ケアスタッフ、患者・家族のための
頭部外傷 −−疾病理解と障害克服の指針 石田暉 編集   医歯薬出版

II 脳外傷では何が生じているのか
兵庫医科大学リハビリテーション医学教室 道免和久

(1) 損傷部位と多彩な障害
 脳障害をひきおこす病気には、脳卒中(脳梗塞や脳出血など)、脳外傷(いわゆる頭部外傷)、低酸素脳症などがある。いずれも脳の障害であるため、麻痺や運動失調症、あるいは高次脳機能障害など脳卒中でみられる症状をひきおこす。したがって、医療関係者の中でさえ、頭部外傷を脳卒中と同じように考える人がいる。しかし、これは誤りである。理由は、原因と病態が全く異なるからであり、病態が違えば症状や回復過程は異なる。したがって当然のことながら、リハビリの計画や内容も異なってくる。これを理解していないと、実際には回復の見込みがあるのに治らないとあきらめてしまったり、適切な時期にリハビリを受けられないような事態になってしまう。

 まず、病態の違いを理解するために、脳のごく簡単な構造から理解しよう(図1)。脳の神経細胞は脳の表面(大脳皮質)に多く、やや灰色がかって見えるため灰白質と呼ぶ。大脳皮質より深部には、おもに神経線維からなる白質がある。つまり、脳の表面の灰白質には発電所にあたる脳細胞が多く、発電所から出て来た電線(神経線維)の束は脳の深い方にもぐって白質を構成する。脳全体は軟膜という薄い膜に包まれ、さらにその外側はクモ膜と硬膜に包まれている。軟膜とクモ膜の間の空間は、クモ膜下腔と呼ばれ、脳脊髄液で満たされている。脳血管は軟膜とクモ膜の間にあり、この部分の動脈瘤が破裂すると出血がクモ膜下腔に広がるため、クモ膜下出血と呼ばれる。脳の各部分の名称を図2に示す。本書で、前頭葉、側頭葉などの用語が出てくるときの参考にされたい。

     

 さて、頭部外傷は、頭蓋骨損傷、局所性脳損傷、びまん性脳損傷に分類される(表1)。「びまん性」というのは、病変が広い範囲に広がっていることを指す。以下に、実際に脳そのものを損傷する局所性脳損傷とびまん性脳損傷について説明する。
 局所性脳損傷のうち、急性硬膜外血腫(こうまくがいけっしゅ)は、骨折によって硬膜動脈が損傷されて起こる。血腫によって脳が圧迫されるため、血腫の量が多いと、大脳の下にある脳幹部が圧迫される脳ヘルニアという状態になり、生命に危険がおよぶ。脳の表面には静脈もあり、これが硬膜内にある静脈洞に流れ込む。外傷によって、この静脈から出血して、硬膜とくも膜の間に血腫がたまることがあり、これを硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)という。外傷によって急速に血腫がたまるものを急性硬膜下血腫という。脳が大きな加速度で揺り動かされる結果、静脈から急速に出血が起こり、硬膜の下に血腫が広がる。急性硬膜下血腫では、脳浮腫(脳のむくみ)が強く、予後が悪い。一方、高齢者で軽い頭部外傷後、3週間くらいかけてゆっくりと血腫がたまる状態を慢性硬膜下血腫という。転倒後しばらくしてから徐々に痴呆や歩行障害が出現した場合にこの病気を疑う。こちらの方は、高齢者の「治せる痴呆」の原因としても有名で、手術で血腫を取り除くことによって完治できる。外傷性くも膜下出血は、外傷によって脳の表面を走る血管が傷つくことによって発生する。出血する場所によっては、脳動脈瘤が破裂して起こるくも膜下出血と区別がつかないこともある。
 局所性脳損傷のうち脳挫傷は、外力によって脳実質そのもの(脳の組織)が傷つくものだが、意外に病態が複雑である。理由は、脳が狭い頭蓋骨の内部で脳脊髄液に浮かんだような状態になっているためである(図3)。軽い衝撃は、脳脊髄液に吸収されて、脳を損傷することはない。これは、豆腐を水につけて運んだ方が、傷めることなく運べるのと同様のしくみであり、それほど脳の組織はデリケートである。しかし、それでもある程度以上の強い衝撃になると、脳実質の損傷を防ぐことはできない。これには、頭蓋骨と脳の相対的な速度、加速度などが複雑にからんでいる。

 たとえば、じっとしている状態で、前方から強打された場合(図3−(1))、脳脊髄液に浮かんだ脳はその場にじっと止まっている状態で、頭蓋骨が後方に急速に動かされる結果になる。そのため、頭蓋骨と脳の前方がぶつかりあって脳挫傷を生じる。これは外力を受けた部分の直下が損傷されることから、同側挫傷(どうそくざしょう)と呼ばれる。このとき、側頭葉の前方も頭蓋骨の狭い部分にぶつかるために、障害されやすい。次に、前方に衝突した脳は後方にぶつかるため、強打した部分と反対側の部分も損傷される。これを対側挫傷(たいそくざしょう)と呼ぶ。対側挫傷の原因として、頭蓋内で脳が動かされることによる圧の差も影響すると言われている。次に、自動車に乗っていて衝突する場合の脳挫傷について考えてみよう(図3−(2))。この場合、頭部を直接強打するわけではないが、かなり大きな加速度で頭部全体が前後に揺り動かされる。そのため、脳は前後方向ともに頭蓋骨によって損傷を受ける。以上のように、脳挫傷は単純に頭部をぶつけた部分だけでなく、同側、対側の両方が損傷されるので、それだけで脳の広い範囲が損傷されると考えられる。もちろん、外力や加速度が大きいほど、脳の実質の損傷は高度になる。
 脳外傷の障害を複雑にしている原因として、最も大切な概念がびまん性脳損傷である。交通事故など大きな加速度で起きた事故のときに、脳にかかる剪断力(せんだんりょく)によって起こる。剪断力というのはずれの力であり、脳全体にはたらく回転加速度の衝撃によって、脳の深い部分が損傷される。脳の表面は損傷されず、CTでもはっきりした異常がないにもかかわらず、意識障害など症状は重い場合はびまん性脳損傷が原因と考えられる。損傷されやすい部位は、大脳の白質のほか、左右の脳をつなぐ神経線維が集まる脳梁、脳幹部などである。 白質(神経線維つまり軸索のあつまり)を中心に脳の広い範囲で断線が起きた状態であるため、びまん性軸索損傷とも呼ばれる。実際にびまん性軸索損傷の神経線維を顕微鏡で見ると、軸索が伸ばされていたり、断線していたり、圧迫されている様子が観察される(図4)。

 びまん性軸索損傷は、直後から意識障害が強く、死亡率も高い。また、意識障害が何カ月も遷延する場合が多い一方で、救命された場合には長期にわたり徐々に改善が続く特徴的な経過をたどる。
 なお、以上のように外傷によって直接受ける損傷を一次的損傷と呼び、一次的損傷の結果として、二次的損傷が起こる。二次的損傷には、脳浮腫、頭蓋骨の内部の圧の上昇、血流の障害とそれによる低酸素脳症、水頭症などがある。二次的損傷は、脳外傷の症状をさらに複雑にする。
 以上まとめると、頭部外傷による局所性脳損傷として、直接外力が加わった部分の損傷(同側挫傷)とともに反対側の損傷(対側挫傷)も多い。受傷のメカニズムや頭蓋骨の形状等の関係から、前頭葉と側頭葉下面の障害が多い。外傷による硬膜外血腫、硬膜下血腫、くも膜下出血等も重要である。さらに、びまん性脳損傷では、剪断力によっておもに白質が障害される。これらの病態に加えて、脳浮腫、低酸素などの二次的損傷を生じるため、結果として非常に多彩な障害を生じる。

(2) 障害像の特徴 −脳血管障害との比較を中心に
 頭部外傷の障害像は、前述のような病態の複雑さを反映して、脳卒中に比べて複雑であると言われている。局所性脳損傷の症状は、脳の各部位のはたらき(コラム:脳の機能解剖参照)から予測することはできる。例えば、言語の中枢が損傷されれば失語症となり、視覚の中枢が損傷されれば視野が障害されるように、巣症状(そうしょうじょう:局所の症状の意味)を予測できる。しかし、同側挫傷と対側挫傷のように2か所以上同時に損傷される場合、損傷部位と症状が単純に結びつかない場合がある。また、硬膜下血腫のように広い範囲が圧迫される場合は、巣症状がわかりにくい。さらに、びまん性脳損傷になると、意識障害などの全般症状に隠されてしまいい、巣症状は見えにくくなる。
 時間経過でみた場合、全般症状が改善する中で、徐々に巣症状が明らかになってくる。また、障害の種類によって、回復の度合いや時期はさまざまに異なる。そして、重要な症状として、意識障害から回復する途中でみられる通過症候群がある。通過症候群は、受傷後の意識障害から回復する過程でみられる一過性の症候群で、精神的に不安定になり、興奮しやすくなったり、怒りやすくなったりする。病院から抜け出したり、暴力をふるって強制退院になってしまう場合もあるので、事前に注意が必要である。しかし、このような症状が回復するとその間のことは全く覚えていない場合が多く、あとになってから一過性であったことがわかる。したがって、「通過症候群」という診断は、正確には症状が消えてから決まる。脳外傷のリハビリの経過上、通過症候群がどの時期に、どのような人に、どの程度あらわれるか、など詳細なデータは不明である。少なくとも、その存在を知り、通過症候群が出現しても、回復途上の一過性の症状であり、適切な対応によってそれを乗り切れば、落ち着いた状態になる可能性がある、ととらえてあきらめないことが重要である。

 以上の症状の特徴を脳卒中と対比させて図5に概念的に示す。局所性脳損傷に加えて、びまん性脳損傷をともなったような重度の頭部外傷を想定している。頭部外傷で受傷後しばらくは、意識障害のために巣症状は明らかにならない。意識障害が改善するとともに、引き潮によって海に島が現れるように、運動障害、高次脳機能障害などの巣症状が見えてくる。この時期に通過症候群が出現しやすい。巣症状のうち、運動障害は比較的早期に改善するが、その後慢性期にかけて、高次脳機能障害が問題点の中心になる。一方、脳卒中の場合、損傷される血管の領域に相当する症状が現れるが、多くの場合片麻痺(かたまひ:いわゆる半身不随)などの運動障害を生じる。もちろん高次脳機能障害も合併するが、重度の運動障害の方が当面の問題として意識され、高次脳機能障害は日常生活動作の改善を阻害する因子としてとらえられることが多い。
 頭部外傷と脳卒中の障害の比較を図6および表2に示す。おおまかに言えば、頭部外傷の障害は、前頭葉と側頭葉の巣症状に、びまん性軸索損傷などの全般症状が重なるために複雑である。また、運動障害は比較的軽度のことが多く、若い患者さんが多いこともあって、最終的に高次脳機能障害の方が主要な問題点となる場合が多い。一方、脳卒中では、障害される血管の領域に一致した巣症状が主で、片麻痺をともなう場合が多い。もちろん、脳卒中でも高次脳機能障害が重度になることがあるが、そのような場合、片麻痺も重度に合併していることが多いため、高次脳機能障害だけが前面に出るわけではない。その他、頭部外傷では、受傷のときに同時に脊髄(頚髄)損傷を合併したり、四肢や肋骨などの骨折、血胸・気胸などの胸部外傷を合併していることがあり、リハビリを進める上で問題となる。また、症候性てんかん(けいれん発作)の合併にも注意が必要である。

 以上は、あくまでも全体としてみた傾向の違いであり、個々の患者さんの症状という意味ではない。しかし、全般的な違いを意識することにより、脳卒中とは異なるリハビリ計画が必要であることを、医療関係者にも患者さん、ご家族にも認識して頂きたい。なお、頭部外傷のリハビリの中で明らかとなった高次脳機能障害のリハビリ自体は、脳卒中、低酸素脳症、脳炎、その他の脳障害のリハビリでも応用可能であり、疾患による線引きをしようという意図ではないことを書き添えておく。

(3) 予後を左右するもの

 予後とは将来の障害の状態・結果のことで、生命に関する予後を生命予後、日常生活上自立できるか否かといった機能に関する予後を機能予後と言う。機能予後予測とは、今どのような状態だったら、将来どこまで良くなるか、どんな障害が残るか、といった今後の「見通し」のことである。脳卒中では、科学的に研究された予後予測方法が多いが、頭部外傷の場合はあまり多くない。理由はすでに述べたように、障害や経過が複雑なためである。この10年くらいでようやく障害を評価して記録するデータベースの重要性が認識されてきたので、今後、データをもとに正確に予後予測する方法についての研究が増えることが期待されている。
 見通しを立てる前にまず、全体的な経過を知る必要がある。つまり、頭部外傷はどのような時間経過で改善していくか、ということである。たとえば、受傷後6か月経過して、まだ寝たきりだったとしたら、一生寝たきりだとあきらめるべきなのだろうか?答えはNOである。前述したように、典型的な例では、急性期から亜急性期にかけての意識障害、通過症候群などを経て、運動障害、高次脳機能障害の順に回復が進む。全体の経過は重症度などによってさまざまであるが、重度のびまん性軸索損傷をともなう頭部外傷の場合、後遺症が確定するまでには、少なくとも1年、若年の場合は受傷後1年半から2年は経過をみる必要がある。入院リハビリを長期に続けるかどうかは状況によるが、高次脳機能障害を中心に受傷後2年くらいまで外来リハビリ(作業療法、言語療法、臨床心理)を継続する例は少なくない。この時期になって、なお後遺症が残る場合は、後遺症を前提にして可能な社会復帰の方法を模索することになる。
 頭部外傷の「見通し」についての研究によれば、今のところ正確な予測は難しいものの、救急病院での意識障害の程度、外傷後の健忘の長さ、受傷時の年齢などがある程度参考になることがわかっている。
 意識障害は、目を開けているか、話すことができるか、手足を動かすことができるか、を観察して15点満点で評価する。これをグラスゴー昏睡尺度Glasgow Coma Scale(GCS(表3)と呼び、予後との関連で多くの研究がある。急性期のGCSで3〜8点は重度損傷、9〜12点は中等度損傷、13〜15点は軽度損傷と分類される。GCS13以上で意識障害が短時間の場合でも、急性期には約半数で高次脳機能障害がみられ、3か月までにほぼ消失する経過をたどる。GCS9〜12点の中等症の場合、6〜8割で日常生活動作が自分で行えるものの、高次脳機能障害が残る場合が多い。重度損傷の8点以下が予後不良と考えられ、急性期の死亡率も高い。しかし、GCS8点以下でもほぼ正常に回復例も存在するため、一律にあきらめる必要はない(表4)。GCSは、多くの急性期病院における標準的な評価法であり、脳外科からリハビリ病院への診療情報としても提供されるため、重症度を把握するために重要な情報である。また、同じGCSであっても年齢によって予後はかなり変化する(図7)。この図は、意識障害が同じ状態であっても、高齢になるほど予後が悪くなる確率が高いことを示している。

 

 意識障害の程度だけでなく、昏睡の期間の長さとの関係も検討されている。当然、昏睡の期間が短いほど予後は良いが、目安として、1時間の昏睡でその後の復職に影響があり、2週間以上で予後良好の可能性がほとんどなくなり、4週間を超えると2割が重度障害以下の悪い結果になる。昏睡期間は、あとから振り返って割り出すことがやや難しいが、外傷後の健忘の期間(PTA:Post-traumatic amnesia)は、慢性期でも推定しやすい。つまり、PTAは、受傷の日から何日間記憶がなくなっているか、を尋ねることで推定でき、そのまま脳障害の重症度の指標になる。PTAが1時間以内なら軽症、1日までは中等症、1日以上は重症とみなされる。重症であってもPTAが7日未満であれば9割が完全回復し、14日未満であれば7割が完全回復する。しかし、PTAが1か月を超えると、完全回復は1割に減少する。以上は、あくまでの確率的なデータなので、目安として参考にするが、必ずそうなるという意味ではない。
 画像所見による予後をみると、硬膜下血腫等の血腫がある場合は死亡率が高く、一命をとりとめても機能予後も悪い。びまん性軸索損傷では、とくに脳幹部にも病変がある昏睡の場合は死亡率が高いが、生存する例では白質部分の回復のため臨床上の回復が観察されやすい。
 現段階の研究で、個々の患者さんが、日常生活はどの程度回復し、高次脳機能障害がどこまで回復する、という予後予測方法はない。また、「予後良好」と判定される場合でも、高次脳機能障害について詳細に調べるといろいろと問題が発見される場合が多く、特に復職、復学などがからんでくる場合には注意が必要である。