ラン藻の培養におけるタンパク質の生合成の後成的制御

ペドロ・フェランディーズ

 欧州研究大学におけるジョエル・ステルンナイメールのセミナー(1994年−95年)(1)の中で、タンパク質の生合成を後成的に制御した実験の結果がいろいろと報告された。実験対象として特に取り上げられたのは、トマトやパン酵母である(2)。そのセミナーにおいて、聴講者の一人であるジャン=フィリップ・ジェラール医師より次のようなコメントがあった。「得られた結果は確かに興味深いものです。しかし、トマトの栽培にせよパンの製造にせよ、関係するパラメータの数がとてもたくさんあります。そのパラメータをできるだけ少なくするために、可能な限り単純なシステムを見つけて実験を行なうほうがいいのではないでしょうか」。やはりセミナーに出席していた人に、ミシェル・ランプラールという人がいた。彼は、特に水の汚染除去に使えるのではないかということで、原核生物に興味を持っていた(彼は、水中で音楽を流すことのできる容器を提供してくれた)。この2人がきっかけとなって、次のような実験を構想するに至り、実際にやってみることにした。これは、水中でタンパク質の合成を促進する最初の実験であった。この実験を行なった結果、単純なモデルが導かれた。この実験は容易に追試でき、結果が肉眼で直接確かめられ、しかも興味深い応用さえある。

 われわれは、アナベナ(Anabaena)というラン藻(原核生物)の成長を促進することにした。このラン藻の光合成活性は、色素タンパク質(シアニン)によるものであり、後成的制御ができたかどうかは、簡単な2つの方法(色の変化と酸素の発生)で確認できる。

 実験条件:

− エコール・ノルマル・シューペリユール(高等師範学校)から提供してもらったAnabaena variabilisが含まれている12 mlの溶液をミネラル・ウォーター1500 mlの中に入れて希釈した。

− 乾燥した植物性肥料40 gを8%の硝酸塩系肥料に添加して2.1 g/lとした。さらに、ヴァンサン・バルグワンの助言に従い、川で採取した小石を等量入れて微量元素の供給源とした。

− 培地環境への適応時間:4日。

− 溶液750 mlずつを2つの容器に入れ、1995年4月30日より、パリ5区にあるワンルームマンションの中で自然光にさらして培養した。

 音楽の演奏:
 水中スピーカAltec UW-30を用い、一方の容器に音楽を流した。他方の容器は対照である。

 流したのは、以下のメロディーである。

  カセット1:45分。
   Anabaena v.のNIF H(5回)(C)
   Anabaena v.のアロフィコシアニン(3回)(C)
   Anabaena v.のプラストシアニン(3回)(C)
   Chlorella s.の硝酸レダクターゼ(3回)(C)
   Anabaena v.の光化学系タンパク質PSI(3回)(SB)
   Anabaena v.のフェレドキシン(5回)(C)
   Anabaena v.のプロテイン35K(8回)(SB)

  カセット2:15分。
   Anabaena v.のアロフィコシアニン(2回)(C)
   Anabaena v.のプラストシアニン(2回)(C)
   Anabaena v.の光化学系タンパク質PSI(3回)(SB)
   Anabaena v.のフェレドキシン(4回)(C)
   Anabaena v.のプロテイン35K(8回)(SB)

  カセット3:15分。
   Anabaena v.のフェレドキシン(2回)(C)
   Anabaena v.のNIF H(3回)(C)
   Anabaena v.のNIF A(3回)(SB)
   Anabaena v.のNIF D(3回)(SB)
   Chlorella s.の硝酸レダクターゼ(3回)(C)
   Anabaena v.のプロテイン35K(2回)(SB)

 記号(C)は、ジョエル・ステルンナイメールが、カシオSK1というサンプリング装置で作ったメロディーである。記号(SB)は、“ワン・キー・プレイ”用の特別なプログラムを書いて、“サウンド・ブラスター”というカードを備えたPCパソコンで作ったメロディーである。

 4月30日から5月5日までは、カセット1を1日に2回聞かせ、5月7日から10日までは、カセット2と3をそれぞれ朝と晩に聞かせた。

 観察結果:
− ラン藻の様子を全期間にわたって顕微鏡で観察した。対照容器と音楽容器のAnabaenaを観察するごとに写真撮影したが、密集度の測定はしなかった。

−培養物の色彩の変化
 2つの容器で培養を始めたとき、揺すった後は溶液が不透明になった。これは、もとのラン藻を大量に希釈した溶液からもたらされた栄養物だけでなく、何かわからないフィラメント状の雑菌が増殖したことによる栄養物も存在していることを示している。

 音楽を流し始めて2日目から4日目にかけて、“音楽”容器は、肉眼で見ると、分散物質の割合が他方の容器よりも多いように思われた(写真1)。ところがそれから2日経つうちに、それが逆転したように見えた。音楽を聞かせすぎたためにそうなったものと判断し、音楽を聞かせるのをやめた。

 そこでカセット2と3を聞かせた。メロディーの選択にあたっては、ラン藻の光周期に合わせることを念頭に置いた。

 5月8日以降は、“音楽”容器のラン藻は、対照のラン藻よりも青緑色が濃くなり、色の違いはその後ますます大きくなっていった(写真2)。

− 音楽を聞かせるのをやめてから10日後、音楽を聞かせたラン藻は、対照のラン藻と比べて色が濃いだけでなく、表面の一部が泡で覆われているという点も異なっていた(写真3)。泡のところに火をつけたマッチを近づけてみると、炎が大きくなった。このことから、泡が酸素によるものであると解釈できる。これは、“音楽”容器内が酸素で一杯になったこと、つまり“音楽”容器ではラン藻の光合成活性が全体として対照容器のラン藻よりも大きくなったことを示している。

 この点に関して注目すべきなのは、泡の数が急速に増えたことである。音楽容器では、泡の数が5月24日の約70個から、28日には約130個になったのに対し(写真3と4)、対照容器に見られる泡は、はるかに少なく、相変わらず10程度(最大で8個)にとどまっていた。音楽を1日あたりほんの30分聞かせただけで、ラン藻が大気中に放出する酸素が約16倍にもなるのであるから、理論と実践の両面でさらに研究を進めるだけの価値があると思われる。その理由のひとつとして、この研究が、都会の大気汚染対策になるかもしれないという見通しのあることが挙げられる(写真5。12月に撮影。主要な温室ガスである大気中の二酸化炭素からの炭素が固定されていることが、はっきりとわかる)。

参考文献

(1)ステルンナイメール、欧州研究大学におけるセミナー(1994年−95年)。

(2)フェランディーズ、「タンパク質合成の後成的制御”の方法:パン作りにおける実験」、INDUSTRIES DES CEREALES, No.85, p. 40 (1993年);
ユルメール他、「タンパク質の生合成を後成的に制御する方法を応用した果実と野菜の栽培:野菜畑での実験報告」(1993年);
ユベール他、「タンパク質の生合成の後成的制御方法を応用したトマトの栽培:
温室における実験報告」(1994年)。