第3試合

「川口、見えない”運命”との死闘」

川口健次(STG横浜) vs ヤン・ロムルダー(元WKCムエタイ世界ライトヘビー級王者)

  この、カードに「リベンジマッチ」物語をかぶせて読まない観客はいないだろう。事実、開幕セレモニーで、川口とロムルダーは火の出るような視殺戦を演じてみせた。しかし、結論から先に言えば、川口はロムルダーを憎んでいたのではないと思う。

 両者の関係は、3年前のヴァーリトゥード・ジャパン・オープンにまで遡る因縁話である。そこには絵に書いたような復讐の構図がある。ドラマの匂いを嗅ぎだし、絵になる構図で再構成することはたやすい。川口の憎悪の感情をベーキングパウダー変わりにして、勇気凛々たる文章で熱気を当て、リベンジストーリーのパンを焼き上げれば一丁上りだ。

 この再戦が決定したと聞いた直後は、かく言う僕も当然この構図にしたがってこんな記事を書いた。

10月3日の噂 ★★★    信頼できる情報筋からの情報
「VTJ'97でヤン・ロムルダーvs川口のリベンジマッチ実現か?」

▼先日実施要項が発表され、開催に向けて出場選手の調整に入っているVTJ’97だが、注目のリベンジマッチが構想されているというニュースが飛び込んできた。

 1994年7月24日、日本初のVT大会として、そして今を時めくヒクソン・グレイシーの日本初上陸した大会として、日本格闘技史上に残る「ヴァーリトゥード・ジャパン・オープン」が開催された。当時シューティング最強の男と呼ばれた川口健次は、優勝候補の一角としてエントリー。一回戦をオランダのキックボクサー、ヤン・ロムルダーと戦うことになった。しかし、当時VT技術が十分に研究されて居なかったこともあり、川口はロムルダーの足関節をねらいに行き、もつれた所でリングから転落した。リングサイドに置かれていた机で胸部を打った川口は、そのダメージから回復できず、ロムルダーの猛攻にKO負けを喫した。当時の修斗ファンにとっては悪夢のような事件であったが、すでにその「VJO」から3年半が経過して居る。しかし、今回のVTJで、この因縁の対決が再現されようとしているという。川口は現在、この一戦に向けて猛練習中という情報も入ってきている。果たしてこのリベンジマッチが実現し、川口の中の「止まった時計」が動きだすのだろうか。注目して見守りたい。

 また、佐藤ルミナの対戦相手には、どうやらジョイユ・デ・オリヴェイラが濃厚となってきた模様。

 しかし、まるで大魔神のように口をへの字に引き結んで、ロムルダーをにらみ付けるそのの表情を見ていたら、急に自分が勘違いをしていたらしいことに気が付いたのだ。どうも川口の表情が闘志とは別の、もっと悲壮で脆い感じに、一言でいうなら「泣きそう」に見えたのだ。おいおい、である。いかにロムルダーがキックの強豪であるとはいえ、寝技には全く疎い選手ではないか。これはいわば、一時代前の異種格闘技戦的なマッチメークであって、普通に戦えば川口の勝利は動かない。要は「ケジメマッチ」であって、「リベンジ」とすら言いがたい。(もう一つ言うなら、世界のヴァーリトゥーダー相手にチャレンジしていくという今のVTJの流れからは全く外れてしまっている)なのに、何でそんな悲壮な顔をしているというのだ?

 人前で恥をかかされたという屈辱が甦ったにせよ、ロムルダー個人がムシの好かないタイプだったにせよ、単なる憎悪に起源するにしては、あの奥歯を食いしばって、今にも泣きだしそうな悲壮な表情は感じがちがう。決定的に憎いというか、試合をするまでもなくて、その場でなりふりかまわず殴りにいってしまってもおかしくないような、妙に”イっちゃった”表情だったのだ。おかしい。これはどうやら勝ち負けは関係ない話らしいぞ。そう直感が告げるのがわかった。あれだけの表情、あれだけの憎悪に見あうのは、単なる試合での勝ち負けではないはずだ。あのにらみ合いはいわゆる”ギミック”とも思えないし、第一異様だ。その異様さの原因をロムルダーという選手個人におっかぶせるのは、何ともしっくり来ない。

 僕はこの時点で、川口の試合を単なるリベンジマッチと位置づけることを放棄した。

 では、あの時川口はロムルダーの向こうに、何を見、何を憎んだのか?

 それは、運命である。

 自分の将来を奪うような否応ない非常事、それも理不尽で、全く説明のつかない形で襲いかかってくる突然の不幸。それ人は運命と呼ぶ。

 ベートーベンの交響曲第五番の、あのあまりにも有名過ぎる最初のフレーズは。運命が人の戸口を叩くその唐突で不吉な訪れを表現したものであるという。あのフレーズがどうしても心に残ってしまうのは、まさにその響きが、不吉にして、絶対的であるという運命の本質的な性質を射抜いてしまっているからに違いない。

 普通なら人はそれに屈するか、受け入れて新たな道を探すものである。

 しかし川口はその絶対的なものに刃向かう決心をしたに違いない。

 恐ろしかったことだろう。

 敗れれば、再び不条理の奈落が待っている。

 今度敗れれば、二度とそこからはいだすことは叶うまい。

 相手はロムルダーという個人ではないのだ。

 ロムルダーの姿を借りた運命であり、不条理なのだ。

 それをねじ伏せないかぎり、人は運命に屈した負け犬になるしかないのだから。

 周りはだますことが出来ても、折れてしまった自分の心を知らぬ顔で見過ごすことは出来ない。運命に従う道を選んでしまった人間は、そういう自分を一生忘れない。それからの後半生はそんな自分を見下して生きていくしかなくなってしまうのだ。

 運命に逆らうと言っても、けっして他人が想像するような勇ましい話ではないだろう。無論、勧善懲悪のリベンジストーリーで語るなど、安易に過ぎる。もっと暗い心の闇が、この試合には影を落としているのだ。極論をするならば、ロムルダーとの再戦を望むことこと自体が、自分に対する折り合いを付けていく為の苦しい詭弁であったのかも知れない。なにしろ川口のろっ骨を折ったのはロムルダーではないのだ。それをやったのは意志を持たない本部席の机なのだ。人は机にリベンジすることなどできない。それは事故という名の残酷な事実であり、ロムルダーにその責任を投影して憎むことは御門違いでさえある。

 しかし川口にはそうするしか道がなかったのだ。それ以外に、自分を負け犬にしない方法はなかったのだから。

 試合の内容もそのことをしっかりと裏付けている。

 ほとんど寝技の出来ないロムルダーに対して、川口は慎重すぎるほど慎重な押さえ込みで対抗した。試合開始早々、タックルで押さえ込んでしまい、ほとんど打撃につきあうこともなし。ロムルダー個人に対するリベンジであったのならば、正面切ってどつきあってノックアウトしなければ気が済まないだろう。

 しかし、川口はそうしなかった。ロムルダーの頬を張り飛ばしたって何の意味もないのだ。この千載一遇のチャンスは自分を立ち直らせる為の戦いなのだ。運命と闘う無力さを知りながら、それを享受できない人間の、はかない抵抗。それはもう技術とかそういったレベルではなく、自己の内なる恐怖をねじ伏せるためのサイコドラマであったのではないだろうか。     

 運命と戦うとき、事前に予想できる事態は何もない。どんなに寝技が出来ない選手であっても、どんなに有利なポジションを奪った盤石な試合運びであっても、川口の心に平安はなかったに違いない。なにしろかれが組み敷いていたのは運命であったのだから。どんなささいな敵の動きさえも、全ては自分を奈落の底に突き落とす悪意の刃となる。どんなつまらないパンチも全て自分をノックアウトできるハンマーパンチなのだ。目の前に広がっているのは、自分の記憶と想像力が生み出す、不安と恐怖の暗闇である。

 何かの技をしかけること、極論すれば、押さえ込んで敵の動きを封じてしまう以外の動きには、全て恐怖があったに違いないのだ。

 ロムルダー相手に、マウントを奪取するのは当然の事。しかし、そこから密着したまま展開を図れない川口の姿は、弾の飛び交う戦場に出ていくことが出来ないノイローゼの兵士そのものである。マウントして、ぴたっとロムルダーに抱き付いた川口は、悪夢の中をさまよう漂流者のような目の色を浮かベていた。必死ではあるのだが、何をどうしていいわかっていない、迷いに取りつかれた表情である。

 その姿は、まさにずっと前に進めないこの3年間彼を象徴していたようにも見える。川口はこの3ラウンド間に、凝縮された3年間の幻影を追体験していたのかも知れない。

 しかし川口のセコンドには桜田直樹がいた。地獄の季節をともににくぐり抜けたこの戦友は、川口の目の前にぽっかりと開いた暗闇の正体を見据えて、孤独な戦いを繰り広げる友に絶えず声を掛け続けたのである。

「一発一発恨み込めていけ」

「三年分殴るつもりで行くんだよ」

「登っていけ、登っていけ。テークダウンなんかいくらで取れるんだからいいんだよ。」

「キープ要らない、キープ要らない。押さえててもしょうがねえんだよ」

「ラスト5分だよ! それじゃリベンジにならねえんだよ」

 桜田の言葉は、運命のあぎとの中に飲み込まれて今にも消え去ってしまいそうな、川口の執念の炎を守り続ける灯台守のようであった。

 その声に突き動かされるように、3Rようやく川口は動いた。まるで悪夢を振り払って、必死に覚醒しようとする夢遊病者のようでもあった。ロムルダーがマウントを返そうと腰をはね上げたタイミングでバックに回り込み、スリーパーに持ち込む。

 あっけなくマットを叩くロムルダー。リングに飛び込む桜田。うずくまって叫ぶ川口。

「借りは、返したぞー!」

 これまでの緊張を解き放つように、強張っていた川口の表情がわっと崩れた。抱きつく桜田。二人とも泣いていたようだ。桜田は川口をおんぶし、マットを何回も練り歩いた。世界で一番孤独な戦いをしていた友を、運命の不吉なあぎとから取り戻した喜びに酔っているようだった。

 川口はこうして内なる敵との戦いに勝利を収めた。それで彼自身の中での帳じりはなんとかあわあせることができたのだろう。しかし、彼が凍りついていた3年間のあいだにも世界は動いていたのだ。ロムルダーには勝ったとはいえ、時計が刻んだ時間を逆戻り出来る程の勝利ではない。逆にその間修斗は数段の進歩を遂げた。彼が戻っていくべき修斗の現在とのギャップを考えると、運命の不条理な顎門から、かろうじて一歩を身を引くことに成功した程度でしかないとも言える。

 そして、もう一つ、あえて厳しいことを書くなら、今回の彼の試合はプロとして失格である。なにしろこの試合で観客は何も出来ずにいた川口を延々2Rに渡って見せつけられているのである。試合中盤から客席には白けた空気が漂い、あまつさえふざけた「ロムルダーコール」までが飛び出した。勝利後も祝福というより、他人事のような空気があったことを、歓喜に酔った川口は気付いていたのだろうか?

 スポーツの観客は選手を襲った不意の不幸すらも、観戦のスパイスとして楽しむ権利を持っている。負けた選手の背中に宿る影をもしゃぶりつくし、復讐のチの匂いには舌なめずりをする。観客とはそういう生き物であり、プロスポーツの選手はその猛獣を手のひらで遊ばせる猛獣使いでもあるのだ。川口のリベンジを期待して会場を訪れた観客の求めていたのは何か?それはウエットで腰の引けたサイコドラマの泥沼ではない。痛快な報復であり、情念のほとばしりなのだ。川口はプロレスラーでは無いという声もあるだろうが、プロレスの観客論とは別次元での興業論・観客論を追及していかなければ、プロ格闘家として失格である。”プロ”シューターを名乗る以上、勝ちの”プロセス”だけではなく、勝ちの”意味”で「ゼニの取れる選手」にならなければならないのではないか。でなければ、「ロムルダーコール」をせずにはいられなかった、観客達に「退屈を売った」事実は消えない。

 川口は試合後「これで借りは返したが、利息が残っている気がする」と語った。

 そう、彼にはプロのファイターとして、観客に返さなければならない負債がまだまだ山積みになっている。納得の行かないアクシデントで試合に敗れ、名誉挽回の機会もないままに引退していく選手は山ほど居るのだ。この試合で観客の心に落とし前を付けることの出来なかった彼には、まだまだ巨大な負債があるのだ。

(無頼庵)

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