<特集目次:TABLE OF CONTENTS>
大学総合格闘技ムーブメントに関しての報告 田中 幹人 11月9日 第4回アマチュアリングス レポート・山名尚志   12月7日 ナニワフリーファイト2 レポート・宮竹末広 12月20日 トーナメントオブJ'97中軽量級トーナメント  レポート・岩瀬 俊

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ブラジリアン柔術大会参戦旅行記(仮)浜島邦明 烏合会とは何か?(仮)町田生五月

UFC開始によってグレーシー柔術が広く世に知られるようになって4年。

総合格闘技の世界は、今やグレーシーの提出したメソッドに席巻されようとしている。

ポジショニングを中心とした、技術面の問題での影響もさることながら

このジャンルに関るアマチュア人口の増大と意識の持ちようを一変させてしまった事は大きい。

1994年当時、日本の「総合格闘技」といえば

まず格闘プロスポーツの原点回帰として推進されてきたムーブメントであった。

ルールの整備によって細分化、専門化していった各種格闘技を再編成し

一つの競技としてまとめ直すことを目標としていたものである。

それに呼応した空手やシュートボクシングの選手達が、自分たちの競技を離れ

総合格闘技のルールに挑戦したりし始めた頃でもある。

当時その動きは「漂流する格闘家」と呼ばれ、時代を象徴する思想ともなった。

しかしそれはあくまでプロの現場にいる選手達を中心とした動きであり、

付随するアマチュアシーンの整備は二の次となっていた感がある。

最前線にいるプロが試行錯誤の段階にある以上

「アマチュアの出る幕ではない」といった空気があったわけだ。

しかし、グレーシー柔術は、あらゆる意味でこの流れとは逆さまなベクトルを持ったものであった。

彼らの技術は「原点回帰」ではなく、「原典」自体。

「競技=スポーツ」としてより、セルフディフェンスの「実用性」を重視。

そして、アマチュアに対して完全に門戸を開放していること。

言い換えるなら、既に完成した技術体系が確立されていて

誰でもそれを習得することが可能。

まさに、「弱者が強くなる為の技術」だったのである。

80年近く研鑽と伝授の方法論を練り上げてきたグレーシー柔術の出現によって

それまで指をくわえているしかなかったアマチュアの逆襲が始まった。

もう、総合格闘技を身に付けるのに、生まれ付きの身体の条件を問われることも、

過酷な肉体づくりのハードルをくぐり抜ける必要もなくなったのである。

あれから四年。

日本でも、数々のアマチュア大会が頻繁に催されるようになり

総合格闘技を中心としたアマ道場も各地に作られるようになった。

その象徴のように昨年10月11日東京ドームでは

プロ20年選手である高田延彦が、ヒクソン・グレーシーに敗れ去った。

無論、これをもってプロ格闘技の崩壊を言い立てるつもりはない。

入門時から肉体的エリートを選抜し、フルタイムで技術研鑽に励めるプロ選手は

やはり格闘技界を牽引していく存在であることは今も昔も変わりない。

しかし、一部とはいえアマチュアトップの選手が、

プロの選手を凌駕するようなこの状況を、10年前に誰が想像したであろう。

1988年、第二次UWF旗揚げの際に前田日明が

「選ばれし者の恍惚と不安」と語った時には、

「総合格闘技」はそのリングに立つ6人のプロ選手の中に

おぼろげに存在するのみであった。

大道塾やシューティングの存在も広く知られるものではなく、

そのアイデンティティも確立されてはいなかった。

しかし、今、日本中にはアマチュアの選手達があまたと存在する。

この「選ばれざる者達」によって作られつつある

もう一つの総合格闘技シーンを、今回は紹介していこうと思う。

井田 英登<bryann@ari.bekkoame.or.jp>