迷宮と似たもの





     似たもの


 気がつくとぼくらの世界に似たものがあふれる街で時計が止まった


 現実に似たものがいまあふれてる 下水道から きみの耳から


 ニセモノの都会できみに似たものを探しつづけた灰色の朝


 泥人形みたいなぼくらに似たものが沼のなかから起き上がる夏


 ぼくたちがみつけたぼくらに似たものが都会の隅でうごめく真昼


 音楽に似たものを手で鳴らしてはつぶやいている歌に似たもの


 凍る街ぼくらは夢に似たものを追いかけている 猟犬のように


 息をつめきみとお金に似たもので花束を買う忘れない朝


 罪深い夜には愛に似たものできみを包もう毛布のように


 ふたりしてぼくらの部屋に似たもののなかに隠れてこころを混ぜよう


 透明なぼくの右手に似たものがきみを優しく愛撫する夜


 ペンライト片手に空き家へ忍び込み むかしのぼくに似たものと会う


 ぼくたちは人間でなく人間に似たものだよと賢者は言った


 空色に蠢く空に似たものが頭上を覆う街から逃げよう


 路地裏で寄り添いあって溶けていく ぼくに似たもの きみに似たもの


 真夜中に似たものが突然ひび割れて粉々になり砕け散ってく


 ぼろぼろになった世界に似たものがドブ川のなか流れてくだってく


 きみに似たものと世界に似たものが消え去った街ぐるぐる歩く


 似たものとまったくかわらぬ本物の毎日がまた退屈にはじまる


 似たものが消えて気づいた本物は似たものよりも世界に似てない


 本物は本物でなく似たものに似たものなんだと気づいた夜明け



    迷宮


 迷宮にコートの男が立っている 新聞だけをたくさんもって


 迷宮に考えている人がいる 昨日のことを明日がくるまで


 迷宮に穴を掘ってる人がいる 失くしたものを埋める気らしい


 迷宮を走りつづける人がいる 行き先なんかとうに忘れて


 迷宮に線を引いてる人がいる 壁や地面にずっと遠くまで


 迷宮に腹筋している人がいる それが終われば腕立てをする


 迷宮に歌いつづける人がいる 十八番ばかりを夜もねむらず


 迷宮でふつうの人が笑ってる おおきな声で笑いつづける


 迷宮に鏡をもった人がいる そこには世界が映りこんでる


 迷宮に時計をもってる人がいる その中にだけ時間は流れる


 迷宮に自販機だけが置かれてる ときどき補充に人がやってくる


 迷宮にカラッポになった人がいる 大量の水を飲みつづけてる


 迷宮にすごく強い人がいる すごく強いとみんないってる


 迷宮に巨大なテレビが置かれてる どこかの部屋がずっと映ってる


 迷宮に「さよなら」をいう人がいる どんな人にも「さよなら」をいう


 迷宮で自分に出会った人がいる 少し話して別れたそうだ


 迷宮でじぶんの腹を切っている人と出会った 青いハサミで


 迷宮でじぶんの顔を作ってる人と出会った ピンクのパテで


 迷宮でじぶんの首を回してる人と出会った ろくろみたいに


 迷宮の奥に巨大な城がある 城の地図だけ本に載ってる


 この世界にある迷宮のほとんどはふつうの街のかたちをしている


 迷宮を廻る時間を胸に秘め高速道路できみは生きてる




                         by aruka 2005.10.4

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