戦史研究


3.
「総ての道はローマへ通ずる...」

日経新聞で、「ローマ人の物語」を書いた、塩野七生を使って道路族が全面広告(討論二面)してる。

ローマの道路は軍用で

日本の予算をチュウチュウ吸い取るための肥大化した道路建設とは違う...

明日も続きが載るらしい。


「ローマ人の物語」のローマに逆らった都市は後で酷い目にあったとか
奴隷にされた人数ぐらいしか書いてないという書き方と

ジョン・キーガンの残忍性の指摘の記述の差は...
(紀元前500年以降(共和制移行509年)のローマ人は残忍を極めており…)
(ローマ人は戦争については、狩猟のような感覚があった。)
(土地の略奪品を求めてが一番大きな原動力、政治や同盟は原動力ではなくて維持)

イタリアに住んでイタリア人に賞を貰えるような「ローマ人の物語」とシビアなイギリス人の書いた物の差?


ナポレオンを調べた時、フランス人の書いたものは英雄崇拝「皇帝バンザイ」で書かれていて
こりゃだめだってのがけっこうあると判ったのですか...

そこまで酷いとは言いませんが「ローマ人の物語」はローマひいきの書き方ではないか?と思います。
2002.11.18..


2.
クラウゼヴィッツの研究で、
政治が戦争を指導するがクラウゼヴィッツは政治についてはほとんど何も書いていない。
と前に書きましたが、しばらく、この部分に当てはまる政治についての研究をやっていたのですか


ウゲーとするような文章を読みすぎて「文化」と聞くと薄汚いものだと錯覚するようになってしまった。
これは、宗教の政治利用と同じで文化が悪いのではなくて政治に利用すると薄汚くなるのですが...

軽いまとめ...

現代政治は、一言で言えば詐欺の方法を論じてると言える。

古代では、神格性の主張や神との血縁、神と対話する能力を持っていると主張して...
指導者の存在や権威を正当化(ごまかした)した。
(人に支配されるのは抵抗があるのでより上位の神などの架空の存在を作ってその下の)
(委任された統治の形を執る...)

しかし、近代になるとこういった宗教や神格化では(科学が進んだため)権威を保つことが不可能になった。

そこで登場したのが、建前だけ民衆主権の民主主義や労働者の憎しみを利用したエリート支配の社会主義
(労働者の国では無く一部のエリートの支配する強権の国家「社会主義宗教」)ってことになるらしい。

日本では民主主義と言いながら下からの意見を取り入れるシステムは機能していないし...
中国では農民と労働者の国と言いながら農民は地方政府の作った怪しい税金に苦しめられている。

民主主義も社会主義も看板にすぎなくて中身は似たような別のものだという答えが出てくる。

宗教の政治利用って看板の部分が民主主義や社会主義に変わっただけということらしい。


人間の集団は巨大化すると組織化しないと効率良く動かすことができない。
つまり、頭脳部分があれば手足のように働く部分もあるというように分業化する。
しかし、頭脳部分は情報と集積した生産物、作物や税金としての金を独占することが可能になる。
(組織化と分業は、個人が自給自足をする社会よりも大きな富を生み出すことが可能になる)

手足には、働ける最低限度の栄養を与えて馬車馬のように働かせて栄養は自分達だけで吸収する。

これは不当なことなので巧くごまかさなければこのシステムは動かなくなってしまう。
(その正当化のために宗教は使われる)

社会の組織化は必要なことで、法律による秩序も国に指導者が必要なことも正当化できるが
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実際には、指導者の権利は委任であって集積された富を市民に正しく分配する義務がある。

今日、義務を果たしていないのは指導者で、詐欺の技術ばかり発達してしまって、人々に利益を正しく分配していない。
っていうことになる。

まだ説明が足りない...
実際には、こういう権力ピラミッドは、社会全体に対してだけではなく様々な組織の中に発生して、
動脈硬化を起こし、組織を非効率化してしまう。
会社の中の派閥抗争や官僚組織の硬直化などなど。
そして、人間の知恵はこのピラミッドを登るために無駄に消費される。

システムの中を流れる資金を社会のためでは無く自分(組織)のために吸い上げてしまう。

こういった人間の性格を矯正する方法を発明しないかぎり
理想主義的な平等社会は作れない。「管理者自身を管理する方法」

(建前?)民主主義の利点は、下からの意見を取り入れると言う民主主義の基本が僅かながら働いているため。


宗教の利点、
キリスト教や仏教のような他者への寛容を基本にする世界宗教ではなくても、どんな小さな地域宗教も、古代では人間集団が血族単位や村程度の単位で軍事的に独立して、互いに争っているため。共通の宗教を持つことは、この争いを低め、多きな集団にまとめる役にたつ。

侵略した土地を「約束の地」とか言って正当化しだすとあまり良いものでは無くなってくる。

つまり、宗教によって集団を動かすと言う段階になると宗教の政治利用っで段階になり 美しい宗教も汚れてくる。

道徳って概念も同じように政治が利用すると汚れたものに変わる。


あんまり巧くまとまらなかった....まだ書き足らないし...


クラウゼヴィッツの理論に当てはめるには...

つまり、兵隊については、宗教の聖戦や宗教的情熱を参照すれば、今日の愛国心や犠牲的精神なども対比できるってことになり...

これでやっと解決しそうです。
2002.11.18..


4.
そう言えば、産業新聞に中国についての解析が載ってた。
貧富の差から中国が割れたり混乱したりすることは無いそうです。
何故なら、中国の最低生活水準を維持するための費用は非常に低く、日本で言われているセーフティーネットを維持するのは簡単だそうで、WTO加盟も国内産業が困るほど開放することは無く、競争力のある分野しか開放しないからだそうです。

対中国脅威論は、見方が間違っていて
脅威なのは、中国ではなくて、欧米の電気産業の復活。現代はマーケットを押さえて、生産は中国や韓国台湾東南アジアなど下請けに出す。中国の生産に見えても販売現場ではこういった欧米企業のブランドで売られている。

真空管技術にしがみついて半導体主流の日本に負けた失敗を欧米が繰り返す可能性は無い。
逆に日本の家電メーカーの方が硬直化しているように見える。

新製品の開発記事を見ると上司に反対されて消えそうな所を若手が強硬突破して商品化されたもの が多い、何もしなければ既存の技術を膨大な開発費をかけて数%単位で効率を上げていくような 計画しか立てられないらしい。(大学教育段階での失敗?)

2002.11.22..


1.
最近HPの更新さぼってテレビゲームばかりやってたのだが...
部屋の整頓せずにそのままにしていたためゲーム機の本体がいつのまにか埋っていって...
すきまから作動スイッチが押せる間はそのままにしていたのだが、コネクタ‐が圧迫されて壊れてしまった。たかが書籍と新聞が30センチぐらい積み重なっただけだったのに、傾いていたのがいけなかったらしい。
(ファイナル・ファンタジー7をリバイバルでやってたのだが、どうも主人公の仕事が環境テロなのと)
(生命エネルギーをくみ上げる炉が石油コンビナートに見えて良くない...)

というわけてこの文章を打ってる...
2002.11.18..


用語解説を作ってないのが、まとまらない原因だと思うので作り出したのですが...

用語=>「絶対戦争」

説明自体があんまりまとまってないような...
(逆に本文を参照するような作りになってしまった。)

判り易くするために、絶対戦争の理論と実際の戦争理論を比べて色々な例を作ってみました。
(これは、駄目な本を乱読した成果かもしれない。)
2002.08.30...


今、現代の戦争研究に、どの程度のクラウゼヴィッツ解釈が使われているか調べてるのですが... 良さそうな本をピックアップして読んでたのですが、やっぱり外れが多い。仮読み不足かな?

薄っぺらな理論をニカワで貼りつけたような内容の本は...
戦争の研究をしても軍人さんの場合、軍に不利になる研究は外してしまう傾向が強いため
中身が無くなる...(タバコ業界が自己の壊滅につながる禁煙研究に予算を出さないのと同じ)

その結果、内容の無い御本が大量に書棚に並んでいるってことになるのですが...

大体傾向として...
第一次大戦以前の絶対戦争の解説をしてる論外の本だけじゃなく(最近多数書店に並んでる?)。
戦争論の理論を拡大解釈して、戦争は政治の継続=>戦争の肯定、へと書くものが多いようです。

クラウゼヴィッツの解説書はドイツ人が書いたものに限る?
「戦争は政治の継続」
多少加筆...
2002.08.26...

文章打ってたら、まとまりが無くなってきた??
いっぺんプリンターに出力して、研究カード方式で整理しようとしたら...
プリンターが無い??
上にコンピューター部品の詰まった箱とビデオボックスと書籍と新聞が積み重なっているので 発掘したのですが、失敗、思った場所に無かった??
どこだ?どこだ?
また、部屋、片付けるかな?(暑いんで、何もしてない...)
ようやく涼しくなってきたし...
しかし、温度計で30度を指すと涼しいと感じるなんて今年の夏は異常だ...


名古屋では、お盆休みに中小企業センターで平和団体が3F、政府宣伝が1F、で喧嘩出展してると新聞の夕刊に載ってたので覗いてみましたが...

やっぱりどちらも兵法の研究には役に立たない、別ジャンルでした。
(興味を引いたのは、3Fの東海地方の空港、対空、施設研究ぐらい)


失敗、
(注、このソフトは分割時間ごとにダメージを引いているだけので誤差がでます。誤差を減らすには40対30などは40000対30000などのように桁を増やすか分割計算回数を増やしてください)


これは、武器効率数を1/10、1/100(m、n同じ比率で)、にして計算回数を増やすでした。戦闘時間が10倍、100倍になりますが、計算精度は分割回数を増やせば上がるためかなり有効な手段です。


ランチェスターの法則、プログラムを遊ぶために作っていたため、説明がおろそかになり...初心者向けの説明が省略されていたため解り難いものになってました。
多少加筆...
(何故か書き間違いが??使えない第一法則を使用するような文になってた??)
(一つ一つの説明用の単語も粗雑だった...)
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第一法則 一騎打ちの法則、「A0−A=E(B0−B)」
一人が一人としか戦えないため数の多い方がその分だけ残って勝つ。(刀対刀、槍対槍、など接近戦用の武器を使った戦い)

例「A軍50人」対「B軍30人」が戦えば「50−30=20」「A軍が20人残って勝つ」
(注、A、Bの戦闘力は同等と考えた場合(E=1))
戦闘は「1対1」で相殺されあぶれた兵力は戦闘できずに余ってしまう。

第二法則 集中効果の法則、(確率戦闘の法則) 「A02−A2= E(B02−B2)」
銃、大砲などの飛び道具や戦闘機など 一人が複数の敵を攻撃できる近代戦や広域戦的な総合戦では、 敵より数が多くてもあぶれることなく少ない敵に集中的に損害を与えることができる。

例「A軍50人」対「B軍30人」が戦えば 「502−302=402」「A軍が40人残って勝つ」
(注、A、Bの戦闘力は同等と考えた場合(E=1))
二乗の差の平方根で残存兵力数が規定されるため、第一法則の場合よりも大戦力側の優位が大きくなる。

第一法則の注意点、
第一法則は、方程式を立て易いように単純化した式で複雑な二次式を作るガイド用。実際の古代戦や接近戦主体の戦闘を計算するには、単純すぎる...

接近戦主体の古代戦は、ギリシャやローマの重歩兵を見れば解るように整然と方形に整列して刀や長槍の壁を作って突進して戦闘するが、実際に戦うのは前列の一部だけで後方の歩兵は戦ってる歩兵がやられた時に隙間を埋めて戦闘ラインを崩さないようにするために有る。(本当は敵の前列を突き崩した場合間隙から内部に突入するための部隊)この方陣を縦に一列ずつ分解すると中央で一騎討ちを行い両側とも並んで一騎討ちの順番を待っているような形になるため「第一法則 一騎打ちの法則」が使われるとしました。
しかし、実際には、両軍の密度が同じ(整列が同じ幅)場合は少なく。
「ギリシア軍(密集隊形)対ペルシャの軽歩兵」とか「ローマ兵(密集隊形)対ガリアやゲルマンの蛮族」などなど...
同じローマ兵でもカンネーの戦いの時に突破能力を高めるために隊列を詰めた(逆に隊形変形能力が落ち包囲戦に弱くなってハンニバルにやられてしまいましたが)などの例もあり同じ兵団でも戦法によって密度を変えることもあり...「1.2人対1人」とか「1.4人対1人」などになってしまい...
第一法則の「一人対一人」は成立しないのです。
(電卓で計算できる(暗算?)。第一法則はプログラムを作ってないです...あしからず)
(弓矢は第二法則になります。ビジネス系のランチェスタ−の法則の解説で時々間違って第一法則になってる場合があります。)
そのため、前列の戦闘部分を第二法則で計算し減った兵力を常に補充しながら戦闘計算できるプログラムを作ってあります。
防御、隊列数分割式(古代戦用)
(注、このソフトは分割時間ごとにダメージを引いているだけので誤差がでます。誤差を減らすには40対30などは40000対30000などのように桁を増やすか分割計算回数を増やしてください)
(使用例は下段に...「ローマ兵」対「蛮族ガリア人」を使った説明があります。)

第二法則の場合の注意点

上陸作戦時に防御力が一時的に下がる。(遮蔽物の無い海岸で密集して標的になる)

地形の限界を越えて兵力を投入した場合、密集した部隊は砲撃の損害が非常に大きくなり、非効率な兵力使用になる。

地形の影響から投入できる兵力に制限が生じて、使えない兵力が生じ計算が違ってくる場合があります。

どれも戦闘を細かく細分した場合に見えてくる例で広域戦の計算や航空戦の場合は通常の二次方程式でOKです。

アクチュアルゲームやシュミレーションゲームなどの戦闘判定に使おうとか考えた場合に出てくる問題なので普通の場合は考えなくても良いです...
(対策は、戦闘を場所や時間で細かく区切って、武器効率、m軍=b、n軍=a、を別個に立てて計算します。)

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第一篇第一章
多少加筆...
2002.08.09...


「クラウゼヴィッツの否定」から書かれている書籍はあまり研究してなかったので...
逆から見るのもなかなか面白いようです。
でもこれはなかなか鋭いというものと...
あかん?使えん?ってものが入り交じってるので使用には注意が必要です。
基本はやっぱり...
ブライアンポンドの戦史に学ぶ「勝利の追求」
レイモン・アロンの「戦争を考える」クラウゼヴィッツの現代戦略
ゲルハルト・リッター「政治と軍事」ドイツミリタリズムの問題
ハンス・ロートフェルス「クラウゼヴィッツ論」政治と戦争−−思想史的研究
「クラウゼヴィッツ研究論文選」戦争論の発生史的研究
(オットー・ヒュンツェ、ヘルベルト・ロジンスキー、エーベルハルト・ケッセル)
の五冊が良いと思います。


第一篇第一章
ちょっと作ってみました。
かなり書きこんだのですが...
完全なものにしようとするとまだかなり手を入れないと
2002.7.24...


日経新聞でネット上での記事の複製を禁じますという広告が載ってたので、 記事は大抵数社で同じようなものを扱ってるのでデーターのみにするか要約にしてしまえば 問題無いと思われるので現在書き直してるのですが...
けっこう面倒そう(書評の場合は、本の後書きあたりを参考にしないといけないようです)
(12,11を書き換え後10個...)


最近暑さで止まってる...(冬眠じゃなくて夏眠中)
気象データーを見てるとここ数年の夏の最高気温が2〜3度上がってるように感じるのだが 以前は35度なんてそうそう無かったはず???
都市部はヒートアイランド効果もあるそうで40度はもうすぐとか?

塩分摂取量一日7グラム以下とか守ってたら身体が重くなった?
慌てて、ラーメン2杯(7.6グラム×2)食べたらすぐ直った...
かなり汗といっしょに出ていってしまってたらしい。

ペットボトルを水筒の変わりに使ってるのですがそれを500ミリリットルから1000ミリリットルの大型に替えました。
缶ジュースは一度同じ甘さの砂糖水を1000ミリリットルのペットボトルで作って見るとその恐ろしさ(砂糖の量が!!!)を実感できます。
あまり飲まなくなった。

アニメ
「ひかるの碁」を見てるのだが(級とか段とか勝負の世界なので将棋と似てるので...)
囲碁はやったこと無いのでさっぱり判らない?
将棋やチェスなら一目でアニメや漫画に出てくるのは子供用でつまらないとかこの盤面はおかしいとか(定石から外れてるとか)判るのだが...
囲碁は全然なのでそのせいで返って見れるのかも?
碁石や駒の打ち方で強さが決まるわけじゃないのでアニメは過剰だ(カッコだけ??)
(ビジアルでカッコ良さそうに見えるのが人気の秘訣とか書いてあった)

主人公が囲碁の悪霊に取り付かれて人生を踏み外してしまうお話と呼んでいる。
(全部読むと主人公は才能ある将来有望な碁打ちってことですが?現実には?)

囲碁も1年ぐらいやれば初段ぐらいはいけるかな?
将棋は始めてから1年ぐらいで初段程度にはなった...

しかし、将棋の基本を覚えたのは小学生の低学年ぐらいなので、こういったゲームはかなり小さい時期に 基本をマスターしていないと頭脳がついていけないらしいので...

つまり、頭脳の発達する時期が決まっている、運動系が伸びる時期とか言語系が伸びる時期
この時期を逃すと色々な技術の習得に非常に苦労する。
(教育とこういった頭脳の発達の研究は連動してるはずなのだが?)
(教育に携わるものにこういった知識は殆ど無く)
(マイナス要素でしか使われていないようだ)

囲碁の定石辞典を眺めていたのだが、分厚い800ページぐらいある???
(将棋の定石ならこのぐらい(もっとかな?)は入ってるのだが...)
こういうのが頭に入ってないと打てないのか?将棋と違って自由に打てるというのは嘘だな?

やっぱり、上下の無いぐるぐる回してもやれるゲームは止めとこう。
囲碁はアニメを見るだけにしとこう...


そういえば最近将棋打ってない...
パソコンソフト数点を買ってやったのだがひねくれているのかコンピューター側が 負けそうになるといつも止まるので辞めてしまった。
(大体コンピューター側1手間違えるとその差を詰めるだけの技量がコンピューターソフトに無いのでコンピューター側の負けは確定するのだが)



ジョン・キーガンの「戦争と人間の歴史」、「戦略の歴史(戦争の歴史)」をようやく読むことができた。
これで、戦略論大系「クラウゼヴィッツ」に載っている戦争論の研究書籍は全部目を通した...
(紹介に新庄宗雅訳のクラウゼヴィッツ関係の書籍が入っていないのは問題だが...)
(最近出された書籍で読む価値のあるものを一応網等してると思われる)

ジョン・キーガンによるクラウゼヴィッツの否定

「戦争とは力による政治の延長にほかならない。」ジョン・キーガン「戦争と人間の歴史」P100

戦争は政治的な利害計算によってのみ制限されるもの

戦争とは道徳の領域の外にある活動

政治もそのようなものだという意味を含む

国家の力の行使は、その利益に反して行動しようとする自国民を罰することから始まる
(徴兵制度などの国民を人的資源として使用すること「使い捨てにすること」)
国家が暴力を発動する権利は優勢な暴力の脅威以外には何ものによっても抑制できない。

邪悪なクラウゼヴィツの思想は、ヨーロッパの文明化された社会が持っていた考え方を汚染した。P102

文明のクラウゼヴィツの影響力への反対作用としてウィーン体制、ハーグ条約、国際連盟、国際連合、などが作られている。

(考え方として...)
(戦争論の政治の部分に道徳的考えが含まれると考える)
(政治がナチのようなものだった場合は当然抑制されない暴力を自国民にも発揮するが...)
(民主的政府だった場合、兵士の損害を避けようとする。)
(ジョン・キーガンの批判は戦争論の不完全な部分に主に向けられている...)
(ナポレオンを誉め、絶対戦争を奨賛した、2篇〜7篇の直される前の部分)
(動員システムの肯定部分への批判としては正しい(兵隊にねじ巻く部分の))

戦争による犠牲者が多くなれば共同体の存続が危うくなる。
そのため、戦争を回避し人命損失を減らすための文化的仕掛けが古来から存在している。

「戦争とは政治の継続」この図式は、軍事テクノロジーの異様に発達した現代では、人類自滅への道

文化は継続するもの、政治は文化の維持、戦争は断絶、

(文化という表現を使うのはあまり良くないような気がする。)
(政治部分の解釈で対応できる。)
(第1篇第1章の交換作用部分が悪いため発生する否定)
(この部分を削除するのが最近の「戦争論」の考えかた...)

(「戦争とは道徳の領域の外にある活動」、「政治もそのようなものだという意味を含む」)
(この部分について...)
(政治と軍事の優位の逆転として通常考えられていた部分。)
(実際には、「戦争とは政治の継続」この言葉自体が戦争論の一部使用にあたり、不正な使用方法と言える。)


「戦争と政治」部分用に作っている文章の一部。

「戦争は政治の延長にすぎない」は、重要部分の文章ではない。
「戦争は政治の道具である(戦争は政治に従属する)」の下に位置する文で、この事実が気にいらないから文章の一部引用をして意味を歪めているのが実態。

しかも、戦争は政治の使う多数の道具の一つでしかない。

クラウゼヴィッツがこの関係を重視した理由は、軍事優先で進むと視野の狭い軍人が暴走し、限界を超えた戦争を行ない、それまでの勝利で手に入れた利益を総て無駄にしてしまうためで...

政治優先でなければ、戦で得た利益(有利な国際状況)を確定できない。

近年戦争によって国力を増大する。戦争によって国境線の変更をもくろむことは、容認されていない...
(世界大戦のような先進国同士の戦争(総力戦)は利益よりも損害のほうが大きくなることが判っているため。)
(無意味...)
(決して平和が好きだとかいう理由ではなく損得勘定から...)

(作った武器を売り付けるための辺境での戦争や戦争まで至らない緊張は奨励される...)
2002.07.09...

クラウゼヴィッツが1827年以降に行なった改定部分を検討していたのですが...
とんでもないものを発見...

消極的要素重要

岩波(上)P71
(・・・目標とするところは、即ち敵の完全な打倒にほかならない。)次ぎに我が方の戦闘力の維持は消極的目的を有し、その旨とするところは敵の意図の挫折にあり、従って我が方の純粋な抵抗にある。そしてこの種の抵抗の究極目標は、軍事的行動をできるだけ長引かせて敵を次第に疲弊させることにほかならない。

中公(上)P89
(・・・敵の打倒を究極目標とする積極的帰結に至る。)それに反して、味方の戦闘力を維持せんと図ることは、消極的目的にすぎず、したがって単に敵の撃滅意図の壊滅、すなわち純粋な抵抗に終わらざるを得ない。そしてその究極的目的は、行動の持続時間を長引かせ、敵の戦意を失わせるにある。

On war P112
Preserving our own forces has a negative purpose; it frustrates the enemy's intentions - that is ,it amounts to pure resistance, whose ultimate aim can only be to prolong the war unti the enemy is exhausted.
簡易翻訳器
自分の力の保存は否定の目的を持っています; それは敵の意図を妨げます―すなわち、それは純粋な抵抗(その最終の目標は単に戦争untiを延長することでありうる)になります、敵は疲れ果てます。


中公「清水訳」は、(積極的目標)敵戦闘力の壊滅が良いことで(消極的目標)戦闘力の維持、 敵の疲弊を目指すが劣っていて良くないことのように語尾を書き換えてある。

それに反して、
(消極的目的)にすぎず
(抵抗)に終わらざるを得ない。

戦争論中のこういった「敵戦闘力の壊滅」が重要で他はだめなものだというような表現こそ(クラウゼヴィッツが改定作業を行ったとすれば)消さなくてはならない表現。

清水訳は調子を改定されていない部分に合わせていてまるで逆をやっている。
こんなことをされると1827年以降にクラウゼヴィッツの行った改定部分「第1篇1章、2章、3章」を改定という学説に合わなくなってしまう。
2002.07.07...

クラウゼヴィッツの手記(1827)の「二つの戦争」について...
増えてきたのでまとめると

1.戦争論の文章からの解析

2.歴史的研究、当時の状況や個人的手紙から導き出される解析

3.この問題から導きだされる、戦争論の完成度

4.読み方、消去される部分、(こちらのほうが重要)

5.時代によってどう理解されかた。

これで何を執筆すればよいかまとまりました。
特に「3.戦争論の完成度」「4.読み方」は最近の戦争論解説から何故か抜けてる部分なので(歴史や問題があることは書いてあるが実際どう読むかは書かれていない。)重要点、

これは、5.で第一次世界大戦前の状態と比べる必要がありそうです。
読み方や使い方の書いてない説明書は無意味だ...
英語圏に比べて戦争論の正しい普及がどれだけ遅れているかこれではっきり解ると思います...


さっそく、まとめてみました。本文一部執筆

1.戦争論の文章からの解析
ハンス・デルブリュック
問題点は、数十年にわたる議論でデルブリュック自身の解析も変質してしまい当たりさわりの無いものに変わってしまってるので簡単な「デルブリュック」の理論説明では何が問題だったか解りにくい。
(当初の問題点は「消耗戦略」「打倒戦略」で戦争術の歴史を分けたこと...)
(「消耗戦略」はWW1で大量に人命を消費した作戦と同名になってしまったため途中から「機動」に変わった。)

ハンス・デルブリュック批判の論文から戦争論について多くのことが解りだした...

相手の打倒とか相手を消耗させるといった原理または傾向はすべての戦略の中に種々様々の混合状態で含まれ・・・人はそれを岩石や植物のように分類することはできない。
P17〜P18、オットー・ヒュンツェ(Otto Hintze)

1827年の手記にかかれている二つの戦争は粗野な二区分で中間部分の指摘もあるが戦争分類のようにも見えてしまう。
(デルブリュックは暫定的で未完成の手記の表現からクラウゼヴィッツの最後の回答を読むという誤りを犯した)

第一篇第一章(クラウゼヴィッツが唯一完成した部分と呼んだ)では、「積極的表現、敵の打倒」から「無名のままの消極的表現」の連続的な変化を表わす可動的な原理に変わっている。
(ナポレオン戦争を表わす「絶対的戦争」とそれ以前の「歴史的な戦争」の2区分から「抽象的戦争」から離れていく可変の表現に変わった。)
(デルブリュックの図式はクラウゼヴィッツの補完ではなく奇形化にあたる。)
※可動要素の詳しい説明はケッセルの論文のほうが判り易い。

戦略の二つの極は、「敵戦力の撃滅」と「自己の戦闘力の維持」であって攻撃と防御、戦闘と機動は単に戦争遂行の手段でしかない。

つまり、「敵戦力の撃滅」と「自己の戦闘力の維持」の下に優勢側の攻撃とか弱小側の遅滞戦術とかさまざまな状態が生じて来る
(攻勢とか防御とか言う前に考えなければならない視点)

招集できる兵力量と兵の維持




3.この問題から導きだされる、戦争論の完成度

1827年以降にクラウゼヴィッツの行った改定
ピーター・パレットは、「第1篇1章、2章、3章、第2篇2章、第8篇の一部」を改定したと考えた。
しかし、この改定部分も歴史的研究で明らかにされたように最終的な完成形態に達していない。
(注、改定部分については、研究者によって諸説がある。)
(一般的なピーター・パレット説を採用)
もっとも完成された章とクラウゼヴィッツが呼んだ「第1篇1章」ですら未完成で問題を含んでいる。
(抽象的思考の遊戯として残した絶対戦争の概念部分)
(第一から第三の交互作用、戦争のエスカレーション部分)
(不要なものとして消されるべきだった...)
最初に持ってくるべきものは、
(交互作用部分)中途半端なエスカレーションでは無く
敵戦闘力の撃滅と自己の戦闘力の維持の関係
(この関係から戦闘と機動、攻撃と防御などの関係が定まる)
大きくは、戦争によって得る利益と自軍や国土に受ける損害の関係

縄張り争いする猿でさえ、戦う前に相手の強さを調べ自分達より十分劣っていると確信して初めて戦いを始める。
(自己保身が一番根元に来る。)
(決闘をモデルにするなら、自己の安全が敵を倒すより優先されることを書くべきだった)


4.読み方、消去される部分

概念部分の消去
第一篇第一章の2〜5
(戦争を決闘に見立てる部分から競い合う力は極度に達せざる得ないと書いてある第三の交互作用まで)
戦争論の説明にこの部分を使った解説を行う本は最新の研究結果を反映していない古いものになる。


絶対戦争の概念の放棄
ナポレオン戦争の時代から戦争を眺めたクラウゼヴィッツの戦争解析はせまいものだった。

優位な条件も無く



2002.07.05...

「最終兵器彼女」名古屋では、地上波で放映されてます。
漫画は全部読んでるので...
動きを見るくらいですが、戦争設定が30年前のSF小説「終末戦争物」みたいなので、爆撃も半世紀前のB29のジュウタン爆撃だし...
全体的に古臭いというか、作者の戦争理解が前世紀の遺物なので笑って見てるだけですね...
こんな無意味な儲からない戦争は誰もやらない。
(今日、総力戦が行われないのは、人道的見地や平和を尊ぶからなどではなく...)
(単に利益が出ないからにすぎない。)

どうしても、にゃんにゃんシーンになると
「秀ちゃん危ない!そんな危険なもの(兵器)に抱きついちゃだめだ」
とか考えてしまうので、ギャグ漫画としてしか見れない...
2002.07.04...


資料の追加...おかしいな?
打ったと思ったのに大事な部分が抜けてました。
.
第一次世界大戦の解析...
「・・・絶対戦争のこの観念がひとたび----クラウゼヴィッツ自身を通して----人間の意識の中に導入された後には、戦争遂行の強度の漸次的上昇がこの観念の実現の道程においてますます注目されざるを得ないことは予見できなかった。」
「相手の征服や政治的目的の到達のためには、・・・力の一層の緊張こそが必要であると明確に認識されると・・・いずれの国家も最初から戦争の中に利用し得る限度のすべてのものを投じ、この力をあらゆる手段をもって維持し、または上昇させようとすることに立ち到った。」
(結果)
「クラウゼヴィッツがただ単なる悟性の極端な構成物として定立した絶対戦争の観念が完全な範囲にわたって実現されることになった。」
エーベルハルト・ケッセル「双極的戦略」(Doppelpolige Strategie)(1931)P79
.
.
戦争論を正しく解釈するためには
第一篇第一章の論理に従って推論することである。
・・・この書物は、すみずみまで同じ音響で鳴り響かないのである。
どう見ても、第3篇、第4篇、第5篇を通って、第6篇に来ると、何か違った調子が感じられる。第3篇、第4篇にはリデル・ハートのいう「大軍と相互殺戮の救世主」、との言葉を例証するような言説が随所に出てくる。彼は、戦争、流血の戦争、こうした激突を賞賛し、自分の感情を制御し、嵐のさ中にあっても洞察力を失わない最高司令官の崇拝を鼓吹しているように見える。
これに反して、第6篇においては、政治的および軍事的に防御の立場に立つもの受ける利点を列挙している。・・・
「戦争を考える」レイモンアロン P10
.
.
注意点ブライアン・ポンドの言う
ナポレオン戦争の理想「一撃による敵の撃破」と戦争論の絶対戦争部分、「敵を撃滅して講和を強制する」
両者は同じこと...
(クラウゼヴィッツ同様ジョミニにも同じような考え方が付加されていた。)
.
.
単に「二つの戦争」についてまとめようとしただけなのに?
なぜだ?なぜ?説明するためだけにこんなに論文の引用が沢山必要に...
(読み直すとまだ足りない...)
.
.
ちょっと脱線して、攻撃について息ぬきに打った文をUPしときます。
.
攻撃については、長々と戦争論の解説をやるよりこうやってまとめた方が解りやすいかもしれない。
(ジョミニとリデルハートも混じってしまうため)

二つの戦い方
一つは、
クラウゼヴィッツに代表される(初期の解釈)戦力をぶつけて敵を潰すという。
あたりまえの方法、(この時優位にたつには敵より多くの兵力(戦闘力)を集める)
.
もうひとつは、
「敵の士気を消失させる」とか「主力を決勝点に投入(敵の連結部を狙え)」とか表現されている方法
残念ながらこれは、「兵法書」側の説明が不十分で理解しにくい。
これは、当時の軍隊は多数の兵が隊形を組んで初めて戦力として使えたということを考える必要があり...
敵の陣形を崩し、戦力として機能しなくさせるという意味になります。
(追撃戦による敵のせん滅という表現も崩した敵が再集結して戦力を回復する前に攻撃せよという意味)
側面攻撃や敵の弱点を突いて突破分断するのも同じ考え方による。

(側面攻撃は(予備部隊などで塞がれ)対応されると単なる戦闘正面の拡大で終わる危険がある)

敵より多くの兵力を集める=
戦闘地点に空間的に集結して、優勢を得る。(主な戦闘法は突破を図るになる。)
地形などを利用して優勢な兵力を隠蔽し奇襲的に攻撃する。
この場合は奇襲が主ではなくて敵が対応して援軍を送るのを防ぐため

(初期の解釈)=
クラウゼヴィッツの理論には、ばらばらではあるが、機動戦的表現も含まれている。 戦力を集中してひたすら敵と激突させるようなものと思った初期のクラウゼヴィッツ理解は誤りになる。

注、「敵の士気を消失させる」リデルハート 、「主力を決勝点に投入」ジョミニ、
ジョミニ自身、決勝点の正確な説明ができなかった...
リデルハートは決勝点を部隊の連結部分、つまり弱点とした。

だいたいこんな感じで進める予定です...


月末なのでまた本屋に新刊をあさりに行きました...
最近は,駄目本を×点打ちながら読むと新しいアイデアが沸くと解ったので...
(戦闘結果表と確率について詳しく考えをまとめたのは収穫でした)
盛大に×点と赤線引きながら読んでます。

しかし...駄目な本は駄目だな。毎ページ×が出る??

なんだろうこれ???
「戦力格差と勝敗に相関関係がない」って???
「歴史に残る戦いは戦力が劣っている側が勝った例が多い」???

そんな馬鹿な?
戦争は通常、戦力の大きいものが勝つ。
戦力に劣っているものが勝った場合珍しいから歴史に残る
強いものが弱者を踏み潰してもあたりまえなので歴史に残るようなものにならない
ですよね。

これじゃアイディア沸かないかな?
この本、ごみ箱行き決定?
2002.07.02...


初版本(first edition)
一応...ひととおり翻訳...
初版本と二版以降の相違点はこれでカバーできます。
全部見るとあまり大した違いは無かったように感じます。
それよりも、翻訳の悪い面のほうが気になってくるようです。

マイケル・ハワード&ピーター・パレットの英訳は、原文総てと百数十ページの解説、論文などが付いて初めて戦争論を理解できるとしているので、日本のように穴だらけの省略型や原文だけの説明の貧弱な状態で販売するのは、戦争論を正しく理解することができないと言えます。
2002.6.30...


二種類の戦争(Die deppelte Art des Krieges)
全体的に未整理状態(資料を作っただけ)...
翻訳の正誤をやる羽目になったため止まってます、解り易い本文製作予定

初版本(first edition)
初版と2版以降の違いの調査。
現在「1篇〜6篇」まで、「7,8篇」途中...
2002.6.29...


なにか心配になってきたので...
マイケル・ハワード&ピーター・パレットの英訳には初版本と再版部分の違いが総て注の形で解るようになっているので簡単に場所を割り出せます。
英訳と岩波版(篠田訳)、中公文庫版(清水訳)の三つを比べてみました。

防御の6篇、1〜3章を比べてみました(この当りの相違が気になったので...)
(まず英訳注より、防御6篇1章〜2章には、第1版と第2版以降の差は無い)

表現が変(弱い)
・・・それは敵の襲撃に抵抗することである。中公(下)P12
防御の概念とは何か。敵の攻撃を「阻止する」ことである。岩波(中)P268
What is the concept of defense? The Parrying of a blow. On War p427

レクラム版と同じ誤植、
×敵がこちらの銃剣に向って突撃してきたり中公(下)P12
○敵がこちらに向って銃剣突撃してきたり、岩波(中)P268
誤植とセットなんだろうか??
×突撃してくる敵に突撃をもって応えるなければならない中公(下)P12
○敵の攻撃に応酬せざる得ない。岩波(中)P268

非常に重要な部分が欠けている...
×後者(攻撃)には現状維持者には無い独自の戦争手段を多様に駆逐する道がある。(消費するという部分無し)中公(下)P13
○攻撃は進んでさまざまな戦争手段を使用せねばならないから、従ってまた防御より遥かに大なる戦力を消費するわけである。岩波(中)P268
The latter increases one's own capacity to wage war;the former does not. On War p427
latter increases 後者は増す former does not.前者は増さない
wage war戦い 賃金? 、戦争する。うむむ...
良く見ると岩波訳じゃないと意味が通らない...こちらの意訳でOKですね。

第3章には、
6.すぐれた精神的諸力の利用。岩波(中)P279、13行
英文注より、この当りの1〜6の主要原理の項目は原版では無く類推された...

岩波(中)P279、15行(中公(清水訳)も「奇襲」のまま)
×防御者が土地および地形の有利を享受し、攻撃者が奇襲の有利を享受することは・・・
○防御者が土地および地形の有利を享受し、攻撃者が先手(主導権)の有利を享受することは・・・
クラウゼヴィッツは一版もそれ以降も同じく、奇襲(Uberfall)という単語を使ったが...
「マイケル・ハワード&ピーター・パレットの英訳版」では主導権(initiative)に変わっている。
つまり新しい解釈...
以下P280、3行目まで奇襲(Uberfall)を主導権(initiative)に入れ替えている。

ちょっと訳して比べてみましたが、中公文庫版(清水訳)のほうが悪そうです...
というよりこいつは使えない。

どうやら、初版本と再版本の違い以外にも変更点が有るようです。
英訳の注を全訳して岩波版を使うしかなさそう...
面倒な作業がまた増えた(V_V)...
2002.6.19...


「戦争論」マイケル・ハワード&ピーター・パレットの英訳

総ての注、翻訳、相違点調査、その1

「序文(著者)」1816〜1818年の間に書かれた戦争理論についての発表されなかった原稿
(日本の訳書(最後の序論)と違い序論の最初に並んでいる。)

注1、On War _P69 クラウゼヴィッツの注、「軍事評論家への批判(理論と観察双方が必要)・・・」
岩波(篠田訳)P20、中公(清水訳)P30とも同じもの


「序文(著者)」起源について書かれた戦争理論の初期原稿(1818ごろ)
(日本の訳書ではマリー婦人の序文の中にあるクラウゼヴィッツの原稿。)

注1、On War _P71 原稿の年代決定についてはP74 のマリー婦人の序文(P74)を見よ。


「序文(刊行者)」マリー・フォン・クラウゼヴィッツの序文

注1、On War _P76 マリー・フォン・クラウゼヴィッツはフリードリヒ・ウィルヘルム王子(後のフリードリッヒ3世)の家庭教師に任命されていた。


第1篇 戦争の本質について(On the Nature of War)

(注)なし...

第2篇 戦争の理論について(On the Theory of War)

第2篇第1章 戦争術の区分(Cassifications of the Art of War)

注1、On War _P146 クラウゼヴィッツは二章も指している。
岩波(上)P142、12行、中公(上)P146、12行、どちらも「第1篇第1章」のみ。

注2、On War _P148 ドイツの注、展開(deployment)の説明
岩波(上)P146、3行目篠田訳のみ注あり、中公(上)P149、16行目、注なし...

第2篇第2章 戦争理論について (On the Theory of War)

注1、On War _P154 instrument(器具、道具、器械)は、軍隊(armed forces)のこと
岩波(上)P156、2行目(戦闘力)、中公(上)P158、18行目、(軍隊)

注2、On War _P156 策源についての解説はP11の「戦争論の起源」ピーター・パレットを見よ
岩波(上)P159、独自の解説(9行分)有り、中公(上)P162、解説なし

注3、On War _P156 内線についての解説はP10~11の「戦争論の起源」ピーター・パレットを見よ
岩波(上)P160、独自の解説(6行分)有り、中公(上)P163、「内線(策源地と本国を結ぶ諸交通路)」は誤り

「戦争論の起源」ピーター・パレットP11 P10とは...
「戦争論」マイケル・ハワード&ピーター・パレットの英訳には、65ページの詳細な解説が付属している。


第3篇 戦略一般について(On Strategy in General)

第3篇第1章 戦略 (Strategy)

注1、On War _P207 明確には最初に定義された部分は第2篇1章P146
「戦略の概念は第2篇第2章ですでに確立されている」
岩波(上)P252、「第2篇第2章」のまま、注なし、中公(上)P246、「第2篇1章」と書き換え

第3篇第3章 精神的量 (Moral Factors)

注1、On War _P216 「第2篇第3章で・・・」は第1篇を意味する。
岩波(上)P268、中公(上)P259、どちらも「第2篇2章」としている。


第3篇第6章 勇敢 (Boldness)
注、勇気(courage) 勇敢な(brave)でBoldnessの直訳は、大胆な、恐れを知らない、ずうずうしい。
でも使い難いし、日本語では高貴な部類には入らないので勇敢になってるようです。

注1、On War _P224 格言をフランス語で書いて注で英語訳している
「第二位の権力者は最高位では衰退する?」(フランス語辞書で引きなおす評価保留)
岩波(上)P282、中公(上)P272


第3篇第8章 兵数の優勢 (Superiority of Numbers)

注1、On War _P230 クラウゼイッツの注、モンタランベール、テンペルホフについての若干の説明
岩波(上)P294、中公(上)P281、どちらも同じ

第3篇第9章 奇襲 (Surprise)
注1、On War _P234 クラウゼイッツの注、テンペルホフ著「老練なフリードリヒ大王」参照
もう一つは、(ヤコブ)Jacob de Cogniazo の Gestandnisse eimes ostereichschen Veteranen Breslau 1781-91
Gestandnisse 告白・回顧録
Veteranen 老兵・ベテラン
Breslau ブレスラウ(シュレージエンの都市)
岩波(上)P301、中公(上)P287、どちらも同くテンペルホフ著作の参照のみ

第3篇第16章 軍事行動の停止について (The Suspension Action in War)

注1、On War _P253 第2篇第5章、ここには無く第1篇第1章P91~96を参照せよ
岩波(上)P331、12行目、中公(上)P312、16行目、どちらも第2篇第5章のまま

注2、On War _P255 第2篇第5章、ここには無く第1篇第1章P91~96を参照せよ
岩波(上)P334、17行目、中公(上)P315、12行目、どちらも第2篇第5章のまま

(注、On War _P91~96は、第1篇第1章12〜19のこと、岩波(上)P44〜53、中公(上)P50〜58)

第3篇第17章 近代戦の性格について

注1、On War _P258 訳者注、クラウゼヴィッツは彼自身が1804年にナポレオンはロシアを打ち負かすことはできないと予言している(ピーター・パレットClausewitz and the State P224 (New York 1976)を参照)
岩波(上)P339、7〜9行目、中公(上)P319、2〜3行目、どちらも注なし

第4篇 戦闘 (The Engagement)
Engagement 交戦、戦い、約束、契約

第4篇第4章 戦闘一般について(続き)(The Engagement in General-Continued)

注1、On War _P278 「ベル・アリアンス(Belle-Alliance)」はワーテルローのこと
岩波(中)P91、中公(上)P344、どちらも同じ注

第4篇第6章 戦闘の持続時間

注1、On War _P282 相対的防御はここでは明らかに遅滞アクション(遅滞戦術)文字通りの意味になる。?
(単語が一個訳せない??Vertheidigung??)
岩波(中)P34、中公(上)P349、どちらも注なし、岩波は多少意訳が入っていて解り易い。

前半終了、日本語訳は翻訳年代が古いせいで初版も再版もどちらもけっこう違っているようです。
いまのところ岩波の方が良さそうです。
(岩波は攻撃関係の訳に不満が多少でるようです。)
(中公(清水訳)は防御関係の訳が意味が解らなくなるほど違訳があるので辞めたほうが...)
2002.0621...


方針(Nachricht)に出現する「二つの戦争」解析

岩波(上)P13
「その第一は、敵の完全な打倒を目的とする戦争である、なおこの場合に国家としての敵国を政治的に抹殺するか、それとも単に無抵抗ならしめ、従って我が方の欲するままの講和に応ぜざる得なくするかは問うところでない、また第二は、敵国の国境付近において敵国土の幾許かを略取しようとする戦争である、なおこの場合略取した地域をそのまま永久に領有するか、それとも講和の際の有利な引き換え物件とするかは問うところでない。」

しかし、論文の引用部分を見ると(オットー・ヒュンツェ−一つの回答−P22〜23)
「・・その目的が相手の打倒、相手を政治的に抹殺するにせよ、相手を単に武装解除するにせよ、相手を自己の意のままに講和に強制せんとする戦争、・・・永久に併合するためにせよ、講和の際の交渉材料に利用するためにせよ、国境地帯において相手の若干の領土を征服せんとする戦争」

となっていて違っています。

1.相手を打倒して自己の意のままに講和に強制せんとする戦争
2.国境地帯において相手の若干の領土を征服せんとする戦争

そこで、色々な「完全な敵の打倒」部分の訳を比べて見ると...

英語版 overthrow the enemy
独語「打倒」Niederwerfen (敵に)打ち勝つ、(暴動などを)鎮圧する
岩波 P13 「完全な敵の打倒」
清水訳P24 「敵対者の打倒」
レク P14 「敵の撃滅」

英語版の戦争論(On War )、マイケルハワードとピーターパレット共著
単語訳 overthrow 転覆させる(亀をひっくり反して手も足も出なくするという意味)
(ここでは武装解除的な表現)


対比できそうな部分を探すと... 第一篇第一章25に象徴的形態についての説明に「敵の完全な打倒」(岩波(上)P59)と言う表現が有るので、比べてみると...

英語版 destruction of the enemy
独語「撃滅」Vernichtung 根絶、絶滅、破壊、破棄
岩波 「敵の完全な打倒」
淡訳「敵の粉砕」
清水訳「敵を屈服させる」
レク 「敵の撃滅」

英語版の戦争論(On War )、マイケルハワードとピーターパレット共著
destruction of the enemy
単語訳 destruction 破壊、滅亡、破滅
(象徴的なエスカレーションでは破壊的表現)

日本語に翻訳された「戦争論」は両者が同じになったり、意味や対比的に合わなかったりして良くないようです。

「戦争を考える」レイモンアロン(仏)P436でも 二つの戦争とは・・・強制された和平と交渉による和平の対比
とされているので、英語版とも合う。 「撃滅」(Vernichtung)ではなくて「打倒」(Niederwerfen)を使おうと思っています。

(現実の二つの戦争と象徴的戦争は違うものだと研究で解ってきた結果の違いで、)
(「撃滅」だと古いままの部分(絶滅や皆殺しなど流血賛礼的な要素)に合わせることになってしまう)

古い戦争論の翻訳は研究が進んでいない結果だからしょうがないが新しい結果を反映できるはずのレクラム版が「撃滅」で統一されているのは許されない?(一般的に英語圏で流通してる書籍以下(T_T)...)


「方針、手記、覚書」など色々な書かれ方をしてるので調べてみると... 岩波(上)「方針」(Nachricht)
清水訳は、「覚え書」
レクラム版は「手記」
独単語訳 Nachricht 知らせ、通知、消息、報道、報告、ニュース
通知とか報告って意味もあることを考えると(意訳の)「方針」のほうが良さそう?


デルブリック批判のあたりから用語解説をしようと思って辞書を引いてたら脱線してしまいました...
(久しぶりに辞書引いた...しかもドイツ語辞典)
2002.0615...


ちょと調べてて気になったのですが、ナポレオンの評価...最近のものは甘いのかな?
「ナポレオン伝説」的な書き方なのかも?(皇帝万歳!!)

ナポレオンの軍事学についての知識は貧しく貧弱で、後にナポレオンを研究したジョミニの著作に逆に影響されてしまう程度のものだった...
肥大化したその野心と時代がピッタリ合ったため天才と呼ばれた...

ゲルハルト・リッターとエーベルハルト・ケッセルの著作から
戦争術の変遷

「フランス革命の時代における戦争術の変遷」エーベルハルト・ケッセル著

P13
・・・ナポレオンが軍事的及び戦史的な研究を(後で触れる予定の砲兵将校としての彼の教育の純粋に技術的な要素を別として)その青年時代に殆ど全然と言ってよいくらい行ったことがなかったことは確かである。彼はルソーやブルタークやマキャベリやモンテスキューなどの著作を読んだ。当時の彼の野心や概して軍事的なことよりも政治的なことの方に向いていたからである。

「要塞の包囲のような戦争のやり方がある。ただ一点に砲火を集中し、いったん突破口ができれば均衡は崩れる。他の部分はすべて不用となり、要塞は結局攻略されてしまう」

この単純な考え方の中に現れているのは、その理解がもともと大ざっぱなものであることである、それは独創的でもない・・・

P14
「いつまでも防御陣地にとどまろうとするものは敗れる−これは戦争術の一つの鉄則である。経験と理論はこの点一致している。」・・・この言葉をもたらした文脈の中では必ずしも間違っているとは言えないこの言葉も、その定式化された形においては当時の時代でさえも誤っており、ナポレオンの教育の貧弱さを示すものであった。

ナポレオンの天才(軍事的才能)は、際限のない、他に例を見ないほどの野心によって高められ作られた。
(徹底性、目標を獲得せんとする直進性、思慮と決断、などなど)

P16
ナポレオンの行動はこの生まれながらの将師としての天才を否定し難いほど明白に証明するものであって、それと対照して彼の理論的研究の実際的意義については恐らく差し当たり表面的に見えるよりも小さく評価せざる得ないのである。

P15
彼は、戦争の本質についての最初の印象をその時期の時流に沿った専門的文献から得たのではない。
砲兵学校などの技術的専門基礎は学んでいたが、ナポレオンは当時の理論家の文献を読んでいない。
(耳学だったという説と若いナポレオンは読んでも自分の物にできなかったという説)

P19
至る所で人はナポレオンが原則の固定した体系なるものをもたずに瞬間の命ずるところを行なうのを見るのであった。

P23
つまり、ナポレオンは意識的に一つの教義を作り上げたが、一方彼の天才はそれに影響されることなく行動した・・・ナポレオンは時の経過とともに独善家になった・・・ジョミニの「大戦術論」すらナポレオンに逆に影響を与えその独断主義を助長するように作用した・・・


この部分は重要
P24
「かの偉大なプロセインの国王、フリードリッヒ大王に関するナポレオンの考察の中には、大王の性格の素朴にして大きな全体評価と並んで、大王の行動についての人為的技巧の規準をもってする細々とした批評があるが、これはナポレオンの歴史的意識及び、歴史的知識の不足を計算に入れても、大王の作戦の大いさ及びその意義に対する洞察を注目に値するほど欠いたものである。

従って人はナポレオンにおいて明確な認識と硬直した独断との特徴的な混合が、一種の不明瞭さを生じているのを見るのである。しかし、これによってナポレオンが学派を作り得なかったことも理解し得る。天才は、それ自身完全に理解される明瞭な洞察が提示される場合にのみ教訓的に作用し得るのである。」


政治と軍事ードイツのミリタリズムの問題ー 第1巻 古プロセインの伝統
ゲルハルト・リッター著
P30〜31「2.戦争遂行と戦争政策における革命」

その権力意思は百万の人間の生命も塵芥ほどにしか気にかけないし(彼はかつてメッテルニヒに語った)、また彼にとって被支配者の福祉は国家的理念(フランスは彼の祖国ではない)と同じく基本的にはどうでもよいことであり、大革命の理念さえも彼の個人的権力の完成と強化のための補助手段以上のものではなかったのである。・・・

ナポレオンは一般に彼の時代の学問的な戦争理論の意味における専門的に教育された戦略家ではなかった。彼はセント・ヘレナ以前には、戦略に関する戦史的又は理論的研究を殆ど全く学ばなかった。むしろ歴史や道徳哲学や政治関係の文献とつき合った。従って彼の戦争のやり方は彼の時代の学識ある機動的戦略家にとっては先ず独創的というよりは無技巧かつ未熟なものとして現れた。すべての敵に対する優越を彼に与えたものは、本質的には彼の攻勢の前代未聞の激しさであった・・・かくして初めて、国民的に統一された大量の軍隊という革命によって供給された新しい力が完全に利用し尽くされた。


ジョミニについても...
クラウゼヴィッツ論「政治と戦争」−思想史的研究、ハンス・ロートフェルス著

ハンス・ロートフェルスの「戦争概論」を書いたジョミニについてのまとめ
P53
彼は深い歴史的理解もなしに、彼の時代の支配的な戦争行為を、ちょうど18世紀の理論家が彼らの時代の戦争行為について行ったのと同じように絶対化した。・・・ボナパルトの戦争遂行に対して、ジョミニ自身も全く偏見なしに立ち向かったのではなく、それを独断的な図式に押し込め、その内容を2,3の少数の準則の中に確定しようと努めた。内線に立っての攻撃、または可能な場合は敵の連絡点をカヴァーする翼からの攻撃、これが彼にとって不変の戦略上の核心的命題であった。

ちょっと脱線しました...
2002.0612...


資料3
デルブリック、クラウゼヴィッツとフリードリッヒ大王の戦略−一つの回答−
オットーヒュンツェ著(1921)

有名な命題論争の論文です、
「打倒」が絶対戦争、「消耗」が制限戦争のこと、用語解説は別資料として後でまとめます

P7
相手の打倒及び消耗は・・・絶対的な不変の強度においてではなく相対的な変化する強度において一方から他方への漸層的変化と中間的移行を伴う・・・一般的な戦略原理又は傾向を表現する・・・いずれの場合でも戦争遂行の強度の表現である。

P26
1827年の手記の中の粗野な2区分があるが、これは二つの形態の間の多様な中間態を手落ちなく指摘しているとはいえ、戦争の分類に近いものを思わせる。・・・

・・・ここ(第一篇第一章)では、抽象的戦争の原理への接近のさまざまの程度についての絶対的ではなくて相対的な区別をあらわす、精細な一連の関数敵関係、限りなく多数の中間態及びニュアンスの差をもつ連続的変化尺度が重要なのであって、それは一つの分極的対立によって支配されている、

その積極的な分枝は「敵の打倒」と呼ばれるのに対し、もう一つの消極的分枝は無名のままにとどまり、戦争の政治への接近や敵の打倒の原理からの乖離によってのみ特徴づけられる。

相手の「打倒」と「消耗」はクラウゼヴィッツの意味では硬直した体系ではなく、戦争遂行の極度に可動的な原理または傾向であることは明らかであろう・・・

P28
大いなる決戦を伴う又はそういう決戦のない戦争のことを述べている第6篇及び第7篇の中にある戦争の区別・・・明らかにより旧い形態の理論を相手にしているのであって、そこでの理論は政治的ではなくて純軍事的に方向づけられ、また余りに無条件に打倒思想の極点に達している。

P28
恐らくクラウゼヴィッツの改定計画の最重要な対象の一つであったと思われる。限定された目標を持つ戦争は、相手の打倒のための条件が満たされないときに現れてくる。

現実の戦争は「打倒のための条件が満たされないとき」の方が多く
第一篇第二章の敵戦闘力の撃滅、が適わない場合になり

敵戦力の壊滅を目指すのは味方への損害も大きく危険である。
このような大きなリスクを冒せない場合以下の行動を取る。

第二、(敵国力の消耗)、敵戦力の損耗
敵軍を攻撃して減らし、弱体化させる。一地方の一時的な占領。
第三、敵に損害を与え疲弊させる。
1.敵国への一時的な侵攻、敵地での軍税取り立て、略奪、
2.敵の損害を大きくするように行動する。
3.連続的な戦闘により敵を疲弊させる。
小さな目標(確実に勝利できる)に連続攻撃をかける。

自分の方が弱者の場合の作戦。
敵の消耗を政治目標と釣り合わないぐらい大きくすることができれば敵に政治目標を放棄させることができる。
目的は、敵の弱体化

可変の強度を持つようになる。


資料4 人物評
クラウゼヴィッツは、マキャベリと同じく実際の部隊運用は苦手だった...

クラウゼヴィッツ論、P196、ハンス・ロートフェルス
グナイゼナウが1812年に彼を皇帝に重要な戦争理論家として推薦したとき、参謀本部将校としてのこの推薦資格は本来の前線任務から、またそれとともにロシア軍における定着から彼をしめ出すことになった。

クラウゼヴィッツの軍事的失敗の本質的な点もまた明らかとなる。彼の本性の感じ易い反省的な性質は、行動の世界では荷厄介な持参金であった。本能的な確信の不足、これが戦略的のみならず戦術的領域において彼を強くその友人のグナイゼナウと区別する点であった。グナイゼナウは無意識の独創性を持った天性の将師タイプである・・・かかる偉大な将師の資質はクラウゼヴィッツには全く欠けていた、伝えられるところでは、彼は部隊の前に立つと不器用で不得手だったという。・・・


初期作品が流血賛礼になった理由のひとつ?
「戦争論」完成にはクラウゼヴィッツ自身の成長が必要だった...

カール・フォン・クラウゼヴィッツ「出身と人物」P127、エーベルハルト・ケッセル
彼の戦争理論の構築の中では大きく後退したが、しかし、この点において注目に値する一つの特色がある、それはクラウゼヴィッツの初期の表現の中に認められるが、将師が大量の細部の知識をもつことに対する軽蔑という特色である。・・・彼の特質及び人柄を知るためには、この最初期から見られる細部知識の軽蔑は非常に重要である。それは、彼が生まれつきそのものとしては決して思索者(denker)でなかったことをわれわれに示すのである。彼が思索者になったのは、むしろ彼の経歴の発展の中で初めてそうなったのである。

(注クラウゼヴィッツは12の時から軍隊の中で育ったため、現代人には受け入れられない考えかたをする部分も多い...)


資料2へ追加
二種類の戦争、エーベルハルト・ケッセル(1953)

P183
経験的判断は、18世紀が現実に限定された目的の戦争指導によって支配されていることを示した・・・ 時代の物質的、精神的及び政治的諸前提は事実上、かかる戦争形態を広く歓迎していたし、あるいはそれを要求することさえあった。それにもかかわらず、ここでも二つの種類の戦争が相並んで存在していた。7年戦争におけるようにすべてが賭けられていた戦争と、より軽少な利害が賭けられていた戦争である。 P182
二種類の戦争というのは、その本質によれば、1827年の「方針」における定義によって一見そうであるように見えるものとは異なる別のものである。・・・二種類の戦争とは、極度の法則の下にある戦争と、政治の緩和的影響下にある戦争、この二つである。

P181
十分な実証的な歴史認識を思うままに利用しえないところでは、彼を誤った解釈に誘うことになった。たしかに、クラウゼヴィッツは7年戦争におけるダウンの戦争指導を欠点のあるものとして批判することにおいて完全に正しかった。けだしダウンは皇帝の政治を支配した「相手の撃滅」という政治的目的に反して、相手を打倒する戦略を追求しなかったからである。従ってクラウゼヴィッツは、後のハンス・デルブリックの命題のごとき、18世紀は一般に敵を打倒する戦略を追求することができなかったという推論にはるかに遠かったのである。・・・

われわれは今日、フリードリッヒ大王が1757年には相手の打倒という軍事目的を追求したことをはっきり知っている。

ナポレオン戦争以前にも相手の打倒を目指す激しい戦争とそうでない戦争が存在した。

戦闘兵力の時代による大小は国家の存亡のかかっている戦いかそうでないかの規準にはならない。
ナポレオン戦争の時代から見ると限定戦争のように見えても実際には国家の生存のかかっている激戦の場合もある。

18世紀はナポレオン戦争の時代よりも戦闘が起こった場合、死傷者が多くなる。
フリードリッヒ大王の偉大さは、将軍としてではなく国王としての正しい政治判断能力 自国の戦争できる限界を正確に測り、決して限界を越える戦いをしなかったこと。

機械のような正確な運動で斜行隊形戦法を使って敵の側面の一部分に全軍で攻撃をかけて 同数や敵より少ない兵数でも優勢勝ちできる戦法を篇み出した。

オーストリア軍が平地での戦闘は不利だと悟り、陣地を構えて砲兵を使って応戦する戦法に後期は変わってしまったためなかなか勝てなくなった。

「何事においてもそうだが、とくに戦争において人間のできることは能力の範囲にとどまり、願望に沿うことは稀有である。」

オットーヒュンツェP41
オーストリアの戦争方式はプロセインの軍隊の戦術的優勢のために広潤な地域における決定的戦闘を回避し、むしろダウンによって完成された方式に従って堅固な陣地で相手の攻撃を待ち受けるのである。これは最近の時代の戦争遂行のむしろ現実主義的な方式である。


注、ケッセルは、二区分として考える特殊な立場
第1篇第1章に基づく二区分の無い「さまざまな種類の戦争」として問題を考えるのが一般的

二つのベクトルが有り...
政治的な緩和政策と極度状態の政治的理由からの場合
兵力の貴重さや戦闘力不足から打倒戦略が不可能になる場合

注、政治を二通りの意味にクラウゼヴィッツは使用している。
論文自体はケッセルが指摘した新しいアプローチの説明


あまり上手くまとまってない?
次回は用語説明の予定...
2002.0609...


簡単な文章を書くだけでもこれだけの資料が必要になります。

資料部分
1.「戦史に学ぶ 勝利の追求」ブライアン・ポンド

「戦史に学ぶ、勝利の追及(ナポレオンからサダム・フセインまで)」
ブライアン・ポンド(ロンドン大学キングス・カレッジ戦争研究学部軍事史学教授、英国軍事史学会会長)
(防衛大学の副読本として翻訳された。)

題のせいで(似たような題の二流の書籍が多数出てるので)損をしているが、 リデルハートの弟子?が書いた本なので内容は保証できる。


絶対戦争の時代に生きたクラウゼヴィッツは、最初自分の時代に合わせて戦争理論を作ったが、歴史研究から絶対戦争が稀なことに気づき自己の理論を修正しようとしたが、果たせなかった。

第3章 ナポレオンの遺産ージョミニとクラウゼヴィッツ
(この章に戦争論の最近の研究の要約があります。)

P73
アザー・ガットとヤン・ヴィレム・ホーニッヒは、クライゼヴィッツが1827年以降に修正を行うまで「制限戦争」の用語を使用していないばかりではなく、これを正当な選択肢と認めていないことを指摘している。

P71
最初期の1804年のノートから1827年にいたるまで、一貫して、しかも情熱的にさえ、理想としての「絶対戦争」がもっとも重要であると主張している・・・

(若いときのクラウゼヴィッツは、戦争の遂行は常に相手の最大可能の弱体化に向って努力するという単純な見方をしていた。)

P73
壮大な決定的戦闘によって敵の軍隊を撃破するナポレオン的スタイルの「絶対戦争」の再三再四の強調は、「戦争論」の大部分である第2〜7篇を構成している初期の未修正原稿の中に見られる。
(第1篇第1章ですら完全に完成したと言えないことが後で、判明している。)

P73
クラウゼヴィッツは、歴史的な証拠の大勢は彼が優先的な地位を与えた前述のような総力による「絶対」戦争の理論に反しているという事実は遅まきながら直面した時に、彼の戦争哲学と方法論全体にかんする危機を経験した。

P74
要約すれば、戦争の真の姿をあらわしているナポレオン的な「絶対戦争」は非常にまれなものであると彼は述べている。・・・クラウゼヴィッツは、彼の戦争にかんする理論的な枠組みの土台が揺らいでおり、理論上の戦争に基礎を置く彼の論理が歴史上の現実の前に危うくなっていることを自ら認めた。

P75
クラウゼヴィッツは、絶対的な戦争を理想のものと評価できないようなあらゆる歴史上の事実の正統性を受け入れるという長い道のりを歩みだした。
(彼は、年度ごとの戦役史の執筆作業に取り組んでいて新しい見方はその作業の中から現れた...)

P76
クラウゼヴィッツがもっと長生きしたならば、彼は、戦争論の中に残されている緊張や対立をすべて解決したかどうか、もはや知ることはできない。
マイケルハワードは、肯定的...
アザーガットやギャリエは、懐疑的で...
(クラウゼヴィッツが理想としての絶対戦争の概念を放棄することに非常に気が進まなかったこと・・・から改定されても理想的な書までは届かないとした)

P75一時的な解決法
・・・(クラウゼヴィッツは)破壊的な「絶対」戦争の概念を放棄することに気が進まなかった・・・破壊的な「絶対」戦争は戦争の真の性格を代表するものであり、優先されるべきであると主張する一方で、二種類の戦争を認めることによって理論と実践の相違を橋渡しすることを試みた。
(その結果クラウゼヴィッツの理論とは原則的に矛盾するような意見についてさえ彼を権威として引用する状況が生まれた。)


2.近代戦争論の発生について−クラウゼヴィッツ「戦争論」の発生史−(1953)
エーベルハルト・ケッセル著、新庄宗雅訳

P170
戦争指導と政治の関係について、ハールヴェークは、「戦争論」の校訂出版において新たに彼の説の影響と誤解を一層精密に論じた。ただ私としては1853年の「戦争論」第二版における第8篇第6章Bの文章改ざんを全くその言う通りに重要視したくはない。この改ざんについて・・・彼らはプロセイン参謀本部が自らの領域の自立性を狙って行った努力と深く結びつけて考えている。

(ケッセル教授は、ブリュール将軍の編集による第二版以降の相違をそんなに問題視していないようです。)


P137「戦争論」使用上の注意
(戦争論は未完成で、結論や2,3の章が欠けているばかりではなくて、)現存するものが決して最終的定義を与えられたものではないという意味においても未完成である・・・提示されている未完成の形態においてすら・・・最も小さな断片にいたるまで完結した理論として認め得る・・・その理論たるやそれ以後の新しい時代の戦争における軍事思想を規定することになった・・・

その際つねに著者の思想全体に着目することが正しい理解のために必要である、引用の形で個々の部分を引き抜いて論じるのは、いずれにせよクラウゼヴィッツの論証の弁証法的形態に照らして特に危険な事であって、継続的な誤解の尽きることのない源泉であることを自ら実証している。

(第一次世界大戦前の適当に自説を強化するために引用する手引書として使われた反省...)
(しかし、現在でも軍拡用に使われている(冷戦期のアメリカでもかなりいいかげんな派閥があった。))


P152
クラウゼヴィッツは絶対戦争という彼の理念をもちろん単なる概念からのみ開発したのではなかった・・・ナポレオン戦争が経験的事実として同じく彼をそこに導いた・・・現実の戦争の、その絶対的観念に対する関係は、彼には言わば過去の現在に対する関係のようなものとして現れた。

ナポレオンの時代においてさえも現実の戦争とその絶対的観念との間にはいつも一つの間隙が残されている・・・つねに肝要であるのは、現実の戦争がその象徴的な概念に接近することだけである。

個々の場合に行われる戦争において相手の打倒ということが全くその目的でないならば、その場合かかる接近さえもまことに正当にも行われ得ない・・・その結果は、1種類の戦争だけがあってそれと異なるものはただそれの退化したものであるということではなく・・・やはり二つの同じく正当な権利をもち相並立する基本型がある・・・

P153〜4
人は今や戦争の二つの種類の原則的区別を全く真剣に取り上げ、この著作の中でそれが十分に願慮されていないと思われるところではどこでもそれを付け加えて読み込まねばならない。けだしこの著作の比較的早く書かれた部分では、しばしば第二の種類の戦争は自立的なものとしてではなく、第一の種類の戦争の修正としてのみ取り扱われているからである。

(注、1950年代のケッセル教授のクラウゼヴィッツの補完のしかた...)
(第1篇第1章から二区分では無く可変とするほうが一般的)


P157
最後の手記の中の第6篇(防御について)に対するクラウゼヴィッツの特別な言及・・・防御に関しては一つの戦争が両種類の戦争のうちいずれかに属するかという問題が特別に重要である、何故ならば防御はこの点についてもまた相手方の決定に左右されるからである。


P157
クラウゼヴィッツにとってその際重要であったのは絶対戦争の観念であったということを確認し、・・・かれの理論の発展史の中から、いかに彼が現実の戦争と絶対戦争との分裂のために苦労してその説明根拠を探し求めたか・・・遂に戦争遂行者が時としてまさに全く単純に全然極度を欲しない事があるという認識に到達した・・・

われわれは「そうすることを望まない」という事のみならず「そうすることができない」という事も問題となり得ることを、そしてその事のうちに特別の問題がひそんでいることも十分考えてみなければならない。従ってこの方面においても「戦争論」は未完成のまま残されており・・・

(「そうすることができない」この部分は18世紀の兵力が貴重だった時期に対応する、この部分はオットー・ヒュンツェの論文が詳しい「資料3」)

P158
第1篇第1章は1829年初めには現在の最終的表現が出来上がったと思われるのであるが、われわれはこの時期にもう一度彼の漏らした告白、「今でもずっとそう考えているが、まだ最終的に落着したとは思っていない」という言葉を有しているのである。
(破壊的な「絶対」戦争概念の放棄の可能性?)
(1829年11月1日、クラウゼヴィッツよりグレーベンへ宛てた手紙)


1812年、まだシャルンフォルストの攻撃の絶対的有利を弁護していた。


イエナとアウエルシュタットの戦役で始めて摩擦の概念が出現した。
シャルンフォルストの出逢った困難から



クラウゼヴィッツの友人への手紙、(皇太子についての愚痴?)P163〜4

1829年1月2日ベルリン、クラウゼヴィッツよりグレーベンへ

私は昨年、1796年のイタリア戦役のみならず、レオーベンの休戦に至るまでの1797年の戦役を現存の公判された資料に従って、君もよく知っている私の流儀で仕上げた。その中から一つの論文が出来上がったが、それは、昨年私が光栄にも皇太子の前で講義した1815年の戦役に関するものと同じようなものであった。・・・私には表面上良く見えるものを書くことは肝要ではなくて、私及び他の人々にとって疑いのない真理と教訓を求めることが肝要なのだ。・・・歴史的著作が大方の人々に対して与える退屈の非難をたっぷり聞かされているので・・・皇太子のためには、最も生き生きした地方色や、最も個性的な相貌や、最も皮肉な対比や、最も劇的な軍隊の結合と分散に満ちた荘厳な絵画的描写が似合いであろう。私にはそのような能力は全くない。先ず私にはその才能がないし、次に私は無味乾燥な真理の熱心な愛好者であるからである・・・それが精神と心情の上に作り出す印象はあながち軽蔑すべきものでない・・・皇太子に対して私と比べて退屈さが目立って少ないようにこの課題をうまく解決し得る人を知らないことを君に白状する。・・・

(この中の記述でクラウゼヴィッツがこの時期、戦役の執筆に取り組んでいたことが判る。)
(そして、戦役の内容を比べると(ロシア戦役などの昔に書いたものと)クラウゼヴィッツの進歩が判ってくる...)

P161
(1815、1796、1799戦史)これらの労作は同時に彼の理論的な仕事のための予備的研究であった・・・第二の種類の戦争の理論的取り扱いより一層歴史的材料に対する集中的な取り組み方を要求したから・・・彼を一層深く歴史の中に導いたものは、まさに歴史の具体的な現実においてのみ追求すべき、限定された目的をもつ戦争であった。・・・彼は1827年にこの歴史的研究目的のためにその主著に対する仕事を中断したのである

彼がもっと長生きしたとしてもそれで仕事を完成することはできなかったであろう。クラウゼヴィッツと彼の世代が自由に使い得た認識手段は、単純な歴史的事実認識だけでもって十分適切な理論研究的成果を得るには十分ではなかった。・・・正しい理論的結論に達するためには、その前にまず幾つもの世代が歴史的な原史料を仕訳けて吟味のしなおしをしなければならないのである。

ケッセル教授は、1950年代にすでにアザーガットやギャリエと同じく戦争論が完成しないと考えていました。

50年近く前の論文なので絶対戦争理念の放棄まではいってませんが色々な概念が戦争論の原稿に取り入れられた時期が解る重要な論文の一つです。

2002.6.7...
次回は資料3.4の予定...


戦争論について調べていくと色々疑問な点が出てきますが、その中で一番大きなものは未完成に終わったこの作品が完成したらどのようなかたちになったか?(修正されて消える部分はどこか?)という点です。
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この問題を解決しないと、細かい部分(攻撃や防御の解説)にも影響が出そうなので、先にまとめてみます。
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最初は、第一次世界大戦の反省からドイツで戦争論の正確な解析が、書かれている文章の理論研究から進み...

(大戦前は、決戦称賛や防御部分の否定など偏った読まれ方がされていました。)
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発生学歴史学的研究(当時の文献の発掘や手紙の研究など)から戦争論の執筆状況やクラゼヴィッツが何を考え何をしようとしていたのかまで研究が進んでいます。
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最初「方針(覚書)」に書かれた、「二種類の戦争について注意しながら改定作業を進める必要がある。」 と書かれている部分。
(二つの戦争とは・・・強制された和平と交渉による和平の対比)
(「戦争を考える」レイモンアロンP436)
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ワイマール時代の研究では、クラウゼヴィッツの戦争解析はまだ未熟で、この中に二つの要素が混ざっている(四つの方向に分解できる)とされた。
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「1827年と30年の方針(覚書)、二つの覚書」と戦争論第1篇第1章から推定した形がワイマール時代の研究論文で発表されています。
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後の研究で判ったことは、
最後の3年の間にクラウゼヴィッツのやっていたことは、皇太子の講義用に歴史をまとめながら戦争論改定のためのデータ−解析をしていた...
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そのため、改定作業用の理論研究段階でハッキリした答えはまだ彼の頭の中に無かった...
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1957年のケッセルの論文によると、クラウゼヴィッツが病死せずに長生きしても、戦争論の完成はクラウゼイッツには不可能だった。(資料不足?)その後の長い戦争(第一次第二次)の研究が無ければ今日のような戦争論の解析理論研究(聖書を解釈して現代に使えるように当てはめる?)はできなかった...
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最近の論文では、「戦争論」の元原稿は酷いできで、最後の3年に改定されるまでナポレオン崇拝の血まみれの理論だけだったそうで、もし全面的に改定作業が行われていたら絶対戦争部分は消されてしまう可能性が高い...(歴史の研究からナポレオン時代の絶対戦争が特異な一時的な現象と気づき)
(単なる戦争の強度という可変要素に含まれる部分になる)
(戦果と兵の消耗を考えねばならず、非常に有利な状況でしか敵の壊滅は行えない)
(という当たり前の答えに変わる。)
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(ナポレオンの場合の有利の状況は、フランス革命と徴兵制による大兵力の使用)
(この兵力差があって始めて敵の打倒(セン滅)戦による短期決戦が可能だった)
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(注意、兵数差は、決戦場所だけの兵力を見てはいけない、フランスの大軍を動員して追いこんだ)
(結果起こった、フランスに有利な状況での決戦なので...)
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(数年で各国はこのことに気づき軍組織を改革したため、ナポレオンの優位は消え...)
(短期決戦による勝利も敵の壊滅による講和の強制もできなくなり、戦場は大規模な兵力の消耗戦に)
(落ちた...)
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(最後は、フランス一国では対抗できず国ごと消耗して敗北した...)
(政治的にも、敗勢が決定した後も兵力を極限まで引き出して使ったナポレオンは非難される)
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(ナポレオン戦争後の大規模動員の否定は、反動政治よりも荒廃したヨーロッパを見た結果)
(維持するだけで国が荒廃する軍隊は使えない...)
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(クラウゼヴィッツ後の時代を考えると...)
(大量動員の成功による1870年のプロシアの勝利...)
(各国の模倣により有利が消えて大消耗戦に終わった第一次世界大戦...)
(機甲師団の電撃戦という新しい戦法を使った第二次世界大戦初期のドイツの勝利...)
(やはり、第一次と同様、各国の模倣により有利が消えて大消耗戦に終わった...)
(冷戦、###)
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(総力戦は(優位点がなければ)良い方法では無いと解り、国境を武力で変えようとする試みは、)
(国際的に忌避されるようになった。)
.
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このあたりが面白くて読んでたのですが...
UPできるような文章になかなかまとまらなかったため止まってしまいました。
(メールの180通ぐらい溜まってたし)
(カウンター壊れてる??)
次ぎは論文の引用文を使ってもう少し詳しく書いてみます。
2002.06.05...
.
.
あまり長いと使いにくくなってしまいそうのので、今までのUPを「12...11...」へ移しました。

戦争論を簡単にまとめようとして??
第一篇第二篇に手をつけたのですが、防御や攻撃から文書を抜いてるとこっちもまとめないとと移動してしまって、さらに最近とナポレオン時代の違いは??とか迷走してます。
次回は、「敵戦力の撃滅」部分の解析の予定...
(これができたら溜まった文章を分割してまとめて「戦争論ノート」とか題つけて)
(HPを更新する予定...)


CD−ROMが壊れてしまって、ゲームができなくなってしまったので、アメ横で買ってきました...今度は、CD−R/RWが5000円台まで下がってたのでこっちにしました。初めて買った、しかし文章以外貯えないのでほんとはいらないのですが試し(2500円しか差額が出ないから)です。

映像関係は、DVDの次ぎの世代が出て安くなってきたら数百本あるビデオテープを移して容積を減らそうとか思っているのですが(我が家で本の次ぎにかさばってる物です。)費用対効果を考えるとまだ先のようです...

今のところNHKの教養番組とアニメと映画を撮ってます(アニメ番組を全部とりあえず留守録して撮ると1ヶ月で12本になる)。

一ヶ月ぶりにリスクをやった...
しかし、CD−ROM点検するとなにか液体を流したような後が???

メーラーをTEXTタイプに替えたらウイルスメールがこなくなった??
前は2割から3割はウイルス付きだったのに???

どうも、クラウゼヴィッツの戦争論を打ち始めたあたりから調子が悪い??

年末は、階段で足踏み外してねんざして歩行速度がかたつむり並みになってしまったし...
地下鉄で乗り換えるとラッシュの人波がみんな行ってしまって(お年寄りもみんな) ひとりで足を引き摺りながら歩いてた...階段が登れなくてエスカレーターとエレベーターを探して乗り降りしてた...
(丁度、栄えでエスカレーターが火事になったり成田で動く歩道が燃えた時期??)

オカルト??
前に交通事故に遭ったバイクが大通りの真ん中で転がってたので倒れてるライダーが車 にひかれないように交通整理の真似事をしたのですが...

一応人助け?

次の日から3日連続で目の前で交通事故が???
三日目は女子学生が軽自動車に引かれて...

やっぱわたしゃのろわれてるのかな??
それ以来、人助けはきっぱり辞めました。
(注、7年ぐらい前の話)
(その後...救鳥(趣味の一つ)してたのですが、)
(ハトを我が家に運ぶと全部死んでしまって)
(2ダースぐらい墓を作った時点で救鳥はやめてしまった...)
(目を離すと数分で生き物はみんな死んでしまうようなので?)
(最近は、ペットはあきらめて公園で餌を上げるだけにしてます。)

(この話(交通事故)を書いた後、突然切れて暴走して追突する車とか...)
(信号を見落として交差点に突っ込むトラックとか...)
(現れて怪しかったので)
(生き物の話は書かないほうが良かったかもしれない。)
2002.7.24...


コンピューターゲームができなくなってしばらくアニメを見てる時間が増えた??
しかし、どうも理屈っぽくなってしまってもう歳かも???

ギャラクシーエンジェルの最終回を見てて...

何の能力も無く幸運だけで難事件を乗り切る隊員(エンジェル隊がどんな馬鹿をやっても何の咎めも無く安易なご都合主義の結末になる恐ろしい幸運らしいのですが)の星のめぐりが逆転して一年分のラッキーがアンラッキーになって降ってくる日って話で...

精神状態が不安定になるだけで災害が降って来る

朝起きて、コップの水をこぼして洋服を汚すと(泣きそうになる)本部の衝突コースに巨大隕石出現...
さらに洋服を挟んで破いてしまうともう一個隕石が増え...
なだめると何故か衝突コースをそれていく???
(しかし、真空中で一度確定した隕石の軌道がそれることは有り得ない)
バス停でバスが事故で遅れると巨大地震発生確率極大へ...
(巨大地震は大抵おきる時期が海溝型は100年に1回とか内陸型の場合は1000年に1回と決まってる)
転んで摘んできたお花を潰してしまうと、銀河の中央のブラックホールが活性化して星系消滅の危機??

(銀河中心にあるブラックホールは質量は大きくても直径は小さなもので不活性化は銀河の回転とブラックホールの引力が釣り合った結果であまり良い表現ではない。活性化は回転バランスの崩れという意味でブラックホールが大きくなることではない。銀河の全質量を放りこんでもブラックホールの直径は銀河全体からみれば小さな点にしかならない。)

どうもこの手のSFアニメって無知が目立つが???


合体物のロボットアニメを見てると...
ロボットは販売用の不合理な合体ロボだが話は良くできてる。
アメリカで成功して相当儲けてから潤沢な資金がアニメ製作用に出てるらしい。
(アメリカの子供用のクリスマスプレゼントの売上トップが合体ロボになった時があった。)


立体玩具がらみは、ミニ四駆の時からTVと連動販売してるので主人公のマシンが壊れると 半年に1回の新製品販売の時期だとかサブメカの販売日にはサブキャラの活躍する話を放映するとか クラッシュギアもベイブレードの同じ手法かな?

この方法は、魔女っ子アニメで小物を売り付けるほうが先か?
こちらは最近では、売りつける商品開発をしてから主人公に使わせるようになってる。
商売優先???
毎年(半年ごと?)似たようなものを買わされると親は怒れて来る??

文房具用のキャラクターは企業にとっては死活問題にまでなってしまうらしい。長年、営業マンが店を回ってはライバルの商品を隅に押し込み?地道に努力?して稼いだシュアが人気の無いキャラクターを選んでしまったばかりに主力商品が一位の座から滑り落ちてしまう...

い、いかん...
こんなことは考えずにギャグアニメはギャグアニメとして息き抜き用に見ないと...
お疲れ休み用にならない??

最近アニメ視聴者の対象年齢が上がってる?

アメリカと日本の食文化を比べた話が対比できる?
日本では若者と中年と老人で食べてるものが全然違うがアメリカでは子供も老人もハンバーガーを食べる 日本の食文化は短い間に欧米化されて変わってきてる。人間は子供のころに食べたものを食べ続ける傾向がありアメリカでは変化していないため同じ、遊びも同じ傾向が有りそうでゲームとアニメ世代は書籍で育った世代と違って歳取ってもアニメとゲームのままで演歌や和芸になるわけでは無いらしい...


戦争論追加...
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防御

攻撃と防御に及ぼす影響の6番目を落としていました。

6.精神的影響
岩波(中)P284
すぐれた精神的諸力は、・・・戦争における一切の行動にあまねく浸透するので、将師は・・・これを用いて彼の軍を強化できる。ところでかかる精神的諸力は、攻撃者の側にも防御者の側にも同様に存在すると考えて良い。・・・従ってこれら精神的諸力が彼我のいずれかに有利ならしめるに役に立つようなことは滅多にない。

兵隊教育なんてものはどこでもたいして変わらない。(マニアル化してて...)
これの差で優位にたてる可能性はほとんどない。

現代よりも兵が集団(動物の群れの様に)で使われて精神作用が重視されているクラウゼヴィッツの世界でもこうでした...
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資料書籍
政治と軍事−ドイツのミリタリズムの問題−
第一巻 古プロセインの伝統 抜粋
ゲルハルト・リッター著 新庄宗雅訳

の中の付録
ルドルフ・フォン・ケメラー (中将)「19世紀における戦略の学問的発展」(P213)
(その抜粋第四章)クラウゼヴィッツ
Die Entwicklung der strategischen Wissenschaft in 19 jahrhundert

ヒュンツェ、リッター、ロートフェルス、ケッセル、パレットなど多くの歴史家が高く評価し参考文献に挙げているもの。出版が1900年で現在ではなかなか見ることのできない文献。
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ドイツの軍人の一般的意見がクラウゼヴィッツの防御についての意見を否定し攻撃を重視していた時代に防御の優位は正しいと書いた。

一般的意見を抜くと...P230
メッケル将軍=「防御への決定は絶望的状態への第一段階である」
フォン・ブルーメ将軍=「戦略的攻勢は、戦争の政治的目的が積極的であろうと消極的であろうと、戦争遂行のより効果的な形態である」
フォン・デア・ゴルツ将軍=「防御のより大きな力という観念は、それにもかかわらず、欺瞞にもとづいている」「戦争遂行はすなわち攻撃である」

ルドルフ中将の意見P230〜231
クラウゼヴィッツの味方をすることはこの際さし迫ってどうしても必要だと考えた・・・防御への信頼を動揺させないことに重要な意味がある・・・いかなる指揮官もつねに攻勢的にふるまう状況にあるわけではない。・・・なぜ人がその問題をクラウゼヴィッツが考えたように正確にその通りに理解するだけの親切を示そうとしないかが私にはよく判らない。

クラウゼヴィッツが攻撃と防御を対立させたそのやり方にはどうかすると進取の精神を麻痺させ、大きな目標を断念するように指揮官をさそう危険があるとされるが、私にはそれを認めることができない。
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第六篇、第二章には失敗部分もある。
火力の増大の結果、地形の防御効果の重要性が増し...
攻撃側の対策として多方面からの集中射撃が重視された。
そのため多方面からの奇襲と攻撃が戦術的防御側のために都合良く働くという状態は消えてしまった。
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防御の追加文章の参考用に使えそう...位置は追加文章の下に分離して配置の予定。

火力の増大の結果(19世紀末の兵器)P232〜223
「地形の有利がまったくもっぱら防御側の利益になるということは疑いなく正しい。防御は、火器の作用を充分ならしめ同時に自己の軍隊に可能な最善の防護を得させるように自分の陣地を徹底して調べる。この有利さは19世紀の経過中に、その世紀の初めにはなお全く予想もしなかったほど増大した。クラウゼヴィッツは言っている、「土地と地形の特色はこれまで以上にすべての戦争行動に浸透する」

しかし、いかなる程度に火器の改良がこの命題の真なることを証明するか、これについては彼は知ることができなかった。

今日地形による防護はあらゆる戦いにおいて決定的な役割を果たしている。それは射程の大きな速射火器の徹底的利用を可能にし、弱者にも強者に対抗する能力を与えた。今日どの歩兵小銃手も、彼が優勢な兵力を背後にしてよき防護地形において敵に対して小銃を向けるときいかに強力な利点が自分の側にあるかを心得ている、その時敵は大きな距離を遮蔽物なしに進まねばならず、斬くにして彼らの射撃が小さな目標を狙うところまで到達しても、その射撃は最小の成果を約束するに過ぎないのである。

土地と地形の利点は今日主として防御の側にあり、クラウゼヴィッツの表明した防御の優位という言葉はすでにそれらの利点のみによって正当化されているほどである。」
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側面包囲についての相違点
P253
クラウゼヴィッツは、軍の一部の敵の側面への移動は戦闘配置によっていかなる困難もなしに実現し得ると言ったが...
(当時の火器では比較的簡単な運動で防御側の翼を圧倒できた)
・・・今日では同じ目的のために長時間の煩雑な作戦が必要であり、防御側が全く受動的であって反攻やその戦闘力の側面移動をも考えない場合にしかその成功を当てにすることができないのである。
・・・
今日われわれが彼の説にどうしてもそのまま忠実に従うことができない場合があるとすれば、それはすべての思考の可能性の外にあった新しい発明がその後技術的に実現されたという理由が唯一のものであり、理由としてはただそれだけである。
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戦争論の発行から60〜70年後の状況(今から100年前)火力の強化によって相違点が出てきた様子が良く判る部分です...


その後、衛性面の改善で距離による兵の損耗面や....
内燃機関の発明で軍隊のスピードが上がった第二次世界大戦
航空機の発達による要塞の衰退

産業革命と技術進歩の影響がかなり軍事面にでてきます。


内線作戦と戦力の集中について補足

内線について書くと内燃機関でスピードが上がって欺瞞や奇襲が重視された関係もリデルハート関連から抜いてこないと違ってきてしまいます。

1.内燃機関と無線の発明で、軍の集合離散が簡単にできるようになった。

航空機の攻撃も強力になったため軍は分散して行軍し戦闘時にのみ集結(戦闘時も分散的?)するようになった。

分散機動は敵に攻撃目標を悟らせないために必要な行動になり...
防御側の守備隊を分散させるために必要な方法になった。


戦力の集中より分散機動して敵に攻撃目標を悟らせず防御を分散させるほうが有力になった。
(多数の目標を狙えるように機動し、手薄な目標を襲うのが基本になる。)


例、アメリカ南北戦争のシャーマン将軍
ヨーロッパ式の兵法よりも実際の戦場の状況に合わせて作戦をたてた...

シャーマン将軍は、陣地攻撃の損害があまりに多いため、攻撃を止めてしまった。
つまり、部隊は攻勢機動しながら敵との戦闘は常に急速に陣地を構築して守備に回り 戦術的には敵に攻撃を強要した...

残念ながら流血の東部の戦闘のほうが注目されたため彼の戦法は広まらなかった...


攻撃 Attack

第4章 攻撃の求心性と防御の離心性
4.Convergence of Attack and Divergence of Defense
との対比...

第13章「機動」
岩波(下)P191
機動(Manovrieren)はラテン語の(manus)(手)と(opera)(はたらき)とが合成したもの。兵語としては、「技巧を用いて軍を運用する」という意味を含む。
手管を用いて敵に過ちを犯させることによって我が方に有利な結果を生ぜしめる。 機動は、将棋でまず打つところの最初の数手のようなものである。要するに機動は、・・・なんらかの成果を得るための機会を作り出し、得たところの成果を利用して、敵に対し優位を占めようとする将棋の手合わせである。
(機動=戦闘時に兵力の優勢な状態を作り出すために部隊を動かすこと)
こういうのは(戦場の霧を再現できる)コンピューターゲームの方が向いてるはずなのですが?

戦略機動の対立要素
「包囲」対「内線防御」(分散に対する各個撃破機動)
(包囲は完成すれば強力な戦法だが機動中は兵力の分散という欠点がある。)
岩波(下)P193
「攻撃者による敵陣地の包囲」
「(防御者)敵の内線に対して起こす行動」
両項いずれかが他に対して優位を占めるなどと断言できるものではない。・・・
彼我の一方が運動を起こせば、その自然的な対抗物として、換言すれば相手の運動を無効ならしめるいわば解毒剤として、他方もまた運動を起こすことは自然の摂理だからである。・・・
二通りの方式のうち、最も巧みに運用された方が他に対して優位を占める。

機動の項目では、「包囲」対「内線防御」は同列になっている。
将師の腕しだい...

リデルハートの戦略論から相互的な似た部分を引用




孫子
兵力集中は敵が兵力分散していなければ実施できない。
(まず自軍が分散して(複数の目標を狙うと見せて)敵の分散を誘発)

シャーマン
「敵をジレンマの立場に追い込む」
常に複数の目標を狙える位置に自軍を機動し守備軍を分散しなければ目標を守れないように誘導する。

「戦略論」、P147
彼は南軍を誘引して自軍に対する無益な攻撃に駆り立てた。これらの攻撃は、壕および胸墻を迅速に構築する高等技術と攻勢とを併用するシャーマンの方策によって裏をかかれた敵が、彼の機動的防壁の突破に失敗する度に、彼はその戦略的優位を新たに一点づつ高めていった。戦略的防勢に立っている敵に、そのような一連の被害甚大な戦術的攻勢に出ることを強いるやり方は、歴史上希にしか見られない戦略上の芸術の実例であった。
(130マイル前進して一回しか攻勢戦闘をしなかった)
(それさえも撃退されるとすぐ中止してしまった。)

銃の進歩は攻撃側が必ず敗北するほど防御側優位を高めた(簡単な地形防御施設による防御力の差は決定的だった。)

「戦略的攻撃側の北軍」が常に南軍を攻撃に駆り立てそれを陣地で受け止めて砕いてしまう。


リデルハート「戦略論」、P
史実の多くの実例が見られることであるが、直接的勢力の倍増は、倍増を意味するものではなく、「敵の予想すべき路線」を簡単化することによってその効果を半減するものである。
(自軍の兵力を単純に集中して倍加するより敵に予想攻撃地点を)
(悟らせないほうが守備を難しくし敵を分散できる。)


防御者における兵力の集中と国境を守る哨兵陣地に分割配備することにより生じる戦闘力の分散

他より優勢な兵力があれば分割配備しても一向にかまわない。
無駄な機動を減らし兵力の損耗を防げる。
(防御側は守る対象が多く、兵力は分散し易い)
P193
兵力の劣勢な側は、むしろ兵力を集結して、少なくとも劣勢のために被る損害を迅速な運動力によって埋合せねばならない。

WW2、現代版...
機動戦は結局、敵に先んじて、敵の進撃進路上の拠点になる丘や陣地を作り易い良い場所を確保して...敵に守備陣地の攻撃を強制するというのが基本

P192
機動の目標と主要事項
a.補給線の遮断、負荷をかけて窮屈にする。
b.敵の集結を妨げる。
c.敵本国との連絡線に脅威を与える。
d.敵の退路に脅威を与える。
e.優勢な兵力を使って主要拠点の攻撃。

機動は、攻撃より防御の方が強力な手段なため発生する。
敵を防御陣地から追い出すか弱体化するため...
「a.補給線の遮断、負荷をかけて窮屈にする」
「c.敵本国との連絡線に脅威を与える。」
「d.敵の退路に脅威を与える」
といった方法が用いられる。

攻撃側のただ一つの優位を得る方法。兵力(兵数)の優勢を得るため...
「b.敵の集結を妨げる。」
「c.敵本国との連絡線に脅威を与える。」
といった方法が用いられる。

間接的手段で優位を増す。
もしくは、敵に奪還を強制し敵を防御陣地か引き出す。
「e優勢な兵力を使って.主要拠点の攻撃。」
といった方法が用いられる。


リデルハートとクラウゼヴィッツ
両者の違いは、徒歩の戦争と内燃機関の発明による機動力の復活
火力の指数的増大と無線通信による同時指揮

機械化と無線通信の発達により部隊の守備範囲が増し集合離散も簡単にできるようになった。

こういった機動力ができて初めて奇襲、牽制、撹乱運動などの 孫子やリデルハ−トの間接アプローチ的な兵法が一般化するようになった。
(もう少し文章改定の余地あり...)

航空機の発達、対地攻撃機
部隊の戦略的集中もなくなり分散行軍するようになった
戦術的にも強力になった火力を受け流すために前線でも軍は分散使用されるようになった。

通信手段の発達で分散集中は簡単に実行できるようになり 分散隊形のまま統一機動ができるようになった。

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銀河英雄伝説のビデオ、艦隊イメージを見ながら...

銃の命中率
良く書いてあるのは、遠距離の命中率が0.2%とか0.5%とか 大きな家にも当らないとかいうものばかりですが...
至近距離では、すさまじい数値になることを書き落としている。
十数歩の距離では、歩兵の集団にぶっぱなすのですからほぼ全弾命中に間違い無しだし、(この距離で撃たれると一連射で攻撃軍は壊滅する。)

中距離で3%程度の命中率で2000人の部隊が撃ったとすると10連射で600人の死傷者。撃たれる敵が同数の2000人の部隊だとすれば30%の損害は限界に近い。(通常撤退してもかまわない数値)
(発射速度、一分間に二発、そのため、一斉射撃ではなくて、至近距離に突撃されても撃ち潰せるように発射を数段に分けて切れ目め無く射撃する。)

実際は、突撃には支援射撃が必要ではなくて、砲撃や射撃で敵を撃ち崩してとどめに突撃するが正解。
(長い間戦いが行われていないとこういった知識が風化してしまい)
(新しい戦いの初めは無茶な突撃で自滅する攻撃軍が続出する。)

銀河英雄伝説でおかしな点は、こういった至近距離で発生するすさまじい損害を見落としてる点...
接近戦では、作戦など考えてる間も無く...
すさまじい消耗で指揮下の部隊があっと言う間に消えてしまう。

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精神的優位
頑張ってもこれで敵に勝つことはできない。
何故なら敵もこの点は変わらないため

昔の群の軍隊は精神要素が重視される。
(群れの軍隊=ギリシア、ローマ、ナポレオン時代までの集団で隊列を組んで戦うこと)
現代の軍は分散使用、機械の部品、精神要素は相対的に小さい。

機械化による機動は、戦線の突破と高速機動による戦線の撹乱、包囲で敵の精神崩壊を招き降伏させる

初期電撃戦の成功、歩兵に戦車に対抗する手段が無く突破包囲されるとパニックして崩壊した。

大戦末期になるとあらゆる対戦車火器が揃い歩兵はそう簡単に崩壊せず、機甲部隊による突破は同じく機甲部隊による機動防御で対応することになった。
戦場は激しい砲撃戦から小競り合いまでカーテンのように連なり 戦車は殴り合いに参加する羽目になった...
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