音楽トマト

二年前の夏、旱魃にしばしば見舞われるアフリカのセネガルで、一風変わった実験が行なわれた。

トマトを育てる際に音楽を聞かせ、潜在能力を引き出そうというのだ。用いたのは、普通のラジカセと、テープに録音したあるメロディ。それだけである。

植物に音楽を聞かせるとよく成長するといった話はよく耳にするが、なぜかは今のところわかっていない。そんなわけで、今回の実験に関わることになった現地の人たちの反応も、「冗談でしょう」、「信じられない」といった否定的なものばかりであった。

比較のため、音楽を聞かせる畑と、聞かせない対照畑が設けられた。しかも、これまでの経験を踏まえ、両方の畑で与える水の量に差をつけた。つまり、対照畑にはこの地の標準通り一日に二回水を与えたのに対し、音楽畑には水は一日に一回だけと少なくした代わりに、音楽を毎日三分間だけ聞かせたのである。

トマトの苗を植えてから二週間も経たないうちに、両方の畑で成長速度に顕著な差が現われてきた。その後も背丈の差は開くばかり。収穫を迎える頃には、果実の数や大きさ、外見にも差は歴然。音楽トマトの収穫は、総合的に見て対照畑の二十倍にもなった。さらに面白いのは、対照畑のトマトが害虫にやられたのに対し、音楽畑のトマトのほうは害虫の被害をまったく受けなかったことである。

論より証拠。百聞は一見にしかず。

こんなにも明らかな違いに、実験に携わった人たちは途中から音楽の威力にすっかり改心し、実験が終わる頃には、「最初からそうなると思っていたんだ」と言うほどになってしまった。

一体どんな《魔法》が使われたのだろうか。

魔法を解き明かすカギは、もちろんテープに録音されたメロディにある。

そのメロディを提供したのは、フランスの物理学者ジョエル・ステルンナイメール博士。彼は、量子力学と分子生物学における研究から、音楽が生物に与える影響を理解するための秘密(の少なくとも一端)を解明したのである。

ステルンナイメール博士によれば、原理というのは次のようなことである。

生物は体内でいろいろなタンパク質を合成している。合成が進んでいる間、それぞれのタンパク質は、アミノ酸配列に関係した一連の量子的な信号を出す。その信号を解読して音に変換することで、各タンパク質に固有のメロディができ上がる。それが《タンパク質の音楽》である。タンパク質の音楽を今度はその生物に聞かせてやると、一種の共鳴現象を通じ、対応するタンパク質の合成を制御できるというのだ。そこに、作曲された音楽との本質的な違いがある。

さて、今回の実験で聞かせたメロディというのは、TAS14というタンパク質のものである。

一般に植物は、水を十分に利用できなくなると、特別なタンパク質を作り出して少ない水でも耐えられるようにする。苛酷な環境の中でも生き延びていくための一種の知恵と言えよう。そうしたタンパク質のひとつが、トマトのTAS14なのである。

このタンパク質のメロディを聞かせたことでそのタンパク質の合成が盛んになり、その結果としてトマトは水不足に強くなって、少ない水でも非常に元気に育ったのである。