろう。本作を名盤視しているファンの方々にはわるいが、正しい判断だったと思う。ジョニの個性を考えた場合、やはり前記した本作の共演者がそのいい部分と共鳴しているとは思えない。
 少なくとも、やはり『Mingus』の集団即興演奏はジョニやジャコが主導したものではないようだ……という点は確認できるアルバムだ。

 なお、本作をもってジョニとジャコのコラボレーションは終わり、ジョニは次作からサウンドを大きく変化させる。が、先述のとおりショーターはこの後もジョニのスタジオ盤にゲスト参加し続けることになる。


05.1.26



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『ウェイン・ショーターの部屋』


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