からっぽの水槽





 この街はなにもない箱 真夜中に表情のないきみとすわった


 この都市でいろんな人が生きているいろんな言葉を忘れたままで


 手のひらに小さな魚をもったまま夜中の国道ずっと立ってた


 五年まえ消えたぼくらはからっぽの水槽だったとさっき気づいた


 真夜中の無人の都市に自販機があかるくともる灯台みたいに


 ぼくたちはかるい世界の生存者 都会のすみでぽろっと生きてる


 真夜中に銀のスプーンをにぎってる人が立ってる何もいわずに


 この街はシーラカンスの棲む水槽 走る靴音夜空に響く


 屋上で手旗信号振っている「伝えたいことはなんにもない」と


 階段にいつも知らない人がいてすわってずっと数をかぞえてる


 「こっちきて あたしの名前おぼえてる? 遠いむかしに忘れた場所だよ」


 何回もおんなじ人がとおってく表通りを靴もはかずに


 教室で教師が四人なにもない匣の内部をずっと見ている


 カナリアが死んだ夜まよいこんできた彼女にあうなら道に行くといい


 国道に空洞になったひとがいる なかみがないからどこへも行けない


 あの街に名前を失くしたひとがいてまいにち同じ画を描いてる


 ぼくたちが夢をたくしたあの人は腹をくくって首をくくった


 かなしさはぼくの最後の誇りだと泣いてるきみを誇りにおもう


 線路はつづいてない どこにも どこにもない場所にだけつづいてる


 少年が巨大な空を夢みてる倉庫の奥にひとりすわって


 ちらばった記憶のカケラを集めてた こわれるまえにきみに会いたい


 ぼくたちの忘れられない思い出をすっかり忘れたきみを見つけた


 あの頃をおもいだせないきみのためカレーライスを二人でたべよう


 風のない群衆のなかの人生できみに出会った日をおぼえてる


 ぼくたちはときどき風を待っているタンポポのタネみたいな顔で


 つかれはてコンクリートの街のうえ見つめつづけた水槽の中


 昨日さえ思い出せない人がいて机に向かって仕事している


 世界より眠れる部屋がほしいねと見えないきみがそっとつぶやく


 ぼくたちは機械でできた嘘だからほんとうみたいなことをしようよ


 少年が小さな部屋でひとりきりかたちをかえた街を見ていた


 将来を担うぼくらの人生は大量消費されて消えてく


 走りながら撮ったフィルムを映写機でのりこえられない壁に映そう


 世界はもう滅亡なんて待ってない 何もない空きみは群衆


 きみこそはきみによく似た別の人よく見るときみに似てないけれど


 うつくしい人生だけを満載し満員電車は走りつづける


 夜明けまで煙突の上に立っていた存在感がうすい世界で


 ヒーローのくちぐるまにのりぼくたちは必要な人をみんなで殺した


 広告に何もおぼえてないひとの後ろ姿が印刷されてる


 ロボットがテーマパークで歌ってる帰る場所などどこにもないと


 ぼくらの部屋はもう地球にはないんだよシーラカンスをじっと見つめて


 夕暮れにこわれたピエロが落ちている雨の地球でボクヲタスケテ


 きみが見た大きな夢はかなえるよ犯行現場できみを待ってる


 ぼくらには明るい未来がまっている明るすぎて近づけやしない


 別れるたびどんどん少なくなっていく今夜はきみの雪になりたい


 なぜだろう きみの背中に羽がない とてもしずかにきみはこわれた


 世界から消え去っていく人が乗る不思議なバスにぼくらは乗った


 問いかけて深夜のバスのオデッセイ ぼくらにも少し声をください


 この町に量産型の人生を信じつづける人が住んでる


 生きてたら世界の終わりの次の日にバベルの塔まで遠足にいこう


 少年が高層ビルで泣いている ぼくらの旅はもう終わったと





                         by aruka 2005.7.26

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