この中で引用されているローマ式歩兵部隊の編成や
ギリシアの密集隊形が小銃の進歩とともに復活し...
スペイン、オランダ、スウェーデンなどに採用されて
近代の兵学の基礎となりました...
しかし、本書は、
共和制のローマ軍を良しとし、皇帝時代のローマは否定しています。
共和制時代のローマ兵は私心無く(自分達の力を利用して儲けようなどとは思わず) 兵役が終われば喜んで元の仕事に戻りましたが...
常備のプロ化した軍隊は政策や皇帝の継承に関与し大きな災いを為したと書かれています...
マキャベリがプロの軍隊を嫌ったのは
当時のイタリアの軍の主力だった傭兵隊のひどさからなのですが
AHにマキャベリと言う政治交渉主体のシュミレーションゲームがあるのですが
その中では軍は毎年金で雇われ、賄賂次第で勝手に解散、寝返りをしてしまう...
忠誠心は金次第(^^)..という仕組みになっています。
(買収されないためには敵より多額の給金を払う必要があります)
当時の傭兵隊に中には...
最後は雇い主を追い払って領土を占拠してしまう者まで現れています...
常備のプロ化した軍隊は悪であるという考え方はヨーロッパに広く行き渡ったらしく
第二次大戦直前のフランスで
ドイツの機甲部隊に対抗してフランス機甲部隊を作ろうとドゴール大佐が運動した時にも
機甲師団を動かす専門兵=悪しき専門的陸軍となってしまって失敗しています。
「戦術論」が
何故広く読まれたか?というとこの戦術論がイタリア語で書かれていたからでした(^^)...
(学術書はラテン語で書かれるのが普通で学者やある一定以上の階層のものしか読めず)
(広まらなかった...)
しかも、
市民軍について、武器訓練戦闘隊形、軍事訓練の未来像、司令官の心得、敵中行軍、陣地戦、
都市の防衛など七つの章を100項目近くに分割して対話式にやさしく、詳しく解説していました...
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マキャベリの限界...
マキャベリは文官で論理や文章をまとめることはできましたが。
実際の軍隊の指揮は下手で、号令で部隊を思うように動かすというようなことは、傭兵隊長達にかなわず
自分で指揮を執ると部隊は混乱して収拾がつかなくなったと言われています。
この当時の軍は、近代の軍隊と違い山賊のような部分が多いので指揮官に力がなければ言うことをきかない...
怒声で痴(うこ)の衆を動かすようなノウハウが必要で文官に指揮するのは難しかったようです。
「戦術論」はクラウゼヴィッツも読み、「内容は間違っていない」とコメントしているので...
この事実だけでマキャベリの「戦術論」を否定するのは間違いですが...
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当時の状況は...
中世からルネッサンス時代へ...
中世
騎士を主体にした軍組織(中世特有の物で)
封建時代の、農業基盤の組織
君主は騎士に領土を与え、騎士は戦争時の軍務を引き受ける
(強い道徳律と定められたルールに基づく戦争)
正義、宗教に基づく制限戦争(兵数も騎士と臣下にかぎられるので少ない)
崩壊原因
貨幣経済、職業傭兵、(領地に直結せず金で兵を雇えるようになった)
戦争の宗教的義務(正義の戦い領土防衛など)から経済利益の追求に変わった...
(財宝や略奪品を欲しがる冒険者や悪党が軍の主体になった。)
(イタリアなどの文明の進んだ国では人殺しを目的とする職業は道徳上罪悪であるということになり...)
(軍人や兵卒は人々に軽蔑される野蛮で一段下の職業になった...)
技術革新
大砲の影響
中世では砦や城砦は守備側が逃げ込んでしまえば比較的堅固で安全だった
小国の作った防御城砦でも大軍の攻撃に耐えることができた。
大砲の進歩でこの状況が変わり中世スタイルの城砦は簡単に破壊された...
(しかも、大砲の運用には大変な経費がかかり大国に有利...)
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マキャベリは、名将の特質の中で優れた軍団を編成し訓練できることが名将の資質の重要なものだ
と説いています...
古来の名将は
「ペロピダス、エパミノンダス、トウルラス・ホスティリウス、マケドニアのフィリップス、ペルシアのサイラス、
ローマのグラッカス、これらの名将はなによりもまず、その軍団を優れたものに仕上げなければならなかった
のです。そして続いてその軍団でもって善戦しなければならなかった...」戦術論より
基本的な訓練を重ねて作り上げた軍団によって成果をあげた
激しい砲撃戦
「城壁を防護するものとしては新しい壕や新しい防護堤の付いている避難所?を持たないような城壁 というのは堅固なものとはいえないからです。 すなわち、大砲の猛威が大変激しいので城壁や防護堤による防御に依存することでさえ裏切られることに なるからです。」戦術論より
「最新の技術的工夫はへの字、くの字に曲がったり凹凸の沢山ある紆余曲折の壁をつくることです。 この工夫のしどころというものは城壁に敵がよじ登ることができないようなもので、しかも正面ばかりでなく、 側面でも容易に敵を圧倒しうるようにつくります。もし城壁を高く作れば砲撃に対してあまりにもさらされやすく なります。またあまりに低すぎれば簡単にはしごで登られてしまいます。」戦術論より
当時の築城、いや要塞都市建造技術がかなり進んでいることが判ります…
それと、大砲の使い方も、(敵の建造物や城壁を撃ち潰す)
日本の城はこういった攻撃には弱いようです...
(ヨーロッパの城壁は砲撃で打ち崩されたとき倒れる方向まで決められて)
(設計されました...)
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