ペルーのピラミッド(カナル遺跡)

BBCの都市シリーズ、最初の都市文明、マザー文明を探す話。

「およそ5000年前人類の歴史に大きな変化が訪れました。原始的な生活を離れ都市文明を築いたのです。」
狩猟採集生活をしていた人類が(野生の動物を食べ尽くして)農耕を始め、人口の増大や技術の蓄積が都市文明を生み出した。

今まで都市の作られた原因は戦争だと考えられていた。農耕や技術の蓄積によって作り出された新たな富を守る必要から防御の柵や堀などの防御施設がだんだん大規模化していって集団で防衛するための都市を生み出していったと..。

しかし、最初のマザーシティーの探索は(武器も防御施設も無い)奇妙な都市を発掘してしまい、この戦争が都市文明を作ったという定説を覆してしまった。

探索は困難を極めた。都市は古い都市の上に建造されることが多く古い都市の資材は分解されて新しい都市の建設材料にされてしまうものだから..。

調査は始め地中海沿岸で行われたがトロイ遺跡の発掘で知られているように幾層も幾層も都市遺跡重なった状態で発掘される過密状態ではとても最初の都市遺跡を探すことは困難で失敗してしまった。

調査は南米の太平洋側の砂漠地帯に移った。

砂漠地帯に大きな丘のように見えるピラミッドが多数連なる遺跡が何カ所も発見された。

最初の発掘では宗教施設の壁画に戦争を思わせる、引き裂かれた人間や処刑される様子が確認され。その他、武器や防具が多数発掘され、防御施設なども確認された、武器はこん棒のようなものが主体のかなり古い文明だった。

カナルというところでこれよりもっと古い石器しか道具が出てこない。石積みのピラミッド都市遺跡が出土した。奇妙なことに都市にはいくら探しても(戦争の痕跡が)防御施設が無かった。もっと範囲を広めて周辺へのの出入り口になる渓谷まで調査範囲を広げたがやはり防御施設は確認できなかった。(この調査は戦争が都市文明を作ったと唱えた考古学者のチームが必死に取り組んだが..)カナル遺跡から1000年後の遺跡からは多数出土するこん棒型の武器も全く出てこない。武器自体が出土しなかった。
(注、ペルーの乾燥した砂漠地帯は植物の茎で作った網(石を運ぶのに使用された。)や木製品をそのまま腐らせずに保存してくれる。)

(ここの農業はアンデス山脈から流れてくる地下水で行われている。今でも遺跡の井戸を利用している)

この時点で都市文明は戦争によって作られたという仮説が完全に崩れてしまった。

主な出土品は綿花でこの栽培と加工が主要な産業だった(主要な交易品)。多数の笛(骨で作られた)、媚薬、麻薬の増強材、この都市の住人は年中ラリって踊りながら宴会をやる平和な連中だったらしい。
交易の証拠
海岸地方からカナルで生産された魚の網が発見される。その他遠くのジャングルや南や北の地方の物品や食材が発掘されて交易が盛んに(遠方の広範囲な領域で)行われていたことが判明した。

研究の結果
交易によって都市ができたと結論された。(この平和な都市文明は1000年続いた。)

つまり、合理主義が考えた人間が知恵によって進歩して行く姿が正しく。利己主義を規制し、強大な自然に立ち向うのには共同して当たったほうが利益が大きいと気づいて他人との協力を始めた。
(下段、百科全書前文参照)

カナル遺跡に見られる。
綿花の共同栽培、布製品の製造、交易による都市の誕生..。
それが都市文明の最初だった。

その平和な文明が、10000年続いた後、生け贄宗教や戦争の世紀になっていく理由は..。

その後、ベルクソンが言った。戦争の原因は人々の道具を作る能力が富を生みだし、苦労して労働によって富を生み出すよりも、他人から奪ったほうが効率的だと気づいた結果だと。
そうして、欲を制御できなくなり戦争が始まった。
(注、欲を無くすでは無く制御)

1000年の平和の後、富の争奪、共同して自然と戦い豊かになるから、豊かに作り出された富への欲望から他者から奪おうとする。戦争と支配的な宗教の発生を生んだ。
人間に必要なものとして生み出された宗教から信者を従属して使う支配的なものへの変化


百科全書序論P23、24、25
「・・・私達が自分の身体の存在を感知するとすぐ気づくのは、身体をとりまく危険を私達が注意して遠ざけるように身体が要求しているということである。私達の身体は、数知れぬ必要に支配され外部の事物の作用に敏感なので、もし私達が身体保持の配慮をしなければ、すぐに破壊されるだろう。・・・
・・・私達の最も強い感受性は苦痛である、ということが人間条件の不幸なのである。すなわち、喜びは苦痛ほど私達を動かさず、喜びが私達の苦痛を慰めるに足りることはほとんどまれにしかないのである。・・・」

(注、苦痛がさまざまな危険な行為を禁止している、空腹は定期的に栄養補給しないことを罰し、傷の痛みは身体を大事にしないことへの罰、死への恐怖は重要な遺伝子を運ぶ身体をかってに壊すのを禁じている。)

「・・・私達自身の身体を苦痛や破滅から守る必要が、外部諸物体の中で私達に有用になりうるもの、有害になりうるものを、前者を求め後者をさけるため、私達に吟味させる・・・
・・・私達を同じ知覚を持っていると思われる・・・非常に数多くの存在者を見いだす・・・こう考えるに至らせる・・・それらの存在者もまた私達が経験するのと同じ必要を持ち、従ってまた、そういう必要を満足させようという私達を同じ関心を持っているのだと」

「・・・このことからの帰納として、
・・・私達を維持しもしくは破壊しうるものを自然の中で見分けるためにそれらの存在者と協力することに、私達は当然多くの利益を見いだすはずである・・・このことが社会形成の期限・・・」

(注、人が協力するのは利己主義からだと解いた重要な部分、知恵によって対立するより協力したほうが豊かになれると気づく必要があるが..。未来を見通す知性により人は小人数のグループしか作れないという本能の縛りを乗り越えることができた。)



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