「絶対戦争」

クラウゼヴィッツ著作から抽出された絶対戦争理論は、二つの要素の混成でできていてます。
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1.徴兵制による大軍の動員など、国家の使えるかぎりの力を動員する。
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2.敵の軍隊の完全に撃滅して決定的勝利を目差す(抵抗力を奪い勝者の意思を強制する)。
という二つです。
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(「力の相互作用」部分は、敵に備え勝つためには国家の力を極限まで使い敵を上回ることが必要と読まれた)
(フランス革命による総動員は、ナポレオンに巨大な戦力を与え、ナポレオンの苛烈な戦争方針をかなえた。これが、クラウゼヴィッツの絶対戦争理論の元になった。動員と苛烈な戦争方針は本来別々の要素だが一緒くたにされた。)
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しかし、
1は、優位を得る方法の一つにすぎず、真似されれば、優位は無くなり、他の方法を考えなければならない。
(兵法的な部分も例えば内線の優位や追撃の必要性なども交戦国に研究されて対策を立てられると無効になる)
2.は、戦力的に優位な場合、普通に出てくる方法にすぎず、戦力的優位が無ければ行えない。
(過激な戦闘追求や攻勢重視では「敵の撃滅」はできない。(良くて共倒れ、大抵損害多過で負け))
(戦力的優位がなければ消耗や疲弊を目差す「持久作戦」になる。)
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後、軍事的合理性と言う考えから敵に与えるダメージの拡大だけを考えた戦法の開発もありますが、
自己保全や利益計算が外れている絶対戦争部分を使って考えると怪しい理論になってしまいます。
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第1篇 1章「戦争の本質について」で書いたように
戦争による「力の相互作用」はエスカレートし極限にまで達するという部分は、
敵の撃滅と自己戦闘力の維持の関係(自己保全)
政治目標達成にかかるコスト(勝敗による利益計算)
という絶対に落とせない本質「戦闘結果の計算」「自己保全」が外れているため
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抽出した絶対戦争の部分だけを使って理論を構築しても言葉合わせになるだけで、意味の無い理論が量産されてしまいます。 .
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ちょと判り難いそうなので色々な例を当てはめて考えて見ましょう。
検証1.
第一次世界大戦
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絶対戦争理論では、動員と苛烈な戦争方針は本来別々の要素だが一緒くたにされた。 そのため、「敵の撃滅を目差す」方針は、一人歩きし、 第一次世界大戦は、優位も無い(双方で動員をかければ優位は消える)のにこの方針で戦われたた。
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ドイツは、「敵の撃滅を目差す」方針の重視によって、交渉時の政治的優位などを無視し、軍事的効率性を重視して戦争を始めた。(開戦時の中立国侵犯、国際世論的に不利になる)
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敵の撃滅が不可能だと判ると、政治交渉によって戦争を止めなければならないのに、交渉は著しい不利を招き、交渉による停戦という考えは破滅した...
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結局、政治的不利に釣り合うまで大損害を出して(実現不可能な勝利「敵の撃滅」を目差して戦争を継続した) やっと停戦交渉がかなった。
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ブライアン・ポンドの言う
決戦による決定的勝利の追求というナポレオンの遺産(ジョミニやクラウゼヴィッツによって広まった P271
「第一次世界大戦の悲劇的な消耗戦の余波の中で、ナポレオン的な決定的勝利の追求が陥り易い罠であり、幻想であることが明らかになった...」
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の部分の簡単な解析...
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(注、どちらも同じもの、「決定的勝利の追求」=「敵の撃滅を目差す」)
(注、徴兵制による優位、プロシア統一戦争、対オーストリア戦、対フランス戦の結果)
(対オーストリア戦の前、プロシアの徴兵制の軍隊がちゃんと戦えるか疑われ、オーストリア有利だと思われていた。対フランス戦は、動員スピードでフランスに勝ち、名前だけのナポレオン3世は国境で包囲されてあっという間に負け、政権ごと崩壊しそうになった。この教訓から各国はプロシア式の徴兵システムと巨大な軍を動かす制度を真似して整備した。その結果、第一次世界大戦ではプロシアの優位は消滅した。)
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クラウゼヴィッツのドイツ人動員用の仕掛けの部分、絶対戦争部分だけを拡大解釈した結果
損害を省みない激戦、消耗戦になった。(仕掛け部分は損害計算を外してある。)
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「絶対戦争の理論」中の「敵戦力の撃滅」が戦力が優位な場合に出てくる解にすぎず、過激な戦闘追求や攻勢重視でかなえられるものでは無いと気付けばこんな戦争は無かった...
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検証2.
核戦争
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「クラウゼヴィッツが理念として考えた絶対戦争は、核兵器の発明で現実になった。」
というような書き方は...
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クラウゼヴィッツの絶対戦争はいいかげんな作りなので有効な思考手段にならない。
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核戦争は絶対戦争の枠組みではなく、戦争利益の計算から考えなければならない。
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簡単に...
撃ち合えば、双方の被害は、戦争に勝っても?採算割れに必ずなり(全面戦争は間違いなく双方全滅だが、数発ずつ撃ち合う、限定核戦争でも損害が出すぎて採算割れになる。)従って核戦争は、利益が出ないので行われない。
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(政治指導者が一番の標的にされ蒸発してしまう可能性が高いという事態も核戦争の発生を防いでいる)
(民主的な政治体制の場合住民の被害を利益計算に入れるが、独裁体制の場合は、入らないので、この事実は重要...)
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(拡エスカレーション論は、核産業の予算獲得用にすぎない。)
(核の冬理論が核戦争の完全な歯止めになった。)


冷戦時の主要な要素は、(過剰軍備など)
西側の軍産複合体制(国民のためではなく生産と利権のために活動する(勢力拡大、肥大化傾向))と...(注、官僚的、「国家利益ではなく省庁利益」的)

東側の成立時に組み込まれた レーニンの偏った理論
他者との話し合いや交渉の余地のない理論が出来上がり...

西側諸国は、ただ一つ東側が理解できる力、軍事力によって均衡を保つしかなくなった。
(「東側の数」対「西側の質」、喧伝されるほど東側の軍事力は無かったが...)
(数だけ比べれば軍事費の増額傾向へ誘導できる...)



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戦争は利益が出なければ行われないと言う事実を忘れてはならない。 日本が戦争経営に乗り出したのは日清戦争で多額の賠償金を得てからで... 今日、主要国同士の戦争が行われず、限定された戦場でしか戦争が起こらないのも、 近代国家や都市が攻撃に弱くその損害が膨大なものになるからで... どちらも、利益から戦争を始めたり、辞めたり、限定したり、している。
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世界的に戦争で利益の出ない枠組みを作れば戦争がなくなる可能性は高い。
(武器よさらばじゃなく、兵器を並べるだけのにらみ合いになる。)
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注、戦争論では、政治が目標を定め達成までの利益計算をするという書き方をしている。
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3「撃滅とジェノサイド」
敵軍の撃滅を目差す戦争と言ってもクラウゼヴィッツの理論はキリスト教の枠の中にあった。
撃滅は敵の軍隊に対してだけで、都市住民の虐殺や民族浄化などのジェノサイドは考えられていない。
(撃滅も敵の無力化で破壊ではなくてもかまわないという文になっている)
(キリスト教、域内ではジェノサイドを抑える宗教も不信者に対しては寛容ではなかった。)
(聖戦(対イスラム)や宗教戦争(新教対旧教)...)
(ヨーロッパを多様なまま(宗教)統一し発展の基礎となった。)
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虐殺で有名なのは、モンゴルやチムールなどの遊牧民族(住民を家畜のように屠殺する。)
ローマの悪習、都市住民の虐殺、(ローマの戦争は周期的、習慣的に異民族を襲い、都市を破壊し住民を虐殺、奴隷化した。戦死した敵も八裂きにする習慣があり、敵の戦死者を弔うような考えは無かった。)などがあり、
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絶対戦争の説明で最近良く出てくる、「商業帝国カルタゴの滅亡」は、
(注、ローマとカルタゴの戦い、滅亡をアメリカと日本に重ね合わせた安っぽい解説のこと...)
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これらは、戦争効率追求や軍事合理性というのではなく、原始的習慣や暗黒の衝動(残忍さ)
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軍事学者の仕事ではなく心理学者の仕事であり...
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資料、「戦略の歴史」ジョン・キーガンP298〜P299
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・・・特に包囲した都市の抵抗を口実にして、敗者の徹底的な虐殺を正当化した
カルタゴ・ノバ強襲
(スキピオは兵士に)ローマの習慣に従い、都市住民に対して、見かけた者は一人残らず殺し、誰も助命される者はない・・・ローマ人の陥落させた都市には、虐殺された人間だけでなく、真っ二つに断ち割られた犬やずたずたにされた動物の四肢が散乱した。
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あらゆる観点からみて、(ローマ人の)行動は原始常態から抜け出した他の多くの民族の行動と類似している。しかし高度な政治文化を達成していながらあれほどまでの残忍さを発揮した民族は、ほとんど知られていない。(ローマの帝国主義は)合理的な行動の結果((だが))非合理的で暗闇に閉ざされた衝動に根ざしている。・・・ローマの戦争でもっとも衝撃的なのは、その定期性であり‐‐ほとんど毎年、ローマ軍は外国を侵略し、凄まじい暴力を加えていた‐‐またその定期性が、ローマの戦争に病的な性格を与えている。
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つまり、ローマ型のジェノサイドが習慣と化している帝国は今日では存在していない。
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(注、書籍もローマから見た場合とカルタゴから見た場合の視点がかなり違ってくる。)
(政治から書くとこういった視点が消えてしまう。)
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(実りの無い辺境防衛では兵が集らなかったがカルタゴの首都攻略と聞くと(略奪期待で)数万人の兵が押し寄せた...)
(ベルナッキア、南イタリアではローマ軍が勝利して都市に入場して来ると住民が道の両側に並び、笑顔で迎えながら大声で歓声・・・ではなくで罵倒する(外国語なのでローマ兵には解らない)習慣が有りました。「略奪者、泥棒、出て行け...」)
(都市破壊、初期にも破壊された記載が出てくる、古めの文献、要調査?)
(#...)
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失敗、
カルタゴやローマ物は、軍事書籍に部分的に載ってるものしか最近は読んでなかったので かなり忘れてるか他の歴史と混じってしまっていたようです。
(最後にローマカルタゴの歴史書籍として読んだのは15年前...)
(二ダースほど引っ張り出して見直しました。)
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「ローマ人の物語」のローマに逆らった都市は後で酷い目にあったとか
奴隷にされた人数ぐらいしか書いてないという書き方と
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ジョン・キーガンの残忍性の指摘の記述の差は...
(紀元前500年以降(共和制移行509年)のローマ人は残忍を極めており…)
(ローマ人は戦争については、狩猟のような感覚があった。)
(土地や略奪品を求めてが一番大きな原動力、政治や同盟は原動力ではなくて維持)
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イタリアに住んでイタリア人に賞を貰えるような「ローマ人の物語」とシビアなイギリス人の書いた物の差?
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ナポレオンを調べた時、フランス人の書いたものは英雄崇拝「皇帝バンザイ」で書かれていて こりゃだめだってのがけっこうあると判ったのですか...
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そこまで酷いとは言いませんが「ローマ人の物語」はローマひいきの書き方ではないか?と思います。
(古代は資料が少ないので筆者の自由に書けてしまう部分が多い)
(カルタゴなども、フランスが書いたものは随分他と違って来る。)
(旧植民地にあるので美化して書いてある。)
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パックス・ロマーナ。=帝国のあるところには平和あり。帝国に住むすべての人々に正義が保証される。
ローマの平和は反対者の消滅の後に達成される。
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絶対戦争の理論は利益や損害計算(自己保全)を考えない。
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軍事的合理性や効率性の追求からジェノサイド型の戦争にまで及ぶと...
大抵の場合、現在のキリスト教や仏教のような宗教で教化された社会が主要な構成部分を占める現代世界では、国際非難制裁や政治家の場合も支持層自体が無くなる危険があり、政治目的として使えないものになる。つまり、利益の出ない戦争方法に分類される。
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ジェノサイド型の戦争を相互に行なった場合の被害はやはり損害が大きくなり利益のでない戦いになる。例として上げられるのが毒ガス戦で航空機と組み合わせた場合の被害想定が酷すぎて戦争に使えない兵器に指定された。(この条約が守られるのは、相互に使い有った場合の損害と不利益のため)
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カルル・フォン・クラウゼヴィッツ
経歴... クラウゼヴィッツの誤用... フランスの将軍の悪例
二種類の戦争(Die deppelte Art des Krieges)
初版本(first edition)
第1篇 戦争の本質について
「戦争とは政治の継続」
用語=>「絶対戦争」
文章集積

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