94式37mm速射砲九四式37粍砲
94式37mm対戦車砲? 九四式37粍速射砲?
口径 37mmL46 上下角 -10°〜+25°
砲全長1706.5mm 左右角 -30°〜 +30°
旋条 16条右回り 戦闘重量 327kg
薬室 半自動水平鎖栓式、激発、押金式
最大射程2870m〜6700m
運搬方式、牽引馬1&人力、積載馬4
生産数、
1943年度までに3400門以上
(歩兵一個連隊に2〜12門装備)
(捜索連隊、速射砲大隊などにも...)
射程 25 100 350 500 750 1000 1500m
AP-HE __ __ 30 __ __ 20 <--一般資料は...
しかし、弾頭強度不足で実際に貫通できるのは20mm程度まで...
九四式徹甲弾(AP-HE)、0.67kg、648m/s、
薬莢の大きさは...166mm 全長260mm
九四式榴弾(HE)、0.645kg、63g(人馬殺傷半径5m)
正式名称は、「九四式37粍砲」(九四式37mm砲)です...
対戦車砲の「対」という文字が旧軍の教義(攻撃主義、精神主義)
に合わずに嫌われて改名されました35年3月28日...
面倒なので一般には「速射砲」と呼ばれました。
第一回試作
1933年7月、設計開始
1933年12月、竣工
1934年2月、技術試験終了
1934年4月〜5月陸軍歩兵学校による実用試験
「実用性十分だが運動性確保のため重量軽減と射撃姿勢の低下が必要...」
第2回試作
1934年9月竣工
. 〜 〜 〜
1935年1月陸軍歩兵学校による実用試験
「命中精度良好で十分実用に耐える...」
「若干の改修、方向精度の向上が必要」
1936年2月13日制定
1935年始め...生産は制定を待たずに開始...
9年間で3400門生産...
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昭和14年4月(1939.4)技術本部、実験射撃
鋼鈑厚25mm、命中角度90度、射程150m、300mで実験
日本の九四式37mm対戦車砲、
初速648m/s、射距離150m、で「直径30mm、深さ12mmの凹痕」生じただけ...
ドイツの37mm対戦車砲、
初速699[745]m/s、射距離150m、で「長径40mm、短径30mmの穿貫孔」貫通炸裂...
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実験などで弾丸速度を上げていくと貫通穴が円筒では無く半円形に広がり
貫通力が減る現象が観測されるが(材質がもたなかった結果)
この場合も似ている...
弾頭強度が「20mmの装甲を貫通すること」という仕様ぎりぎりしかなかった結果だと推定される...
(ノモンハンで13mm15mmのソ連戦車は倒せたが、太平洋戦争で25mm38mmの軽戦車は倒せなかった。)
戦闘重量、327kg、同じ37mmでもドイツは、432kg、アメリカは、414kg、
機械を使わず人力だけで移動できるように軽量化を求め過ぎた結果が
能力不足になった理由の一つ...
単純に薬筒のサイズも比べると...
日本 165×54φ 2289.06*165= 377694.9
ドイツ248×51φ 2041.785*248=506362.68
74.5%しかない...
エネルギーは1/2mv2だから速度は二乗して比べるので...
6482÷7452=75.65%
どちらもドイツの75%程度と計算できる。
もう一つは、治金技術の未熟...
(オートフレッタージュ治金)
この結果、太平洋戦争時には、中国戦線で捕獲したドイツ製の37mm対戦車砲が
主力兵器として使われた...
「ラ式37mm」は砲弾まで捕獲してあった貴重なドイツ製品
捕獲兵器だったため眼鏡やハンドルが欠けたりしていたのを国産部品で補ったが
独ソ戦でドイツが捕獲したソ連の76.2mm砲の薬室を削ってドイツ製の強力な砲弾を
使えるようにしたのとは逆だった...
みっともない話なので...
5,60年代にドイツの37mm対戦車砲の数値から逆算して作った数値が
九四式速射砲のデーターとして広められた...
注、ドイツの対戦車砲、初速699m/s、<=745m/s
94式37mm速射砲が初速700m/sを達成できなかったため
書類に700m/s以上の数値を書けなかった(-_-;)...
(94式37mm速射砲、旧軍の書類には徹甲弾で700m/sと書かれている)
94式徹甲弾の開発...
1933年、開発開始
1931年8月から開発していた平射歩兵砲用の徹甲弾の開発を流用...
1933年10月、完成、初試験、爆発力不足のため作り直し
1934年2月、実験、貫通力不足のため作り直し(初速不足...)
1934年8月、弾丸形状を小型化して完成...
94式徹甲弾は、11年式平射歩兵砲と94式37mm速射砲の共用砲弾として完成した...
11年式平射歩兵砲、口径37mmL28、初速450m/s、最大射程5000m
94式37mm速射砲、口径37mmL46、初速648m/s〜700m/s(と書くものらしい(^^)..)
ノモンハン事件、ノモンハン・ハルハ河戦争
7月の渡河攻撃時に反撃してきた戦車部隊は、BT5と装甲車主体の部隊で
BT5の装甲は車体前面13mm、砲塔全周15mm防盾15mmで戦車というより
機銃を防ぐだけの装甲車の装甲厚しか無かった...
そのため、二枚の装甲を撃ち抜いて砲弾が付き抜けてしまい
かえって損害が減ったとか言う事態がおきた...
8月20日からの大攻勢時は、
BT7(M)とT26が多く
車体前面22mm砲塔15mmRのため、700〜800mでさらに着弾が垂直なるように
速射砲を戦車の正面に移動して撃たないと倒せなかった...
補給が乏しいため砲弾がほとんど無く、敵に射程がばれているため
遠距離から撃たれて一方的にやられるケースが増えた...
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