氷海に住む魚と熱帯のマラリアを結ぶ不思議な関係

─ 特徴あるメロディの早い繰り返しが“熱”を生み出す ─

 だんだんと寒くなり、暖かさが恋しくなる季節。人間は厚着をしたり暖房をしたりで寒さをしのぐことができますが、他の動物はそういうわけにはいきません。特に、冬に海水の温度が零下になる北極や南極の近くに住む魚たちは、変温動物であるだけに、細胞の中の水分や血液が凍ってしまう危険にさらされます。そのような魚たちは、果たしてどのようにして生命を護っているのでしょうか?

 真水は0℃で凍ります。それに対して魚の血液は、塩その他の物質を含むため、凍る温度がマイナス0.8℃に下がります。これと同じ原理を積極的に利用したのが自動車の不凍液です。ある物質をエンジンの冷却水に加えてやると、凍結温度が大きく低下して寒い時期でも凍らなくなるのです。

命がかかった魚にとって「必要は発明の母」!
 さて海水は、魚の血液と同様、塩などを含むため、凍る温度がやはり零下になります。でも海水は、血液よりも塩分が濃いので、凍る温度はマイナス1.9℃となります。氷が浮かんでいる海は、水温もマイナス1.9℃ですから、血液が凍る温度をさらに1℃以上も下げる仕組みがないと、魚は命が危ないことになります。そこで氷海に住む魚たちは、身を護る必要に迫られ、生物学的凍結防止剤を開発したのです。不凍性タンパク質または凍結防止タンパク質と呼ばれるものがそれです。このタンパク質は、肝臓で合成されて血液中を巡ってゆき、血液が凍る温度をマイナス2.2℃まで下げて凍結による死から救ってくれます。
 季節の変化を先取りし、寒くなる直前に不凍性タンパク質を作る事前準備型のカレイもいれば、寒くなったとたんに急いでこのタンパク質を合成する泥縄式のタラもいます。水温がいつも低い海に住むゲンゲは、一年を通じてこのタンパク質を作り続けます。魚によりこのように対応がさまざまで、作られるタンパク質の構造も違っているにもかかわらず、似た条件のもとに生きる魚たちが、同じ機能を持つタンパク質をそれぞれ独自に生み出しているところに、生物の不思議さが感じられます。

メロディが似ていること、それには深い意味がある。

 ところで、こういった不凍性タンパク質のメロディにはどのような特徴があるのでしょうか。それは、楽譜からわかるように、同じリズムの早い繰り返しです。寒い海に住む魚たちは、海が凍る季節になるとこのメロディを体内で演奏して不凍性タンパク質を盛んに合成し、寒さから身を護るのです。
 実はこのメロディは、人間に対しても同じような効果を与えてくれます。つまり、このメロディを口ずさむのが、“寒いときに体を暖めるコツ”なのです。寒いなと思ったときに、両手を素早くこすり合わせながら、このメロディを早いテンポで歌ってみてください。きっと体が暖まってくることでしょう。ヒトはこの不凍性タンパク質を持っていませんが、体内の似た構造のタンパク質にこのメロディが働きかけて、効果をもたらしてくれるのです。
 でもタンパク質の音楽を利用するときには注意が肝心。寒くもないのにこのメロディを口ずさむなど、必要ないときに使うと、副作用として熱の出ることがあります。というのも、マラリア病原虫のあるタンパク質が、アミノ酸の配列こそ異なるものの、この不凍性タンパク質とまったく同じメロディを含んでいるからなのです。このメロディの体を暖めるという働きが、寒さの中ではちょうどよく機能しても、暑さの中では発熱につながってしまうのです。
 このようにまったく異なったタンパク質の間にメロディの類似性があることを、ステルンナイメール博士は“音楽的相同性”と呼んでおり、その意味について語っています。「この音楽的相同性に注目すると、まだ機能が知られていないタンパク質でもその機能を予測できることがある。例えばここに説明してあるように、不凍性タンパク質とマラリアのあるタンパク質が共通のメロディを持つことから、機能も共通していることがわかるのだ。」
 このように、異なるタンパク質が似たメロディを持つというのは、単なる偶然の一致ではなく、深い意味のあることで、そこからタンパク質の音楽の幅広い応用が考えられるのです。