◎「ナポレオンの戦争」と「フリードリヒ大王の戦争」

人類学と戦争の両方の要素から書かれた本「未開の戦争現代の戦争」を見ていたのですが。
用語の使い方が気になったので書いてみました。


注、この文章の中での使い方はクラウゼヴィッツが戦争論を修正する前の段階の使い方。
P74〜75
・・・ところで、真の戦争という用語はクラウゼヴィッツを想起させる。史上初の戦争論の著者である。カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780ー1831)は、ナポレオン戦争を戦ったプロセインの軍人であった。
(注、マキャベリからクラウゼヴィッツの間には多数の書籍が存在する。)
(注、戦ったと書くのは誇張が入るかもしれない。文章は巧いが指揮は下手だった。)

フランス革命によって創造された世界最初の国民国家に、ナポレオンは世界最初の国民の軍隊を創設した。
(ナポレオンが創設したわけではない。ナポレオンは新しくできた国家と軍隊の中で頭角を表し、最後には国民から国家を奪った。国家を私物化し、占領した国家の国王を自分の親族にした)

クラウゼヴィッツの用語によれば、ヨーロッパ全体を席巻したこの近代的軍隊の戦争が「真の戦争」である。それに対して、前近代的性格を色濃く残していたフランス以外のヨーロッパの軍隊の戦争は「現実の戦争」と呼ばれる。
(最初に書いた通り、「真の戦争=絶対戦争」「現実の戦争」とも修正される前の使い方である)

当時のプロセインやロシアの軍隊は、傭兵、民兵、戦士族の末裔、強制的に徴兵された農民などの寄せ集めであり、いまだに中世的性格が強かった。彼らは、ナポレオンの軍隊の前になすすべ無く敗れ去ったのである。
(こういう書き方は誤解を生み易い、動員できる兵数と兵の貴重さが変わった。つまり、革命前の少ない兵で戦われる戦争でも国の命運がかかっていることには変わりない。)

プロセインのナショナリストであったクラウゼヴィッツの終生の課題は、「真の戦争」を遂行する能力を持つ軍隊を、革命をへることなく、いかに建設するかということであった。・・・


戦争論は、
クラウゼヴィッツは、
フランス革命のような革命によらずに君主国家で国民の力を動員する方法は無いか?と常に考えその方法を作り出した..。

「自由、平等、博愛」に対抗して主語の無い愛国心を作った。
忠誠の中心には君主や貴族などの作る政府があるがその部分をぼかしてただ愛国心と呼んだ..。

フランスの占領地政策が苛酷な軍税をかけて他国民をないがしろにするものだったためフランスへの憎悪とのミックスでこの方法は成功した。


ただし、兵法書としてはナポレオンの戦法を賛礼するだけでは分析不足だった..。

「真の戦争、絶対戦争」もその後作り出した戦争方程式の解の一部に過ぎないものだと判った。


フランス革命後とそれ以前の時代の違いはただ兵の貴重さが違うというだけの違いだった。

二つの式を書いて
ナポレオンとフリードリヒの二つの状況を入力して解説する。

ナポレオン時代 大量の兵力が使用できる。
兵力の価値が低いため手軽に使い捨てにできる。
(改定前の戦争論に書かれているような過激な戦闘ができる)



フリードリヒ大王の時代 兵力が少なく貴重
戦闘で敵を倒すより自軍を消耗させず兵力数を保つことが優先される。



(いくら少ないと言っても、無くなってしまえば国家を守ることができなくなり滅亡してしまう。)



(注意点、フランス革命は2割程度の知識階層と8割の文盲の農民の国、街頭で叫ばれるアジに、無知な人々が動かされただけ、という形に過ぎなかった。(善意では無く悪意のアジでも(無知な)人々は動かせる))

啓蒙思想自体は善意と道徳を基本に作られていたが実態はこの程度で無知な人々を教育していかなければならなかった。

つまり途中で善意の指導部部分が真っ黒な連中に入れ替わっても支障なく国家は動いていった..。



(国民みずからのためではない主語をぼかした愛国心)
愛国心という言葉は手軽に使い捨てにできる兵力を作るために使われ続けた。





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