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大麻の安全性についての最新の科学的研究

麦谷尊雄

欧米の最新の科学的研究に基づき、大麻の依存性、耐性、安全性についてまとめたレポートです。

大麻受容体について


1.はじめに

1988年におけるHerkenhamらによる大麻受容体の発見は、大麻の有効成分であるTHCの神経薬理効果に関する研究を飛躍的に進歩させた。これまで、大麻の脳機能に対する影響に関する研究は、ある程度の生物学的研究に基づいてはいるものの、被験者の行動の観測に頼るところが大きかった。大麻受容体の発見により、実際にTHCが脳に対してどの様に作用するのかを計るための基盤ができたのである。

2.受容体と神経伝達物質

ニューロンは情報を作成、統合、伝達する、体内で最も高度に分化した神経細胞である。ニューロン間にはシナプスと呼ばれる間隙がある。神経末端に電気的な衝撃を受けると、神経伝達物質(neurotransmitter)と呼ばれる化学物質が遊離される。神経伝達物質はニューロン間の間隙をつなぐことによって、ニューロンの相互コミュニケートすることを可能としている。受容体(receptor)は伝達物質分子を識別することができる特別な膜タンパク質構造であり、あたかも鍵穴が適切な鍵を認識することに例えられる。ニューロンは神経伝達物質毎に数千のオーダーの受容体を持ち、各々の神経伝達物質は脳に対して多様な影響を与えることができる。神経伝達物質と受容体の相互作用はシナプス伝達に特異性を与えるものであり、神経伝達物質はその伝達物質に適合した受容体を欠いている細胞には影響を及ぼさない。
アナンダマイド(anandamide)は、 Devaneらによって隔離されたカンナビノイド受容体と結合する神経伝達物質の一つであり、MechoulamらによってTHCと同様の生化学作用があることが証明されている。この名前は、サンスクリット語で至福を意味する anandaという語から取られたものである。Mechoulamはさらにアナンダマイドに似た2つの薬物を、HowlettとChildersはいずれもアナンダマイドとは異なる水溶性の物質を調査している。

3.ドーパミンと脳の報酬システム

ドーパミンは神経伝達物質の一種であり、非常に強い多幸感をもたらす。このため、ドーパミンを遊離する神経性機構は「脳の報酬システム(brain reward system)」と呼ばれれている。この機構において鍵となるのは、感情と情動行動に関係する大脳辺縁系経路とドーパミン生産域とを結びつける経路である。
ドーパミンはシナプス隙間に遊離されてからは、その遊離された神経末端に再び吸い上げられて活力を失うのが普通である。コカインはそのドーパミンの再取込を妨げるため、バイオフィードバック機構の欠如によって脳はドーパミンを生産し続ける。アンフェタミンも同様にドーパミンの再取込を妨げるとともに、さらなる生産と遊離を促す。これに対して、アヘン剤は神経経路を活性化し、オピオイド・ペプチド神経伝達物質を模擬することにより視蓋前核等におけるドーパミンの生産を増加させる。さらに、3つの受容体領域に作用し、ドーパミンの生産を低下させる抑制性アミノ酸や γ‐アミノ酪酸を阻害する。
この様に、薬物の依存性はドーパミンの生産に影響を与えるか否かによって証明することができるのである。

4.依存性

米科学技術評定局(Office of Technological Assessment: OTA)における研究の結果として、「被験動物はTHCを自己投与することもなく、また、カンナビノイドは他の依存性薬物と異なり、脳の報酬システムを刺激するために必要な限界値を越えることは無かった」と報告されている。
また、ラットへの薬物投与により誘発されるドーパミンの生産をミクロ透析によって計測する研究においては、アヘン剤、コカイン、アンフェタミン、ニコチン、アルコールの全てがドーパミンの生産に影響を与えたのに対して、大麻は影響を与えないことが証明されている。
すなわち、大麻に依存性が無いことが証明されたのである。
さらに、大麻はドーパミンに影響を与える他の依存性ドラッグとは異なるメカニズムでハイに達することから、依存性ドラッグへのゲートウェイ・ドラッグにはなり得ないと言えるのではないか。

5.耐性

基本的に耐性はドラッグの繰返投与によって受容体が消耗し、ドラッグが欠如すると身体機能に困難をきたす状態を指す。
Hekenhamらによる米国立精神衛生研究所(National Institute of Mental Health: N IMH)でのラットの対照研究の結果、14日間にわたり最も大量のカンナビノイドを投与したラットが最も早く平常の行動レベルに戻ることが解った。これは、これらのラットの調整機能の働きが非常に活発となり、受容体に対する結合域が減少したためと考えられる。すなわち、大麻の耐性は身体の平衡状態を保つため脳の機能なのであり、「必要以上に摂取すると、受容体はスイッチを切る」のである。
これは、大麻による急性中毒の可能性や、近年における大麻の効力の増強を危惧する指摘も否定するものである。
ちなみに、頻繁に大麻を摂取する人はハイになるのに対して、初心者や間隔を置いて摂取する人はストーンし易いことになる。

6.安全性

大麻受領体の多くは、運動制御に影響を与える脳底神経節および小脳、ハイの特徴である時間の歪みや夢うつつの状態に関与すると考えられている大脳皮質、そして、記憶の再生や蓄積に関わる海馬状隆起(hippocampus)などに多く見られるが、Mechoul amはこれらの身体的作用は実害のないレベルであると述べている。
また、呼吸に関与する延髄呼吸中枢における受容体の欠如は、大麻の安全性を示するものである。さらに、心臓や肺の機能を低下させることもないので、鎮痛剤としての薬理利用の可能性を保証するものである。これに対して、アヘン剤の受容体は脳全体に拡散しており、生理機能全体を低下させる危険性がある。

7.最後に

大麻受容体に関する数々の研究により、大麻の安全性がようやく科学的に証明されたと言えよう。現在では、薬物の感情への影響についてほとんど何も解明されていないが、カンナビノイド脳内受容体の研究がこの分野に大きな進歩をもたらす可能性がある。
また、受容体の調整機能による耐性を利用して、身体に対して悪影響の出ない治療薬を開発することも可能となるに違いない。

8.参考文献

8.1 直接参照した文献
[1] John Gettman, "Marijuana & the Brain", High Times Magazine, March, 1995.
[2] John Gettman, "Marijuana & The Brain, PartII: The Tolerance Factor", High Times Magazine, July, 1995, vol 239.
[3] Rosie Mestel, "Cannabis: The Brain's Other Supplier", New Scientist, July 31, 1993.
[4] Robert M. Julien, "A primer of drug action: a concise, nontechnical guide to the actions, uses, and the side effects of psychoactive drugs", 7th ed., 1995, W. H. Freeman and Company, New York
[5] ソロモンH.スナイダー著, 佐久間 明 訳, SAライブラリー5「脳と薬物」, 株式会社 東京化学同人, 1996年11月8日発行

8.2 上記の文献で参照しているもの

[5] A. B. Lynn and M. Herkenham, "Localization of Cannabinoid Receptors and Nonsaturable High-Density Cannabinoid Bindings Sites in Peripheral Tissues of the Rat: Implicatioins for Receptor-Mediated Immune Modulation by Cannabinoids", Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics 268, 1994.
[6] M. E. Abood and B. R. Martin, "Newrobiology of Marijuana Abuse", Trends in Pharmaceutical Sciences 13, 1992.
[7] T. M. Westlake, A. C. Howlett, etc., "Chronic Exposure to Delta 9-Tetrahydrocannabinol Failes to Irreversibly alter Brain Cannabinoid Receptors", Brain Research 545, 1991.

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