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2009.04.24
[ひとりごと]

浅草の「見所」

「9割引」の値札ってすごい! まずよそでは見かけない。地下鉄銀座線浅草駅を出て目の前にある「在庫処分センター」。

 地下鉄銀座線の浅草駅、到着ホーム前方の改札口を出ると小さな地下街がある。入口に「地下商店街」と看板が出ている。浅草に着くと、この地下街を通って新仲見世通りに出る6番出口に向かう。別に何か買い物をするとかではなくて、ここを歩くことで浅草に来たことを確かめているような気がする。
 

天井には、パイプや空調、電気系統の配管が。廃墟マニアには垂涎の的の光景のよう。平日、昼下がりの浅草地下商店街。

(一)イスタンブールみたい

 浅草を歩くのははじめてというAさんを案内し、この地下通路に一歩、足を踏み入れたときのこと。Aさんは、「まるでイスタンブールみたい!」と歓声を上げた。ヨーロッパやアジアをよく旅している人だ。目の前にある店の雰囲気は、ガラタ橋の雑踏そっくりだとか。
 トルコの首都、イスタンブールは新市街と旧市街に分かれてていて、間に海峡があるが、そこを結んでいるのがガラタ橋。橋の周りは賑やかな観光名所になっている。道に屋台がいっぱい出ていて、果物やお菓子、新聞、乾電池、靴下、アクセサリーとか雑然と並んでいる。
 地下街の入口にある店の看板を見ると「5、6、7、8、9割安 在庫処分センター」とある。いわゆるバッタ屋さん。浅草シューズと書かれた古い看板も残っていて、以前は靴屋さんだったらしい。靴やカバンは、浅草の地場産業だった。名作映画のDVD、爪切り、工具、パンスト、貯金箱、蛍光ランプ、その他、いろんな物が陳列されている。店先では、一日中、ベンチャーズのエレキギターが流れている。これって1960年代中頃の曲ではないか。
 そして、焼きそばの匂い。向かいの店「福ちゃん」だ。「浅草名物 ソース焼きそば350円」と貼り紙がある。お祭りや縁日に出ている屋台の定番。ソース焼きそばは、中華料理ではないし、和洋、エスニックでもないし、家庭料理でもない、世間一般の料理とは異質の存在で、「テキ屋料理」と命名したい。まさに浅草名物。駅を降りた人は、まずこんな雰囲気で浅草を体験する。
 地下商店街は、古銭・テレホンカードを並べた金券ショップ、700円均一の床屋、タイ料理、占いの店、すし屋、整体マッサージと続いていく。昭和、だいたい40年代から50年代ぐらいまでの昭和が続いているといったところか。
 長年、東京で生活してきたAさんだが、こんな雰囲気の空間があるとは、とメインの浅草寺よりも印象的だったと話していた。
 
(二)神秘の扉?

 8月後半の土曜日の午後、改札口から親子連れが地下商店街を歩いている。新仲見世の出口をめざしているようで、わたしのすぐ前を歩いている。夏休みも終盤、どこかに行きたいと子供にせがまれて浅草見物にやってきたような様子。お母さんと二人の姉妹。お母さんは4、5歳の女の子の手を引いている。姉は小学校の中学年ぐらい。上の子が、何か珍しいものを見つけたようで、お母さんに見て、見てと一軒の店を指さしている。
 店の入口に紫色のカーテン。まず世間では見かけることのない色使い。紫の色感が、日常の世界とは違った一種妖異な雰囲気を演出している。ドアが開けっ放しで、部屋の中が見える。易の八卦の図が貼ってあった。真紅の布がかかった中国というか道教風の祭壇、大きな水晶の玉。占い師の女性がイスに腰掛けている。
 女の子は、「占いの店! わたしはじめて見た!」と、お母さんに報告している。先を歩いているお母さんは早く来るように呼ぶのだが、女の子は足が止まってしまった。部屋の中を覗き込んでいる表情は真剣そのもの。ちょっと顔を斜めに目を凝らして見ている。
 なるほど、ここをよく歩いている自分には、見慣れたごく普通の光景で、チープなセットみたいに感じるのだけど、この女の子にとっては、生まれて初めて神秘の世界を垣間見ているといった感じのようだ。テレビや雑誌と違って、目の前にある現実なのだから。彼女にとって、一生忘れられない光景かもしれない。
 
(三)100円ロッカー

 Bさんは、海外で事業をしているが、年に一度、日本に帰ってくる。昨年、半日だけ時間がとれたということで、浅草を案内した。いつもの銀座線の改札口から地下商店街を焼きそば屋さん、古銭の店、占いの店と並んで歩いてきて、地上出口に向かう右手の階段を上る直前、Bさんは足を止めた。何か珍しいものを見つけたようだ。
 「コインロッカーが100円って、どうしてこんなに安いの?」と、Bさん。地下通路の左側にコインロッカーが並んでいる。料金は100円。ロッカーの大きさなどは、他の所と変わらない。
 Bさんは、日本にいる間に、取引先まわりや会議、友人、知人と会ったりと忙しい。荷物を持って移動することが多く、ターミナル駅のコインロッカーをよく利用している。新宿でも渋谷、東京駅でも、上野でも、どこでも1回300円だ。
 そうですね、浅草値段というか、言われてみれば他の所と違うけど、ここでは100円が相場なので、別にそういうものだと思って気にもしてないのですが、と説明する。浅草の街角にもコインロッカーがあり、場所により100円(8時間)と200円(24時間)と300円(1日)がある。よその街は、どこでも大体1日、300円で日付が変わると300円追加料金が必要になる。
 コインロッカー100円は、Bさんにとって驚きだったようだ。なるほど、またひとつ、こんな浅草体験があるんだと発見した。
 
(四)廃墟マニアなら

 札幌からきたCさんに浅草を案内したときのこと。Cさんは20代はじめ、東京に着いた日、すぐに向かったのは秋葉原。浅草といってもピンとこないとか。この日は、南千住から六区まで散歩した帰り道、銀座線の浅草駅に向かっていた。新仲見世になる富士そばの隣りの地上出口から階段を下りた。その一角は、溝(どぶ)の匂い?というか、いつもすえたような腐臭がこもっている。不快な匂いなのだが、微かにエロスを感じたりもする。この匂い、東京中探しても、もうここだけにしかないのではないか。地下商店街の通路に出て、右に曲がるとその先が駅だ。
 C さんは、「うぉーっ」と声を上げた。何も変わったこともない、いつもの地下の通路なのだが。ここは、先のBさんが100円のコインロッカーに驚いていた場所でもある。
 Cさんは、頭の上を走っている金属パイプに驚き声を上げたのだ。地下通路に天井はなく、古ぼけたコンクリートにたくさんのパイプが右に左に剥き出しに走っている。T字型、L字型のパイプやバルブも見える。パイプは、脂や埃、煙のススで薄汚れ年期を感じさせる上、薄暗い蛍光灯の明かりが、寂れた雰囲気を醸し出している。
 こういう所、はじめて見ました、とCさん。ピカピカにきれいな札幌の地下街を見慣れた目にはショッキングらしい。Cさんは、廃墟とか遺構が好きだと言っていたが、その手のマニアにはたまらない光景でもあるようだ。
 
(五)浅草駅とシュタイナー建築

 文末になって、ふと、駅の造りも関係していることを書いておかねばと思った。以前から駅構内から地下商店街にかけて、無意識のうちに心の内面に沈下していくように地下空間が造られているのを感じてきた。改札口を出たところのホールの骨格は今も当時と変わらない。
 いつもなにげなく通っているが、到着ホーム前方の改札口を出たあたり、その円形の空間は奇妙な感覚をもたらす。方向感覚や距離感が微妙にぼやけるように感じる。
 銀座線の浅草駅は昭和2年に開業。当時、人智学のシュタイナーの建築に強い影響を受けていた建築家、今井兼次が設計している。今井は、日本初の地下鉄となる銀座線の施設デザインを研究するためドイツを訪れている。そこでシュタイナー建築を目にし、インスピレーションを受けたのだった。
 シュタイナーは、人並み外れた霊視能力を持っていた人物として知られている。オカルトとして有名だが、それ以外にも思想、教育、農法、建築といろいろな分野で注目されている多才な人だ。それらは、霊視能力を基にして、それを各分野に応用した成果であった。この人の霊視能力は、一世紀に十人いるかいないかぐらいの資質だったのではないだろうか。シュタイナーの建築は、霊視によって得られたビジョンを形にしたものだと言っても間違いないと思う。
 建築といっても地下鉄の駅だから、地上に何か建てるのとは違い洞窟を造るのと同じだ。唐突かもしれないが、浅草駅のモチーフは、太古のピラミッド内部の聖所のように感じた。設計者である今井がそれを自覚していたかどうかは分からない。この場合、具体的事実は末梢的なことであって、インスピレーションの核にあるものがシュタイナーから今井に伝わったかのではないかということに関心がある。浅草駅には、古代文化の神殿と有機的な造形が融合した霊的ヴィジョンが反映されているのではないか、とわたしは思っている。
 この駅自体、見所の5番目に加えてもいいだろう。もし駅構内と周りを見て歩くのなら、建築物としての外見的な造りだけでなく、あたかも鯨に飲み込まれた人間のような目で、内側から空間の構造や位置関係をイメージしながら歩いてみることをお薦めしたい。
 
 現在の浅草は、東京都内で唯一の観光地である。昼間、表通りを歩いている人のほとんどは観光客だ。東京近辺で観光地と呼べるのは、浅草の他には、鎌倉、それに小江戸を売りにしている川越ぐらいだ。
 欧米人、中国人、イスラム系と外人観光客も多い。近年、浅草のイメージとしてよく耳にする「江戸」や「昭和ロマン」も観光客を引き付けるための演出という面が大きい。
 夜になると、裏通りの路上に段ボールを敷いて寝ている人が目につく。浅草の北に、山谷があることが関係している。観光客と路上生活者の街、まさに浮世という言葉がぴったりする。
 ビジネス、買い物の街ではないし、学生の街でもない。住宅地でもなければ、町工場ももうほとんどない。堅い仕事の基盤がない街。でも、もともとここは、1000年とかもっと前、葦原の上に移り住んできた人たちの土地なのだから、浮世は伝統なのかもしれない。
 (一)から(五)まで、銀座線の改札口から地上出口の曲がり角までの40〜50メートルのことである。そんな短い範囲でもこんなに見所がある。観光ガイドブックに載っている見所とは全然別の「見所」ばかり。多くの人にとっては、とるに足らない、些細なことかもしれない。キッチュで泥臭い、場末の感覚。でも、わたしには、それがどこか異界とつながっているスポットのように感じられてならない。