ヤノマモ族


ヤノマモ族
アマゾン奥地の未開種族、その凶暴性から人類学者が注目した。  注、狩猟採集民ではなくて耕作民

もっと凶暴な民族に追われて辺境に押し込められていた。川沿いにいた凶暴な種族は、もっともっと危険なヨーロッパから来た移民達に滅ぼされてしまって今は居ない。ヤノマモ族はその空白地まで最近進出して来た。川の魚を採る技術をあまり持っていないのがその証明になる。

注、最近の好戦的な村々の戦いはバナナなどの栄養価の高い農作物が入って人口が増えたため(に激化した)

ブッシュマンなどと違って同族や血縁の村々で同士で戦い。村内でも激しく荒らそう。
(その構造は縄張り争いする猿などとほぼ変わらない)一夫多妻と女の赤ん坊を間引きする風習のため男女比が片寄っている。激しい雌の取り合いを行う。村々の戦いも村内の戦いも戦利品としても雌目当て..。

人類学者は「主要な人格はやくざや暴走族で見られるような凶暴性である。」と言った。

(長い長い数十万年の先史時代の人類の主要な暮らしはこのようなものであった可能性が高い。平和的なブッシュマンと凶暴なヤノマモ族の間を揺れ動いていた
(でももっと凶暴な種族って???))

(遺伝子的な本能は石器時代のこの凶暴な暮らしに細かく対応したまま固定している。そのため、現代人の生活にさまざまな弊害が発生する原因になっている。)

(そばで他人が笑うと自分が笑われているのではと考えてしまうのも、僅かな屈辱にもキイキイと怒り出すのも、石器時代のままの本能のせい。礼儀作法や宗教が友愛を説くのは、この本能を、身につけた教育や理性で修正し押さえ付けるため。)

((注意、幸いにも人間は(教育、文化などで)後から作られる部分の方が多いためにこの欠点は簡単に修正できる。))


本能と戦争を結び付けるのは兵舎国家の精神分析にすぎない。(フロイトがこれにあたる。)
逆に戦争のためにこの本能を悪用する(無知な国民に憎悪を植え付けて戦いに導くとか..。)ってほうが正解になる。クラウゼヴィッツも「下等な本能さえも利用して..」と言ってるし..。

闘争本能自体は、個体同士を競争させて優勢な遺伝子や技術を持つものが子孫を増やし、その種族を進化させるためにあるので..。ジュラシックコードなどと呼んで邪悪なもの扱いするのは完全に間違っている。
(人が理性によって制限しないとならないものだが)

追加2006.03.06...
(人と猛獣の違い。肉食獣は縄張り争いをしても負けた相手を殺したりしないのに何故人間は、相手を殺してしまうのか? それは、知恵によって未来が見えるようになってしまったから...
逃げて行く敵は傷を治し、また将来戦いを挑んでくるということに気づいてしまった。そのため利益を考えると敗者は殺してしまったほうが良いと気づく。自然が設定した優良な遺伝子を選び出すための競争が知恵によって歪んでしまったと言える。)


再生産圧力
土地から生産される作物の量が限られ、ある一定の人口以上は養えない。しかし、戦争のために男数を増やさなければならず、そのため女の赤ん坊を間引きしてしまう。
==>>バンドから村落社会における戦争と人口調整(資料2)

調査では戦争の激しい村々ほど男女比では男性の割合が高い。

女の赤ん坊を間引く習慣は古代ローマでも戦国時代に日本やってきた宣教師の記録にもあり、戦争の多い土地では一般的に行われていた。

戦いに役に立たない弱い者という蔑視から女の赤ん坊を殺してしまう因習が育っていった。

これ(間引き)が男尊女卑の元、戦争を機械や知恵ではなくて腕力でやる時代の蛮族の俗習

(男尊女卑は猿の本能のままってこと。)

石器時代は(大地から採れる食料が限られていたため人口を調節する必要があった)赤ん坊を生むのを4年に一度程度に制限していた。中絶より生んだ赤ん坊を殺すほうが母体にとって安全だった。そのため望まれない赤ん坊は間引いた。
==>>エデンの園の殺人

キリスト教のおかげで無くなった。しかし、生んだ赤ん坊を捨てるのは変わらず..ルソーなんかは自分の子を何人も教会の前に捨てたと告白してる。


古代ローマの生活誌 新 生 児 の 遺 棄(資料1)
バンドから村落社会における戦争と人口調整(資料2)
エデンの園の殺人(資料3)

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