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2005.07.01
[ひとりごと]

「酒酔い防止法」と「大麻取締法」

酒と大麻/「酔い」という共通点
  酒酔い防止法という法律がある。正式には、「酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」といって1961年に制定された。法律のことは素人なので、こんな法律があることを知ったのはつい先週のことだったが。
  この法律の条文からは、迷惑な「酩酊者」を社会がどう扱うべきか、どの程度の罰則が相応しいのか、そういうバランス感覚を読みとることができる。そのバランス感覚は、本当は大麻にも適用できるのではないかと思っている。
  酩酊というのは、広辞苑には「ひどく酒に酔うこと」とある。この法律では「酒に酔っている者(アルコールの影響により正常な行為ができないおそれのある状態にある者をいう。以下「酩酊者」という。)とある。
  大まかにいって、大麻の向精神的作用を既成の言葉を用いて表現しようとすると「酔い」というのが最も相応しいのではないかと思う。大麻を体験したことのない人に、その効果、実感を説明するとき酔いという言葉を当てはめるのが分かりやすいのではないか。
  そういえば、以前「大麻の変性意識(13)――酒の格言と大麻」で、日本古来の酒の格言を引き合いに出して大麻と日常生活の折り合いについて考えたことがある。
  当然ながら大麻と酒の生理的効果は同じではないし、向精神作用も異なっている。とはいえ、人が大麻で体験するハイ、トリップは、一種の酔いと言ってもいいのではないかと思う。酒と大麻は生理的には異なった作用をしながらも、心理的には自我の抑圧を解くように作用することでは、つまり心が自由になるということでは共通している。
  健康への影響や依存性などは酒の方が問題なのではないかと思うが、社会的な認知度は大違いだ。大麻は持っているだけでも5年以下の懲役刑を受ける「麻薬」扱いされている反面、酒の方はテレビCMや新聞広告で消費が増えるように宣伝されている。
  純粋に「酔い」の強さを比較すると、酒の方が強力なドラッグだ。このことは両方を体験したことのある人なら自明なことだろう。毎年、急性アルコール中毒で亡くなる人がたくさんいるのに比べ大麻の摂取が原因で亡くなった人はいない。酒は、効果量と致死量の差が1対10ぐらいといわれているが、大麻には事実上、致死量はない。
  飲酒による泥酔状態で、自分が何をしているのか分からなくなってしまい、犯罪を犯してしまった人のことは新聞紙面ではお馴染みになっている。一方、大麻の摂取が原因で二次犯罪を起こしたというケースはこれまで日本で一件も起きていない。そのことは2004年に厚生労働省に対して行った情報開示請求から明らかになっている。アル中という言葉があるようにアルコール依存性は社会問題になっているが、WHOの報告でも大麻にはそういったレベルの依存性はない(お茶やコーヒーと同レベルの軽度の精神的依存性は認められるとされている)。
  酒と大麻をドラッグ(薬物)として比較したとき、酒の方がリスクの大きいにもかかわらず、社会的な認知度、許容度はまるで大違だ。それは何故なのだろうか。
  それを考えていくと、結局、酒と大麻の経験者数の違いと、それぞれが日本でどれぐらいの歴史を持っているかという二点に行き着くように思える。
 
酒と大麻/人口と歴史の違い
  人口1億2千万人の日本で、飲酒人口は7200万人強という数字が出ているそうだ(1965年は2700万人ぐらいだったそうで、それに日本人はもともと遺伝的にアルコールを受け付けない体質の比率が高いといったことを考えると、なんだか多すぎるような気がしないでもないが)。
  大麻人口については、それが違法だということがあり調査が難しいのだが、2001年時点で大麻の「生涯経験者数」(全国住民調査に基づく推計値。1回でも経験のある人の数、いわば体験者数で、常用している人の数を示しているわけではない)は114万人±31万人という推計値が出ている。これは国立精神・神経センター精神保安研究所薬物依存研究部による「違法薬物の生涯経験者数」の調査発表によるもの(「臨床精神薬理」Vol.6 No.9 2003)。
  1995年は56万人±21万人という数字だったので、2001年までの6年間で体験者数が2.2倍に増えていることになる。114万人±31万人という数字をはじめて目にしたとき、和歌山県の人口が105万人、香川県が102万人だそうで、大麻を経験したことのある日本人の数がそれより多いというのには驚いた。
  歴史として、酒は弥生時代には作られていたといわれる(嗜好品のような飲み方ができるようになってきたのは江戸時代の中頃から明治以降のことではないかと思われる)。
  大麻はやはり酒と同じくらい古くから栽培されてきたが、日本人が酔いを目的に用いはじめたのは、実はこの30〜40年ぐらいのことだ。それまで大麻は、茎から繊維を採ったり、種から油を採ったりする有用な栽培植物としてのみ存在していた(昔から大麻に独特の気分・心を変える摩訶不思議な作用があることは知られていたが)。
  このところ大麻取締法違反の逮捕者数は2000人を越えているが、検察庁のまとめた大麻取締法の「被疑事件の受理の人員」によれば、1960年代は年間数十人から最高でも500人以下。1962年に52人だったのが、63年に154人と約3倍増、それから69年の478人が70年に804人と増えている。1963年というのは東京オリンピックの前年、高度経済成長がスタートする時期、1969年はヒッピーやカウンターカルチャーの時代だった
  というように比較すると、ドラッグとしての酒と大麻は人口で約60倍、歴史の長さで約50倍の差があることになる。この違いが、片や「麻薬」扱いで取り締まられ、片やテレビCMで宣伝されるという正反対の扱いとなって現れている。
 
日本社会にとって大麻は〈新奇な存在〉
  (ドラッグとしての)大麻は、日本人にとって〈新奇な存在〉であるため社会的な偏見や誤解を付着させられている。21世紀になってから「青少年犯罪」とか「薬物乱用」といったキーワードと一緒に語られることが目につくが、大麻はそういった治安問題のスケープゴートになっているようにも思える。
  大麻取締りを行っている現場の担当者たちは、大麻にはそれほど有害性がないことを認めているという話しをよく耳にする。直接、「大麻事犯」と接しているのだから当然だろうと思う。彼らからすれば法律に基づいて公務を執行しているだけのことで、自分たち末端の人間には考えの及ばない何かがあってそうなっているんだろうなと納得しているという話しも漏れてくる。
 
  ではその「何か」とは? 大麻事件の裁判で示された行政と司法の基本的な論理を端折っていうと、大麻の有害性が完全に払拭されない限り、100%安全でない限り、取締りは正当だというもの。しかしこの基準はパスすることが不可能だ。大麻の取締りに異議申し立てをしている人たちだって大麻の有害性は比較的軽微であるとか、著しい有害性はないと言っているのだ。行政や司法の論理には将来、自分の責任が問われるかもしれない判断は避けようとする保身の心理が垣間見える。
  個人的なレベルでは保身として現れているのだが、その深部には日本的霊性とでもいうべき集合的な心理があるのではないか。ここから先は、幾つかの公文書や出来事の背景にあると思われる目には見えない一貫した意思の正体を解釈したもの。公文書の出典とか出来事の日時・場所など詳細は煩雑になるので省く。
  現在、大麻の取締りを肯定している人たち──要は、担当行政機関の中心にいる人たち、司法の中心にいる人たち──そういった特権的な位置にいる少数の人たちは、「有害」とか「危険」というよりも、その前に「余所者(よそもの)」「よく分からない存在」だから受け入れないという集合的な心理があるように感じられる。
  大麻は有害なドラッグだからいう理由をあげているが、実は、その根拠はあやふやなもので科学的なデータはあまりない。1980年代ぐらいまでの一部の海外の翻訳情報とか、やはり1970〜80年代の国内のラットやマウスの動物実験といったものを根拠にしている。一方、国内の医療機関の臨床データを集めてきても大麻の有害性を示すような事例は、ほとんど起きていない。そういうことは、大麻事件の裁判などを通してだんだん明らかになってきた。
  ではなぜ大麻を否定しているのかというと、それは自分たちの慣れ親しんだ、気心の知れたものではない新奇な、異質な、外来の、よく分からない、そういう意識をもたらすものらしいと捉えているからなのではないかと思う。自分たちの内輪の日本社会にそういう新しい意識が生まれることを恐れる集合的な心理が最深部に蟠(わだかま)っているように感じられる。
 
  とはいえ、これはぜひ言っておきたい。大麻のもたらす変性意識は、日本の社会秩序を乱すようなものではない。それを危惧するのは杞憂だと思う。EU でもカナダ、オーストラリアでも大麻の非犯罪化が進んでいる国で、それが理由で社会に何か弊害が起きているということはない。
  歴史を振り返ると、日本人は、いつも外来の新しい文化を上手に受け入れてきた。最初は馴染みのないものに対し違和感があり、葛藤があっても時間の経過の中で消化してきた。日本が吸収してきたものは中華文明、漢字、律令制度、仏教、儒教、蘭学、西欧文明と一見すると、ごった煮のようだけど、地球のどの大陸も時間差はあるにしろ日本のような他・多文明の融合を後追いすることになるはずだから日本は先達なのだと思う。そう考えてみると、違う価値観や思想、発想、思考法、嗜好といったものを受容してきた日本人の吸収力・消化力は強靱なので大麻の変性意識を取り込めないわけがない。大麻は、日本の文化に多様性や奥行き、自己省察、くつろぎ、面白さ、余裕といったものをもたらしてくれる嗜好品ではないかと思う。
 
  もうひとつ。いつかじっくり調べられたらと思っていることだが、大麻自体の効果(主観的自覚)も日本人がはじめて大麻と接した1960〜1970年代の前半と、現在では変わってきているのかもしれない。1970年代前半に出た雑誌に載っている大麻の体験記は、LSDやマジックマッシュルームのようなサイケデリックスを彷彿とさせる劇的なものだ。こういう体験記は誇張ではなく、当時は本当にそうだったのだと思う。
  一方、昨今、はじめて大麻を体験した人たちの話しを聞くと、そんな大袈裟なものではない。これは大麻の質の違いといった問題ではないように思える。大麻を評して活性プラシーボといわれるが、心理的なドラッグという特徴は、人間の心は網の目のようにたくさんの他者とつながっていることで成立しているので、社会の変化とともに効果そのものを変えているのではないか。
  大麻の体験者が100万人を超えていることは、直接・間接の連鎖でつながっている無数の人々の心理に大きな影響を与えているはずだ。その結果、大麻の効果は、1970年代前半よりも今の方が、社会に着地したものに変わってきているのではないか。
 
  というふうに見てくると、大麻との出会いは、せいぜい30〜40年と最近のできごとだったため、一時的な混乱が生じているというのが現状なのではないかと思う。
 
酒と大麻/罰則の違い
  今のような大麻の取締りは厳しすぎる、もっと自由になればいいいと思っている人は結構いる。人によりいろいろな言い方があるだろうが、誰もが感じていることを言葉にすると、大麻の取締りは人権を侵害しているということになるのではないか。それを世の中に訴えるとすると、大麻取締法は、この国の最高法規であり人権の尊重を至上のものとしている憲法に反しているというふうになる。
  人権というとき、ここでは大麻を摂取すること、持つことを人権として認めるべきだと言っているのではない。大麻を吸うことを人権として認めるべきである、そういう意見があってもそれはそれでかまわない。 でも、ここでは大麻(非営利の個人使用量相当)を持っていたという理由ぐらいで身体的自由を侵害される(懲役刑を受ける)のは人権侵害だと声を大にして言いたい。両者は一見、似ているようでいて別の話だ。
  仮に大麻が何らかの理由で違法であり続けたとしても、その刑罰のレベルが、人間の身体的自由を奪うほどのものだというのはおかしい。大麻(の有害性)は人を刑務所に入れるほどのものではない。こういう考え方を法律の世界では罪刑の均衡というそうだ。
  酒と大麻の有害性の比較については、大麻の方が有害性が低いと言いたいところだが、酒の方に少し肩を持ってだいたい同程度とすると、刑罰も同程度であるべきではないかということになる。しかし現在、法律で定められている酒と大麻の罰則は、どれぐらい異なっているのだろうか。
 
○「酒酔い防止法」の罰則は以下のように定められている。
第4条 酩酊者が、公共の場所又は乗物において、公衆に迷惑をかけるような著しく粗野又は乱暴な言動をしたときは、拘留又は科料に処する。
2 前項の罪を犯した者に対しては、情状により、その刑を免除し、又は拘留及び科料を併科することができる。
3 第1項の罪を教唆し、又は幇助した者は、正犯に準ずる。
第5条 警察官は、前条第1項の罪を現に犯している者を発見したときは、その者の言動を制止しなければならない。
2 前項の規定による警察官の制止を受けた者が、その制止に従わないで前条第1項の罪を犯し、公衆に著しい迷惑をかけたときは、1万円以下の罰金に処する。
 
○「大麻取締法」の罰則は以下のように定められている。(一部引用。第24条の3から第27条まで省略。http://www.houko.com/00/01/S23/124.HTM
第24条 大麻を、みだりに、栽培し、本邦若しくは外国に輸入し、又は本邦若しくは外国から輸出した者は、7年以下の懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、10年以下の懲役に処し、又は情状により10年以下の懲役及び300万円以下の罰金に処する。
3 前2項の未遂罪は、罰する。
第24条の2 大麻を、みだりに、所持し、譲り受け、又は譲り渡した者は、5年以下の懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、7年以下の懲役に処し、又は情状により7年以下の懲役及び200万円以下の罰金に処する。
3 前2項の未遂罪は、罰する。
 
  酒は合法で、大麻は違法であるという大前提があるので、大麻の場合は、所持や栽培、譲り受け、譲り渡しが犯罪になる。営利目的だと罪が重くなる。まずそこからして酒と大麻は大きく違っていることを踏まえ、次に罰則を比べてみると、次のようになっている。
  「酩酊者が、公共の場所又は乗物において、公衆に迷惑をかけるような著しく粗野又は乱暴な言動をしたとき」というのが想定されている酒の酩酊により引き起こされる弊害で、おそらく大麻で弊害が起きるとしてもせいぜいこの程度か、それ以下だと思われる。だから大麻に対しても同程度の罰則が妥当なのではないか。
  酒酔い防止法の罰則は、「拘留又は科料」で「情状により、その刑を免除」という救済措置も付いている。「拘留又は科料」というのは軽犯罪法と同じレベルの罰則で、拘留というのは刑法16条に定められている懲役(1ヶ月以上、無期まで)の短いもの(1日以上30日未満)だという。
  酒で騒いで警察官の制止に従わず公衆に著しい迷惑をかけても「1万円以下の罰金」ぐらいですむというのは軽いなという印象を受ける。
  大麻取締法の罰則は栽培について「7年以下の懲役」(営利がつくと「10年以下の懲役」)、所持していたり、人から受け取ったり、人に渡したりしたら「5年以下の懲役」(営利がつくと「7年以下の懲役」)とされている。
  酒は最も重くても1日以上30日未満の拘留、大麻は5年、あるいは7年の懲役、この違いはとてつもなく大きい。調べてみると暴行罪、脅迫罪が「2年以下の懲役」、器物損壊罪、威力業務妨害罪が「3年以下の懲役」、業務上過失致死罪が「5年以下の懲役」というから大麻の刑罰がいかに重いかが分かるだろう。飛行機の機内で、機内設備・備品を破壊すると器物損壊罪が適用されるというがそれでも3年以下の懲役だという。
  大麻取締法で逮捕されて、数年間の懲役刑になった人の話しを聞いたことがある。20代の若者で、これから仕事で憶えようというときか、自分に適した人生の課題を見つけようと模索するときか、恋愛に夢中になるときか、海外を旅するときか、とにかくいろいろな可能性を形にしょうとする青年期の数年間を刑務所に閉じこめ、規則でがんじがらめに縛った毎日を強制するのは残酷なことだと思う。
  大麻事件は「被害者なき犯罪」といわれる。多くの場合、大麻をしていても誰も健康に障害になるようなことにはなっていない。心身にマイナスな影響は起きていない。自他共に誰にも迷惑をかけていないから被害者はいない。唯一の弊害は、大麻が違法であるため所持していたり、栽培していると罰せられることである。しかも、その刑罰は、非常に思い。その意味では、大麻取締法で逮捕された人こそ被害者である。  

【参考】(http://www.houko.com/00/01/S36/103.HTM
酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律
 
昭和36・6・1・法律103号  
 
(目的)
第1条 この法律は、酒に酔つている者(アルコールの影響により正常な行為ができないおそれのある状態にある者をいう。以下「酩酊者」という。)の行為を規制し、又は救護を要する酩酊者を保護する等の措置を講ずることによつて、過度の飲酒が個人的及び社会的に及ぼす害悪を防止し、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。
 
(節度ある飲酒)
第2条 すべて国民は、飲酒を強要する等の悪習を排除し、飲酒についての節度を保つように努めなければならない。
 
第3条 警察官は、酩酊者が、道路、公園、駅、興行場、飲食店その他の公共の場所又は汽車、電車、乗合自動車、船舶、航空機その他の公共の乗物(以下「公共の場所又は乗物」という。)において、粗野又は乱暴な言動をしている場合において、当該酩酊者の言動、その酔いの程度及び周囲の状況等に照らして、本人のため、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当の理由があると認められるときは、とりあえず救護施設、警察所等の保護するのに適当な場所に、これを保護しなければならない。
 
2 前項の措置をとつた場合においては、警察官は、できるだけすみやかに、当該酩酊者の親族、知人その他の関係者(以下「親族等」という。)にこれを通知し、その者の引取方について必要な手配をしなければならない。
 
3 第1項の規定による保護は、責任ある親族等の引取りがない場合においては、24時間をこえない範囲内でその酔いをさますために必要な限度でなければならない。
 
4 警察官は、第1項の規定により保護をした者の氏名、住所、保護の理由、保護及び引渡しの時日並びに引渡先を毎週当該保護をした警察官の属する警察署所在地を管轄する簡易裁判所に通知しなければならない。
 
 
第4条 酩酊者が、公共の場所又は乗物において、公衆に迷惑をかけるような著しく粗野又は乱暴な言動をしたときは、拘留又は科料に処する。
 
2 前項の罪を犯した者に対しては、情状により、その刑を免除し、又は拘留及び科料を併科することができる。
 
3 第1項の罪を教唆し、又は幇助した者は、正犯に準ずる。
 
第5条 警察官は、前条第1項の罪を現に犯している者を発見したときは、その者の言動を制止しなければならない。
 
2 前項の規定による警察官の制止を受けた者が、その制止に従わないで前条第1項の罪を犯し、公衆に著しい迷惑をかけたときは、1万円以下の罰金に処する。
 
(立入り)
第6条 警察官は、酩酊者がその者の住居内で同居の親族等に暴行をしようとする等当該親族等の生命、身体又は財産に危害を加えようとしている場合において、諸般の状況から判断して必要があると認めるときは、警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)第6条第1項の規定に基づき、当該住居内に立ち入ることができる。
 
(通報)
第7条 警察官は、第3条第1項又は警察官職務執行法第3条第1項の規定により酩酊者を保護した場合において、当該酩酊者がアルコールの慢性中毒者(精神障害者を除く。)又はその疑のある者であると認めたときは、すみやかに、もよりの保健所長に通報しなければならない。
 
(診察等)
第8条 前条の通報を受けた保健所長は、必要があると認めるときは、当該通報に係る者に対し、医師の診察を受けるようにすすめなければならない。この場合において、保健所長は、当該通報に係る者の治療又は保健指導に適当な他の医務施設を紹介することができる。
 
第9条 前条前段の規定により医師の診察を受けるようにすすめられた者がそのすすめに従つて受ける診察及び診察の結果必要と診断された治療については、当該診療を受ける者が困窮のため最低限度の生活を維持することのできないものであるときは、生活保護法(昭和25年法律第144号)第15条に規定する医療扶助を受けることができる。
 
(適用上の注意)
第10条 この法律の適用にあたつては、国民の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。
 
附 則
この法律は、公布の日から起算して30日を経過した日(昭和36年7月1日)から施行する。