“タンパク質合成の後成的制御”の方法:パン作りにおける実験

ペドロ・フェランディーズ

 この発表では、音符列を用いて〈パン酵母〉の発酵に作用を及ぼすという方法を応用したいろいろな実験についてお話しする予定です。

発表の全体構成:まず最初に実験方法を説明し、次に実験結果を報告します。

実験方法
 音楽を利用して農業生産を増やそうとする試みは目新しいことではありません。
 1930年にマリノフスキーは、太平洋のある島の農民たちがその地に棲む鳥のさえずりを真似ることによって作物の収量を増やそうとしていたと報告しています(I)。
 この問題が、最近になって再び注目されるようになってきました。例えば、日本の高田合名会社は、いろいろな楽器で演奏した何種類かの音楽を利用して、醤油と味噌の製造に使用する酵母の発酵状態を向上させるという内容の特許を出願しています(II)。
 やはり日本においてですが、東北パイオニアや敷島製パンをはじめとするいくつかの会社は、パンやアルコールその他の飲食物の分野に現在資金を投入し、この方向の研究を進めています。これらの会社が目指しているのは、風味の優れた商品を作ることです。一連の商品がすでに市販されており、その中でもパンは、1990年の春から商品化されています(III)

 1992年6月にジョエル・ステルンナイメールが出願した『スケール共鳴によりタンパク質の生合成を後成的に制御する方法』(IV)は、特定のタンパク質の生合成を〈促進〉または〈抑制〉する方法を提案しています。このような作用を及ぼすには、対象とするタンパク質のアミノ酸配列をもとにして、振動数をはじめとする物理的特性が決められた〈音符列〉を用います。

 例えばパンの発酵の場合には、パン酵母を使用して発酵しやすい糖質を発酵の主要な生成物であるエタノールと二酸化炭素に変換する段階で、タンパク質の一種である酵素が触媒として使用されることを思い起こしてください。

 ひとつひとつのタンパク質は、独自のアミノ酸配列を持っており、その配列から三次元構造と代謝機能が決まってきます。
 今日では非常に多くのタンパク質のアミノ酸配列が知られており、いろいろなデータベースを通じて利用することができます(V)。
 例えばアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)は、アセトアルデヒドをエタノールに変換する生化学反応の触媒として機能します。アセトアルデヒドは糖質の分解によって発生し、それと同時に発生する二酸化炭素がパンを膨らませます。
 アルコールデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列に対して先ほど述べた特許出願の方法を適用することにより、2通りの音符列が得られます。一方はこのタンパク質の生合成を促進することができ、他方は抑制することができます。

 これら音符列はメロディーを生み出しますが、そのハーモニーとリズムは素晴しいものです。これから説明する実験においてパン生地を発酵させている間、その近くでこのメロディーを流しました。

実験1
 最初の実験は、同一のパン生地から得られた2つの塊に対して行ないました。
 発酵の間、スピーカを接続した音楽連続演奏装置(オートリバースのウォークマン)を用いて、別々にした2つのパンのそれぞれにアルコールデヒドロゲナーゼの生合成を促進または抑制するメロディーを聞かせました。
 2つのパンを焼き上げて冷ましたところ、主として味に違いがみられました。アルコールデヒドロゲナーゼの生合成を抑制するメロディーを聞かせたパンは酸敗した味が強くし、しかも日を追ってそれが強くなったのに対し、他方のパンにはそのようなことはありませんでした。
 したがって、パン酵母の活動に対する音楽の効果が明らかになっただけでなく、特定の酵素に対してだけ音楽を作用させうることも確認されたと思われます。実際、アセトアルデヒドがエタノールと二酸化炭素に変換されるのが抑制された結果としてアセトアルデヒドが蓄積されたために酸敗した味が強くした、と考えることができます。

 この最初の実験で得られた結果を見て実験を続けようという気になり、特にフィリップ・ルセル氏の協力を得て、ENSMICの製パン研究所でさらに実験を行ないました。

実験2
 このようなわけで、以下の2つの実験は製パン研究所で行ないました。
 “フランス式”のパン製造工程に従ってパン生地を強くこねました。実験では同一の粉練り装置を使用しました。得られたパン生地は、成形した後、成分も流体特性も同じ2つのロットに分割し、それぞれを“対照”ロット、“音楽”ロットとしました。
 温度と湿度が同じ条件になるよう制御された2つの発酵室を用意し、一方の発酵室には先ほど述べたのと同じ音楽演奏装置を入れました。2つのロットをそれぞれの発酵室に入れ、“音楽”ロットにはアルコールデヒドロゲナーゼの生合成を促進するメロディーを聞かせました。
 同一の条件で焼き上げて冷ました後、それぞれのパンの体積を体積計で測定しました。

 以下のグラフは、10個ずつ2回、合計で20個のパンを1時間45分発酵させる最初の実験で得られた結果を示しています。

 横軸はパンの体積(cm3)ごとにクラス分けしてあり、縦軸は柱の高さがパンの数に比例しています。
 このグラフを見て最初に気づくのは、2つのロットで体積分布に差があることです。“音楽”ロットのほうの分布は“対照”ロットの半分以下に収まっており、音楽ロットのほうがより均一であることを示しています。
 さらに、パンの体積そのものにも顕著な差があることが確かめられました。“音楽”ロットの平均体積は“対照”ロットの平均体積よりも約6%大きくなっています。
 得られたデータを統計的に解析すると、この実験の有意性が標準偏差の2.7倍であることがわかります。つまり、観察された結果が偶然起こる確率は1%未満です。

 第2の実験は、今度は36個ずつ2回、合計で72個のパンについて行ないました。以下のグラフは測定結果を示しています。

 パンを8つの均等なロットに分割し、4つにはアルコールデヒドロゲナーゼの生合成を促進する音楽を聞かせ、残りの4つには音楽を聞かせませんでした(対照として使用)。これら2つのグループについて音楽ロットと対照ロットの間の差が時間経過とともにどう変化するかを観察するために、発酵時間1時間、1時間30分、2時間、2時間30分の時点で試料の採取を行ないました。
 このグラフには、2つのロットの間に生じた体積差と密度(重量/体積)差をプロットしました。ここでも差が見られ、時間経過とともに差が拡大しています。“音楽”ロットのパンは“対照”ロットのパンよりも体積が大きく、密度はより小さいことがわかりました。

 この点をさらに研究するため、“プワラーヌ”というパン屋用に“種酵母入りのパン”の製造実験を現在行なっているところです。評価の基準にしたのは、パンの味についてのパネル調査の結果と、先ほど述べた特許出願の方法の応用したことで変化した酸量(pH、全酸量の滴定)の測定値です。聞かせたのは、アルコールデヒドロゲナーゼのメロディーのほかに、酵母のマルターゼのメロディーです。

 以下の2つのグラフは、2回行なった“味についてのパネル調査”で得られた結果を示しています。

 それぞれのテストに参加した30人ほどの人について、“音楽”パンの味のほうを好む傾向がはっきりと現われました(縦軸は人数)。
 以下のグラフでは、“音楽”ロットと“対照”ロットの酸量の変化を比較することができます。このグラフは、苛性ソーダを用いて中和させることによって酸を測定した結果に基づいています。

 このグラフからは、2つのロットとも“1”から“5”に向かって酸量が増加しているのがわかります。これは、最初に成形したパンと最後に成形したパンで発酵時間が異なることに対応しています。しかし、“音楽”ロットのほうが“対照”ロットのパンよりも系統的に酸量が低いことは注目に値します。

 ご清聴ありがとうございました。次回のENSMIC技術発表会では新しい結果を発表できることと思います。
 パン作りの実験だけでなく、農業での実験結果に関しても、いろいろな資料を提供することができます。

参 考 文 献

( I )Malinovski (1930)、P. Weinberger と U. Graffe によってCanadian Journal of Botany 51, 1851 - 1856 (1973) に掲載された“いろいろな振動数を持った音が植物の成長に及ぼす効果”という論文の中で引用されている。
(II)高田商店、高田しげる、日本国特許出願平成3年第224462号。
(III)朝日新聞(東京)に1993年7月23日に掲載された記事、『クラシック音楽でなぜか原料の熟成活発』。
(IV)ジョエル・ステルンナイメール、『スケール共鳴によりタンパク質の生合成を後成的に制御する方法』、フランス国特許出願第92-06765号(1992年6月)。
(V)NBRFデータベース、W. Barker, National Biomedical Research Foundation, Georgetown University, Medical Center, 3900 Reservoir road, Washington DC 20007, USA。

1993年11月19日、パリで開催されたENSMIC技術発表会における発表より。
この論文は、INDUSTRIES DES CEREALES, 85, p. 40 (1993) に掲載された。