SEINAN GAKUIN OB ORCHESTRA
THE 9TH REGULAR CONCERT

プログラムに寄せて(偏見に満ちた)



 W.A.モーツァルト(1756-91)の交響曲第35番ニ長調『ハフナー』K.385は、当初セレナードとして作曲された。1782年、親交のあった富豪ハフナー家の長男の爵位授与式のために書かれた、6曲からなるセレナードがそれである。結局授与式には間に合わなかったものの大好評を博したこの曲を、彼は翌年の自らの音楽会で採り上げるため、メヌエットと行進曲を削るなどの改訂を施し、交響曲として仕上げたのである。明るく解放感に満ちたこの交響曲に、作曲者は「第1楽章は火のように、そして終楽章はできる限り速く演奏されなければならない」との注釈を加えている。澱みなく書かれたかのように思えるこの曲が、実は熟考の末に生まれた彼の意欲作であることは、父・レオポルドに宛てた多くの書簡からうかがい知ることができる。

 P.チャイコフスキー(1840-93)にとっての1880年代は、まさに充実の時代であったと言える。彼の主要作品の多くがこの間に作曲されており、大作曲家としての地位を確固たるものにした時代であった。『イタリア奇想曲』が完成されたのは1880年、第4交響曲の成功から2年後のことだった。成功の裏にあった苦悩を晴らすべく訪れたイタリアでの印象を、現地で耳にした旋律を採り入れながら綴った作品だが、彼の他作品に見られるような苦悶や葛藤はなく、底抜けの明るさを感じさせる曲となっている。
 一方、交響曲第5番ホ短調が完成されたのは8年後の1888年であるが、ここでは冒頭のクラリネットに現れる「運命の動機」と呼ばれる暗く重々しいモチーフが全楽章を支配する。「運命的」という点では、ホルンの怒号に始まる第4交響曲との共通点が認められるが、第5番のそれには運命に対して闘いを挑む悲壮感はすでになく、より諦観的な色合いが濃い。4番、6番と特徴的な作品に挟まれ、ともすれば影のうすれがちな第5交響曲ではあるが、前述の「運命の動機」のほか、本来スケルツォ楽章であるべき第3楽章にワルツを置くなど特筆される点は決して少なくない。むしろ彼独特のドイツ音楽的語法と、これも彼の特色であるロシア的旋律が最も充実した形で融合された交響曲であると見るべきであろう。

 精神を害してラインに身を投げたシューマン、死の床で「モーツァルトを弾いてくれ」とつぶやいたショパン、事故の後遺症に苦しみながら悲惨な最期を迎えたラヴェル…大作曲家たちの生涯の終焉には多くのエピソードが残されている。中でも謎めいた死をとげたのが、本日採り上げたモーツァルトとチャイコフスキーである。モーツァルトに関しては映画などでも知られるサリエリによる殺害説がもはや「定説」のように語られ、チャイコフスキーについても許されぬ愛=同性愛に起因して自殺を強要されたという話がまことしやかに語り継がれている。彼らの「死」がこのようにミステリアスな影を引きずっている背景には、彼らの音楽の「悪魔性」が少なからず影響しているのではないか、と筆者は考えている。
 昨年来、我々は「マインド・コントロール」という言葉を幾度となく耳にしている。他人の心理や精神を操り、意図した一方向へ向かわせる行為だが、これを「犯罪」あるいは「悪魔の仕業」とするならば、この2人の作曲家の作品はまさに「犯罪的」であり「悪魔的」である。モーツァルトの音楽には、地上の我々には抗し難い純粋さがあり、その多作ぶりと相まって、人間業とは思えない輝きを発散している。またチャイコフスキーの音楽は、人間の心臓を鷲掴みにして根こそぎ持っていくような感覚で我々の心を揺り動かす。そんな2人が悪魔の化身であったとしても、少しも不思議に思えないのである。
 今宵我々は悪魔の手先となり、あなた方の心をあやめることとなる。だが実際にあなた方が目にするのは、巨大な罠の中から必死に手を伸ばし、2人の悪魔の足首を掴もうともがき苦しむ我々の姿なのかも知れない。

(文責:86期コントラバス  中島 博之)


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